表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Master Code  作者: 覇牙 暁
86/90

第八十六話

第八十六話「犬も歩けば弾に当たる」




 「―――…………」



 大通りの市でマツナガ・シゲナリとバッタリ出くわし、PTSDによるフラッシュバックを引き起こしてしまったナエちゃんを抱え、なごみ屋まで急いで戻って来たのがつい先刻。


 居間に敷かれた布団で、苦し気に呻きながら眠る彼女を眺め、私は深く溜め息を吐いた。



 「“兄様”……か」



 気絶する直前、ナエちゃんの口から零れ出た言葉だ。


 恐らく、ナエちゃん自身が精神の均衡を保つ為に意図的に封じていた過去の記憶。

 それが、意図せずして再会を果たしてしまった“兄様”の影響で瞬間的に掘り起こされ、ショック状態に陥ってしまったのだろう。


 ソウベイさんから聞いた通りなら、相当に壮絶な記憶である筈だ。


 蝶よ花よと育てられた良家のお嬢様が幼い時分に体験するには、少しばかり凄惨過ぎる。


 圧倒的な暴力に翻弄され、抗う術も無く蹂躙される人々の悲鳴。


 血肉を敷き詰めた赤黒い泥の大地。


 挙句、最後まで抵抗を見せていた筈の実兄が、何故か両親に刃を向け、その命を奪って何の説明も無く姿を消してしまったというのだから救われない。


 私なら兎も角、普通の感性を持った人間なら、十中八九ナエちゃんと同様のトラウマを抱える事になるだろうと疑いの余地もないかった。



 (これが全部“作り物の記憶”だっていうんだから……、ホント救いがないわ)



 もう何年も前の事だっていうその事件。


 僅か一年前まで、この世界にはこの土地も、鬼人も、魔物なんて物も存在はしなかった。


 全ては、人々の意思とそれを具現化した“alaya”が作り出した虚構の現実なのだ。


 造り手にとってはタダの“設定”であっても、それがこの世界にとっては真実なのである。


 こんな設定を考えた奴らに正直腹も立つけど……。



 (創作物という娯楽に置いて、それは紛れも無い重要なファクターだものね……)



 誰もそれが現実になると知っていて創造したワケではないだろう。


 物語上の設定であるが故に、より凄惨で、過酷で、救い様が無い程、見る者の心は揺さぶられる。


 ナエちゃんは多分、この鬼人の国に於いて、中核を成すキャラクターとして創造されたのだ。


 それ故の不幸。

 そうとしか、言い様がない。



 「ううん……、それが不幸かどうかは、私が決める事なのよね……」



 本当に不幸なキャラクターというのは、誰に注目される事もなく、理不尽に無為な死を与えられたキャラクター達なのだろう。


 そういう意味では、ナエちゃんにはまだ救いがあるのかも知れない。



 「だって、アンタはまだ、此処に生きてるんだから……」



 枕元の水を張った桶から手拭を取り、軽く絞って少し広げ、ナエちゃんの額に浮かんだジットリとした汗を拭う。


 そうして、張り付いてしまった前髪を指先で整えてあげながら、私はシゲナリの姿を思い浮かべた。



 「アイツ……生半な強さじゃなかった」



 少なくとも、この国に於いては五本の指に入る実力者と見て間違いない。


 曲がりなりにも“最強の剣士”なんて呼ばれ方をしている以上、以前オオツキ邸で殺り合った赤備え連中より格上の相手だろう。


 正面から戦えば、私といえど無傷で倒せる保障は無いと、そう思う。


 勝てないとは、言わないけど……。



 (とはいえ、そんな相手の説得なんて……流石に厳しい)



 そう、説得だ。


 勝つ事が目的ではないのである。


 まだ一度しか会った事の無い相手で、正直どんな奴なのか見当もつかないけど。


 でも、あの時ナエちゃんを案じて手を伸ばした彼の表情に、私は嘘を感じなかった。


 武人としての事情から、両親を殺害せざるを得なかったと見て、多分間違いはなく。


 個人的な私の感情を除けば、きっとナエちゃんにとっても嘗ては良き兄だったのだろうと想像も出来るのだ。


 そうでなければ、ナエちゃんがあそこまでのショックを受ける筈もない。


 だから。けど、それだけに。



 「面倒な事に……なりそうね」



 もしも、このままナエちゃんの記憶が戻ったとすれば、彼女は何と言うだろう?


