第八十四話
第八十四話「錯綜図」
―――オオツキ・トキザネ捕縛から二日が経った。
ヨイチ派から切り捨てられた事実を知ったオオツキは、モリ・カネツグ……キンさんの手で裁きにかけられ、概ね罪を認め、今は奉行所の牢屋で大人しくしているらしい。
本来なら晒し首にされる程の重罪を犯していたけど、その辺りはまだ利用価値があるとの判断で終身刑を言い渡されている。
まぁ、無難な判決だろう。
気に食わない奴だけど、この国の先行きを考慮すれば、実際あの商才は捨て置くには惜しいと私も思うから。
兎も角、囚われていた女性達は皆無事に解放され、オオツキの息がかかった一部のヨイチ派は将軍家で抑える事に成功した。
戦力の大部分は既にシドウ家が抱え込んでいて、手が出し難い状況になっているようだけど、それは大した問題じゃない。
そう、問題は別にあるのだ。
「―――チッ、この時間の無い時に……っ」
なごみ屋の居間で情報収集から戻ったシノと合流し、私は報告を受けている所。
同席しているのは、私とシノ、それにソウベイさんとナエちゃん、そしてキンさんの五人だ。
上座だの下座だのは一切無しで、円形のちゃぶ台を挟んでそれぞれ適当に腰を下ろし、今後の行動方針を決める会議中。
外には護衛の兵が巡回していて、屋根裏や軒下にも“草”を配置してある。
呪術的な結界を用い、外部への音漏れも防いでいる辺り、腐ってもキンさんは将軍家跡取りって所か。
「しかし、参ったな……。カザミ君の話しが事実だとすると、巫覡衆が関わっている可能性が高い」
「巫覡衆……。またその名前か……」
シノから受けた報告によると、シドウ・ヨイチが城から姿を消したらしい。
ただ、逃げたという訳ではなく、シドウ家家臣らは何か目的を以って粛々と活動を活発化させていて、目立った混乱などは見られなかったって話しだ。
「ねぇ、キンさん。結局、その巫覡衆ってどんな奴らなの?」
私がそう尋ねると、キンさんは顎先に手を添え、神妙な面持ちでその詳細を語ってくれた。
「巫覡衆というのは、代々将軍家に使える“巫術師集団”だ。この国の神事や祭事、医療を司り、政にも強い発言権を持っていて、鬼人族には稀有な“巫術”という技術を扱う才能を持つ者達の集まりさ」
聞く限り、それは嘗ての日本に存在したという“陰陽寮”のような組織らしい。
ただし、コチラは実際に様々な超常的技術を有し、国防の要といった側面も持ち合わせているようだった。
彼らが扱う“巫術”については、やはり大方の予想通り、技術体系の異なる“魔術”と考えて問題無さそうだ。
特に、“荒式神”と呼ばれる陰陽師の式神と同質の存在を操る技術に長けていて、その驚異的な力で人心を掌握しているらしい。
しかし、元は将軍家に仕えていた彼らも、今やヨイチ派に完全に取り込まれてしまっているようで。
「ヨイチが巫覡衆の力を借りて隠遁しているとなると、探し出すのは容易じゃない……」
「ムカつく……けど、事実……。アタシでも……尻尾、を……掴め、なかった……」
悔し気に顔を顰めるシノの表情からも、それがどれ程巧妙であるかが感じ取れた。
「オオツキの件でヨイチ派は全体的に浮足立ってる筈。なのに、このタイミングで隠遁するなんてのは、普通下策よ。家臣達の信用を失い兼ねない」
「でも……実際、そうは……なって、ない」
「そう。それだけのカリスマ性をヨイチが有しているって事でもあるんでしょうけど……」
私が警戒しているのは、そこじゃなかった。
「この状況で敢えて隠遁を選択する理由。それは……」
