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Master Code  作者: 覇牙 暁
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第八十話

第八十話「地下牢からの救出」




 ―――「地下牢を探して!」


 オオツキ邸敷地内のほぼ中央に位置する離れの建物。


 攫われた鬼人族の娘達が囚われているとされる、この家の主オオツキ・トキザネの遊技場だ。


 警備に当たっていた衛視を沈黙させ、そこへと押し入った香澄は、内部に他の衛視が存在しない事を確認すると、直ぐ様キンシロウ達にそう指示を飛ばした。


 平屋造りで二階は屋根裏。

 一階部分に娘達が捕らえられているような場所は無く、見取り図の記憶を遡った所で地下牢の存在を思い出したからである。


 予想以上に広い建物で、隈なく家探しをするのは多少の時間を要したが、それは直ぐに発見された。



 「隠し扉とはね……」



 妙に整頓された倉庫の奥。


 最奥の壁際に不自然に一つだけ置かれた和箪笥。


 そこにある物は、三次元MAPを展開出来る香澄の目を誤魔化す事が出来なかった。


 何かしらの絡繰りが潜んでいるのだろう。


 力任せに動かす事は出来ないが、MAP上ではその向こうに道が続いているのが見受けられた。



 「面倒臭いわね……。バラッバラに切り刻んでやろうかしら」


 「だ、ダメだよカスミちゃん、何が仕掛けてあるか解らないんだから!」


 「解ってるわよ……」



 キンシロウの言に忌々し気に返した香澄は、苛立ちを隠そうともせず。


 致し方無しと箪笥のあちこちを調べ始め。



 「こういうトコ、手突っ込みたくないのよねぇ……」


 「どうして?」


 「どうして、って……こういう壁際の狭いトコってさ、ホラ……クモとかいるじゃん」


 「え……クモ? って、あの“蜘蛛”?」



 不思議そうに聞き返すキンシロウに、香澄は「他に何が!?」と如何にも不満そうに言う。



 「だってクモよ!? 足八本もあんのよ!? つか、なんで頭と胸が一体になってんの? 複眼てなに!? なんでお腹膨らんでんの!? なにアレ、ヤダ、キモイ!」


 「に、苦手……なんだ?」


 「得意な奴とか頭おかしいわ。絶対沸いてるって思うの!」



 癇癪でも起こしたみたいに声を荒げ、キンシロウに対して熱弁を揮う香澄。


 しかし、キンシロウにしてみれば、それは意外で。



 「やっぱり、女の子らしい所もあるんだよね……、やっぱり」


 「は? なんで“やっぱり”を強調した? どういう意味だコラ」


 「いや、あはは……」



 見た目とは裏腹に長大な得物を振り回し、鬼神の如き圧倒的な強さで膂力強い鬼人の武士を物の数にも入らぬとばかりに次々と縊り殺す。


 かと思えば、その見た目の幼ささえ武器にして妖艶な色香で男を誑かせて見せたり、顔色一つ変えずに“始末しろ”なんて言い放ってみたり。


 とても年頃の少女とは思えない言動や行動が普段から目立つばかりに、キンシロウは笑って誤魔化す以外になかった。



 「では、自分が」



 香澄の代わりにと狭所へ手を伸ばそうとするキンシロウに、そんな事を主君にはさせられないと家臣の一人が名乗りを上げた。


 直後、その家臣の表情に確信が浮かぶ。


 指先に触れる引っ掛かりを感触だけで手繰り寄せると、箪笥の奥からカチリと小さな音が響いた。



 「お、開いた開いた。あんがとねー」


 「いえ」



 滑るように真横へとスライドする和箪笥。


 その向こうに、壁とは明らかに質感の異なる金属製の扉が姿を現した。



 「これは……っ」



 が、その扉に刻まれた奇妙な文字と図形を目にした途端、キンシロウが絶句する。



 「ん、どしたん?」


 「……“呪印”だ」


 「呪印?」



