第七十四話
第七十四話「脅威の格差(物理)」
―――視界を焼き尽くさんと猛るのは、果たして煉獄の火か否か。
灼熱の熱波に全身を炙られながら、窒息に迫る死を想起する。
熱さ。苦しさ。恐ろしさ。
しかし、何よりも耐え難いのは、腕の中に抱く愛する娘の命が今正に失われようとしている事実。
幼い彼女は未だ弱く、そして脆い。
守らねばならない。
何に変えても。
四方八方天井に至るまで、今や大水屋の土蔵は炎に包まれ、もう数分と持たず災禍の海に沈むだろう。
故に、母は決断に迫られた。
愛する娘の命を救う為に、自らを犠牲にする決断を。
「コユキ……、コユキだけは、お母さんが絶対、守ってみせるから……っ」
浅い呼吸を繰り返す娘を胸に抱き、母はその四肢に最後の力を注ぎ込む。
この炎の壁を越え、せめて娘だけは、と。
だが、しかし。
「―――っ!」
一歩を踏み出したその瞬間、無常にも蔵の耐火強度は限界を迎えた。
外壁が崩れると同時、大気を取り込んだ炎が一気にその威力を増したのだ。
母子の頭上に迫る、崩れた天井と火達磨と化した太い梁。
その瞬間、母は全てを悟り、しかしそれでも尚諦めず。
娘を抱えて自身を盾に背を丸め、地に伏して。
(どうか……! どうか、娘だけは……っ!)
藁をも掴む想いで神に祈りを捧げた―――その、瞬間だった。
「母は強し、なんて言うけど、ホント……大したもんだわ」
驚くほど場にそぐわない少女の声が頭上から降って下りて来た。
恐る恐る見上げた母の目に映るのは、十代前半と思しき幼い少女の姿。
しかし、年相応の華奢な彼女はたった一本の腕で炎に包まれた巨大な梁と瓦礫の山を悠然と支え、逞しく頼り甲斐のある笑みを浮かべて言うのだ。
「ちょっと待っててね、直ぐに“コレ”退けちゃうから」
「え、え……?」
緊張感の欠片も無いその声と言葉に、母は呆然とする。
が、当の本人である“私”はそれを意にも介さず。
「よっ……と」
軽く腕に力を込める。それだけで、燃えた梁も瓦礫も瓦屋根も、全部纏めて紅黒の炎に焼き尽くされ、一瞬で灰塵に帰し。
急激に周囲から新鮮な空気が雪崩れ込んで、私の足元で母子が少し強く咽返ってしまった。けれど。
「もう大丈夫よ。ほら、掴まって」
伸ばされたその手に、母は涙ながらにすがりつき。
「もう……もう、駄目かと……うぅ……っ」
「あー、こらこら、気ぃ抜くのは早いってば。その子、結構煙吸っちゃってるみたいだし、一先ずコレ、飲ませてあげて」
私がインベントリから取り出してあったのは、小さなアンプル。
解毒用の回復ポーションだ。
この小さな身体の女の子なら、それで十分に体内の毒素を中和し切れる筈。
ついでって感じで、そのポーションを娘に与えている母親へ、私は習得したばかりの治療魔術を使用する。
「―――闇夜の抱擁(Umfassen der dunklen Nacht)」
翳した掌から溢れ出す蒼黒の粒子。
それは淡い光を放ちながら、まるで夜空に浮かぶ星々の瞬きのように目の前の女性をフワリと包み込み。
「こ、これは……?」
自身の全身を襲っていた火傷による苦痛が消えて行くのを感じ、気付いた彼女は私を見上げ。
「これは、まさか……巫術!? あ、貴女様は、“巫覡衆”の方なのでございまするか!?」
「へ?」
ふげきしゅう? ふげき……巫覡? 神和の事?
