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Master Code  作者: 覇牙 暁
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第八十九話

第八十九話「夜襲、待ち伏せ」




 ―――シゲナリとの密会は、予想していたよりも穏便に済んだ。


 会談前の段階では、彼がどういった思惑で動いているのかが判然としなかった為、多少危険もあるかと考えていたのだけれど。


 実際に会ってみて、解った事はとても多い。



 (多分、彼にナエちゃんは殺せない)



 多分、というのは、確実ではない、というだけで十中八九的中しているだろう。


 アレは、ナエちゃんを“妹”として見れていないのだと思う。


 それに、もう一つ。



 (本当の妹兄にしては、余りにも“似ていない”)



 更に言えば、少し歳が離れ過ぎているようにも思う。


 そして、ナエちゃんの実家は、武家の名門だ。


 そこから推察するに、シゲナリの過去にはナエちゃんも知らない何かがあるのではないか。

 と、私はそう推察していた。



 「…………」



 黒鎖を使って一気に山を降りた私とナエちゃんは、今は馬上の人となっている。


 下山中はまぁ……予想通り、ナエちゃんが悲鳴を上げて泣き喚いていたのは言うまでもない事だけど。


 ただ、その後でグラーネに跨り、走り始めてからは彼女も少しずつ平静を取り戻したのか、私の前に座って無言で何かを考え続けているようだった。


 恐らくだけど、シゲナリの話しを反芻しているのだと思う。


 彼女らの国の情勢を鑑みれば、ナエちゃんがシゲナリの言葉をどう受け取っているのか、その辺りは察するに容易だ。


 武家の男子。しかも、その長男であるなら、上意という物の意味も重みが増す。


 ナエちゃんにとっては、私のそれより遥かに身近な問題である筈だ。


 主命として両親の始末を命じられたのであれば、どれ程苦渋の決断であったとしても、それは果たさなければならないと考えるのが、彼らの中では常識なのだ。



 (私には、解らない話しだけど)



 本物の両親の価値。

 そして、その両親を自らの手にかけるという事。


 本物の両親の価値を理解出来ていない上に、大切な存在であるという一般常識からくる程度の認識しか持ち合わせていない私には、それを手にかける意味も半端な解釈しか出来ない。


 それに、仮に私がママを殺せと誰かに命令されたとして、それが自分にとって信じて従うに値する相手の命令であったとしても、私はそれを拒絶するだろう。


 よって、何もかもが理解の範疇を超えていると言って良い。


 ただ、こうも思う。


 私にとって最優先にすべき物がママ以外にも何かあるのだとすれば、ひょっとすると私は、その命令に従うのかも知れないと。


 まぁ、有り得ない話しだし、それを論じる事はナンセンスだと感じるのだけれど。


 でも、シゲナリにとっては、そういう物もあるのかも知れないし、それはナエちゃんやこの国に住んでいる人達全てにとっても言える事だ。


 それに、その思想や文化を真向から否定してしまえば、やっている事はシゲナリと同じになる。


 だから、私はそれを否定も肯定もしない。


 否定すれば、反発が必ず生まれるから。


 それでも私がシゲナリと敵対するのは、もっと単純な理由からだ。



 (私の目的にとって、ヨイチ派は邪魔な存在だ)



 だから、そこに与するシゲナリも私の敵になった。


 ただ、それだけの事。


 けど、だからといって彼を殺してしまっては、それもやはり私にとって障害として残る事になる。


 ナエちゃんの存在があるからだ。


 彼女はきっと、シゲナリをどうにかして説得したいのだろう。


 今回の会談では、シゲナリの様子から説得を断念した様子ではあるけれど。



 「―――まぁ、何とかやってみるよ」


 「え……?」


 「お兄さんの事。確約は……出来ないけどね」



 自分の考えていた事が見透かされたように感じたんだろう。


 ナエちゃんは少し驚いて後ろの私を振り返ったけれど。



 「うん……。ごめんね。あたしには……どうにも、出来そうになくて……」


 「そうね。本来なら、力の無いナエちゃんには望むべくもない希望である事は、間違いない」


 「……うん」



 そう、私はそういう人間だ。


 何かを求めるなら、相応の何かで自ら希望を見出すべきだ。


 けれど、そう考えていながら、同時に自分でも呆れてしまう程の天邪鬼で。



 「でも、私はさ、こうも思うのよ」



 そこで言葉を一つ区切り、ちょっとカッコをつけて言ってみる。



 「人脈とか、人望ってのもさ、ある意味でその人の“実力”なんじゃない?」



 言っておいて、直ぐに恥ずかしくなり、ナエちゃんとは目を合わせない。



 「だから……まぁ、私を頼りに出来るのも、ナエちゃんの力の内って事で……一つ」


 「……っ。うん、フフッ、そうかも。そういう事にしておこうかな」



 コレだ。

 こういう笑顔があるから、人との柵って奴を増やしたくない。


 だって、どうしたって、助けてあげたくなってしまうから。



 (私も、甘いなぁ……)



