第七十八話
第七十八話「で、味は?」
―――面目ない。
キンシロウ宅の床の間で、布団を被ったままバツが悪そうに謝罪したのは、私の術で一命を取り留めたハンベイだった。
致命傷となった背中の刀傷は既に痕さえ残っていないが、それでも彼の身体にかかった負担は相当な物。
事実、こうして丸一日が経過した今も、強い頭痛と倦怠感で起き上がる事も出来ない有様なのだから。
“諸行無常(Alles fliesst und nichts hat Bestand)”というあの術は、確かにあらゆるダメージを効果範囲内の他の生命と均等に振り分ける事が出来るが、それにも例外はあるらしい。
物理的なダメージに限定されているという事だ。
精神的なダメージや脳の疲労に関しては取り除く事が出来ないらしく、結果としてこうなってしまったのだろう。
「死ぬ覚悟で居たんだけどよ……。どうにも、納まりが悪ぃや……ハハ」
そう言って微苦笑するハンベイの額に、私はビシリと手刀を叩き落した。
「ぁイダっ」
咄嗟に額を抑えようとして思うように身体が動かず、ハンベイは悶絶していたけど。
それを見下ろし睨み付け、私は。
「滅多な事言ってんじゃないわよ。アンタ達武士ってのは、ちょっと人の死を美化し過ぎる嫌いがある。格好良く死んで満足出来るのは自分だけ。残される側の事も少しは考えなさい」
「いや、けどよぉ……」
コイツの事情は大凡聞いてる。
どうせ、自分が死んでも誰も悲しまないとか、そんな風に思ってるんだろう。
だろうから、私は再び手刀をビシリと額に落とした。
「イデッ!」
「どうせ同じ忠義なら、何としてでも生き残れ。命の使い道なんてのは、扱う側にとっては幾らだってあるんだ。簡単に死んでくれるな、“私の臣下”なら、尚更だ」
「臣……下? オレ、を……?」
一瞬唖然とし、私を見上げて瞠目したハンベイは、徐々にその言葉の意味を理解し始め、やがて。
「オ、オレみたいなのを……家臣に、取り立ててっ!?」
「命を賭けて忠義を示したんだから……。まぁ、家来にくらい、してあげるわよ……」
何となく照れ臭くなり、目線を逸らして頬を掻く。
武士とか騎士って奴は、そういうのを大事にするって私も良く知ってるし。
だったらせめて、これくらいは報いてあげてもいいのかなって思ったワケで。
すると途端、身体の具合も忘れて飛び起きたハンベイは、驚くほどの俊敏さで布団の上に正座をし、両の拳を床に着け。
「感謝……いや、万謝の念に耐え難く候む!」
床に額を擦り付ける程頭を下げた。
これには私も驚いてしまって。
「ちょっ、バカ寝てなさいって!」
「けど……けど、オレぁ……っ」
慌てて止めようとしたんだけれど、返された声と鼻を啜る音に尚驚かされた。
「勿体ねぇ……っ、オレなんかにゃ、本当に勿体ねぇお言葉で……っ」
「ア、アンタ、そこまで……」
上げた顔は涙やら鼻水やらでグシャグシャだ。
この国の人達にとって、忠を向ける相手に認められるって事がどれ程の意味を持つのか。
そして、身分や忠義という物、命や剣を捧げるという事の本当の意味。
それらの一端を感じられた気がした。
「ったく……、泣く事ないでしょうに……」