酷く畏まった様子というか、それは最早“畏怖”とも思えるような反応で。
私は慌てて首を横に振り。
「違う違う。これは“巫術”とか言うのじゃなくて、魔術。マナを操る術理で、才能のある人なら誰にでも扱える技術よ」
「そ、そう……なの、です? では、巫覡衆の方という訳では……」
「ないない」
そうキッパリ否定した途端、強張っていた彼女の身体からフッと力が抜けた。
「巫覡衆の方にお救い頂いたのかと……。余りにも恐れ多く、肝が縮み上がってしまいました……」
「あー……驚かせちゃって、ごめん。ちょっと火傷が酷かったもんだから、治療してあげようって思っただけなの」
「そうだったのですね……。有り難いお心遣い、感謝の言葉もございません……」
そう言い、緊張が解けた様子でようやく笑顔を見せる彼女。
しかし、“巫覡衆”ね……。
気になる単語だ。
後で、キンさん辺りにでも聞いてみよう。
と、そうこうしている内、彼女の腕に抱かれていた小さな女の子が目を覚まし。
「お、っかぁ……?」
「コユキ……! 良かった……、目が覚めたのね……っ」
娘を抱き締め、涙を流す母の姿を前に、私にはイロイロと思う事もあって。
私の両親も、私をこんな風に愛してくれていたのだろうか?
愛情は……純粋な物だった。そう、思う。
でも、私はどうしても、本当の両親の事を今でも愛し切れなくて。
(感謝はしてるけど……それだけ、なんだよね……)
妙な気分だった。
母親を思い出そうとすると、先ず真っ先に思い浮かべるのは、涼子ママの顔。
実の母の姿が、私には霞んで思えてしまう。
故に、解らない。
目の前にあるその光景が“美しい”と感じているのは事実だというのに。
母親と呼ぶべき物を定義し切れない。
「はぁ〜、良く解らんわ……」
誰の耳にも届かない、そんな小さな呟きを漏らし、私は。
「うっし、そんじゃ二人とも、此処から脱出するわよ。ついて来て」
周囲は未だ火の海で、普通に考えたら脱出なんてどうすれば? と思うだろう。
実際、母子は共に首を傾げていて、どうすれば良いのか解っていない様子だったけれど。
私は構わず昏天黒地の柄に指を伸ばし、腰を落とした居合の構えで眼前の燃え盛る炎の壁を睨み付けた。
「ちょっと大きな音が鳴るかもだから、耳塞いでて」
「は、はい!?」
私の様子から何かを悟ったらしく、二人とも混乱は見せつつも直ぐに両手で耳を塞ぐ。
そのタイミングを見計らい。
「一之妙剣……」
引いた左足で地を蹴ると同時、踏み出す右足の靴底を滑らせながら尚深く腰を落とし。
「……三日月ッ!」
―――抜刀。
剣閃を追うように迸る紅黒の炎が切っ先を離れて虚空に三日月を描き出し、燃え盛る火災の炎を大気が爆ぜる轟音と共に一瞬で焼き焦がした。
残響の中に残されたのは、剥き出しの地面と左右真っ二つに引き裂かれた炎の道だけ。
「さぁ、一気に駆け抜けるよ!」
驚きつつも頷いた母に抱かれ、娘と二人、私の後を追う。
崩れ落ちる建物の瓦礫が炎と共に道を塞ごうとするけど、私はその悉くを昏天黒地の紅黒で払い飛ばし。
直線距離にすれば僅か10メートルにも届かない程の道のりを一気に切り拓いて。
「な、なんですっ!?」
爆音と共に爆ぜた炎の渦から、私と母子は飛び出した。
「ほい、とーちゃく。っと」
抜け出たそこには、キンさんやヨヘイさんの驚いた顔。
「おっとぉー!」
「ヨヘイさん……!」
「あぁ、まさか……、奇跡だ……! コユキ! オキク!」
互いに駆け寄り、抱き締め合う家族。
心温まる光景って奴で、私もちょっとウルっときちゃうけど。
「感動の再開をお祝いしてあげたい所だけど……。他にも逃げ遅れた人や怪我人が大勢いる筈だから、二人も協力して」
「は、はい! この御恩に報いる為にも!」
