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Master Code  作者: 覇牙 暁
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第八話

第八話「怪物 VS 化物」




 エーギル遺跡の最奥。


 遂に開始されたフィーラーとエージェント・バーゲストの戦闘に、それを視聴しているPYOのプレイヤー達は大きな歓声を上げていた。


 八本の足と六本の腕を駆使し、人間とは到底不可能と思われるような攻撃を間断無く次々と繰り出してくるフィーラー。


 それを真向から受けて立ち、コチラも人間とは思えない反応速度で紙一重の回避を決め続けるヒット&アウェイ戦法のバーゲスト。


 そのどちらにも言えるのは、“人間離れ”した戦闘能力。


 大部分のプレイヤー達が、彼女らの戦闘に目を奪われ、興奮すのには理由がある。


 まるで、アニメや映画のCGを見せられているような、そんな錯覚さえ覚える派手な戦い。


 誰にでも出来る事ではないのだ。

 だからこそ、そこに彼らは惹かれている。


 PYOの戦闘システム。

 それを演出しているのは、確かにゲームシステムであり、超高性能AI“alaya”であり、完璧なまでに再現された物理法則だ。


 だが、それらは演出を担当しているに過ぎない。


 実際にアバターを動かしているのは、他の誰でもないプレイヤー自身である。


 つまり、こんな人間離れした戦い方を可能としているのは、それを操作しているプレイヤーの力量だという事。


 だから、簡単には真似できない。

 だから、誰にでも出来るって芸当じゃない。


 これを可能としているのが、“ICEシステム”。


 “Image Creation Effector”の頭文字を取った略称で、意味するのは“像創造効果”。


 その名が示す通り、人間が脳で想像するイメージを具体的に物理現象としてゲーム内アバターにフィードバックするシステムだ。


 アニメや漫画、映画の主人公たちが人間離れしたアクションと演出効果で活躍する様は見ている物にとって魅力である。


 これを誰にでも自由に自分自身で演じる事が出来るようにする。


 それが、“ICEシステム”だ。


 しかし、そこには当然“才能の壁”が存在する。


 誰にでも扱える筈のシステム。

 だが、同時に誰もが使いこなせるシステムという訳ではないのである。


 それが、大衆の目を引き付ける理由。


 プロゲーマーのスーパープレイ。


 そう、この領域のプレイヤーが魅せる戦闘は、娯楽の域に達しているのだ。



 「流石、運営から“最強”とか言われただけあるなー」


 「こんなん誰でもできる」


 「んじゃ、今やって見せろよ。できんだろ?」


 「…………」



 こういった“アンチ”なんてのが湧く程度には、衆目を集められるのである。


 が、しかし。


 見ている者の全てが、この状況を快く思っている訳ではなかった。


 まだ昼間だというのに遮光された薄暗い部屋。


 明りは、端末のディスプレイから放たれるそれだけ。


 今、この部屋の主は、そのディスプレイに映し出されている映像を忌々し気に凝視していた。



 「―――どういう事だ……ッ! 何故、コッペリアの反応速度に付いて来られる!?」



 画面の中で繰り広げられている激戦。


 黒妖犬と異形の怪物による死の舞踊。


 大衆はその異常性に気付いてすら居ないが、彼は違った。


 柱を駆け、天井を蹴り、流星もかくやという角度と速度で爪牙を振るう獣。


 物理法則をまるで無視しているかのような機動性は、本来人間の感性で再現する事は困難な筈なのだ。


 重心の位置関係や反動による仰角調整を想像出来ない。


 それこそ、漫画やアニメの主人公のような超人的な動きをするには、相応の“慣れ”が必要になる。


 “慣れ”とは、即ち脳が特定の動作や行動を行う際、それを確実に可能とする為に作り出す神経細胞の最適化現象である。


 普段からこういった動きを繰り返し、その最適化が出来ていなければ出来る物ではない訳だ。


 だが、現実にそんな人間が存在するだろうか?


 居る筈がない。

 故に、超人的であるのだから。


 ならば、この黒妖犬を操っているのは、何なのだ?