 そう、内心で呆れ半分に溜め息を吐きながら、私はグラーネに鞭を入れた。


 とはいえ、イロイロと時間的余裕が無いのも事実だ。


 この国の内情や、他の亜人族との情勢にばかり気を取られているワケにはいかない。


 欠片の事。

 ママの事。


 それに、地球圏で騒がれている、リベレイターの件。



 (ダイキ、ツバサ、カナ。それに……カズ)



 情報が足りなさ過ぎて、何がどうなっているのか見当も付かない。


 なんだか良くない方向に流れが傾き始めているような、そんな嫌な予感が脳裏を過る。


 正直、今直ぐにでもエルフの里に戻り、イライザやリヴァルト、カガラやロディーと合流した方が良いのではないかとも思うのだ。


 ただ、当然彼らは以前の記憶を失っている筈で。



 (―――あぁくそっ、メンド臭い!)



 しかも、それでは、いったい何の為に過去を変えたのか。


 まるでタイムリープ物の小説やアニメでも見ているような気分だ。


 実際は、そんな複雑な物でもないし、タイムパラドックスなんて物に頭を悩ませる必要も無いんだけれど。


 ただ、量子力学的に、可能性は不確定な可能性として、波のようにしてこの世界に存在している。


 だから、前の世界とは起点を境に私を取り巻く環境が大きく変化してしまっているのだ。


 その点だけは忘れてはならないのだろう。


 全く、煩わしいったらない。


 まるで、進行中ゲームのセーブデータが消し飛んで、やり直しを強要されているような気分だ。



 「……ったく、ホンット、メンドーったらない……」



 そんな思いが思わず口から零れ出てしまった―――と、それはほぼ同時。


 高速で森林の中を駆け抜けるグラーネの直ぐ近く。


 前方十数メートル先。

 その両脇の藪の陰に、私の目は一瞬月明かりを反射する何かを捉えた。



 「カスミちゃん?」



 突然スピードを緩め、グラーネの足を止めた私に、ナエちゃんが振り返った。



 「……一つ、二つ、三つ、四つ……。計五つ」


 「ん??」



 私の呟きの意味を理解出来なかったのだろう。


 ナエちゃんは不思議そうに小首を傾げていたのだけれど。



 「ま、そんなに都合良くは行かないか」



 そう続けた私の言葉と表情に、彼女もようやく不穏な物を感じ取ったらしい。



 「……敵?」


 「そゆこと」



 私は一人、グラーネから飛び降り。



 「ナエちゃんはそこに居て。それと、グラーネ」


 「ぶるるるっ」


 「ナエちゃんを守りなさい。襲い掛かって来る奴に、容赦は必要ないわ」


 「ぶるるひひーんっ!」



 その瞬間、嘶きと共にグラーネの全身から青白い炎が吹き上がった。



 「ひぇっ」


 「大丈夫、乗り手がその炎に焼かれる事はないから」


 「そ、そうだった……ホッ」



 胸を撫で下ろすナエちゃんを微笑ましく見遣り、私は進行方向へと振り返って暗闇の先に声を向けた。



 「誰の差し金かは察しがついてるけど、夜道で若い女の子二人を待ち伏せなんて、ストーカー染みててキモイわよー?」



 が、藪の中の気配は動かない。


 ので、面倒になった私はその正確な居場所までも指摘する事にした。



 「左右の藪に二人ずつ。手前の木の上に一人。動く気が無いなら、炙り出してあげても良いんだけど?」


 「…………」


 すると、木の上の気配が動揺したのが手に取るように感じられた。



 「なーる。アンタがこの部隊の指揮官ね」


 「……。……なぜ、気付いた?」



 声と同時、音も無く木の上から飛び降りて着地した男は、薄闇で姿を隠したままそう私に問う。


 どうやら相当自分の隠密性に自信があったらしい。


 確かに、彼らは間違いなく、手練れだ。


 ただ、私はまともに相手をしてやるつもりも無く。



 「口臭が酷い」


 「……。……挑発のつもりか?」


 「ううん、事実よ?」


 「なるほど。理解した」



 続いて藪からも男達が姿を現した。


 月明かりに照らし出された彼らの姿は、全身真っ黒の忍び装束に、同じく黒い仮面。


 如何にも暗殺部隊らしいその井出達に、私は苦笑する。



 「隠密技能に自信があるにしては、随分と臆病なのね」


 「念には念を入れている。我々の任務は、如何な理由があろうと公にされてはならないのでな」


 「んまぁ、理には適ってるわね」



 先ほどの動揺は一瞬の事。


 その声音は既に平静を取り戻し、冷静さを通り越して、冷淡で無機質だ。


 やはり、慣れているのだろう。


 彼らは、会話は終わりだと言わんばかりに落ち着いた所作で腰を落とし、身構える。


 その手に握られているのは、何の飾り気も無い機能性だけを追求したような大型の苦無だった。



 (……へぇ、珍しい武器ね……)



 通常、苦無といえば大きな物でも15?、小さな物だと10?に満たない程度の長さしか無い物だけど、彼らが手にしているのは大苦無よりも更に長く、大きな物で、長さは30?以上もありそうだった。


 しかも、刃は薄く、先端部に返しも付いている。


 アレは、斬る事や引っ掛ける事に特化した主兵装用モデルと見て良いだろう。



 (なら、戦い方も大方予想できる)



 私は一切構える事もせず、極自然体で正面から彼らを見据えた。



 「あまり悠長に事を構えている訳にはいかないのでな。悪いが―――」



 指揮官と思しき男の手が僅かに振れた、その瞬間。



 「死んでもらう」



 いつの間にか移動していた背後の四人が一斉にその男の影から飛び出した。



 (―――思ったより速い)



 左右上下に四方から私へ向かって振り下ろされる凶刃。


 ……が、しかし。



 「「「―――ッ!?」」」



 彼らは苦無を振り下ろす直前、自ら急停止し、眼前で踏み止まった。



 「あら? 踏み込んで来ないのかしらん?」


 「……っ」



 彼らの武器は苦無。

 如何に大型と言えど、その間合いは決して広くは無い。


 当然だ。

 何故なら、彼らの武器が持つ利点は、不意を突いて相手の間合いの更に内側へと一瞬で入り込み、逃がさないよう一撃で返しを当て、掻き切る為の物なのだから。


 では、何故彼らは足を止めたのか。


 これもまた、必然である。



 「チッ……!」



 踏み込めないのだ。


 踏み込めば、自分達が死ぬ。

 それを、彼らは一瞬で察知していたから。



 「へぇ……。勘が良いのね」


 「き、さま……っ」



 何をした、と彼らの驚いた声が言外にそう語っていた。


 しかし、私はまだ昏天黒地を抜いてさえいない。


 いや、厳密に言えば、まだ戦闘態勢にすら入っていない。


 なのに、彼らは踏み込めなかった。


 その理由は、彼らが歴戦の猛者であったが故。



 「なまじ腕が立つと、視線や筋肉の僅かな動き、姿勢や服の皺でさえ対象となる相手の攻略情報として脳は自動的に最適解を示すようになる。で、なければ、達人同士の戦いに於いて相手を上回る判断速度を得る事が出来ないものね」