「十中八九、時間稼ぎだろうね……。ヨイチめ、いったい何を企んでいる……?」
キンさんは渋面を浮かべ、苛立たし気に溜め息を吐いた。
多分、キンさんの想像通りだ。
シドウ・ヨイチは、間違いなく何か大きな事をやらかそうとしてる。
それがどれ程の物なのか、想像もし得ないけれど。
(保険、かけとくべきかな……)
私はUI上のインベントリを見遣り、ある決意を固めていた。
“荒式神”と“巫覡衆”。
そこから予測可能な、最悪の事態を想定して。
「―――シノ、アンタにこれ、預けておく」
「……?」
私はインベントリからヴォイドフリックで取り出した“あるアイテム”をシノへと手渡した。
それは、一見掌上で浮遊する水晶にも似た緑色の正立方体で。
「こ、れは……っ!」
中身を確認したのだろう。
シノの相貌が見開かれ、爛々と輝いた。
「遊ぶんじゃないわよ、玩具じゃないんだから」
と、念を押すと、シノは何度も首を縦にブンブンと振る。
これ、多分分かってないヤツだ……。
「外部ツールになるけど、エミュレータも一緒に入れてあるから、今の内に慣れといて」
「了、解っ!」
ふんすっ、と鼻息荒く親指を立てたシノに、私はちょっとどころかかなり不安を覚えたけど、これもまぁ仕方ないと割り切る。
が、その様子を他所から見ていたナエちゃんが不思議そうに首を傾げ。
「ねぇねぇカスミちゃん、今の……なに? すっごく綺麗な石みたいに見えたけど」
「あぁー……、ちょ〜っと説明が難しいかな」
その問いに、私は苦笑せざるを得ない。
というのも、さっきのはデシタルキューブって奴で、アバターラ……もとい、リベレイターがアイテムのトレードなんかを直に行う際に表示される仮想情報の状態で、小さな物であれば直接アイテムの元情報を読み取って引き出す事も出来るんだけど、手渡しが困難な物体がこういう“表示”になるからだ。
つまり、“そういう物”を手渡したって事。
でも、それをナエちゃんに説明するには、ナエちゃん自身に基本知識が足りておらず。
「ん〜、私らの世界では、大きな道具を手渡す時に、ああいう状態で取引するのが常識? なのよ。コッチの世界じゃ、見慣れない物だろうけどね」
「ふぅ〜ん……?」
コッチもまた、良く分かっていない様子だった。
まぁ、後で詳しく説明してあげれば良い。
そう考えて、私は一先ず話しを戻す。
「兎も角、シドウ・ヨイチが見付からない事には始まらない。シノ、キンさんトコの家臣と協力して、引き続き捜索をお願い」
「了解した」
「ん……っ」
「ソウベイさんとナエちゃんは、町のみんなからそれらしい情報を手当たり次第に掻き集めて」
「へいっ」
「お任せっ!」
それじゃ、解散! と、私がそう告げると、各々立ち上がり、彼らは襖を開けて部屋を出て行く。
「カザミ君、家の方で話しを詰めようか」
「ら、じゃ」
シノの独特の返事にキンさんは戸惑っていたけど、だいたいの意味は感じ取れているみたい。
そこにナエちゃんが加わり、三人は雑談を交えつつ一緒になごみ屋からキンさんの別宅へと向かうようだった。
普段なら私がナエちゃんの護衛に付く所だけど、シノが同行しているならそれも必要ないだろう。
なら、私には時間に余裕も生まれるってもので。
(って……なにしよ?)
部屋を出た所で何もする事が無い事に気付き、足を止めた。
基本的に忙しいばかりの毎日で、こんな風に微妙に時間が空くなんて事は滅多にない。
その所為で、何をしようか悩んでしまう。
ハンベイの見舞いにでも行く?
それとも、適当に広い場所を探して、剣の稽古でもしようか?