「私達に出来る事があるのであれば、なんなりとお命じ下さい」
二人とも疲れているだろうに、それでも快く受け入れてくれる。
彼らが頑張ろうとしている時に、私が休んでいる訳にはいかないだろう。
だから、決意も新たにMAP情報から周囲の状況を探り。
「ヨヘイさん、すぐそこに大きな飲食店があるでしょ。そこを空けて貰って、怪我人や救護者を集めて」
「わかりました」
「奥さんと娘さんは、怪我人の介抱をお願い。重傷の人には……コレを飲ませてあげて」
「はいっ」
私は手持ちの薬品袋を丸ごと母子に預け。
「それじゃ、そっちはお願いね」
頷いて駆けて行く彼らを見送り、それから再び炎と向き合う。
そこへ、背後から近付いて来た気配に気付き。
「信じられないよ……。君みたいな小さな子が、まさか……これ程の奇跡を起こしてくれるなんて……」
「奇跡でも何でもないって、こんなの。それより、何か状況に変化は?」
振り向いて尋ねた私に、キンさんは苦虫を噛み潰したような顔を浮かべ。
「破壊消化といったっけ……。その効果もあって、火は鎮火に向かってるようだ。だけど、被害はかなりの規模になるだろうな……。焼け出された人達は、今後どうすれば……」
「アンタがそんな暗い顔してどうすんの。心配しなくたって、ここの人達はそんなに弱くはないわよ」
「え……?」
「見てみなさいって。ちゃんと、周りをさ」
私の視線を追い、キンさんも辺りを見回す。
そこには、火災の火を少しでも早く鎮火しようと、井戸水を被って消火活動に当たっている沢山の人々が今尚忙しなく走り回っている。
みんな必死だ。死力を尽くしていると言ってもいい。
下手をすれば国中が大火事に見舞われるっていうのに、けれど誰も悲観したり、諦めたりなんかしちゃいない。
自分達の住む町を守る為に、これまでロクに口を聞いた事もなかったような相手とだって、協力して声を掛け合い、消火活動や救護活動、救出活動に全力を注いでいる。
泣いて喚くだけの人だって中には居るんだろう。でも、そんな人達を励まし、奮い立たせているのもまた人だ。
鬼人も、人間も、そう変わるもんじゃない。
エルフ達にだって、少なからずそういう部分はあったのだから。
そう、彼らは決して弱くはない。
気に入らない奴だっているけど、そんな奴でさえ協力し合う事は出来るのだから。
「文句だって、愚痴だって言うだろうけどさ。それでも、きっとみんなで協力し合って、この人達は難局を切り抜けて行く筈だよ」
「……あぁ、そうか……。そう、なんだな……」
私もまぁ、このくらいの事が言える程度には丸くなったって事なんだろう。
昔みたいに毛嫌いするだけじゃなくて、ある程度は尖った理想を諦めて、でも大事なトコだけは見落とさないように。
そうすれば、憎しみや悔しみから少しは救われた気持ちになれるから。
「さっ、休憩は終わり! あんまりノンビリしてられるような状況じゃないし、あともう一踏ん張り、私達も頑張らないと!」
「あぁ、そうだな!」
私達は消火活動を再開した。
弱まったとは言え、火の勢いは未だ強く。
あちこちで二次被害も出てしまって、途中何度も走り回るハメになってしまったりしたけど、それでも、だ。
夜が明ける頃にはほぼ消化活動も終わり、一部に二次火災が生じた時の為の警戒要員を残して皆が一様に一息つけるくらいの余裕が生まれていた……。
「あぁ〜……、流石に、疲れたぁ〜……」
臨時で避難所として解放して貰った宿屋の二階。その一室で、私は畳に大の字で引っ繰り返っていた。
全身が煤塗れ。
各所で20人近い逃げ遅れた鬼人の救出を行い、脳疲労も最早限界に近い状態。
「お風呂、入りたいな……」
汗やら泥やら炭やら灰やら、もう真っ黒で早いトコスッキリしたい。
この宿なら、お風呂くらいは借りられるだろうか?