 「…………」


 「だから、飛び込めなかった。後僅かにでも踏み込んでいれば、自分が斬られると錯覚したのよ、アンタ達は」



 舌打ちを鳴らし、苦虫を噛み潰したような表情で、四人は一歩、二歩と後退る。


 彼らにとっては、理解の範疇を超えていたのだろう。


 それも仕方がない。


 苦無の間合いで刀を振る事など、本来出来ない筈なのだから。


 なのに、自分が斬られると、そう錯覚してしまった。

 それが納得出来ていないのだ。


 だから、私は答え合わせをしてあげる事にした。



 「アンタ達が感じた錯覚は、間違っていない。私には、刀以外の攻撃手段がある。それだけの事なのよ」



 勘が良い、とはつまりそういう事だ。


 だが、同時に詰めが甘い。



 「ちなみに、アンタ達が今立ってるそこ、間合いの内よ?」


 「―――ッ!?」



 私が笑顔でそう告げた、その次の瞬間。


 彼らの足元から這い上がって来た黒炎が一気に全身を呑み込んで燃え盛った。



 「がっほぁッ」


 「悪いんだけど、暇じゃないのはコッチも同じなの。邪魔だから、退いてくれる?」



 一瞬で肺の中まで焼かれ、苦しさで息を吸い込めば更に高熱の大気を体内に送り込む事になる。


 四人の暗殺者はもう放っておいても長くは保たないだろう。


 直ぐに灰も残さず燃え尽きる筈だ。


 よって、残るは指揮官ただ一人。


 ―――が、そんな私の考えは甘かった。



 「ならばぁ!」


 「死なば諸共ッ!!」



 最早声さえ発する事が困難な筈だった。


 それが、最後の悪足掻きだと解っていても、思わず呼吸が止まる。


 目の前で黒炎に焼かれる男達は、死の間際にまさかの行動に出たのだ。


 熱で砕けた仮面の下。


 そこには、最初から顔など無く。



 (コイツら、しくじった時の為に、自ら貌を焼いて……ッ!)



 個人を特定させない為なのだろう。


 しかも、よりにもよって、その不気味な顔で口に何かを咥えて向かってくる。



 (自爆する気っ!?)