 頷き返すキンシロウの頬を一滴の汗が滴り落ちた。



 「巫覡衆が用いる“まじない”の一種だ。触れた者から“鬼”の力を奪うという。オオツキめ、まさか婦女子の監禁にこんな物まで用意しているとは……」



 曰く、それは鬼人族の体内を巡る鬼の力を封じ込める為の呪いの一種であるという。


 鬼人族はその膂力の強さ故、罪人を捕えてもただの牢屋や鉄格子では閉じ込めておく事が出来ない。


 その為、そうした罪人を監禁する手段として開発された技術であるらしく、鉄のように見える物もミスリルのような魔力伝導率の高い物質で作られているようだった。



 「梵字に似てるわね……。それに、こっちの魔法陣みたいのも……」



 扉に刻まれた文字と図形を指先でなぞり、香澄はそれがどういった物なのかを推測する。


 その形態は兎も角、こういった技術の基本にあるのは、やはりICEとUEPの操作知識だ。


 イメージをエフェクトとして現実に具現する。


 つまり、その外観や物理的な特徴という物に大きな意味は存在しないのである。


 よって、今重要なのは、“何をどうすれば、扉が開くのか”という事に他ならない。


 まともに触れれば、鬼人は当然力を失う事になる。


 こういった場合、“ディスペル”という類の魔術が扱えれば解呪も容易いのだが。



 (カナやシノ、イライザ辺りなら、この程度の呪いの解除は簡単なんだろうけど……)



 残念ながら、香澄はそうした技術を持たない。


 ただし、だからと言って手詰まりという訳でもなく。



 「しゃーない。ちょっと触らないようにねー」


 「え……、ぇえっ!?」



 何の躊躇も無く手を伸ばし、香澄は扉に“指先を食い込ませた”。


 ジュッという短い音と共に、僅かに白い煙を上げる金属製の扉。


 どうやら、香澄の指先で黒炎が集束しているらしく、その熱で一瞬にして金属が融解してしまったようだった。


 キンシロウを含む鬼人達が呆然と見詰める中、香澄は強引にその扉を抉じ開けてしまう。



 「う……っ」



 鉄が焼け焦げたような、鼻を突く臭気が辺りに充満する。


 見る間に高熱で溶け、赤熱する扉は形を失い……。



 「ま、こうすりゃ巫術も魔術も関係ねぇー、ってね」



 楕円に溶けて穴の開いた扉の縁だけが残され、その向こうには地下へと続く細い階段。


 香澄はその向こうへと足を踏み入れ。



 「さ、行きまそ」


 「あ、あぁ……」



 その後にキンシロウ達も続くのだった。


 コツン、コツン、と響く足音。


 石造りの階段は決して長い物ではなく、直ぐ下には灯りが零れる別の扉が見えてきた。


 UI上のMAPには、扉の向こうに幾つものアイコン。


 手前側で動かない二つのアイコンは、恐らく看守。

 その向こうで別の部屋に纏まっているのが捕らえられている女性達だろうと推測する。



 「私が先行して突入するから、みんなも後に続いて」



 小声で指示する香澄に、キンシロウ達はしっかりと頷いて返した。


 看守が二人以上存在する可能性は無い。

 そう言い切れる理由は、MAP上に敵性反応が二つしか存在しないが故。


 敵性反応は赤色で。

 味方の反応であれば青色。


 ちなみに、中立であれば黄色、非破壊オブジェクトであれば灰色で表示されている。


 香澄にとっては、一目瞭然なのだ。



 「いい? いくわよ」



 尋ねた香澄に、キンシロウ達は臨戦態勢を整え、小さく頷き返した。


 準備は良し。

 扉の向こうにもコチラに気付いた様子はない。


 香澄は静かに両開きの扉へと近付き、対象との距離に注意しつつ、ゆっくり静かに腕へと力を込めた。


 まるで風に押されたように、音も無く少しずつ開く扉。


 看守たちは尚も気付かず、扉の向こうからは談笑が聞こえて来る。


 香澄が通り抜けられるだけの隙間が扉に出来た、その瞬間。



 (―――シッ)