なんて、淡い期待を抱きながら上体を起こした時。
襖の外から人の気配を感じた。
『カスミちゃーん、居ますかー?』
聞き慣れた明るい少女の声。
ナエちゃんだ。
「どぞー」
『お邪魔しまーす』
膝をついて三つ指揃えながら襖を開け、お辞儀をしてから入室するナエちゃん。
随分と丁寧な挨拶の仕方で、私はちょっと驚かされた。
「そんな気ぃ使わんでも」
半笑いでそう言ったのだけど。
本人はキョトンとしていて。
「あ、ごめんね、そういうつもりじゃないんだ。これ何か身体に染み付いちゃってて、私のクセなの」
「クセ……? 三つ指が?」
聞き返したら、ナエちゃんは何だか恥ずかし気に苦笑を浮かべ。
「やっぱり、ヘンかなぁ?」
「まぁ、少なくとも友達の部屋に遊びに来てする挨拶ではないよね」
「だよね」
言い合い、お互いにクスリと笑う。
「まぁ、無事で何より。とりあえず入って」
「うん、お邪魔するね」
座卓を挟み、座布団に二人で腰を下ろして。
「そっちも大変だったみたいね。長屋に火をかけられたって?」
「うん、あっちこっちで火の手が上がって、もう殆ど全焼しちゃったって……」
ついさっき、“同盟”の伝令役が各現場の情報を持って私のトコに来てくれた。
その話しによると、現状確認されているだけでも、3町23か所で放火と思われる火災が発生していたらしい。
事実、私も10か所程走り回って火消の真似事をしていたから、その数字は実数値にかなり近いと推測される。
その中で、ナエちゃんとも連絡が取れて、そっちの様子は聞き及んでいた。
長屋の空き家に火がつけられ、風があった所為もあって瞬く間に燃え広がってしまったらしい。
「ごめんね、私の読みが甘かった。まさか、ヨイチ派が此処までやるとは思ってなかったのよ……」
「カスミちゃんの所為じゃないよ。悪いのはヨイチ派の連中だもん」
―――解っている。
確かに、本当の意味で断罪されるべきはヨイチ派だ。
でも、今回の件を読み切れなかったのは、間違いなく私の慢心が原因だった。
なぁなぁと時間を無為にし過ぎた。
これは、その結果だ。
やる気になれば、シドウ・ヨイチを直接暗殺する事だって出来た筈なのだから。
情報欲しさにそうせず、カネツグ派との接触を優先させたからこうなった。
ヨイチ派にこれだけの事をさせる時間的猶予を与えてしまったのは私なのだ。
それを言葉にする勇気も無くて、私はそうした気持ちを全て呑み下す。
何となく、苦味がした気がした。
「そういえば、ソウベイさんは?」
「炊き出しの準備してる。みんな、お腹空いてるだろうから、って」
有り難い話しだ。
専門は茶菓子や甘味だけど、あの人の料理は基本的に絶品だし。
そんな人が炊き出しを買って出てくれたのなら、誰もが喜ぶだろう。
だけど、私はそうノンビリとも構えてはいられない。
「後でソウベイさんには、ちゃんとお礼を言わないとだね……」
「こういう時は持ちつ持たれつだって、おやっさんならきっと言うと思うけどね」
「確かに。私もホント、あの人には頭が上がらんわ……」
粋な人ってのは、ああいう人の事を言うんだろう。
しかし、だからこそ。
「ナエちゃん、悪いんだけど、此処の事任せちゃっていい?」
「え? それは構わないけど……どうしたの?」
「ちょっとね、話しておかなきゃならない人がいるのよ」
そう言って立ち上がり、私は部屋を出ようとしたのだけれど。
「あ、待って。出掛けるなら、その前に湯浴みくらいしてった方がいいよ」
「え? あー……そう、ね」
そうだった。
今の私は全身真っ黒。
せめて汚れくらいは落として行かないと、“相手”にも失礼か。
でも、お風呂の用意を待ってる程の時間もそうはない。
この文明レベルだと、お風呂の準備も結構時間がかかってしまうから。
どうしたものかと頭を悩ませていると。
「宿屋の女将さんがもう準備してくれてるんだ。カスミちゃんと私で先に使っていいって」
「え、マジ!?」
女将さんグッジョブ!