 小型の爆弾だ。


 あのサイズなら威力はたかが知れているだろう。

 しかし、爆弾の性能が判然としない以上、至近距離で喰らえば、この私でも結果は想像出来ない。



 「チッ、悪足掻きを……ッ!」



 まだ昏天黒地を抜く体勢にすら入っていない。


 さしもの私も一瞬焦る……が。



 「黒鎖ッ!」



 刀を抜くまでもない。


 私はただ、そう念じるだけで良いのだ。


 それだけで、連中に纏わり付いた黒炎から黒鎖が放たれ、地面に突き立ち、その身を拘束する。



 「―――ッ!?」



 男達の表情が驚愕に歪む。


 無理も無い。

 こんな事態など想定していなかった筈だから。


 一瞬の静寂。


 そして、遅れて爆弾が着火し、男達の顔面が上顎から上を粉微塵に消し飛ばされた。


 爆発は小規模。

 思ったよりも威力は無かった。


 考えてみれば、この国の科学技術は私の知る最先端のそれより遥かに低い水準にある。


 個人が携帯可能な小型爆弾の性能で、私が比較する物など手榴弾程度の物。

 彼らの爆弾製造技術がそれを上回っている筈も無いのだ。


 命懸けの自爆特攻とはいえ、焦る理由など無かった。


 だが、それ故に。



 「―――殺った!」


 「ッ!」



 その自爆攻撃に、気を取られ過ぎた。


 爆発によるフラッシュ効果と激しい音の所為で、私は瞬間的に指揮官の存在を失念していたのである。



 「チッ!」



 舌打ちし、咄嗟に昏天黒地の柄に手を伸ばそうとしたが、私の周囲にはある筈の気配が無い。


 今更ながら、連中の目的を、私はその時になって理解した。



 「ナエちゃんッ!」



 後方を振り返るも、体勢が悪過ぎた。


 黒鎖を射出する間もなく、両手で目隠しをしたナエちゃんの背後に黒い影が飛び掛かろうとしていた。


 ―――間に合わない。


 私の脳がそう冷静に判断し切ったと同時。



 「ブルルッ」


 「―――なっ!?」



 指揮官が苦無を振り下ろしたその場所に、ナエちゃんはいなかった。


 恐らく、彼の目にはスローモーションでその動きが見えていただろう。


 とても“馬”とは思えないような俊敏な動きで、且つ背に乗せたナエちゃんを器用に振り落とさず、低い姿勢で前後を入れ替えたグラーネの姿が。



 「なん……、だ―――どッ!?」



 何が起こったのか、彼の脳は即座に理解出来なかった筈だ。


 それどころか、攻撃を仕掛けた筈の自分が、何故今になって宙を舞っているのか、その自身の痛みにすら気付けていないだろう。



 「―――がっは」



 顔面を後ろ脚で蹴り上げられた結果、しばらく宙を舞って地面へと強かに打ち付けられ、直ぐに動く事も出来ず、ただただ見上げた先に踏み下ろされる巨大な蹄。



 「ぐっぁあああッ!!」



 耐痛訓練もされているだろうに。


 それでも男は悲鳴を上げた。


 腕が千切り飛ばされる程の力で踏み付けられたのだから、それも仕方がない事だ。



 「な、なんだっ、この馬は……!? こんな、動き……がぁッ!!」



 更には左肩までも踏み付けられ、その重みで骨を砕かれ、蹄が食い込んで抜け出す事も許されない。


 私はそれを溜め息混じりに見遣り、悠然と歩み寄る。



 「馬鹿ね……。卑怯な真似をせずに、ナエちゃんじゃなく私を狙っていれば、まだ一矢報いる事も出来たかも知れないってのに」