 その可能性は、十分にあるのだ。


 フラッシュバックが起こるという事は、その記憶を引き出す為のニューロネットワークがまだ生きているという証左でもあるのだから。


 だけど、同時に何時目を覚ますのか、その辺りも判然としない。


 そもそも、記憶を取り戻す事が出来ない可能性だってある。


 ナエちゃんの状態如何で次に私が取るべき行動は変わってくるだろう。


 でも、何れにしたって明日の夜にはシゲナリと会わなければならない。


 その時までに、彼女が目を覚ましてくれれば良いのだけれど……と、そんな風に物思いに耽っていた時だった。



 「―――ぐぇぶへっ!!?」



 突如、私の左頬に強烈な衝撃が走った!


 痛い! っていうか、めっちゃ痛いッ!!


 意識がその一点に集中している所為なのか、時間が異常な程長く感じられる世界で、とてもじゃないけど女として有ってはならない顔と声を発しながら錐揉み状態で宙を舞う。


 次いで頭頂部を襲う第二の衝撃!


 私の頭は戦車装甲を貫徹する弾筒付翼安定徹甲弾のように土壁を砕いて見事に突き刺さった。



 「……い、いだぁ〜ぃ……」



 ズボッ! と顔だけを壁向こうの部屋に突き出し、滝のような涙を流して「なんやねん!?」と誰にともなく問うが、勿論返答など何処からも聞こえて来ない。


 仕方なく自力で頭を『キュポン!』と引っこ抜けば、パラパラと零れ落ちる乾いた土。


 余りの痛みに頭を撫でたけど、タンコブも無く。


 どうやらメタルジェット(脳漿)は噴き出していなかったらしい。



 「くっそぅ……、あたしゃ成形炸薬弾じゃねぇっての……っ」



 いやいや、むしろ“撃たれた”のは私の方であって、壁の破壊は二次被害でしかない。


 だとするなら、いったい私の身に何が起こったというのか?


 ワケも判らず立ち上がろうと床に手を付けば、指先にコツンと触れる何かが転がって来て。



 「なにこれ?」



 手で掴んで持ち上げてみると、意外に重量があった。


 滑革を二枚張り合わせ、その内側に何かをギッチギチに詰め込んである楕円とも言い難い微妙な形の球体だ。


 何て言うか……ピン〇ローターのカプセル部分に形が似てるなぁ、なんて思ったり。



 「いやいやいや! そーゆーの使ったことないし! ってか買った事もないし!?」



 と、自分の想像に思わずツッコミを入れてしまうけど、事実なんだか妙に形が似ているのだから仕方ない。


 まぁ、大きさはまるで別物と言えるサイズで、掌にちょっと納まりきらないくらい。


 とてもじゃないけど、こんな物をアレコレ……できそうもないし?


 そもそも、この中にローターなんて入ってはいないだろう。


 でも、だとするとコレはいったい……?



 「ん、まてよ……」



 微かに記憶の底で掠めた物を思い出し、数秒後「あっ」と声が漏れた。


 以前、何かの資料でコレに酷似した物体を見た事があったのだ。


 二枚の鹿革を縫い合わせて作る中空の遊具で、“蹴鞠”に使用されるという鞠だ。


 重さ的に中空とは思えないけど、コレは多分鬼人用に作られた物だからではないだろうか。


 もしくは、良く知らない人間達の想像から生み出された産物だからという可能性もあるけれど。


 何れにせよ、こんな物がこの部屋にあった記憶はないし、そもそもナエちゃんやソウベイさんが蹴鞠のプレイヤーとも思えない。


 多分だけど、蹴鞠はこの国でもある程度身分の高い者達の嗜みである筈だ。


 と、すると……?



 「―――あった」



 恐らくはコレが私の顔面を直撃したという事だろう。


 その証拠に、部屋の出入り口である襖には、この鞠が飛び込んで来たと思しき風穴が丸くポッカリと口を開けていた。


 私が立っていた位置との関係性を見るに、コイツを“蹴った犯人”は南西の方角に居る可能性が高い。


 この中途半端な球体ではバナナシュートなんて芸当も難しいだろうし。



 「それにしても……」



 飛来した鞠の威力も尋常ではなかったけれど、それ以上にあれだけの激しい騒音で全く目を覚ます気配すらないナエちゃんの肝っ玉にも恐れ入る。


 というか、先ほどまであんなに苦し気に呻いていたナエちゃんが、今はホッコリした表情を浮かべているのは何故だろう?


