第七十五話
第七十五話「分水嶺」
城下に多大な被害を及ぼしたあの火災から、二日。
傷跡は未だ癒えず、多くの民が住む家を失い、仮設住宅での生活を余儀なくされている。
しかし、それでも彼らは決して悲観する事もなく、互いに協力し合い、復興作業に尽力してくれていた。
そんな中、私は。
「―――へぇ、ワリと良いトコ住んでんじゃん」
目の前にあるのは、こじんまりとしたお屋敷。
こじんまり、とは言っても、それは一般住宅から見ればかなりの大きさで、40坪程の広さがある。
侍屋敷と呼ばれるものに相当するんだろうけど、平屋ながらなかなかの良物件だ。
環状線道路からは少し逸れていて、直ぐ傍には山があり、自然が豊か。
丘陵を切り開いて建てられたようで、石垣や基礎はしっかりとしている。
柵の向こうには庭園も広がっていて、チラリと菜園なども見え。
簡易的ながら門構えはしっかりとして、その向こうには玉石と飛び石が玄関口まで続いているようだ。
様式としては、一応“書院造”に該当するのではないだろうか?
まぁ、建築家ではないから専門的な事は判らないけど、この時代としては結構な高級住宅の部類に入ると思われる。
ちなみに、侍屋敷っていうのは武家屋敷とは狭義の意味で異なる。
広義には同様と扱われる事も多いけど、間取りや広さ、住む人間の経済力などで本来は分けられて然るべき物だ。
なんでも、嘗ての会津藩では俸禄や役職によって敷地や建物の坪数が厳格に定められていたらしく、家老クラスになると3000坪以上の屋敷に住んでいたらしい。
それから比べれば、やはり“こじんまり”して見えるという物で……。
まぁ、話しが逸れてしまったから、本筋に戻すとしよう。
どうして私がこんな場所に居るのか、というと。
「たーのもー!」
なんて、門前でお約束の声を上げれば。
「は、はいっ! どちら様でございましょう!?」
と、慌てた様子でこの屋敷の下女と思しき女性が庭の方から駆けて来る。
これ、実はあんまり一般的な挨拶の方法ではないらしい。
急な用件などの際に『案内頼もう』の意味で使われるそうな。
まぁ、知っててやってる私もどうかと思うけど、やらずには居られなかったという事で一つ。
「あ、驚かせちゃってごめんね。キンさんは居る?」
「え、あ……主は今、少し出て居られまして……」
と、困り顔を浮かべるけど、私は全く躊躇せず。
「心配しないで。キンさんに呼ばれて来たの。“カスミが来た”って伝えて貰える?」
「あ……貴女様が!? し、失礼致しました、直ぐにお取次ぎ致しますので、どうぞコチラへ!」
態度がコロリ。
まぁ、大凡の理由は掴めてるから、これも致し方なしと納得せざるを得ない。
私はその女性に誘われるまま、屋敷の敷居を跨ぐのだった。
「申し訳ございません。主から“ヤナ様”がお見えになったら、お通しするよう申し付けられて居たのですが……」
「外見については、ちゃんと聞かされてなかったって事ね……。なんか、ごめんね? こんなナリで。混乱したでしょ」
「い、いえ! ただ……その、とても剣の腕が立つお侍様だとお伺いいていたので、まさかこのような可憐な女性の方だとは思いもよらず……」