 指揮官を踏み付けたままで私を迎えたグラーネは、それはもうドヤ顔で鼻を鳴らして見せた。



 「はいはい、良くやったわ。撫でて欲しいのね」


 「ぶるるひひーん♪」



 頭を下げて鼻先を私の胸元に押し付け、撫でろと催促するグラーネに、私は苦笑しつつ要求を満たしてやる。


 まぁ、それだけなら微笑ましいで済んで、良かったんだけど。



 「オイコラ、調子に乗るな」


 「ぶひっ」



 ちゃっかり革鎧を押し上げて服の隙間から舌先を伸ばして来たエロ軍馬に手刀を叩き込んだ。


 ってか、ブヒって、オマエはブタか(汗)



 「怪我は……ある筈無いか」


 「ふぇ……?」



 まだ両手で目を覆っているナエちゃんを見て、私は一応安堵する。


 最上位クラスの戦闘用軍馬であるグラーネが、そもそもそんなミスをする筈も無いのだけど。



 「あ、まだ目閉じてた方がいいわよ。出来れば耳も」


 「ひゃいっ!」



 一瞬目隠しを外そうとしたナエちゃんにそう釘を刺し、私は再び指揮官を見下ろした。



 「正直、使い走りの雑魚だと油断してた。無意識って恐いわ……」


 「お、の……れっ」


 「なのにさ、馬鹿みたいにナエちゃん狙おうとするんだもの……。この子、グラーネは私と違って油断も手加減も知らないのよ? ただの馬じゃないって事くらい、見れば判るでしょうに。ちゃんと情報収集しないから、こういう目にあうのよ、お馬鹿さん」



 ニッコリと笑顔を浮かべ、腰を落としてキチンと教えてあげる。


 まぁ、私ってなんて優しいのかしら!



 「安心していいわ。拷問とかそんな酷い事はしないから。というか、アンタらを送り込んで来た相手なんて、考えるまでもなく一人しかいないだろうし? アンタが何処の誰かなんて興味もないし。でも―――」



 私は彼から視線を外し、立ち上がって服の汚れを払い落として。



 「ふざけた真似をした報いは受けて貰う」



 背を向けて静かに、グラーネへ命令を下した。



 「頭を踏み潰せ。ゆっくり、時間をかけてね」


 「ブルルッ」



 私は、私の大切な物を傷付けようとする者を赦さない。


 私は、戦う意思無き無害な弱者を巻き込む者を赦さない。


 慈悲も、容赦も、斟酌も、一切無く。



 「―――殺せ」


 「ぃっ、や、やめっ! やめろっ! やめてっ、く―――い、ぎぃいいいいいいいぁあ゛あ゛あ゛ぁっ!!!」



 パンッ、と水風船を地面に叩き付けたような破裂音を聞きながら、私は何事も無かったかのようにグラーネの背に跨る。



 「ったく、何がしたかったのやら」



 そして軽く手綱を引き、グラーネを反転させた私は、その腹を蹴って再び月夜の空の下、走り出すのだった。



 「ナエちゃん、もういいわよ」



 と、声をかけるも、しかし聞こえていないようで。


 どうやら目だけじゃなく、律儀に耳までしっかりと塞いでいたらしい。


 あと、何故か口が半開きだった。



 「耐爆防御姿勢かよ……」



 まぁ、グロ耐性の無いナエちゃんにアレは辛いだろうし、仕方ないとは思うけど。


 グラーネが走り出した時点で流石に気付いて欲しかった。



 「ナーエちゃん、もう大丈夫ですよーってばさ」


 「えっ!? なにっ!?」


 「…………」



 肩を叩いて耳元で声をかけたんだけど、目と耳を塞いでいて殆ど聞こえていないらしく。


 まるで、ヘッドホンしながら爆音でエロゲやってるオッサンみたいだ。


 どうしてそうなった(汗)