どうしてか、年上である筈の彼の頭に手を伸ばし、その髪を撫で付けてあげたくなって。
「……っ!」
何となく。本当になんとなくなんだけれど。
思わずその額に軽い気持ちでキスをしてしまった。
「な、なななっ、なん、と……!?」
「ポッと出のチョイ役キャラのクセに? 頑張ってくれたからっていうか、ご褒美っていうか……? ほら、まだ何もしてあげられて……なかったし?」
見る間にハンベイの顔が紅潮していくのを見て、私も自分の行動の唐突さに気付かされ、恥ずかしくなって。
「オ、オレもう絶対この額は洗わねぇッ!!」
「バ、バカッ、不潔過ぎるわっ!」
さっさと立ち上がり、彼に背を向けた。
「いいから、オマエは黙って寝てろ! 私は忙しいからもう行くっ!」
「くぅーっ! カスミ様、照れてる顔も可愛過ぎるッ!! オレもう一生アンタに着いて行くぜ!!」
「なっ!? い、いいいらんはボケ! 寝ろ! 直ぐ寝ろ! そして今あった事を今直ぐ忘れろ!」
縋り付こうとするハンベイの顔を足蹴にし、私は逃げるように部屋を飛び出した。
「うおおおおおっ! オレぁ頑張るぞぉおおおッ!」
なんて、ハンベイの声が障子の向こうから家中に響き渡って来たけど、無視だ無視。
「あーもぅ、チョイ役のクセに……!」
廊下を歩きながら顔の熱さにパタパタと手で扇ぎ、邸内の書斎へと向かうのだった。
「キンさーん、居るー?」
障子の前に立って声をかけると、直ぐに「あぁ、入ってくれ」と返事が返って来た。
障子戸をサッと開け、中に足を踏み入れると、キンさんは何時ものように書見台に向かって書物を読んでいた。
「適当に座るよー?」
「あぁ。それで、彼の容態は?」
ハンベイの事だ。
ついさっきの事を思い出し、またちょっと顔が熱くなる。
「ピンピンしてた……。ま、あの調子なら、明日〜明後日には動けるトコまで回復するでしょ」
「そっか、それは何より」
顔を背けて誤魔化しながら言った。
それを聞いて安心したらしく、キンさんは微笑んで再び書物へ視線を落とす。
客を前に失礼な行動、と見えるかも知れないけど、彼の手元にあるあの書物は仕事関係の物。
こう見えて結構忙しいらしく、書見台と手にした別の書類とを見比べながら、何やら難しい顔をしていた。
まぁ、それも何時もの事だからってんで、私は勝手知ったる何とやら。
茶菓子と茶道具セットを適当に引っ張り出し、火鉢でお湯を沸かしつつ急須に茶葉を放り込む。
「悪いね、お茶の用意もしてあげられなくて」
「あー、いいっていいって。仕事、忙しいんでしょ?」
苦笑するキンさんに、私は慣れた様子で切り返し、薬鑵から適度な温度の湯を急須へ。
茶葉を開かせる為にしばし置きながら、胡坐をかいて座布団に腰を下ろした。
「長い事空けていたから、仕事が溜まってしまっていてね……。コッチの事情なんて、罪人は待っちゃくれないから」
「フフッ、当然だね。私も苦労した記憶があるわ」
ほんの数年前の話しだっていうのに、もう随分と昔の事のように感じられる。
王位を継がず、今は市井としてエルフの王都から少し離れた場所に住んでいるけど、国政は誰が担っているんだろう?