申し訳なさそうにそう語る彼女に、私も思わず微苦笑を浮かべる。
“可憐”とはまた、なかなか面白い表現だ。
まぁ、要は大太刀背負った屈強な大男が訪ねて来ると思っていたら、まさかの幼女だったっていう。そういう事だろう。
「コチラです」
下女の女性にそう告げられたのは、日当たりの良い角の部屋。
縁側の向こうには狭いながらも美しい日本庭園が広がっていて、此処がどういった部屋なのかが容易に推測出来た。
障子や壁に設けられた窓の配置は、そこから室内へ光を取り込む為の構造で、最も日当たりが良い部屋は即ち“書斎”という事になる。
「失礼します。キンシロウ様、ヤナ・カスミ様がお見えになりました」
『あぁ、通してくれ』
床に膝を折り、語り掛けた下女の言葉に障子の向こうから聞きなれた声が返された。
気配で存在を感じては居たが、やはり本人で間違いないらしい。
「どうぞ、中へ」
障子戸を開け、身を交わす彼女の横を通り抜け、私が部屋に足を踏み入れると。
「待っていた」
と、書見台を前にコチラへ振り向き、微笑むキンさんの姿があった。
「掛けてくれ、時間は……あるんだろう?」
「まぁね。んじゃ、遠慮なく」
私が用意されていた座椅子に腰を降ろすと、キンさんも一度立ち上がり、座椅子の向きを変え、私に向き直って腰を下ろす。
その過程で、キンさんは縁側で待機し頭を下げていた下女の彼女へ「外してくれ」と告げた。
「では―――」
下女の女性は障子戸を閉め、その向こうで気配が遠ざかって行くのを感じる。
それを確認してか、改めて向き直ったキンさんは、用意してあった盆の上で急須から湯飲みへと茶を注ぎ、お茶請けと共に私の前へと差し出した。
「大したお構いも出来ないけど、どうぞ」
「あんがと」
と何時もの調子で笑顔を交わし、私はしばし日本茶と茶請けの和菓子を堪能しつつ、雑談に花を咲かせる。
なんて事はない。
本当に何時もの慣れた感じだった。
ただ、お互い微妙な居心地の悪さを感じていないでもなく。
それは、この後に続く“本題故”で……。
私は和菓子の最後の一口を口内へ放り込み、十分に甘味と旨味を堪能してから渋めの緑茶で口の中をスッキリとさせると。
「ん〜、美味であった〜」
満足感と多幸感に膨らんだお腹を一撫でし、背凭れへと体重をかける。
やはり、和菓子は良い。
洋菓子も悪くはないし、絢爛豪華な見栄えや果物の複雑且つ重厚な香りなどは和菓子には無い良さとは思う。
でも、慎みや佗寂という美意識の表現や飾らない素直な味わいは和菓子特有の物で、日本茶の渋みや苦みとの相乗的な楽しみ方が私は大の好物だ。
そうそう、和菓子と言えば、もう随分と長いこと“イチクリぼたスペ”を食べていないなぁ、なんて唐突に思い出し。
(もう一度くらい、味わいたかったなぁ……)
私が札幌を見捨てたあの日、市街地にはドラゴンや魔物達が押し寄せ、僅か二日足らずで都市機能が壊滅的な被害を受けたそうだ。
大部分の人間が逃げ遅れ、無数の死者が出た。
その中には、私が愛した“イチクリぼたスペ”を出す和菓子屋さんも勿論含まれているだろう。
恐らく、もう二度と同じ物を口に出来る日は訪れない。
(和菓子食って感傷に浸るとか、どうなん?)