 「ふむ……」



 折角だ。

 少しイタズラしてやろう。


 そう思い立ち、まだガクブルしてる彼女の首筋へと顔を寄せ。



 「……ちゅっ」


 「ひゃわーっ!」



 啄むようにキスをしてあげた。


 飛び跳ねて慌てだすナエちゃんを振り落とされないようしっかりと抱き、その背中と私の胸をピッタリと密着させ。



 「危ないから、大人しくしてなきゃ……ね?」


 「カ、カスミちゃん!?」


 「ほら、暴れないの……」



 ネットリと艶やかな声で耳元に囁きかけ、その耳朶を一口食む。


 途端、ビクンッと肩を震わせたナエちゃんの身体から力が抜けた。



 「ぁっ、うぅ……っ」


 「……あらら」



 クタっとしてしまった彼女を急いで抱え直し、引き寄せたのだけど。



 「カスミ、ちゃ〜……ん」


 「う……っ」



 振り返ったナエちゃんの瞳が潤み、妙に艶めかしく揺れていて。



 (アカン……。これ、カナの時の二の舞や)



 そう思うと、急にバツが悪くなり、咄嗟に誤魔化すように咳払いを一つした。



 「あー、なんだ。もう……大丈夫っぽい。から? うん」


 「ふぇ……? ぁ、あぁ……、うん……」



 この子、天然だ。


 私よりも敏感かも知れない……。


 とりあえず、話題を変えて取り繕おうとし、手綱を握り直して僅かにグラーネの速度を落とす。



 「んー、でさ? アイツら、ナエちゃんを狙ってたわよね」


 「あぁ、うん。そうみたい?」


 「なんでだろ」


 「うーん、なんでかな?」



 会話になってそうで、なっちゃいなかった。


 まぁ、意識を逸らすつもりで口にした話しだから、特別問題はないんだけれど。


 ただ、それでも多少気にはなる話題である。


 だから、少し確認も兼ねて続けて見る事にした。



 「単純に、私を仕留められそうになかったから、狙いを変えた?」


 「あー、それは、あるかも」


 「でも、ナエちゃんを狙った所で、連中が得する事って……ある?」


 「ん〜……、お兄ちゃんの……、仕業……?」



 と、自分の考えを言葉にしておいて、しかしナエちゃんは自信が無さげだ。


 いや、私もそれは無いと思ってるし、だから首を横に振って否定する。


 わざわざ自分から遠避けようとしてさえ見えたあの男が、わざわざ刺客まで送って暗殺しようとする理由が思い当たらない。


 それに、そもそも殺す気なら会談中にでもそう出来た筈だし、私の実力を直接その目で見た筈のアイツが、あんな下っ端にナエちゃんの始末を任せる筈はないだろう。


 加えて言えば、襲撃された場所の位置関係的に、事前に指示が出て居なければ待ち伏せなど出来る筈もない。


 と、すれば、可能性があるのはやはり、シゲナリとは別口の人間による差し金だ。



 「ヨイチ本人か、それとも、ヨイチ派の誰か……か」


 「でも、あたしを殺して、それで誰か得をする人っているの?」


 「そう、問題はそこよね……」



 確かに、ナエちゃんはカネツグ派の中核に最も近い人間だ。


 狙われる可能性は無きにしも非ず、ではあるのだけど。



 (人質にするなら利用価値は高い。けど、殺してしまっては意味が無いだろう)