まぁ、大方騎士団の将軍さん達や長老が代行してくれてるんだろうけれど。
「息抜きは大事よー? ママの受け売りだけど」
「お母上の?」
「うん、血は繋がってないんだけどね」
「また、複雑そうだね、そっちも」
互いの家庭環境に苦笑し、そこで話しは途切れ。
急須から湯飲みへと茶を注いで、一先ずは唇を湿らせる。
「あ、そういえば、おじちゃんが持って来たアレ。確認は取れたの?」
「ああ、それなら今、下の者に探りを入れさせてる所だ。今日中には決行日の予定も立てられるだろう」
「そ。連中の様子の方は?」
「ハンベイ殿の件なら、物盗りの類と判断したようだ。上手くやってくれたよ、本当に」
と、いう事らしい。
なんでも、逃げる直前に部屋や蔵の中を荒らして金目の物をくすねて来たらしく、それが上手く作用してくれたようだ。
実際、あの屋敷には売れば一生遊んで暮らせる程の調度品や宝物が五万とあるそうで、ハンベイがくすねて来た物っていうのも、闇市で裁けば法外な値が付く物らしい。
盗品故にキンさんとしてはイロイロ思う所があるようだけれど、処遇は私の一存に委ねてくれるとの事。
なので、品その物は闇市で適当に捌き、金銭に換えて彼のお給金にでもしてあげようと思ってる。
これから先の事を見据えると、お金は幾らあっても困る事はないだろうし。
「そうそう、今後の“おじちゃん”の扱いなんだけど」
「うん?」
さっき決めた事を相談しておこうと、私は少し熱めの湯飲みを手にしつつ言葉にした。
「私の家来にしたいんだけど、何分私ってこの国の人間じゃないでしょ? その辺りの事情とか知ってるの、今のトコキンさんだけだし」
「あー、確かに……。書類上、彼の立場を考えると難しいかも知れないな……」
「でしょ。だから、ちょっと相談があるワケ」
私はさっき廊下で歩きながら考えていた事をキンさんに頼む事にした。
「公的にモリ家直近の家臣って事にしてあげられないかな?」
「う〜ん、どうかな……。彼の功績を考えれば、不可能とは言わないけれど」
「やっぱ、下の者への示しとか、そういう?」
「そうだね。ただ、私がヨイチ派を打倒した後という事なら、君の口添え次第ではどうとでも出来る筈だ」
「ふむ……、なーる。OKOK、全然OK」
「お、おけ? ……桶?」
横文字に不得手なキンさんには上手く通じなかったようだから、私は適当な感じで「大丈夫、了解的な〜」と解説し。
温かいお茶を啜って茶菓子を一口に頬張る。
「―――なにこれ、お上品。超うめぇー」
花の形をした砂糖菓子のようにも見えるけど。
落雁っていったっけ?
「お、気に入ったかい? それは、大槻町にある都筑屋という菓子屋の茶菓子でね、打菓子が美味だと有名なんだ。今君が食べてるのは、栗粉を使った“花菖蒲”っていう落雁で、店では人気の品だよ」
「いいね……。玉露に良く合う!」
サッパリとした程良い甘さと栗の香りが活かされた上品な味わいで、渋めの日本茶にとても良く合う。
落雁ならではのサラリとした口解けが堪らない逸品だ。
「堪りませんなぁ〜♪」
「女の子は本当に甘い物が好きだね……。まぁ、気に入ってくれたなら、何よりだよ」
ホクホク顔でパクパク頬張る私に、キンさんは柔和な笑みを浮かべた。
「これ、全部食べちゃってもいいの?」
「構わないよ。カスミちゃんの為に用意したような物だしね」
朗らかな笑みに私は歓喜し、次々と落雁を口の中へと放り込んで行く。
そうして、最後の一欠けを口の中で転がし、お茶を飲み干したと同時。
キンさんの仕事も一区切りついたようで。
「ん〜……っ、流石に少し疲れた……。肩が重い」
軽く背筋を伸ばしながら、続けて肩を回すキンさん。