 独特の呼吸法で全身の筋肉をバネに変え、扉の隙間から転がり込むと同時、低い姿勢から迅速に疾走。


 僅か数センチの高さを跳躍するように身体を捻り、腰の昏天黒地を一気に抜き放った。



 「なっ!?」



 と、目が合った看守の一人が声を上げそうになるが、銀閃の瞬きはそれよりなお速く。


 抜き打ちの一閃は見事に看守二人の首を刎ね、一瞬遅れて深紅の噴水を上げた。



 「悪いわね」



 返り血を避けてバックステップし、昏天黒地を鞘へと戻す。


 特殊な形状の鞘は、その長い刀身を抜き易くする為、機械的に一部が開閉する仕組みになっており、それがハバキの進入と共に小さく音を発てて閉じた。



 「毎度ながら、恐ろしい手際だね……」


 「数と相対距離を把握して、不意打ちを仕掛けてるんだから、当然よ」



 と、さも当たり前の事のように言い放つが、実際はそう容易い物ではない。


 直立している人間の首を頸椎ごと真っ二つに切り落とすというのは、存外技術が必要なのである。


 上手く骨の継ぎ目を狙う事が出来れば難しい事ではないが、骨ごと断とうとすれば、如何に鋭い日本刀と言えど下手な剣士の場合、刃が半ばで止まってしまう。


 それを一振りで二人同時に行うとなると、それこそ並の技術では到底不可能というもの。


 垂直であるなら力も込め易いが、水平にというのはなかなか難題なのである。


 同じ剣士である以上、キンシロウやその他の武士達も当然その難易度を理解している。


 それ故、毎度驚かされてしまうのだ。



 「あー……ちょっと、アンタ」


 「ハッ、何か?」



 今まさに斬首された二つの遺体に目を奪われていた家臣の一人が香澄に声をかけられ、顔を上げる。


 と、香澄はその辺りに放置されていた大きな麻布を手に持っていて。



 「これで適当にその遺体を隠しておいて。向こうの女の子達が見たら、悲鳴を上げられ兼ねないから」


 「なるほど……、心得ました」



 麻布を手渡された家臣が部屋の隅で遺体を隠している間、香澄はキンシロウと向き合っていた。


 看守の居た部屋は、階段から見て正面にもう一つ扉がある。


 その向こう側に攫われて来た鬼人の娘達が投獄されているのだ。


 そちらへと目を向けながら、香澄は言う。



 「出番が少なくて悪いんだけどさ、女の子達の相手は、私が担当した方が良いかも」


 「どうしてだい?」


 「此処に連れて来られて以来、“何をされてたのか”を想像してみなさいって」


 「あ……そうか。そう、だね」



 察したらしく、キンシロウは沈痛な面持ちで扉を見る。



 「ただ、私もこんなナリだからさ。男衆は後ろで控えてて欲しいワケ。その方が、頼り甲斐があるでしょ? 見た目的にも」


 「あぁ、分かった」



 二人がそうして話していると、背後から家臣の一人が歩み寄り。



 「作業が終わり申した。これで問題はありますまい」


 「ん、ありがと。それじゃ、さっさと牢から解放してあげましょうかね」



 向き合った扉は、ただの木製。


 先ほどのような仕掛けが施されている様子はなく、香澄は今度こそ特別な事はせず、素直に扉を押し開けた。


 の、だが……。



 「えぇー……」



 扉を開いた瞬間、香澄の目に飛び込んで来たのは予想外の光景。



 「こ、これは……また」



 キンシロウや家臣達も言葉を失う。


 その原因は、女性らを捕えている牢屋の造りにあった。


 確かに、先ほど見たような呪印の施された鉄格子が嵌め込まれてはいる。


 しかし、その向こうにあるのは、とても地下牢とは思えない豪奢な装飾の施された部屋だった。



 「……?」



 何人かの女性達が、入室してきた香澄に目を向け、不思議そうに首を傾げている。


 助けが来た、とは咄嗟に思えないのだろう。


 が、問題はそこではなく。



 「大部屋の他に、小部屋……。まさか、個室まで割り当てられて……?」


 「鏡台や、化粧品も……ございます、な」



 中には雑誌や書物のような娯楽を楽しむ者や、爪を磨いている者、談笑している者、豪華な食事に舌鼓を打つ者まで居る。


 とてもではないが、無理矢理捕らえられているというような状態には見えなかった。



 「ねぇ、コレさ……。助ける必要とか、なかったんじゃね?」


 「い、いや、まぁ……」



 確かに、何人かは服装こそ豪華でちゃんとした物を着ているが、沈んだ表情をしている者もいる。


 しかし、大部分はこの環境を歓迎してさえいるような雰囲気であり。


 香澄もどう切り出すべきか一瞬迷ってしまう程だった。



 (これも、金の力……か)