以前の私なら、アニメや漫画の消化に時間を充てていたんだろうけど、こんなご時世だ、アニメも漫画も新作なんて出ている筈もない。
実家に戻ればPCや積みDVDなんて物もあるけど、それも此処じゃ無い物ねだり。
どうしたものか、と暇の潰し方を模索していたんだけれど……。
「カスミちゃん、ちょっと……いいかい?」
「ん?」
不意にソウベイさんに呼び止められた。
振り向いてみると、なんだか神妙な面持ち。
「実ぁ、今の内に……ナエの事で、どうしても話しておかにゃなんねぇ事があるんでさ」
「ナエちゃんの……?」
聞き返した私に、ソウベイさんは酷く思い詰めた様子で頷き返した。
どうやら、かなり大事な話しがあるみたいだ。
暇を潰す手間も省けるし、と私は今出ようとしていた居間へと再び逆戻りする。
すると、ソウベイさんは襖の外をキョロキョロとして、誰も居ない事を確認し、後ろ手で襖を閉めてコチラへと近付いて来た。
「どしたの、そんな慎重になって……」
「余り、他人にゃ聞かせられん話しなもんで……」
「内密な話し、って事?」
「へぃ」
これは……相当だ。
キンさんの家臣らにも聞かせられないって事みたいだし。
私はMAPで周囲に誰も居ないかを確認し、その上でソウベイさんに安心して話して良いと付け加えた。
「アンタさんが大丈夫ってんなら、そりゃ安心できるってもんだ……」
それで安堵したのか、ソウベイさんの表情も少し和らいで見えた。
……が、しかし。
何かを言おうとしているのは解るんだけど、話しは一向に始まらない。
あー、とか、いやぁ、とか、上手く切り出せないでいるみたいだった。
それから、しばしの沈黙。
ようやく決心が付いたのか、ソウベイさんは重々しく口を開いた。
「その……ナエの記憶について、なんだが……」
「あー、うん。本人から聞いてる。昔の記憶が無いって、アレでしょ?」
「へぃ……。ただ……あの子は覚えちゃいねぇみたいなんですが、あっしや町の人間は、何人かあの子の過去を……その、知ってるんでさ」
「え……」
ワリと衝撃的だった。
ナエちゃんが記憶喪失なのは知っていたけど、記憶を失う以前の事や家族の事、出自なんかについては、誰も知らないと聞かされていたからだ。
ところが、一番身近な筈のソウベイさんや、一部の町人達は、その事情を知っているのだという。
知らないフリをしてナエちゃんを騙しているって事だけど、私が知る限り、何の理由も無くそんな事をするような人達じゃない。
それに、他人には聞かせられないっていう前置きもあった。
つまり、ナエちゃんが知ると、彼女自身に害が及ぶかも知れない類の話しって事だろう。
「……続けて」
「へぃ」
真剣に聞くそんな私の様子から、ソウベイさんも腹を決めたようで。
彼がいう、ナエちゃんの過去について、私は知る事になるのだった……。
しかし、丁度その頃。
私の知らない所で、事態は静かに、そして大きく変化を迎えようとしていた。
「―――どうやら、間に合いそうだな」
その野太い男の声が響いたのは、国境に程近い山林の奥深く。
注連縄と呪符で封じられた、小さな洞穴の最奥部だった。
篝火の炎に照らされた広大なドーム状の空間には、薄暗い闇に浮かび上がる一つの社。
日本古来の社殿建築に似たその神殿を前に、数十名の巫覡衆が浄衣を身に纏い、祝詞を捧げていた。
神殿の祭壇に安置されているのは、直径50センチ程もあるゴツゴツとした岩石。
その岩石の正面部分には窪みが彫られ、妖し気に淡紫色の焔を湛える楕円の鏡が嵌め込まれていた。