長時間あの角度で首を曲げたまま書物に目を通していたのだから、肩が凝るのも無理はないだろう。
緊張した筋肉が凝り固まってしまうと、血流が滞り、頭痛の種にもなる。
私も以前は良く経験した物で、こればかりはアバターラだろうと人間だろうと余り違いは無いようだった。
あの頃は、良くミミが肩を揉んでくれたりして、助けられた物だけど。
「肩凝り、酷いの?」
「あぁ。血筋なのかな……、父上も良く嘆いておられたよ」
ふぅん、と鼻を鳴らし、徐に立ち上がった私は、ちょこちょことキンさんの後ろ側へと回り込んだ。
「……?」
私の行動の意図が読めず、首を傾げていたけれど。
肩凝り、背後に回り込み、とくれば誰にだってそこから先は想像出来るだろう、普通。
「凝ってるの、この辺じゃない?」
「ぐぉっ」
肩甲骨の少し上。
丁度窪みのある辺りから指三本ほど背骨寄りに指を押し当て、僧帽筋の奥にある菱形筋を指圧する。
多少痛みがあるのは、その部分が緊張で凝り固まってしまっている証拠のような物で。
呻きこそすれ、心地良さがあるからこそ、キンさんも身体を逃がそうとはしなかった。
「下向きに首傾けてると、どうしてもこの辺りが凝るのよね。どう?」
「い、痛い……けど、これは……っ」
ただ痛いだけではないというのが、声音でも良く解る。
キンさんはまだ若いから、余り肩を誰かに揉んで貰うなんて経験が無いんだろう。
だから、最初は少し軽めに揉み解して行く。
「っしょ……、っしょ……」
「これは……、なかなか……、病み付きに……なり、そう……だ」
徐々に力を強め、しかし丁寧に凝り固まった筋肉を解して行く。
で、ついでに肩甲棘の方まで指先を伸ばして行くと。
「―――あ、コッチの方も凝ってる。さっき書類持ってた方の肩か」
「ぉひょっ」
肩甲挙筋と三角筋肉の継ぎ目辺りにある窪みを押し込むと、キンさんの口からヘンな声が出た。
肩を上げての作業が長く続いた所為だろう。
此処もかなり凝りが酷い。
「此処、強く揉むと痛い?」
「い、痛い……っ」
「じゃ、別の方法にしよっか」
私はキンさんの右側へ回り込み、その腕を抱えるようにして垂直に持ち上げようとした。……が。
(お、重い……)
ICEを使うと、最悪力を入れ過ぎて肩関節を外してしまい兼ねないから、地の筋力で持ち上げなきゃならないんだけれど。
大の男の、それも剣士の腕は筋肉質で予想以上に重い。
しかも、今の私の身体では、無理な態勢で力を入れずらい事もあり。
「ん〜〜〜〜〜っ」
両腕を使ってガッチリとホールドし、背筋を伸ばして背筋力で必死に持ち上げる。
「ちょっ、カスミちゃん!?」
「ん〜〜〜っ? なぁにぃ〜〜っ?」
抱え上げる事に必死で、私は自分の状態にまるで意識が行っていなかった。
「い、いやっ、あの……っ」
「ん〜〜〜〜〜っ!?」
何かを必死に堪えてる様子のキンさんに気付き、ちょっと首を曲げて見た所。
「み、見えてるっ」
「……ふぇ?」
キンさんの腕を抱え上げる事に集中し過ぎて、自分の今の服装を完全に失念していた。
着物だ。それも、薄手の。
にも拘わらず、無理矢理腕を抱えて持ち上げようとした為、着物が着崩れ、合せ目から開けて……というか、完全にポロリしており。
「―――ッ!!?」
ようやく事態の重さを理解し、テンパり、慌てて飛び退こうとしたんだけれど。
「うおぁ―――っぷ」
「――――――ッ!!?!?」
キンさんの腕が上手く解けず、抱えたまま足を滑らせてしまい、……転倒。
お尻から床に叩き付けられ、受け身を取ろうとするも、上から別の衝撃に襲われてしまう。
挙句、後頭部を畳に打ち付けてしまい、一瞬目の前をヒヨコとお星さまが舞った。
「ったぁ〜……っ」