 環境さえ満たされているなら、男に身体を売るのも悪くはない。


 そんな風に考える同性が多く居るという事は香澄も良く知っていた事だが。


 これでは外で彼女達の帰りを待っている者達が救われない。



 「何しに来たんだか、わかりゃしないわね、私たち」


 「目的は……まぁ、別にあるんだ。彼女らには……むしろ、恨まれるかも、知れないが……」



 香澄もキンシロウも、思わず頭を抱えたくなった。


 とはいえ、何時までもそうしている訳には行かず。


 深い溜め息を一つ吐き出し、香澄は一歩前に歩み出た。



 「あ〜……、助けに来たんだけど」


 「え……、タスケ?」



 キョトン、と首を傾げる鉄格子の向こうの少女。


 それから、僅か数秒を置き。



 「―――あ、助け! え、じゃあ、オオツキ様は?」


 「これからふん縛りに行くトコ」


 「ん〜、そっかぁ……」



 とても喜んでいるようには見えない。


 いや、むしろ、残念そうですらある。そんな反応だった。



 「アンタらさ……、外で帰り待ってる人だって居るんだからさぁ……」


 「あーうんうん、わかってるよー。此処から出られるなら、それはそれで嬉しいんだけどさ。えへへ」



 少女の軽い調子に、一層頭が痛くなってくる。


 当初の予定では、イロイロと傷付いているだろうと配慮も考えていた香澄だが、そこで考える事を放棄した。



 「もういいや……。ちょいそこ離れてて」



 少女を鉄格子から離れさせ、昏天黒地を抜き放った香澄は、一瞬で数度刃を振るい、太く角ばった鉄格子の一部を切り離した。



 「ほい、こっから外出て。そこのオジサン達の指示に従ってねー」



 キンシロウに目配せをし、そのキンシロウが家臣達に指示を出し、奥の個室に居た女性達も全員大部屋に集める。


 その光景を目にしながら、香澄は呑気な物だともう何度目かも忘れてしまった溜め息を吐いた。



 「それで、これからどうするんだい?」


 「どうもこうも、予定通りに行くなら、彼女らを此処から連れ出すだけよ。……予定通りなら、ね」


 「……?」



 含みのある香澄の言葉に、キンシロウは首を傾げる。


 が、当の本人は意に介した様子も無く。



 「はーい、せいれーつ。家に帰るまでが遠足ですよー」



 パンパンと手を叩き、彼女らを先導するように出口へ向かって歩き出すのだった。



 「…………」



 石造りの階段に足音が響く。


 地下牢には他に出口など存在しない為、来た道を戻るより他に脱出の手段はない。


 故、それは当然の事であり。


 階段の途中で後方から階段を駆け上がって来たキンシロウの家臣が一人、香澄の横に並んだ。



 「拙者が先に出て、外の様子を確認して参ります」



 と、そう告げて駆け出そうとする。―――の、だが。


 香澄はその家臣の着物の袖を掴み、グイッと強引に引っ張った。



 「ぬおっ!?」


 「まぁ落ち着きなさいっての。アンタが行くより、私が先に出た方が確実よ。それに―――」



 危うく階段から足を踏み外しかけた家臣の身体を片手一本で支え、思い止まらせた香澄は、階段の出口近くまで先行した所で全員の足を止めさせた。



 「―――やっぱりね」



 確信に満ちた表情は笑み。


 香澄のUI上に浮かび上がるのは、建物を囲い込むように配された無数の真っ赤なアイコンだった。


 近付いて来たキンシロウも何かを察したようで、香澄の隣にならんで顔を強張らせる。