なんて、私は自嘲気味に笑い。
「どうかしたかい?」
「ううん、なんでもない。ちょっと昔の事とか、思い出しちゃっただけ」
適当な感じでそう言い繕う。
そう? ってな具合に丁度会話が途切れ。
私はそこで空気を察した。
きっと、彼は私から切り出すのを待っている筈だと、そう感じたから。
「―――さて、そんじゃあ本題に入りましょうかね」
私が姿勢を正しそう告げると、キンさんもまた湯飲みを盆へと戻し、姿勢を正した。
さぁ、勝負の時だ。
彼が私に感じている疑問の答え。
私が彼に感じている疑問の答え。
どちらも互いに薄々何かを感じ取っているのは明白で。
故に、これは答え合わせでしかない。
「何から聞きたい?」
私は努めて普段通り、彼に尋ねる。
すると、事前に考えを纏めていたのだろう。
キンさんは淀みなく言葉を選び出し、やはり普段通りの調子で私の目を覗き込んだ。
「聞きたい事は沢山あった。けれど、やっぱり一番確かめたかったのは……君が“いったい何者なのか”という事だろうね」
「デスヨネー」
真顔で答える。
だろうとは思っていたのだ。
私は、やはり普通ではないから。
年相応? に振る舞う事もあるけど、要所要所で私の言葉はとても年相応とは思えなかっただろうし。
それに、何より彼は気付いている。
私が“鬼人族ではない”という事に。
だから、それを下手に隠すのは止めにしようと考えていた。
それは、“彼の立場”に置いて、重要な意味を持つ事になるだろうから。
「キンさんってさ、“気の流れ”が見えてるでしょ」
私がそう切り出したのには、理由がある。
これまで、彼は幾度か私の額にある“角”に視線を向けていた事があったからだ。
だから、気になって少し調べてみた。
その結果判ったのは、鬼人族の武人の中には、体内を巡る“気”の流れという物を感覚的に視認できる人が居るって事。
そして、鬼人族の角には、必ずその気という奴が強く流れ込み、発光して見えるらしい。
それは、鬼人族が持つ潜在的な“力”の指標にもなるようで。
要は、強い武人や術者程、角に流れ込む気の輝きが強くなる、という事だ。
ところが、私の角は飾り物。
当然、角に気など流れ込んでは居なくて。
きっと彼は、その事をずっと疑問に感じていた筈なのだ。
だから、私の角を何度も観察していたのだろう。
「やはり、気付かれていたか……」
「そりゃね。女って男の視線には目敏いモンなのよ?」
そう、互いに苦笑する。
で、こうなれば、今更角を生やしている理由も無く。
私はUI上の装備画面からアクセサリーである“鬼の角”を外して見せた。
「つ、角が……消えた!?」
「騙しててゴメン。私、人間なんだ」
「にん、げん……」
人間、という言葉の意味を計り兼ね、キンさんは暫く黙考する。
多分、彼は“人間”って言葉が持つ広義の意味と、狭義の意味とを取り違えたのだろう。
でも、直ぐに気付いた筈だ。
その証拠に。
「確か……ミッドガルドの外れにあるという、“地球”という世界の……」
「そ。その人間よ」
今のこの世界には、嘗ての“アバターラ”という固有名詞が存在しない。
それは、言葉その物が存在しないってワケじゃなく。
その言葉をPYOプレイヤーの総称として定めた組織が、今の世界には存在しないからっていう意味。
だから、嘗てのアバターラやノーマルといった名称による区別が無いのだ。
故に、私は私を“人間だ”と告げた。
「あの世界には、超常的な特殊能力を有する武人や技能士が存在すると聞いたけど……まさか」
「うん。私もその特殊能力者の一人よ」
「なるほど……。道理で力の桁が外れている訳だ……」
こんなナリで鬼人族以上の膂力や武力を持っているのだ。
彼がそれを異常だと感じるのは無理も無い事だろう。
でも、そうなると、勿論彼の中には別の疑問が産まれるワケで。
「ミッドガルドの外れにある小世界。そんな国の住人が、どうして……?」
そう、それだ。