満足そうに笑みを浮かべるのは、猛る獅子を思わせる長髪の大男。
隆々とした体躯と肉食獣の眼光を持つその男は、紛れもなくシドウ・ヨイチその人だった。
「はは……っ、既に調整も済ませておりますれば、後は“器”に呪力を満たすのみでございます」
傍で答えたのは、嗄れた声の緋袴を身に着けた白髪老人。
他の巫覡とは異なる風格のような物を醸し出す彼は、糸のように細い目で眦を下げ、祭壇を見詰めていた。
「制御は……可能なのであろうな?」
「無論にございます。ですが……本当に宜しいので? ヨイチ様のお力を以てすれば、あのような小娘一人、造作もありますまい」
「飽くまでも保険だ。それに……」
そこで言葉を区切り、ヨイチは思う。
(あの娘……、何処か得体が知れぬ)
続く言葉が無い事に首を傾げた老人だったが、ヨイチは。
「……いや、些事だ。気にするな」
「はぁ……」
「何れにせよ、万が一も許されぬのだ。貴様とて、それは解っていよう? アケビの」
「重々に……」
そう答え、恭しく頭を垂れた老人に、ヨイチは背を向けた。
「後は任せる。くれぐれも抜かりの無いようにな」
「は……っ、お任せを」
洞窟の出口へと向かう彼の隣。
不意に現れた長身の男が並んで半歩後ろに付く。
「報告を聞こう」
歩きながら尋ねたヨイチに、長身の男……マツナガ・シゲナリは答える。
「今の所、こちらの動きに気付いた様子はありません。ですが、手練れの忍が周囲を嗅ぎ回っているようで、そう長くは」
「オオツキの所に現れたという、二人目の娘か」
「はい」
ヨイチは暫し考え、さして表情を変える事もなく続ける。
「捨て置け。そう時はかからぬ」
「……御意」
会話は僅かにそれだけ。
そうして二人の姿が薄闇に溶け、気配も感じられなくなった頃。
それを見届けて振り返った緋袴の老人は、静かに祭壇へ向き直り、まるで能面のような冷たい笑みを浮かべた。
「―――ようやくじゃ……。ようやくじゃよ、愛しき我が子。“此れ”を以って、お前は世に再び放たれる……」
老人の手が掲げたのは、淡く緑光を放つ鉱物にも似た結晶体。
掌上で交じり合う紫と緑の輝きは、まるで共鳴でもするかの如く僅かに光を増し。
「ヒヒ……っ、ヒヒヒ……っ」
この時初めて、老人の顔から仮面が剥がれ落ちた。
そこに映し出された感情は、一言にするなら……“狂喜”。
彼の真意を知る者は他に無く、それはヨイチでさえ例外ではない。
時は刻々と刻まれ、それぞれの思惑を加速させて行く。
そして、真実を知らされた私もまた……。
「―――はぁ〜……、頭痛ぇ……」
思わぬ事態に困惑し、頭を抱え込んでいた。
なごみ屋でソウベイさんから聞かされたそれは、確かにナエちゃんにとって知るべきではない物だったのだ。
「マツナガ……って、それ確か……」
「へぃ……。ナエは……いえ、“ナエ様”は、シドウ様の懐刀、この国一の剣豪と噂される剣の達人、マツナガ・シゲナリ様の……実の妹君でごぜぇます」
ナエちゃんの本名を聞かされたその瞬間、既に大凡の事を私は悟っていた。
マツナガ・シゲナリという名には勿論聞き覚えがあったから。
シドウ・ヨイチに付き従う凄腕の剣客。
剣聖とも称される程の剣の腕前で、代々将軍家剣術指南役を任せられて来たマツナガ家の当代宗家家長。
数年前に不慮の事故で家族全員を失っており、唯一生き残ったのが長男シゲナリだったという。
だけど、ナエちゃんはそのシゲナリの実の妹で、それはつまり……。
「言うまでもなく、なぁ〜んかキナ臭いわね……」
数年前にマツナガ家宗家を襲った不慮の事故。