 コッペリアのようなAIなのか?


 そうであるなら、納得もできる。

 だが、人間のように振る舞うそれ程高性能なAIを自分以外の人間が作っているなどという話しを、彼は知らない。



 「何なんだ……! 貴様はっ、いったいっ! 何だと言うんだッ!?」



 彼が改竄したコッペリアのアバター―――フィーラーのステータスは一瞬で書き直されてしまった。


 しかも、気に入らないのはその値だ。


 改竄したデータをその上から書き直す事が出来たなら、それこそ値を全て「1」にでもしてしまえばいい。


 それなら、これ程の力あるプレイヤー、一瞬でフィーラーを仕留める事だって出来ただろう。


 だというのに、“コイツ”はそうしなかった。


 それどころか、先ほど“コイツ”が開示して見せたステータスよりも、フィーラーに上書きされた値は遥かに高い値を設定されている。


 これはつまり、“数字上の性能差から言えば、負ける要素が無い”筈なのに、もしこれで敗北したなら、それは完全に“プレイヤースキルの差”という事になる訳だ。


 質量、体格、膂力、反射速度に攻撃手段の多様性、処理速度に思考速度、全てに於いて勝っている筈なのに……敗北する?



 「そんな馬鹿な事が……ッ!」



 握り締めた拳を机に叩き付け、吠える。


 こんな事になると判っていたなら、最初からこんな手段を選ぼうなどとは思わなかった。

 そんな、ナンセンスな後悔に奥歯が軋む。


 だが、それでも、まだ勝てる見込みはある。

 まだ、負けてはいない。


 戦況は五分なのだ。

 これなら、まだ……!


 そう、この時はまだ、そう思えていたのに。


 “見て”しまった。

 気付いてしまった。


 手元の端末でコッペリアが苦し気に眉を潜めているというのに、その時、黒妖犬は。



 「―――笑、った……!?」



 実際の犬にも笑顔を浮かべているように見える事があるが、人間にそう見えているというだけで、笑顔を見せるといったような表情筋の発達の仕方はしていないという。


 それ故、角度を変えれば本物の笑顔ではないという事が解るくらいの違和感が生じる筈なのだが、彼が今目にしたそれは、確実に“人間が見せるような笑顔”だった。


 自然に滲み出た、嘲るような笑みだった。


 その余りのおぞましさに、思わず肩を震わせてしまう程に。



 「お、のれぇ……ッ!」


 「ハハっ、速い速い。想像以上だ、誇って良いぞ、デカイの。わざわざチートなどに頼らずとも、貴様は十分に強い。褒めてやる!」



 フィーラーが振り払った剣の刃と黒妖犬が放った爪の一撃が衝突し、互いに弾かれて距離が開いた。


 その瞬間、全体チャットから大歓声が響き渡った。



 「くっそカッケー!」


 「さっきのなんだよ!? 目で追い切れんかった!」


 「マジプロい。どうやってんのか解んねー」


 「お前、口開いてんぞ」


 「おう、お前もな」



 息つく暇も無く続いた圧倒的な高速戦。


 目で見る事に必死に成り過ぎた観衆は、その大部分が唖然としてしまっていた。


 最早、人外の領域。

 そんな言葉が何処かで飛び出したが、まさにその通りである。


 方やフィーラーを操るコッペリアは人工知能であり、紛う事無き人外。


 対して、人間でありながら痛みに生の喜びを感じ、人間味を感じさせない異常性を持つ黒妖犬もまた、ある意味人間という枠から外れた怪物と言える。


 これは、そういった戦い。


 たかがゲームと一言で括る事の出来ない感慨を、観衆は感じているようだった。


 だが、しかし。


 彼女は感じていた。

 そろそろ観衆にも疲れが見え始める頃だろう、と。



 (―――潮時、かな)