自身の種族を偽ってまで遠く離れた異世界の他国に侵入し、何故その国の事情に足を突っ込んでいるのか。
ともすれば、間諜や工作員と疑われても文句が言えないほど危険人物として条件が揃い過ぎている。
彼の立場を考えれば、それは見過ごせない物の筈だ。
だから、私は誠意を以ってそれに答えなければならない。
彼にとって、“嘘を見抜く”なんてのは造作も無い事の筈だから。
「先ず一つ。私は地球側の人間だけど、何処かの組織に属する間諜や草ではないわ。でも、それを証明する術を私は持たない。だから、キンさんが私の話しを信じてくれるかどうかに、私は全てを賭けて打ち明ける」
「な、なかなか難しい事を平然と言ってくれるな、君は……」
実直な私の言葉に、彼は苦笑を浮かべ、更に話しを促すように黙した。
だから、私は続ける。
態度や言葉遣いを一切改めず、ありのままに。
「次に、この国の事情に足を突っ込んでる理由だけど、まぁ……そこはイロイロ複雑でさ」
最初は、亜人族の聖地であるヴェムトト遺跡の情報を欲して潜り込んだ。それは事実だ。
でも、町人の人達との交流や予期せぬハプニング、他にもキンさんとの出会いや私個人としての正義感が、この国の惨状を見過せなくさせている。
故に、私は彼に一つの提案をしようと決めていた。
「キンさん……ううん、“モリ家次期当主、モリ・カネツグ殿”に言上申し上げる」
「…………」
「私は鬼人族ではないし、ぶっちゃけ何の関係も無い赤の他人かもしれないけど、それでも、この国で私を大切にしてくれた人達の想いに報いたいって思ってる。だから、協力させて下さい」
平伏し、頼み込んだ。
勿論打算だってあるけど、これは紛れもなく私の本心でもある。
そして、この国に於ける家格や血筋が持つ意味を、私も少なからず理解しているからこその行為だった。
「―――面を上げよ」
「……ハッ」
その命に顔を上げた私を待っていたのは、キンさんの困り果てたような苦笑だった。
「心配しなくても、私は君の事を心から信頼してる。それに、友人だと感じているのは本心からだ。だから、改まって頭を下げる必要なんてないよ」
「でも……」
「いや、それにね、私なんて高々領内の一町奉行に過ぎない。家老ヨイチ派に良いようにされている無力な鬼人の一人だ……。恐らく、君は私等とは比べるべくもない程高貴な血筋の方だとお見受けしている。そんな貴女に頭を下げられたとあっては、私も恐縮してしまうよ」
「こ、高貴っ!?」
何となく察してはいたけど、高貴ときたか!?
私は慌ててそれを訂正する。
「まったまった! ちゃいますねん! 確かにそういう事やってた時期もあるけど、今はホント、何処の国とも関係とか無いから! 一般人だから!」
「カ、カスミちゃん、なんか喋り方がおかしな事になってるよ……?」
「うっ……ち、違うんだって、ホント。イロイロあって、その……私が姫なんてやってた国は、今はもう無くて、だから……えっと」
「ひ、姫……君!?」
「えっ!?」
うおおお! なんか錯乱してきたー!
落ち着け。少し冷静になろう。
キンさんに掌を翳し、待ったをかけて呼吸を整え。
「―――コホン。まぁ、そうね……。今は無き亡国の姫君。とか、そういう認識で、確かに構わないのかも……?」
「国を……失った、のか……」
「あぁ、そんな重く受け止める必要はないよ。なるべくしてなった。私も、そうやって納得してる事だから」
そう。私達が治めていたアールヴヘイムという王国は、今はもう存在さえしない。
それに、そもそもあの国を過去の物にしてしまったのは、他ならない私なのだから。
しかし……。
「私が……高貴、か……。ハハ……」
乾いた笑みが零れた。
「火災の折、君が見せた指導者としての姿は堂々たる物だった……。まるで、戦の前線に立ち、万の兵を率いる戦女神のようだと、そう感じた。思わず頭を垂れ、跪きそうになってしまう程にね」