生き残った唯一の長男が家督を相続し、ヨイチ派に与している。
そういった事情を踏まえ、実はもう一人生き残った妹が居て、しかも良家の息女であるにも関わらず、その存在が秘匿されて記憶喪失なのをいい事にまんま放置されているという話し。
これだけでも、臭うものが十分に感じられる。
不慮の事故ってのだって、それが本当に“不慮の事故”だったのか、疑問に感じてしまう程度には。
「お察しの通りで……」
どうやら、そういった感情が顔に出てしまっていたらしく、ソウベイさんは私の想像を肯定した。
まぁ、そもそもそういう話しでもなければ、周囲の目を盗んで私に伝える理由もないだろうってトコなんだけど。
「単刀直入に聞くけど、“事の真相を知った上で”私に頼みたい事がある、って受け取っていいのかしら?」
その問いに首肯し、ソウベイさんはナエちゃんとシゲナリの過去について、声を潜め、静かに訥々と語り始めた。
―――それは、もう五年も前の出来事だそうだ。
マツナガ家の先代当主……つまりは、シゲナリの父親が稽古中の事故で利き手を負傷した事に端を発した。
年齢的にはまだまだ現役で指南役を務められた筈だったらしいけど、その怪我が原因で剣を握れなくなったシゲナリの父は、代替わりを余儀なくされた。
だけど、跡目争いなんかが起きる事はなかった。
理由は、シゲナリの剣の腕。
当時、既に父の技を超えていたシゲナリを後継にと支持する声は大きく、シゲナリ自身もその責任を重く受け止め、自ら後継者として実の父に名乗り出た程だったそうだ。
でも、父もそれを快く認め、いよいよと相成った頃、事件は起こった。
今は亡き先代将軍イエノブの御前にて開催される予定だった他流試合のその日、城へ向かうマツナガ家一行の馬車が突如現れた魔物の群れに襲われたのだという。
とはいえ、マツナガ家と言えば国内でも五指に数えられる程の武家。
護衛する武士達の実力は語るまでもなく一流だ。
魔物の群れ程度でどうにかなるなど考えられない。
……が、それは飽くまでも、襲って来た魔物の群れが“普通の魔物”であったなら、の話しだった。
魔物とは思えない程統率の取れた動き。
その上、一匹一匹が異常な程手強く、護衛の武士達は為す術もなく次々と倒れていったという。
シゲナリの父も利き手を失ったとて無抵抗ではなかったようだけど、それでも数の脅威に圧倒され、倒れた。
ただ、そんな中でもシゲナリは一人奮戦していたという。
「負傷したナエちゃんを庇いながら、傷だらけになって……か」
ソウベイさんの話しを反芻し、私は考える。
鬼人族が有する戦闘能力はかなり高い。
それも、指折りの武人となれば魔物程度に後れを取るなど考えられない。
実際に鬼人族の武人とも魔物とも戦った経験のある私に言わせれば、そういった回答しか導き出す事が出来ないくらい力の差は歴然だ。
でも、そうはならなかった。
歴戦の武人達が束になっても敵わない魔物の群れ。
その瞬間、私の脳裏に焼き付いた真新しい情報が浮かび上がる。
「―――まさか、“荒式神”……?」
ついさっきキンさんから聞いた情報を統合する限り、“荒式神”と魔物はそう大差ない見た目らしい。
もしマツナガ家の人達を襲ったのが“荒式神”だったとすれば、その強さや統率の取れた行動というのも納得が行く。
そんな私の推察に、ソウベイさんは判然としない、と答えた。
ただ、やはりキンさんから聞いた話しを考慮すると、その可能性を否定出来ないと言う。
そして、だ。
もし仮に、マツナガ家の人達を襲ったのが荒式神だとすれば……?