 「これは……殺気、なのか……っ!?」



 建物の外から漂う気配に気付いたのだろう。


 キンシロウの手が腰の得物へと伸びた。


 その所為で、事態を悟った家臣達も同じく臨戦態勢を取る。


 緊迫した空気が充満し、キンシロウ達のみならず、家臣や後方の女性達にまで緊張感が伝播して行く。



 「罠……で、ござったか……ッ」


 「オオツキめ、この為にわざわざ飯の時間を……ッ」



 離れを包囲するオオツキ家の家臣達。


 その数、実に50を超える鬼人の武士達が、建物の外で抜刀し、濃密な殺気を垂れ流しにしていた。


 嵌められた、とそう悟るキンシロウ達の目が、香澄へと向けられる。


 こうなる事を恐れ、先ほど進言した家臣に至っては疑いの眼差しさえ覗かせていて。



 「だから申し上げたのです……。これでは、我々は袋の鼠。逃げ場など何処にもありませぬぞ! 如何なさるおつもりか、ヤナ殿!?」



 己の主を危険に晒した香澄の差配。


 その怒りは尤もな事なのだが、しかし香澄は。



 「―――クッ、クク……ッ」


 「か、カスミ……、ちゃん……?」



 笑っていた。


 さも可笑しそうに。


 歪に歪んだ唇が弧を描き、そこから耐え難いと、堪え切れない笑い声が漏れ落ちる。


 その鬼気迫る表情に、隣に立ったキンシロウが後退った。



 「ど、どういう……事、なんだ……!? カスミちゃん、まさか……君は……っ」



 その笑みの意味が理解出来ず、長い時間を共に過ごしたキンシロウでさえ疑いを香澄へと向けていた。―――ところが。



 「ぶっ、っはっははははっ」



 洪笑する。


 キンシロウ達の気持ちなど、まるでそっちのけといった風に。


 騙された、とそう確信に近い感情に打ちひしがれ、キンシロウは膝から力が抜けそうになるが、しかし。



 「あっははは! くっふふ……っ、あーいや、ゴメンね、なんかイロイロと。ホント……くふふっ」


 「な、何を……っ」


 「イヤさ、騙してた事とか、もうなんかそういうの全部? ゴメンゴメン」



 香澄自身の口から告げられた告白に、キンシロウは今度こそ膝を折る。


 そして、そのキンシロウを庇うように立ち塞がる家臣達が抜刀して香澄へと切っ先を向けた。



 「え、何してんの?」



 キンシロウを守ろうというのだろう。


 が、香澄はその行動の意味が一瞬理解出来ず、首を傾げ―――しかし、直ぐに察した。



 「あー違う違う、騙してたってのは、そういう事じゃないって」


 「何を今更……!」


 「白々しいでござるな……ッ」



 が、両者の間にある行き違いが家臣達には理解出来ていない様子だった。



 「主様、お下がりをッ」


 「此処は我らがッ」



 と勇み立つ家臣達に、香澄はまた溜め息を吐くのだった。


 その上で上段から彼らを見下ろし、香澄はダルそうに真実を告げた。



 「だぁーから、違うっての。騙したってのは、こういう状況も見越して個人的に作戦立ててたって事。アンタ達を裏切ったとか、そういう事じゃないって」


 「な、に……?」



 香澄の態度や言葉の意味を呑み込めず、困惑する家臣達とキンシロウ。


 そこへ、更に追い打ちをかけるように、香澄は子細を全てブチ撒けた。



 「オオツキのヤツが予定外の行動を取り始めた段階で、こうなりそうな予感はしてたのよ。そもそも、この家の見取り図を盗み出したのが、ハンベイだってバレてない事の方がおかしいんだもの」


