食事
仔羊部分には口もあれば胃袋もあるのだろう。そのせいでしばらくのところ無縁であった空腹感を感じた紬。
羊といえば草食動物である。紬が生まれ変わったバロメッツ。その木に成る仔羊も例に漏れず草食であった。
植物のくせに植物を食べるとかどうなんだ。と思わなくはなかったがそもそも動物と植物が融合したようなバロメッツという存在は空想上の生物だ。伝承も完全にコレといったものはなく様々なパターンがあるわけで、細かいことなど気にしていたらキリがない。その身が食べるとカニ味などという話などどこから出てきたんだというレベルである。
そんなバロメッツについての記述にはこんなものがあったはずだ。
異常に柔軟な長い茎をもち、そこに繋がったままの羊が辺りの草を食べまくるのだと。近くに畑でもあったならバロメッツによって喰い尽くされ全滅してしまうこともあるのだと。
そもそも羊という動物が食に対して貪欲なところがある。バロメッツも同じなのだろう。
改めて周りを見渡してみる紬。
どうやらこの場所は盆地の中心部から少しばかり外れたところらしい。周囲には雑草がまばらに生え、中心部に目を向ければ水辺が見える。ちょっとした湖といったサイズでたまに聞こえていた水音もあそこから聞こえていたのだろうと簡単に想像がついた。
あたりに生えた草が視界に入るとその草に対して食欲が湧いてきたのを紬は感じた。どうやら道草を食べることになりそうだ。いや、道などはない。あえて言うならば羊として避けて通れない道といったところか……。
まあ、虫を食べろと言われているわけではないのだ。野菜を食べるのと変わらないと考えれば雑草を食べるくらい、なんてことはないはずだ。
羊が成ったのがキッカケか、はたまた自身の身体がバロメッツだと認識したからか、それまでうんともすんとも動かせなかったその茎は大きくしなり、仔羊部分が大地へと降り立った。
そのまま目の前に生えている雑草を食す。
吾妻紬の異世界での最初の食事はそこらに生えていた名前も知らぬ雑草であった……。