「手引きしたのは、“巫覡衆”である可能性が高い」
「へぃ、あっしもついさっき、その考えに至った所なんでさ」
ソウベイさんは私の答えに同意する。
でも、その同意に、私はふと違和感を感じた。
「ねぇ、ソウベイさん。“ついさっき”って、どういう事? ううん、そこだけじゃない。そもそもソウベイさんの話し、まるでその“現場を見ていた”ように聞こえるんだけど」
「流石に、察しが良い……。先刻申しやした通り、あっしにゃ荒式神と魔物の違いなんて解りゃしやせんから、“別の要因”からその推察に至ったってだけなんでさ」
「別の要因?」
「アンタさんが仰った通り、あっしは確かにその場に居合わせたんでさ。ただ、いろいろ偶然が重なりやして、今もこうして“なんとか町人として生きていられる”ってなワケでして」
ソウベイさんが事件当時の現場の状況に詳し過ぎる理由。
それは、彼が当時、その場に居合わせたからだという。
どうして甘味処の一店主である彼が、マツナガ家の一行と行動を共にしていたのか。
聞けば、なるほど納得。
先代マツナガ家当主の奥方とソウベイさんは交流があったらしく、先代奥方が御前試合で城に赴くと決まった際、奥方の意向でなごみ屋の甘味を献上品として将軍イエノブに差し入れる事が急遽決まったのだそうだ。
先代の奥方ってのが気分屋だったらしく、その決定が下されたのは御前試合の前日で、ソウベイさんは慌てて用意をしたんだとか。
結果、急ぎの案件で手違いが起こり、マツナガ家一行の同行人目録にソウベイさんの名前が載る事はなかった。
だから、書類上彼は、その場に本来存在しない人物として同行していたらしい。
お陰で難を逃れた。と、ソウベイさんは苦笑する。
でも、聞けば聞く程おかしい話し。
難を逃れたというが、実際ソウベイさんは魔物か荒式神か、何れにせよその襲撃を受けてしまっている。
難を逃れたというのは、その中で生き残れたからなのか? と腑に落ちない考えを巡らせていた所。
「あっしは何とか死んだフリして馬車の影に隠れてたんですがね……。同行してた護衛のお侍様方も全滅しちまった頃、急に魔物の攻撃が止んで、何事かと恐る恐る顔を上げたんですよ。そうしたら……」
「……?」
「遠くから次々魔物が蹴散らされていって、そこに―――」
「―――シドウ・ヨイチが現れた、と」
「っ! へい、まったくその通りで」
言い当てられた事に驚きを見せるソウベイさんだったけど、その推察は特別難しくもなかった。
なぜなら、既にソウベイさんは、その襲撃が魔物ではなく、荒式神による物と仮定した時、巫覡衆の存在を疑ってかかっていたから。
どうして魔物と荒式神の区別がつかない彼が巫覡衆の関わりを疑えたのか、それには十分な理由があった筈だと考えられたからだ。
つまり、魔物と私が知らない“何かしらの情報”を下にそう推察したという事。
そして答えが巫覡衆の関与なら、そこに繋がる人物は、シドウ・ヨイチかその一派でしかあり得ない。
「マツナガ家の襲撃自体、そもそもシドウ・ヨイチが画策してた可能性があるって事か……」
飽くまでも可能性の話だが、十中八九そうと見て間違いないだろう。
だけど、だとするなら、どうしてマツナガ・シゲナリは自分やその家族らを襲ったヨイチ派に与しているのか。
どうにもまだ、その関係が繋がらない。
そう思っていた所に、ソウベイさんの答え合わせは始まった。
「最初は、ヨイチがシゲナリ様を助けに来たのかとも思ったんですがね……。けど、そうじゃなかった」
その場に現れたヨイチがシゲナリに話したのは、将軍家への謀反を匂わせるような思想的な物だったという。
衰えた鬼人族の力。
亜人族内での倭国の立場。
そして、将軍家の国政に対する当時のスタンス。
要約すると……。
「鬼人族の力と誇りを取り戻す為に、力を貸せ、と……」
「へい」
そして、その上で、ヨイチは家老としてシゲナリにとんでもない命令を下した。
「―――チッ、胸糞悪い……ッ」
ソウベイさんの口から語られたその指令内容に、私は思わずそう吐き捨てた。
『―――血肉を分けた親兄弟、その全てを自らの手で殺め、証を立てよ』
ヨイチはそう命じたらしい。
命じる方もクソだけど、それに従う方も従う方だ。
仕えると誓った相手の命令なら、その場で無為に腹を切れと言われても一切迷わず腹を切る。