「や、やめてってば。アレ、なんかクセでやっちゃっただけなんだから……」
「ならば余計の事、やはり君は、私が思い描いていた通りの人だったという事さ」
なんかもう褒めちぎられ過ぎてオシリの辺りが痒くなる思いだ。
恥ずかしくて、火照った顔をパタパタと手で扇ぐ。
「しかし、やっぱり君は、私の正体にも気付いていたんだね……」
「そっちこそ、流石はお奉行様って感じ。真贋を見極める目は確かみたいじゃない」
お互い、その正体に確証を得て、大分スッキリした気持ちになっていた。
だからだろうか。
何時しか、私達はいつも以上に饒舌になり、随分と話し込んでしまって……。
「―――結構、日が傾いて来ちゃったね」
障子に差す夕焼けの朱が目に眩しく感じる時間。
いったいどれだけの時間が経過してしまっているのか。
時計なんて物が無い世界だから、ハッキリとした事は判らないけれど。
「イロイロ話しちゃったけど、結局の所、“モリさんとして”はどうなの?」
「この国を守りたいという意思はある。しかし、情けない話だが、私にはシドウ・ヨイチに抵抗し得る力が足りない」
そこで言葉を区切り、キンさんは突然座椅子を退かし、姿勢を正し、そして―――頭を下げた。
「今は亡き倭国将軍モリ・イエノブに代わり、嫡子モリ・カネツグとして、恥を忍んでお頼み申し上げる。どうか……どうか貴殿のお力添えを賜りたく!」
畳に額を擦り付ける程の土下座だった。
彼としては、悔しくて仕方がないだろう。
それは、私に頭を下げるのがって事じゃなく、己の無力さや他国の人間に助けを請わなければ民を救えないという状況がだ。
だから、私は私なりにその願いを真摯に受け止めた。
「―――面を上げよ。……だっけ? フフッ」
「カ、カスミ殿……」
少し茶化すように笑い、顔を上げるよう促すと、キンさんは微妙な面持ちで私を見上げて。
「イロイロ言いたい事はあるだろうけど、“友達”なんでしょ? だったら、細かい事気にしないの。私にだって、事情があるって言ったじゃん? 他人事でもないワケよ」
「では……?」
「もち、協力するよ」
「っ! 有り難う……有り難う、カスミちゃん……!」
此処まで、相当キツイ思いをして来たんだろう。
キンさんは感涙まで浮かべ、何度も私に向かって頭を下げていて。
人の上に立つ人間が、そう簡単に頭を下げるモンじゃないって言っても、なかなか聞いてもくれず。
それはもう本当に嬉しそうに、私の手を取って喜んでいた。
だから、ちょっとばかし言い難かったんだけど、私はそんな彼の手を一度解き、落ち着くように言い含め。
「ただ、出来ればでいいんだけど、一つお願いがあるの」
「私に出来る事なら、なんでも言ってくれ」
なんて、ホクホク顔で答えるもんだから、余計に言い難くなり。
でも、このままって訳にも行かず、私は決心する。
「私がこの国に来た理由。その部分についての詳細にもなるんだけどね」
そう切り出し、私が世界各地を旅しながら何を求めているのか、そして、その過程で亜人の聖地であるヴェムトト遺跡に用が出来たのだという事を全て彼に打ち明けた。
それを聞いたキンさんは、流石に神妙な顔でしばし黙考する。
そして―――。
「世界の崩壊と、それを止める為の鍵である“ユグドラシルの破片”の散逸……。その一つが、ヴェムトトに……」
話しの内容を整理し終わったのか、キンさんはそう呟き、それから一度顔を上げ。
「俄かには信じ難い話しだけれど、事実……なんだね」
「まぁね……。自国が大変って時に、余計な心配事まで増やしちゃって、悪いとは思うんだけどさ」
しかし、申し訳なさそうに言った私に、キンさんは首を振り。
「いや、それこそ他人事という訳にはいかないよ。規模で言えば倭国の現状でさえ些事とも思える話しだ。放っては置けない」
「じゃあ、協力をお願いできる?」
「あぁ、可能な限り、私の方でも情報を集めさせておくとしよう」