 なんだか妙にイラッとしたので、鼻の先っちょに“鼻ピン”してやった。



 「あぅ……っ、ムニャムニャ……」


 「狸寝入りじゃなかろうな、コヤツめ……」



 疑ってもみたけれど、どうやら本当にまだ眠っているらしい。


 まったく、シリアスが台無しである。


 と、それは兎も角。


 私はその鞠を手に立ち上がり、障子の穴の先を遠く見詰めた。


 放物線を描いて飛来したのだと考えれば、その先にあるのは……。



 「……山?」



 穴の向こうに見える景色は、小さな山。


 と言っても、丘に毛が生えた程度の背の低い山で、その麓辺りには私がこの国に入国する際通った道がある。


 記憶が確かなら、そこは太く頑丈そうな巨木が幾つも生えている樹林で、この町の人達に言わせると建材となる木材はそこから切り出しているのだとか。


 恐らく、その辺りから“発射”されたものだとは思うけど。



 「これ、2000はあるわよね……」



 その山までは、目測で2000メートル以上距離がある。


 この距離を飛ばして来たのだというなら、そいつの足は対物狙撃銃なみに強靭な脚力を有しているという事になる。


 如何に鬼人と言えど、私の知るこの国の一般市民にそれ程の事が出来るとは思えない。


 ある程度の鍛錬を日々積んでいて、魔力の扱いに秀でた者だろう。


 というか、さっきのアレにどんな意味があったのか、その辺りに興味が沸いて来た。



 「暗殺……? でも、そのワリに、並の鬼人族を即死させる程の威力もなかったわよね。というか、そもそもそれが目的なら、こんな鞠なんて衝撃吸収性の高い物体を弾体に選んだりはしないでしょうし……」



 いったい、何が目的でこんな物を私に叩き付けて来たのか。


 考えれば考える程、理解が及ばなかった。

 が、それだけに、気にはなるのだ。


 私は思考に僅かな時間を割き、そしてナエちゃんの様子を一瞥してから部屋を出た。



 「悩んでる暇があるなら、先ず動け。ってね」



 店の方で仕事中だったソウベイさんに一言告げ、ナエちゃんの事を任せた私は、店先から南西にある小山を睨み、直ぐに駆け出す。


 もう陽が暮れて、町中にも人気が殆どない。


 月明かりだけの薄暗い空へと高く跳躍した私は、鞠の着弾から経過した時間を考え、迅速にその決断を下した。



 「この格好も……随分と久しぶりだけど―――ッ」



 UI上で選択中のスキンモデルを変更。


 空中で黒炎を全身に纏った私は、次の瞬間には姿を変えていた。


 ―――“黒妖犬”。


 私のアバター名の由来でもあるその姿は、相も変わらず黒い炎を纏った体長2メートルを超える大きな犬だ。


 赤く燃える深紅の瞳で闇に軌跡を残し、民家の屋根へと着地して全速力で地を蹴る。


 途端、強く風を切る感触が肌を伝った。


 人の姿で走るより、こちらの方が断然速度が出る。


 人目に触れれば魔物と勘違いされそうな井出達故、今まではなるべくこの姿になる事を避けて来たけど。


 “犯行時刻”から少し時間が経ち過ぎている。

 あまり悠長に構えていては逃走される可能性も否めない。


 だからこその選択だった。



 「くー! 久しぶりだけど、やっぱ良い気持ちっ♪」



 この姿で全速力を出せば、私の愛馬であるグラーネ程ではなくともかなりのスピードが出る。


 体感的には、時速120km程度。


 これは地上最速と言われるチーターの走行速度に匹敵するスピードだ。


 まぁ、そのチーターでも時速120km前後が瞬間最高時速であり、この速度を長時間持続させる事は困難なワケだけど、私の“黒妖犬モード”はその限りではない。


 時速120kmを維持したまま、私は数時間走り続ける事が出来る。


 グラーネを召喚すれば更に早く・長く移動する事も可能だけど、あの巨体であのスピード。

 町中で走らせると、どれ程の規模の被害が出るか分からないだろう。(主に衝撃波やら暴風やらで……)