嘗ての日本でも見られたそういう悪習がこの国でも平然と罷り通っていたという事だ。
今のご時世なら、イエスマンに対して“お前、死ねって言われたら死ぬのかよ!”って問いに、死んで答えるような馬鹿はそういない。
でも、当時の日本やこの国はそうはならない。
大抵の武人は、主命に従って疑いも迷いも微塵もなく、喜んで自ら腹を切るのだ。
しかも、それを“高潔な死”と受け止めている嫌いさえある。
そして、シゲナリという鬼人は、良くも悪くも一本筋の通った武人だった。
ヨイチの思想に同調し、命令に従ってまだ息の合った両親をその場で殺害。
そのままヨイチと共に何処かへと去って行ったという。
「どいつもこいつも……。その死に意味があるっていうなら、命令に従うのも頷ける。けど、“覚悟を示す為だけ”に家族を皆殺しにしろって、そんなの……どうして納得できるのよ……」
そんな苦々しい私の呟きを聞いたソウベイさんは、しかし。
「い、いや、ちょっと待って下せぇ、話しはそこで終わりじゃねぇんでさ!」
「は……? なに、どゆこと……?」
不機嫌を顔に張り付けて問い返した私に、ソウベイさんは慌てて話しを付け足した。
それは、聞いた私の感情が複雑に混乱するような話しで。
「よく考えてみて下せぇ。シゲナリ様は、ナエが負傷して倒れているのを身を挺して守っていたんですぜ?」
「え……あ、れ……?」
そう。そういう事なのだ。
シゲナリは、まだナエちゃんが生きているのを知った上で、両親だけを殺してヨイチについて行った。
その場に、負傷したままのナエちゃんを残して。
それに、とソウベイさんは付け加える。
「シゲナリ様は……最後、立ち去るその瞬間、ほんの一瞬なんですが、あっしが隠れていた馬車の方へ目を向けて……」
目が合った気がしたと、ソウベイさんは言う。
そのお陰で、ナエちゃんがまだ生きているんだと、ソウベイさんは気付いたらしい。
「あの時……、もしシゲナリ様と目が合わなかったら、あっしはナエに気付かず、見殺しにしちまってたかもしれねぇ……。だから、でしょうかね……。あっしはどうにも、あのお人が平然と親殺しをした冷酷なだけの人間とは、とても思えねぇんでさ……」
「…………」
親殺しは事実。
それは、もう決して変えられない。
けど、確かにそれを聞いてしまうと、私にも揺らぐ物があった。
どんな理由があったのかは本人しか知らない事だろうし、単純に放っておいてもナエちゃんは死ぬと思っただけなのかも知れない。
ただ、それでもシゲナリはナエちゃんの実の兄、唯一生き残ったただ一人の肉親だ。
本物の家族の間に生まれる絆とか愛情とか、そういう物を厳密には知らない私だけど、それでも“そういった物”が大切にすべきもので、軽んじてはいけない物だという事くらいは“識って”いる。
だから―――。
「こんな事、お願いできる立場じゃねぇってのは十分理解してやす。ですが……どうか、お願いしやす……。ナエに、これ以上寂しい思いをさせたくねぇんです。だから、だからどうか……!」
つまりは、“今は敵かもしれないけど、どうか殺さないでやってくれ”と、そういう事なんだろう。
縋るように膝を折り、そんな風に懇願するソウベイさん。
私としては、正直これ以上の面倒事を抱え込みたくはないし、何も考えずにサクサク目的だけ果たして“欠片”の情報を手に入れたい所。
それに、地球……今はミッドガルドの一部になってるけど、そっちで揉め事起こしてるっていうダイキ達の事だって気になる。
けど、それでも。
「あー……ったく、ホンットままならないわ……」
衝動的に頭をワシャワシャと掻き毟り、深い溜め息を一つ吐いて。
「……わかった。悪いようにはしない。ただまぁ、確約は出来ないけど……」
そう答えると、ソウベイさんはまるで我が事のように顔を綻ばせ、何度も感謝の言葉を口にしながら私に頭を下げていた。
まぁ、ナエちゃんとは私も赤の他人なんて言えない関係だし。
私だって、ナエちゃんに悲しい思いをさせたくはない。
これでも、家族を失う痛みってのは、解っているつもりだから。
(しゃーない……、ほっとくのも寝目覚め悪いしね……)
私はまた一つ深く溜め息を零し、実際に戦場でシゲナリと相対した時の事を想像してゲンナリするのだった……。