こうして、トントン拍子で話しは纏まり。
(後は、前言通り……)
シドウ・ヨイチを叩きのめす。
ナエちゃんや町の人達を散々苦しめ、挙句放火までして国中を危険に晒してくれた罪。
それを償わせるのだ。
その為には、やはり一も二も無く情報が必要だ。
「キンさん、早速で悪いんだけど、何人か隠形に長けた人達を貸してくれないかな? 忍者みたいな」
「忍の者を……?」
「そ。どんな行動を起こすにせよ、先ずは情報を集める必要があるから」
「確かに。……じゃあ、二日後。それまでに、何人か手練れの者を集めておく」
「ん、お願い」
私は軽く頭を下げ、同時に腰を上げて。
「それじゃ、私はそろそろお暇させて貰うわ。帰ってナエちゃん達にも伝えなきゃならない事があるし」
「“解放同盟”……と、いったっけ。足並みを揃える必要もあるだろうし、そちらは任せるよ」
「りょーかい。じゃ、またね」
軽い調子で挨拶を交わし、私はキンさんと別れ、間借りしている旅籠屋へと帰路に着いた。
何時しか日も落ち、環状線沿いの辺りは暗く、人気も減っていて。
夜空を見上げて、正座の形を視線でなぞりながら、ゆったりと歩く。
「ナエちゃん達、喜んでくれるかな……」
ようやく念願叶ってカネツグ派とのパイプが持てたのだ。
しかも、それが次期将軍候補筆頭である将軍家の跡取り自身とくれば、火災の一件で暗い雰囲気のある町人達も少しは元気を取り戻してくれるのではないだろうか。
彼らの笑顔を想像し、私も少し頬が緩む。―――と、一際暗い路地に差し掛かった時だった。
「……?」
微かな物音と共に、女性のものらしきくぐもった悲鳴が聞こえて来た。
民家の隙間にある狭い行き止まり。
人目に触れ難い建物の影から聞こえて来たその音に、私は素早く近付いて。
建物の角に立ち、薄暗い闇の先へと目を細めた。
(うおぃっ! ちょっ、マジかコレっ!?)
私は驚きの余り声を発しそうになり、慌てて自分の口を両手で塞ぐ。
そこには、屈強そうな男三人に囲まれ、羽交い絞めにされている一人の女性の姿があった。
「静かにしろ、早死にしたくはあるまい?」
「―――っ!?」
脇差を女性の頬に当て、下卑た笑みを浮かべる男。
羽交い絞めにしている男の方は、どさくさ紛れにその女性の胸を揉みしだいている。
もう一人の男はその手に荒縄を握り締めていて。
これはもうどう考えても……。
(う、うらやまs……って、そうじゃない!)
いや、何というか、妙な興奮が背筋をゾクリとさせて、彼女の立場に自分を重ねて見てしまったというか。
まぁ、兎も角、だ。
流石に見過せる状況ではない。
私は渋々といった風に溜め息を吐き、その路地裏に悠然と足を踏み入れ。
「はわぁ〜、おじちゃん達、何してるのぉ〜?」
「ッ!?」
突然の闖入者に男達が慌てて振り返る、が。
「な、なんだ……ガキか」
「ビビらせやがって……」
「おい待て、このガキ……悪くない。ついでにどうだ?」
は? ロリコンかよ!?
「おまえ……、ホントガキが好きなんだな」
「あんなペッタンコの何がイイってんだか……」
おい、今聞き捨てならん言葉が聞こえたぞ。
「解ってねぇなぁ。そこがいいんじゃねぇか。こう、無垢な感じでよぉ。穢れてないっつーの?」
おう、オマエ完全なロリコンやないか。
まさか、鬼人族にもこういう“紳士”が居るとは思わなんだわ。
「お嬢ちゃん、アッチのおじさん達は今から大事な仕事があるんだ。お嬢ちゃんは、おじちゃんと一緒に、おだんごでも食べよう。な?」
と、私に向かって近付いて来る荒縄持ったおじちゃん。
ナニコレ恐い。
ちょっと興奮し掛けてる辺り、私もなかなか筋金入りだ。が、しかし、だ。
「ねぇおじちゃん」
「ん、なんだい?」
ニヤニヤと手を差し伸べてくるそのおじちゃんに、私は表情を一転コロリと変え。
「―――婦女暴行とか、強姦罪って知ってる?」
幼女に似付かわしくない、獰猛な笑みを向けたのだった。