 「ど、どういう、事……なんだい?」



 キンシロウに尋ねられ、答える香澄に嘘はもうなかった。


 タケイチ・ハンベイが香澄に寝返り、情報収集と共に持ち出したこの家の見取り図。


 それがオオツキ・トキザネには露見しておらず、ただの物盗りとして扱われたという報告は、キンシロウも受けていた。


 しかし、香澄はその段階から既に状況を怪しんでいた。


 ハンベイが生還出来たのは、ただトキザネに泳がされていただけなのではないか、と。


 そもそも、あの事件以来トキザネの屋敷にハンベイは姿を見せてはいない。


 犯人として疑われても当然だというのに、トキザネはそうした素振りを一切見せていなかった。


 故に、今回の作戦は……。



 「最初から解ってたのよ。これが、オオツキの罠だって事」


 「な……っ、だったら、どうして……っ!」



 未だ疑いを晴らす事が出来ず、語気が荒くなるキンシロウに、しかし香澄は。



 「罠を逆に利用してやる算段だったのよ。で、今この瞬間、それが上手く行ったって感じ」


 「罠を……逆に?」



 香澄は地下牢を指差し、囚われていた女性達へと視線を誘導させ。



 「アンタ、さっき“袋の鼠”って言ったけどさ、ホントにそう?」


 「え……、それは、どういう……」


 「良く見てみ。袋小路ってのは、最も守りに適した状態とも言えるの。何たって、背後から強襲される心配が無いんだから」


 「それは、まぁ、確かに……」



 が、だからと言って、袋小路という状況は退路が断たれているとも言える。


 そこに、香澄と家臣達との間で認識の差異が産まれていた。


 何故なら、香澄には“外の敵を一掃出来る”という確信があるから。


 対して、家臣達には“追い詰められている”という認識しかないから。


 前者として考えれば、この状況は防衛する上でこの上無い状況なのだ。


 なんせ、後ろを心配する必要が無く、守るべき点はただ一つに絞られるのだから。


 だが、後者として考えるなら、追い詰められて逃げ道は無く、守りに適していようともじり貧としか思えない。


 こういった認識の差異を埋める為、香澄は彼らに嘘をつく以外に無かったのである。


 そして、香澄がその裏で真に求めていたこの作戦の目的とは。



 「私はね、此処にオオツキ・トキザネが保有する戦力を“可能な限り集めて”やりたかったの」


 「何故、そんな事を……?」



 聞き返した家臣に、香澄は笑みを返した。


 それは、とびっきりに恐ろしく、おぞましく、歴戦の兵である彼ら武士達ですら、震え上がってしまうような、ゾッとする程の邪悪な笑みで。



 「―――思い知らせてやる為」


 「思い……知らせ、る……?」


 「そう。自分が、誰に喧嘩を吹っ掛けたのか……、ってね」



 その瞬間、香澄の背に燃え盛る黒炎を彼らは幻視した。


 人であれば、こう思っただろう。


 彼女は、人ではない。


 鬼か、悪魔か、人の皮を被った化物か、と。



 「まぁ、そういう事だから、アンタらは大人しくこの地下牢の出入り口をしっかり固めて、キンさんと女の子らを守っておきなさいな」



 と、振り返ってサッサと手を振り、地下牢から外へと向かう香澄。


 しかし、家臣の一人がそれを呼び止める。



 「なっ! お待ち下され! 外の敵はどれだけ居るかも判らんのですぞ! たった一人で、何をどうするおつもりかっ!?」



 だというのに、香澄は足を止める事もせず、ただ淡々と言い放った。



 「別に? 普通に“皆殺し”にするだけよー」


 「皆、殺し……です、と」



 解らない。理解出来ない。


 彼には、香澄のその背から醸し出される余裕の意味が。


 彼女が剣士として途轍もなく腕が立つという事は、情報として確かに理解している。


 しかし、それがこの危機的状況をどう打開できるというのか、その解答に結び付かないのだ。


 外に待ち受けている敵の数は、10や20ではないだろう。


 もし自分であるなら、仮に決死の覚悟で臨んだとしても、主であるキンシロウ一人すら逃がせるだけの時間を稼げるかどうか、それすら怪しい。


 現実的ではないのだ。


 想像が出来ない。


 何故、こうも当然のように、勝利を確信して歩き出せるのかが。



 「……クガ、シンジョウ、ソメヤ、お前達は、此処を守ってくれ」