 だから、笑ったのだ。

 楽しかったぞ、と。だが、そろそろ終わりにしようか、と。



 「なぁ、デカイの。どうして私が、ダメージアブソーバを全面カットしているか、貴様に解るか?」


 「な、に……?」



 まるで旧知の友に語り掛けるように、まるで生徒に講義する講師のように、黒妖犬―――『谷那 香澄』は尋ねた。


 戦闘中とは思えない程軽い足取りで、石畳の上の金貨を踏み鳴らし、何事かと硬直して凝視するフィーラーの周りをウロウロと歩き回りながら。


 そして、告げる。その答えを。



 「スリルや生を実感する為でもあるが、コレにはメリットもあるのだ」


 「メリット……?」


 「そう、“五感”が現実の人体以上に鋭敏になる」


 「ッ!?」



 その言葉を聞き、コッペリアは動揺した。


 何故なら、それは人工知能である彼女には、永劫理解する事の出来ない感覚であるからだ。


 未知に対する恐怖。

 それは恐らく、そういう物の現れであったに違いない。


 故に、理解した。


 何故、この“人間”に自分が“勝てないのか”という事を。



 「PYOの世界に生じる情報というのは、全てが実に明確だ。曖昧な物ですら、“曖昧さ”を明確に表現している。それ故に、理解を深める事が出来れば、目や耳だけでなく、音や大気の流れ、僅かな温度変化でさえ感じ取る事が出来るようになる」


 「全方位高感度センサーを装備しているような物、とでも……?」


 「そうだな、その表現は実にシックリと来る。だが……、例のダメージアブソーバという奴は、その感覚を鈍らせる事で“自然さ”を演出する効果もあるのだ。鋭敏過ぎる感覚は、慣れなければ脳を疲労させ、痛みという強い負荷ストレスを与える事にもなるからな」


 「なるほど……、そういう事、でしたのね……」



 恐らく、この時既に、コッペリアは悟ってしまっていたのだろう。


 だから、浮かべたその表情は悔し気でありながら、同時に何処か晴れ晴れとしてさえ居て。



 「―――さて、ネタばらしも済んだ。貴様もいい加減、私の顔を見飽きて来た頃だろう」



 その言葉に、フィーラーは全身を強張らせた。


 死ぬ事はない。

 AIである彼女には、そもそも肉体的死という概念そのものが存在しない。


 あるとすれば、それは“自我と意識の消滅”という表現の形を変えた“死に近い現象”だけだ。


 それがゲームの中だというのだから、そんな物を今この瞬間に恐れる必要など何処にも無いというのに。



 (……思考処理の遅延……? 今まで、こんな事……)



 と、自身に生じた変化に、優秀な人工知能は推論を当て嵌める。


 何も難しい事を考える必要などなかった。


 自分に生じた変化と言えば、この戦いで初めて知った“痛み”だけ。


 痛みは不快だ。

 避けたい物だ。


 そう、だから人間は、“痛み”を“恐れる”。


 死が恐いのではない。


 痛みが、苦しみが、恐いのだ。


 これはつまり、“痛みに対する反射”。


 もし仮に、私が肉体を持っていたなら、私は今と同じように、思考に遅延を生じさせ、動く事が出来なくなっていたのだろう。


 ―――これは、僅か一秒にも満たない一瞬の内に、人工知能コッペリアの意識が知覚した自問自答であった。



 「光栄に思うが良い。後世で誇るが良い。少なくとも貴様は、私に“この姿”を晒させたのだから」



 黒妖犬の体表を覆う黒い炎。

 それが爆発的に膨張し、周囲の瓦礫や財宝を瞬く間に焼き尽くした。



 「う、そ……、でしょう……?」



 黒炎の嵐。死を運ぶ旋風。


 常識的に考えれば解る事だが、こんな広範囲を一瞬で焼き焦がすような技が存在するなど聞いた事もない。


 だが、コッペリアには解っていた。

 こんな物、まだ“攻撃技”ですらないのだ。


 これはただ、眼の前の黒妖犬が余興に用意した“演出の一部”。


 本物の恐怖という感情に、最早コッペリアは引き攣った笑みを浮かべるしかなかった。

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