頭がクラクラする。
一瞬、何が起こったのか理解出来ず、直前の事さえ忘れてしまっていて。
何とか上体を起こそうとしたんだけど、胸の上に何かが乗っかっていて、上手く起き上がれない。
「んぅ……な、に……?」
サッカーボールくらいの丸い物。
それを抱えて起き上がろうとした、次の瞬間。
「んんぅぐっ!」
「ひゃうっ!?」
胸の先っぽに感じる湿った感触に驚き、サッカーボールから手を離したと同時。
私とキンさんの目が合った。
「…………」
「ち、違う! これは……っ、事故だっ!」
ジンワリと追い付いてくる認識。
開けて露出した胸と、今も尚先っぽに感じるヒンヤリとした感覚。
床ドン状態で覆い被さられ、サッカーボールなんて此処にあるワケも無く、それはキンさんの頭だから。
それを抱え込んでいたワケで、ああ、つまり。
「……ふ、ふぇ……」
「っ!?」
ジワリ、とどういう訳か急に悲しくなって。
「ふぇぇ〜……っ」
「ご、ごごっ、ごめん!! ち、違うんだっ、いや、これは―――っ」
涙腺崩壊。
着物を整えるのも忘れ、私はその場で泣き出してしまった。
ワケが判らない。
混乱の極致である。
そんな私を慌てた様子で必死に宥めようとするキンさんだったのだけれど……。
その時、不意に廊下から騒がしく誰かが走り込んで来る気配。
「失礼致しますっ!」
「なんとぉーッ!?」
ピシャリと障子戸が開け放たれ、縁側に立っていたのは何時もの下女。
が、その目は点になり。
私を置いて二人はピシリと硬直。
そして、タップリ5秒ほどした頃。
「本当に、失礼致しました……」
顔を真っ赤にした下女は、俯いてしずしずと障子戸を閉めようとした。
「あいや待たれぃっ!!?」
落ちるトコまで落ち、キンさんの必死の謝罪と弁解を聞き、私が泣き止んだのを見計らった下女がようやくキンさんに向かって口を聞いたのは、それからしばらく経ってからの事だった。
「総て、キンシロウ様が悪うございます」
「ですよね!」
まだぐずる私に向かい、床に額を擦り付けるとても貴重なお奉行様の図。
「―――不覚だわ」
両目を真っ赤に泣き腫らした私の前には、先ほど私自身が平らげた筈の落雁が山と積まれていた。
「どうぞ、お収め下さい……」
土下座してそう言ったのは、勿論キンさんである。
このイロイロとアレな時期に、彼は自ら大槻町まで馬を走らせ、都筑屋で落雁をこれでもかという程大人買いしてきたらしい。
私はそれをモシャモシャと頬張りながら、お茶を飲みつつ自分を落ち着かせていた。
「そりゃね……、根がドMですから? ちょっとは憧れたシチュだったりしたワケですよ……」
「ど、えむ……? しちゅ……? で、すか」
土下座したまま、顔を上げようとするキンさんを、私はキッと鋭く睨み付けた。
「ごめんなさい」
涙目の私を怯えた表情で瞠目し、再び床へ額を擦り付ける。
「ヘンタイ……。ロリコン……。スケベ……。ロクデナシ……」
「本当に! 申し訳! ありませんでしたっ!」
落雁をモシャモシャする。
キンさんは確かにイケメンだし、襲われる側の心情というものにも興味はあった。
が、しかし。
まさかラッキースケベで“舐め回される”とは思わんだろう!?
「最近の某少年漫画では、下着越しでさえなく直接舐め回されてるヒロインも確かにおりましたが……。ええ、確かにね?」
ありゃもうエロ同人の世界だ。
それが悪いとは言わないが。―――いいぞ、もっとやれ。
しかし。しかしだ。
「自分がやられてみて、初めてその気持ちが理解出来たと申しましょうか……?」
落雁モシャモシャしてたけど、なんだか今度はハラが立ってきた。
いや、私もイロイロ悪かったという自覚はあるんですけどね?