 「キンシロウ様……?」



 階段を上り終え、部屋を出て行こうとする香澄の背を目で追い、キンシロウは家臣達に告げる。



 「私は……見てみたい。この目で、彼女の武人としての、その力を。一人の剣士として」


 「主様は、本当にこの危機的状況を、あの方がどうにか出来ると、そう信じておいでなのですか」


 「判らない。判らないが……」



 そう言いながらも、キンシロウの足は先を急かすように、一歩、また一歩と階段を上り始めていた。


 家臣達もまた、武士である。


 故に、そのキンシロウの気持ちが僅かながら理解出来てしまった。


 顔を見合わせ、そして互いの意思を確認し合い。



 「相解り申した」


 「お気を付け下され、殿」


 「済まない。此処は頼んだ」



 その場の護衛に三人の家臣を残し、キンシロウは急ぎ階段を駆け上がる。


 溶け落ちた扉を潜り、倉庫へと出るが、そこにもう香澄の姿は無く。


 直ぐに廊下へと飛び出し、駆け抜け、そして、ようやく曲がり角を右へと曲がった時、香澄の背に追い付いた。



 「カスミちゃん!」


 「あれ、ついて来たの?」



 振り返る香澄に駆け寄り、呼吸を整え、キンシロウは興奮気味に彼女の肩を掴んだ。



 「君の邪魔は……しない。だから、せめて……傍で見させて欲しい」


 「別に構わないけど……、そんな楽しいもんじゃないと思うわよ?」


 「それでも! いいんだ……。ただ、見届けたい。見てみたいんだ、君が、いったいどれ程の剣士なのか」



 真剣な眼差しでそう語るキンシロウに、香澄は少し考え、後ろに控えている二人の家臣にも目を向けて。


 そして、小さく一つ唸ってから。



 「私も余裕無いからさ、実力的にってより、精神的に? だから、最低限自分の身は自分で守る努力はしてよね」


 「あぁ、解っている」


 「アンタらも。主を死なせないように、全力で身体張るように」



 その言い付けに、家臣二人も強く頷いた。


 出来る事なら、キンシロウを危険な目には合わせたくなかったが、と香澄は溜め息を零したが、こうまで頼み込まれては仕方がないと判断する。


 却下した所で、どうせ付いてくるだろうから、と半ば諦めのような気持ちもあり。



 (ま、一応気にかけておきましょうかね……)



 キンシロウには亜人の聖地ヴェムトト遺跡について調査を依頼している。


 そうした手前、彼にこの場で死なれてしまっては困るのだ。


 それに、この国の行く末を慮る、という程思い入れは無いが、それでも知り合いに目の前で死なれてしまうのは寝目覚めが悪い。



 「それじゃ、ちゃっちゃと殺りますかねー」



 廊下で立ち止まった香澄は、適当な障子戸を一枚選び、それを勢い良く開け放った。


 ―――その瞬間。



 「動くなッ!!」



 ギョッとするキンシロウの目に飛び込んで来たのは、庭園を埋め尽くさんとするトキザネ旗下の軍勢。


 数は優に50を越え、尚も増え続けているらしく。


 先頭に立った武士は指揮の為既に抜刀し、その切っ先を香澄達へと向けていた。



 「おーおー、居る居るー♪」



 気圧されるキンシロウだったが、その隣でさも楽し気な声をあげる香澄。


 向けられた圧倒的な殺気の波濤をまるで物ともしていない。


 どころか、妙に嬉しそうですらあって。


 そこへ、ただならぬ気配を放つ、ヤケに通る声が響いた。



 「―――はて、これは如何に……。賊が入り込んだと言うから駆け付けてみれば、何やら見知った顔ではございませぬか。さて、ご説明頂けるのでしょうなぁ? 南町奉行モリ・カネツグ殿」



 モーセの十戒が如く軍勢の海を割り、歩み出る一人の男。


 肥え太り、弛んだ腹の肉を帯に乗せ、如何にも高級そうな衣服に身を包んだ壮年だった。



 「オオツキ・トキザネ……っ」



 思わず零したキンシロウの声に、香澄の笑みが一層深まる。


 ―――ようやく、この時が来た。


 町を炎に焼かれたあの日から、今日この瞬間をずっと待ち侘びて居た。


 復讐だ。その為だけに多くの時間を費やして来た。


 キンシロウ達さえ欺き、オオツキを嵌める為に。



 「やっと、会えた……♪」

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