 むしろ、そんな事をすれば、カネツグ派に人気のあるナエちゃんだ。一層敵意を刺激し、団結力を高める切っ掛けにすらなり兼ねない。


 こう言ってはなんだけど、彼女は非戦闘員。

 戦略的には、彼女を殺す価値がないのだ。


 にも関わらず、命を狙っていたのは何故なのか。


 シゲナリから私に関する情報は連中の間で共有されている筈。


 失敗する事は、目に見えて解っていた筈なのに……。



 「ん……? 失敗する事が、前提だった……と、したら?」



 そうであるなら、“殺されかけた事”それ自体に意味があった可能性がある。


 その可能性に、私はムカつきを覚えた。



 「そういう事かよ……」



 ナエちゃんが命を狙われた事で生じるヨイチ派のメリット。


 つまりこれは、ヨイチ派の誰かによる、シゲナリへの警告だ。



 「首輪のつもりか……。チッ」



 ナエちゃんがシゲナリの妹であり、それをこれまで仲間内で隠して来た事をしっている誰か。


 その誰かは、シゲナリが私と密会しようとしていた事を事前に突き留め、裏切りを阻止して飼い殺しにする為の算段を思い付いたってワケだ。


 『死んだ筈の妹が、今も生きている事は知っているぞ』と。

 『その気になれば、何時でも始末できるのだ』と。


 組織的な力の強さを理解しているシゲナリなら、そしてナエちゃんを手元に置けないという現状があるなら、これは十分な脅しになる。


 更には、思想的にシゲナリはヨイチを裏切れない。


 結果、残るのはシゲナリへの精神的圧力だ。


 ヨイチに知られるワケにはいかない、シゲナリの唯一の隠し事。


 それは、ヨイチへの裏切り行為であり、だからこそ公にされては困る事で。


 もう、シゲナリは私の思惑を全力で阻止する以外に道がなくなるという寸法だ。



 「これ、ヨイチじゃないわね」


 「え、そうなの?」



 私が出した結論に、ナエちゃんは首を傾げる。


 彼女の考えでは、ヨイチがこの件の黒幕最有力候補だったのだろう。


 けど、違う。


 私が持つ情報から察するに、ヨイチはそんな回りくどい手は使わない。



 (誰だ……? ヨイチ以外に、あれほどの暗殺部隊を動かせる、ヨイチ派に属していながら独断で動ける手合いは……)



 ―――ダメだ。情報が足りない。


 相手を特定し得るだけの何かが欠けている。


 ヨイチ派に属していながら、それが出来る相手を、私は知らない。


 けれど、だとするなら、だ。



 「私にも、やりようはある」



 この情報、逆手に取って利用してやろう。


 私はその場でチャットウィンドウを開き、直ぐに“彼”を呼び出した。



 「―――あ、ちょっとお使いを頼まれて欲しいんだけど。今暇?」


 『ひゃっほーう! 待ってましたぜ、姫さん!』



 私がチャットで呼び出したのは、タブレット型端末を預けておいた、私の忠臣。


 他でもない、タケイチ・ハンベイだ。



 「テンション高いわね……」


 『そりゃもう! 姫さんにゃ返し切れない程の恩がありやすんで。なんでも命令して下せぃ! ―――あーして、オレぁ何をすりゃイイんで?』



 普通にテンションって横文字を理解している辺り、彼も大分私色に染まってきたと見える。


 性格も扱い易いし、それに何より、度胸もあったり忠誠心に厚かったりもするから、案外使える駒だったりするのだ。


 私は思い付いた秘策を彼に授け、『合点でさ!』と返す彼との通信を直ぐに終わらせた。



 「今の、ハンベイさんだよね? 大丈夫かな」



 話しの内容が聞こえていたんだろう。


 ナエちゃんが不安げにそう尋ねてきたけれど。



 「大丈夫。あの子には“課金装備”渡してあるし」


 「か、カキン装備……! なんか……、強そう……」



 課金装備が何かも解っていない様子だったけど、まぁそれは良しとして。


 実際は、“元”課金装備だけど。


 兎も角、後はハンベイが上手くやってくれる筈だ。


 それで、シゲナリとの渡りを付ける。



 (むしろ、好都合だわ。私にとってはね)



 ほくそ笑む私を振り返り、ナエちゃんは苦笑を浮かべて。



 「あー……、これは、悪い事考えてる顔だぁ……」


 「人聞きの悪い事言わないの。まぁ、誰かは知らないけど、私って我儘だからね。人に利用されるのって、大嫌いなのよ……フフッ」


 「なんか、同情しちゃう。可哀相に……誰か知らないけど」



 そうこうしている内、グラーネは森を抜け、広い街道へと足を踏み入れる。


 既に遠く、関所の篝火は見え始めた。



 「さ、帰って一眠りしましょうか。明日も朝から早いしね」


 「はーい」



 深まる夜の闇。


 遮る物の無い満天の星空を見上げ、私の意識は既に明日の“約束”に向けられていた。


 一つ一つ、全てがバラバラに見えるけれど、そのどれもが一本の線で結び付けられているような、そんな感覚を覚えながら……。

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