何時も通り、ブラックレザー装備にしとけば良かったんですよ。
でもほら、ベルトのバックルとか引っかかりそうじゃん? 窮屈だし。
そう思って、着物にしたワケですよ……。
「処す? ねぇ、やっぱ処す?」
「ええっ!?」
顔面蒼白のキンさん。
まぁ、無理も無い。
彼は、そういった意味では専門家だ。
法律上、彼が犯した罪は決して軽い物ではないと理解しているからこそ、それが冗談には聞こえない。
だから、一層真剣に頭を下げるのだが。
「こ、この非礼、一生を賭けて償いたく……! 責任を取らせて欲しい!」
「やーよ。私好きな人いるもん」
「なんですとぉーッ!!?」
にべもなく告げられた事実に、今度こそキンさんは石化した。
―――と、そこへ。
「あ、あのぉ〜……」
声を発したのは、私でもキンさんでもない、第三者。
存在がすっかり忘れられてしまっていた、下女の子だった。
「あ、忘れてた」
「お忘れにならないで下さいまし!?」
若干悪乗りし過ぎていたとも思い、「ごめんごめん」と苦笑しつつ謝罪して。
溜め息混じりに彼女が懐から取り出したのは、一つの書状。
「つい先ほど、調査に出ていた者からこれをお預かり致しまして」
「おお、戻ったのか!」
石化から復活したキンさんが書状を受け取る。
そうして、封もされていない折り畳まれたそれを開き、彼は直ぐに目を通し始め。
「―――で、なんて?」
尋ねた私に、キンさんは少し高揚した様子で答えた。
「問題無し、だ。……明日の午後、トキザネは予定通り商会に顔を出し、夕刻頃には屋敷へ戻る手筈らしい」
「ビンゴ……! じゃあ、明日?」
「ああ、決行する。だが……」
と、そこまで言い、キンさんは私の方へと向き直って。
「本当に、大丈夫なのかい?」
不安そうに言うそれは、昨日の段階で私が提示していた今作戦の概要についてだろう。
オオツキ邸への急襲に携わる戦力は、最小限に抑える。
私とキンさん、それと、キンさんの護衛要員数名。それだけだ。
不安になるのも頷けるが、これには当然幾つも理由がある。
一番の理由は兎も角、キンさんや他の同盟メンバーを納得させる為の理由は必要で。
「コッソリ忍び込む方が作戦の成功率も高い。って、そこは説明したでしょ?」
「それは、確かにそうだろうけど……」
敵の主力。その懐に飛び込もうというのに、僅か10名にも満たない人員で襲撃を仕掛けようというのだから、そう簡単に納得できる話しではないだろう。
それも解っている。だから。
「心配しなくても、何かあった時の善後策はしっかりと練り上げてあるじゃない。おじちゃんが持ち出してくれた、例の見取り図のお陰でね」
「ああ、確かに」
もし仮に襲撃に失敗したとしても、退路は幾つも確保してある。
まぁ、そんな事は万に一つも無いだろうけれど。
とはいえ、彼らを納得させる為には、必要な事だったから。
「他の人員には、いざって時の為に外で待機してて貰わないと」
オオツキが逃亡を図った際、その対応を迅速に行う為、という建前だ。
私がそんな事を許す筈もない。
これは可能な限り危険に晒される人数を減らしたかったから。
そうとは当然知らず、無言ながら、それに頷き返すキンさん。
「―――分かった。君を信じよう」
渋々といった風ではあったけど、ようやく決心を固めてくれたようで、それは表情からもアリアリと伝わってくる。
もし最後まで煮え切らないようなら、尻の一つでも引っ叩いて腹括らせようと思ってたんだけど、杞憂で済んだようだった。
故に、決戦は明日。
オオツキ・トキザネ捕縛作戦は、実行される。
少なからず私の心も高揚していた。
が、しかし。
この時の私は、まだその戦場が予測の範疇を出る物にはならないと、そう信じ切っていた。
それがどういった結末を辿る事になるのかなど、当然知る筈もなく。
そして、長い夜は明け……。
作戦決行の瞬間は、遂に目前まで迫っていた。