 つまり、2キロ程度の距離を走るだけなら、この姿の方が都合が良いというワケだ。


 よって、私は程無くして目的の山まで辿り着き、山林を駆け上って予測された“狙撃手”の狙撃ポイントへと至るのだった。


 ……しかし。



 「あらカワイイ」



 適当な樹の枝へと降り立った私は、走行速度から来る高揚感が失われる間もなくスキンモードを人型へと戻し、コスチュームも戦闘用の物へと変えて“ソレ”を見下ろしていた。



 「―――えいっ! たぁっ! えいっ!」



 距離にして10メートル程先。


 そこには、篝火の炎に照らし出された人影が一つ。


 気合こそ感じる物の、幼さを感じる掛け声で大木に向かって剣を振るう鬼人族の子供が居た。


 体捌きは拙く、脇も甘い。

 体重移動が上手く行かないようで、腰が引けてしまっているようだ。


 一目見ただけで、それがまだまだ児戯に等しいと解る程に、その子供の剣は練りが足りていなかった。


 だけど、それはなんだか妙に微笑ましい光景で、私は思わず老婆心から口を開いてしまった。



 「もっと腰を落として、脇を絞めなさい。それじゃ剣に振り回されているだけよ」


 「うぁあっ! だ、誰!?」



 何の気なしに近付き、声をかけてしまった所為で酷く驚かれてしまった。


 そこまでやってから自分の軽率さに気付く辺り、私もまだまだ修行が足りない。



 「ごめん、驚かせちゃったみたいね」


 「え、えっと……女、の子?」



 振り返ったその子供は木陰から姿を現した私にそう呟き、首を傾げていた。



 「んー……まぁ、見た目はこんなだけど、そこまで子供じゃないわ。少なくとも、アンタよりはね」



 “女の子”という表現に微妙な居心地の悪さを感じ、私は苦笑する。


 外見的に余り歳の差を感じなかったのだろうけど、実際は多分一回り近く歳が離れている筈だ。


 でも、そんな事実は彼にとって察するに余りある話しで。



 「そ、そう……なんだ」



 実感は無さげだった。


 ただ、一つ判った事がある。


 さっきの“蹴鞠”の正体だ。


 私はアイテム欄に収納していた例の鞠を取り出し、それを手に目の前の子供へ見せた。



 「これ、アンタの?」


 「あ―――っ」



 ビンゴ。


 一瞬驚いてからハッとした様子で何かに気付き、バツが悪そうに目線を逸らしてる。


 つまり、だ。

 あの意味不明な狙撃の理由は、こうだ。


 剣術の稽古が上手く行かず、苛立ちを込めて鞠を全力キック!

 運悪く、それがなごみ屋の居間へと飛び込み、私に直撃した。


 まぁ、そんな所だろう。


 その証拠に、辺りの木々には剣で斬り付けた無数の傷跡。

 枝から縄でぶら下げた細めの丸太は、漫画でも良く見る剣術修行用の道具だろうし、練習用と思しきその手の太刀は刃毀れしてボロボロだ。


 良く見れば服も泥だらけで、所々裂けてしまっている。


 どういう理由かは定かじゃないけど、彼は多分、ここで山籠もりの真似事みたいな事でもしているのだろう。


 事情は察する事も出来たし、何よりちょっと可愛らしい見た目の子だし。


 悪気があったわけではなさそうだから、“狙撃”の件は目を瞑ってやるとしよう。



 「ま、いいわ。とりあえず返しておく。ただ、今度からは蹴る方角にも少しは気を付けなさい。人に当たったら怪我するわよ」


 「う、うん……ごめんなさい」



 と、一応釘は刺しておき。


 私は改めて目の前の子供をもう少し良く観察してみる事にした。

 で、判明した事が幾つかある。


 泥だらけで裂けてしまったりしてはいる物の、着衣は仕立てが良く、また使われている素材も絹のようで高級そうだ。


 蹴鞠用の鞠なんて持っている辺りや、練習用とはいえ真剣を手にしている辺り、結構お金持ちの家の子だろう。


 目鼻立ちもクッキリとして鬼人らしく、あと10年もすればキンさんにも劣らぬイケメンに育つに違いない。


 ただ、嘘を誤魔化そうとするような態度は子供らしく、年相応。


 山の中だけど、食事もキチンと摂っていると見えて、そこそこ肉付きも良かった。



 「ふぅん……」


 「な、なに?」



 一人でそうした状況に納得している私を訝しく感じたのか、その子は不安そうにコチラを見ていた。


 けど、今の私には、それ以外にも考えるべき事があった。



 「ねぇ、アンタそれ、剣の稽古で……山籠もり? してるのよね?」


 「……うん、そうだけど」



 と、するなら、こんな小さな子供が、山籠もり? 何の為に? と、なる。


 更に言えば。



 「誰か、大人の人と?」


 「ううん、ボク一人」



 ふむふむ……。


 で、状況を整理すると。



 「子供が一人で山に籠って剣の修行……ね」



 しかも、良いトコの坊ちゃんが、と加え書きが必要らしい。


 だとすると、益々解らない。


 金持ちの家が剣の修行という理由で子供一人を山へ修行に行かせる事などあるのだろうか?


