TEACH 1 この世界の真実を教えよう
『ハイドアンドシーク』を解除してから、静かに城から脱出した。
『ハイドアンドシーク』を使ったままだと『鬼』に居場所がわかってしまうから。
どこへ行くともなく彷徨った。
武器も持たず、松明も持たず、夜の森を彷徨い続けた。
なんども転び、なんども枝が頬を切り裂いた。
しかし、痛みも苦しみも、決して心を埋めてはくれなかった。
うわごとのように緋色の名を呼び続けた。
あの人懐っこい笑顔も、聞くものを安心させる声も、もう戻っては来ない。
その事を認められなかった。
そのうちに、明るくなってきて、ロックリザードがいるのを見つける。
......丁度いい。
「くそっ、くそっ、くそっ、くそっ!なんで、なんでなんだよ!奴らは!日高は!奪うしか能がねぇのかよ!僕は!俺は!奴らを!」
素手でロックリザードの硬い鱗を殴り続ける。
当然抵抗されたが、そんなことは御構い無しに、ただひたすら殴り続ける。
皮膚が擦り切れ、肉が潰れ、血が朝日を反射していた。
急に視界が霞む。
自分が泣いていると気付くのに少し時間がかかった。
それが痛みからくるものではないと、簡単に理解できた。
きゅおん、とロックリザードが鳴き声をあげる。
「......なんだよ」
そいつは悲しげな顔をしながら、僕の顔を舐めてきた。
「慰めて......くれてるのか?」
「きゅおん」
「......ありがとう」
どれほどそうしていただろう。
少なくとも、そんなに長い時間ではなかった。
ガサガサと木々を押しのけながら進む音が響いたからだ。
それは人にしては大きすぎる影だった。
「これは、まさか!」
熊のような魔物だった。
熊との相違点は、その大きすぎる爪。
その爪を使えば、簡単に人を殺せるだろう。
佐々木さんをそうしたように。
「あ、あああ、ああああああああああぁぁぁぁぁ」
僕は、きっとここで死ぬだろう。
つい、背中を向けてしまった。
鋭い痛みが走る。
生暖かい、一度触れたことがあるものが流れて行く感覚と寒気が体を包んだ。
意識が朦朧とし、世界が輪郭を失っていった。
「...ん.........げ............れ.........」
「......る.........で...」
ここはどこだ......。
天国にでもきたんだろうか。
それでもいいかな、緋色に会えるなら。
「う、あ、はぁ、はぁ」
「あ、目が覚めたんだね。自分がどうなったか、覚えてる?」
「た、確か、デカイ魔物に、襲われて、それから......」
「まだ起きちゃダメ!危なかったんだよ、あと少し傷が深かったら助からなかったかも」
「あ、あの、ここはどこ、ですか。あなたは......」
「え、ああ、ここはね、『アリアスの村』だよ。ええと、あなた達人間の言い方だと『竜人種』っていうのかな。それが集まって暮らしてる集落。私はね、『ミーサ』っていうの。竜人種の古い言葉でね、『花』って意味なの」
竜人種、ということは人間ではないのか。
ミーサと名乗った女の子は、俺と同じか、少し下のように見える。
人間ではないというのが信じられないくらい、人間と変わらない。
目も、耳も、鼻も口も手も。
何もかもが人間と同じだった。
違うのは、その差から生える、鱗に覆われた翼くらいだろうか。
でも、きっと、この子も人間を殺すのだろう。
今はまだそうじゃなくても、そのうちに。
それが戦争で、それがこの世界だ。
「君は人間だよね。獣のような耳も鱗も羽も牙もない」
「は、はい」
「私、ずっと人間に聞きたいことがあったんだよね。『どうして、人間は他の種族を殺すの?』」
「どう......して......?」
どうしてって、戦争だからじゃないのか?
戦争に理由なんて存在しない。
始める理由はあっても、続けるのは、殺すのは『戦争だから』だ。
戦争なんてそんなもの。
こっちも殺すしそっちも殺す。
だからどうしてなんて疑問は出てこないはずだ。
なのに、なぜ?
「ミーサ、人間様がいらっしゃったというのは本当かい?」
「長老様!今目が覚めたの」
「あなたは......?」
「これはこれは、人間様。私は『ベイローク』。この村の長老をしております。まずはあなた様の名前をお伺いしてよろしいでしょうか」
そう言った竜人種はかなりの高齢に見えた。
人間よりも竜に近い見た目をしている。
木製の車椅子がガタガタと音を立てていた。
ひとりでに動く......か。
今がもう少し余裕のあるときなら驚いていたかもしれないな。
「そ、そんなにかしこまらないでください。蓮、萩月 蓮といいます。」
「ハギツキ殿、何の御用でこの辺境へ?」
「い、いえ、別に用があったわけではありません。森の中をさまよっていて魔物に襲われたときに、そこのミーサさんに助けていただいたんです」
「そうでしたか......」
「あの、ベイロークさん。教えていただきたいことがあるのです」
「なんでしょう。私にお答えできることなら何なりと」
「僕は、召喚されたときに、人間の王に言われました。『人間と他種族が戦争をしている』と。でもミーサさんと話しているとどうも違うような気がするのです」
「戦争......。人間にはあれが戦争に見えるのでしょうか」
「あれ?」
「......ミーサ。私の予備の車椅子を。ハギツキ殿にもあれを見ていただこう」
「......うん」
木製の車椅子がもう1つ用意され、そこに乗る。
車椅子なんて乗ったことがなかったが、少なくとも楽になるものではないということがわかった。
ミーサに押されて寝ていた小屋を出ると、村の全貌を見ることができた。
火山地帯というのが一番近いだろうか。
草木は多くなく、山々は煙を吐き出している。
その中腹あたりに村が作られているのだろう。
「きゅおん!」
「おまえ!付いて来ていたのか?」
「その子、離れたくないとでもいうようにくっついて来たんだよ」
「きゅおおおん!」
ミーサが僕の車椅子を押すと、ロックリザードもテクテクと付いて来る。
どうやら気に入られてしまったらしい。
30分ほど歩いただろうか。
だんだんと木々が増え、森のようになっていった。
さらに進むと、不自然に開けた場所があった。
「向こう側、覗いてみればわかるはずです」
ベイロークさんに言われたようにして見る。
そこは、村のような場所だった。
人間の村ではないだろう。
『人間に襲われている』のだから。
小さな家から、羽の生えた奴が出て来た。
獣人種の一種だろうか。
大人と子供が一緒だった。
おそらく家族だろう。
逃げようとしているようだった。
子供を抱えて走り出す。
その瞬間には魔法で作られた炎の矢で撃ち抜かれる。
別のところでは女性がひとかたまりに集められていた。
このあと起こる事に想像ができないほど、ぼくは無知ではなかった。
何より恐ろしかったのは、これを人間の正規軍が行なっていた事だ。
正規軍の装備は魔法がかけられている。
現在地が常に城に知らされ続けるのだ。
盗んだりすれば、簡単に捕まる。
だからこそ、装備さえみればわかるのだ。
「これが、この世界の真実です。『人間と他種族が戦争をしている』のではなく、『人間が他種族を蹂躙している』世界なのです」
真実は、いつだって味方のふりをして近づいて来る。
しかし、信用すれば、簡単に喰われる。
幾度となく教えられた、この世界の掟。




