東の湖
島の東に存在する大きな湖のほとりに、羊たちの姿があった。
紬が東の湖の存在を知った時からは、すでに二ヶ月ほどが経っている。
東の湖の周辺には水を求めて集まった生き物たちがたくさん居た。
そのほとんどは草食の動物たちで、湖のほとりに生えている草などを咀嚼している。
それを狙う肉食動物や肉食恐竜もいるのだが、狙われる側の小さく弱いものたちは大きく強いものの影に隠れるようにしているために迂闊に手を出せないようで、集団から離れるようなものがいないかと機会を伺っているようだった。
特に盾としていいように利用されているのは身体の大きな草食恐竜たちだ。
紬の記憶どおりならば、盾のような頭に三本角が特徴的なトリケラトプス。背中に並ぶ板状のヒレと尻尾の先のスパイクが特徴的なステゴサウルス。鞭のようにしなる長い尻尾と、同じくらい長い首を持ち全長は二十メートルを超え、その巨体を支える四本の脚はそこらに生えている木の幹よりも太いブロントサウルス。
そんな草食恐竜たちの群れを襲うよりももっと殺りやすい相手が来たと思ったのか小型の肉食恐竜の群れが羊たちに近寄ってきた。
見た目だけならば、か弱く捕食される側の羊であるので仕方がない面もあるだろう。
しかし普通なのは外見だけで、中身は到底普通とは言えない。
普通、魔法を使えるのは見た目に特徴のある異形であるため、なんの変哲のない羊である紬の姿はある意味反則だろう。
正直なところ羊の皮をかぶった全くの別物と言ってもいいくらいである。
ともかく降りかかる火の粉は払わねばならぬと紬は襲い掛かろうとしてくる小型肉食恐竜たちを迎撃する。
迎撃するといっても紬がすることは単純で眠りを誘う煙の魔法を周りに撒くだけである。たったこれだけで煙に触れた相手はバタリバタリと次々に倒れていく。
本当にこの魔法を手に入れることができて良かったと思う紬。
危険を冒してまで蜘蛛の異形からサラマンダーの種のようなものを掠め盗ったかいがあったというものだ。