 百歩譲ってそういった厳しい仕来りのある家なのだとしても、市街地に近いとはいえ森の中には魔物も出る。


 家督を継ぐ可能性のある男子をそんな理由で山の中にほっぽり出すなど、ちょっと考え難かった。



 「ふむ……」



 兎も角、少しばかり常識から外れた状況にある子だという事だけは判った。


 2〜3日水浴びもしていない様子から察するに、日帰りというワケでもなさそうだし……。



 「―――あ、あのさ!」


 「……ふぇ?」



 思考の途中で不意に声をかけられ、変な声が出た。


 のだけど、少年は私の様子など気にも留めず、その視線は腰の得物―――“昏天黒地”に向けられていて。



 「君も、剣術の修行……してるの?」



 どうやら、勘違いをさせてしまったらしい。


 さっきの発言に加え、こんな山の中に歳の近そうな“女の子(笑)”が一人。

 剣の修行に来ている彼の身としては、そう思えるのも仕方がない事だろうか。


 私はその質問に首を横へ振り。



 「ちゃうちゃう。私はただ、その鞠を返しに来ただけ。まぁ、確かに剣は扱えるけどね、人並み以上には」


 「ほ、ホント!?」


 「うん?」



 なんだか、妙な雲行きになってきたのを感じる。


 何故かって?


 理由は、私を見る少年の目が、なんだかキラキラしているからだ。



 「ちょっと見せてよ! ちょっとでいいからさ!」


 「えー……あー……」



 そんな予感はしてた。


 人前でひけらかすような物ではない……とも思うのだけれど、小さな子供のちょっとしたお願いと思えば、まぁ断る程の理由もなく。


 私は少し考えてから。



 「しゃーないわね……。そりゃ、腕に覚えがあるって聞けば、気にもなるだろうし」


 「いいの!?」


 「ちょっとだけよ、先っちょだけ」


 「うん、“サキッチョ”だけ!」



 嬉しそうにオウム返す少年に、私は何を言わせてるんだと若干自己嫌悪。


 だって言わせてみたいじゃん!

 純真無垢な子供に、意味の解らない卑猥な言葉!


 ちょっとキュンキュンしちゃう。



 「ワクワク……っ♪」



 コレだぜ?


 両の手握ってこう……判るでしょ?

 あざとい感じ!


 あ、そういえば、最近この“あざとい”って言葉の意味、ちょっと違って使われてる感あるよね。


 可愛らしくもわざとらしいとか。そんな感じ。―――って、誰に説明してるのか、と。


 兎も角、だ!

 可愛いは正義なのである。


 なので、私は内心キャッキャしながら顔にはそれを出さず、如何にも「仕方ないなー」って空気醸しながら昏天黒地の柄を掴んだ。



 「んー、そこの太いの、斬り倒しちゃってもいい?」


 「……え?」



 と、返事も待たず、一際幹の太い例の巨木を前に、私は予備動作や意識の集中さえ無く、息を吐くように昏天黒地の刃を抜き放った。


 ―――ヒュッ! と僅かな風切り音が鳴り。



 「…………?」



 少年が首を傾げたと同時、昏天黒地の刃が鞘へと納められ、それに少し遅れて人の胴10人分にも及ぶような太い巨木がズルリと切断面に沿って滑り、やがてメキメキと音を発てて傾ぎ……たっぷり5秒はかけて地面にズシリと倒れ伏した。



 「…………っ!?」



 一瞬呆然とし、僅かに間を開けて驚愕に目を見開いた少年は、目の前の事象をようやく理解したようで。



 「す……っ」


 「す?」


 「すっごーいっ!!」


 「うぉうっ!?」



 まるで奇術師の手品でも見せられたかのように飛び跳ねて興奮し、倒れた巨木をあっちこっちから観察する少年。


 余りの喜びように、ちょっと面食らってしまった。



 「スゴイ! スゴイよ! ねぇねぇ君! 今の、いったいどうやったの!?」


 「いや……別に、何か特別な事したってワケじゃないけど……」


 「うっそだー! だってあんなの、大人のお侍だって出来ることじゃないよ! 」



 大人の“お侍”ときたか……。


 普通、一般階級の人間は、侍の事を“お侍”とは呼ばない。


 大抵の場合、“お侍さん”か、“様付け”が基本だ。


 つまり、この子はそれなりの家格がある家の子という事になるワケで……。



 (やっぱ、どうにも気になるわね、この子……)



 ヤイノヤイノと騒ぎ立てる少年を適当にいなしつつ、私はそんな事を考えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