有り難い誤算だった。
そうと決まれば話しは単純で。
折角の善意を無碍にする訳にもいかないし、私は早速ナエちゃんと宿のお風呂を利用させて貰う事にしたのだった。
「おぉ……! おおぉー……っ!」
で、案内されたのは宿の裏手にある離れの浴場。
建材の種類なんかは解らないけど、檜に似て良い香りの漂う内装は、大きくはないけどとても日本的で心が安らぐ。
脱衣所もちゃんとした造りで、浴場との仕切りもあって、現代日本の個室浴場的な物にかなり近い。
この時代、お風呂ってのは結構希少で、贅沢な物だったりするから、これはかなり有り難い。
本来は身体を清める宗教的意味合いが強い行為だった為、施設自体が寺院などにしか存在しなかったという話しだし、水を汲んで浴槽に張り、火を起こして薪を窯にくべ、お湯を沸かすなんて苦労をする必要性もあるから通常一般の民家にそういった施設自体が存在しないのだ。
だから、そもそも湯浴み自体なかなか自由には出来るものじゃなくて、私もアールヴヘイムの実家を出てからしばらく、マトモに湯浴みなんてした事は無かった。
大抵は川で水浴びしたり、木桶に汲んだ水へ焼き石を入れて温め、そこに浸した手拭で身体を拭いたりする程度。
こんな身体になっても、私だって女だ。
屋外で肌を晒すのはかなり抵抗があって、そういった時には神経が磨り減るくらい周囲の気配に意識を研ぎ澄ませていたものだった。
それが、だ。
「ヤバイ……。ちょっと感動で泣けて来た……っ」
「カ、カスミちゃん、気持ちは解るけど、そこまで……?」
「するさ! 感動! だってお風呂だよ!? 桶の水に浸した手拭で身体拭くのとはワケが違うよ!」
「う、うん、そうだけど……」
説得力などそっち除けで、まっぱで拳を掲げ、力説する。
考えてみれば、アールヴヘイムでは魔術による湯沸かしが当たり前だったのに対し、この国ではそもそも魔術という概念自体が存在していなかった。
そんな所で、先の“巫覡衆”の話しを思い出し、妙に納得してしまう。
つまり、鬼人達の大部分は魔術やそれに準じた技能を扱えないんだ。
理屈はどうあれ、それならばヨヘイさんトコの奥さんの反応にも合点が行く。
「カスミちゃん、なんで全裸のまま腕組んで唸ってるの?」
「ハッ! お風呂様になんて失礼を!? お待たせしてはいけない、早く入ろう!」
ついつい思考の海を漂いかけていた意識を引き上げ、私はナエちゃんとお風呂場へ。
「ヒャッホー! 露天だぁー!」
予想以上の浴場だった。
日本式な構造に似てはいるけど、ちょっと独特でもあるその浴場は、畳6畳くらいの広さがあって周囲を背の高い竹柵で囲まれていた。
日本庭園にあるような玉石が敷き詰められた足場には飛び石が道を作っていて、一段高くなった石垣の上に組木で作られた大きな浴槽が据えられている。
どうやらその石垣の内部が窯になっているらしく、薪の焼けた匂いがまた何とも新鮮で。
「なんと……神々しいっ」
思わず正座して合掌する。
そんな私を呆れ半分に苦笑しつつ、ナエちゃんは手拭を胸元に当てたまま。
「もー、またワケの分んないことして。ほら桶、ちゃんと身体流してから入るんだよ」
「ハッ! 承知しております!」
ナエちゃんから桶を受け取り、浴槽から湯を掬って膝を立て、肩からそれをゆっくりと掛ける。
その瞬間、私に電流走る。
「あぁ〜……、し・あ・わ・せ……」
こんな風に贅沢に湯を使える事が、今までこれ程の幸福だとは気付けなかった。
私が如何に恵まれた生活をしていたのかという事を、今になって実感する。
そうして手拭を使い、身体の汚れを落とし、幸福な気分に至っていた―――の、だが。
二人で浴槽へと足を踏み入れ、湯に全身を浸した所で、私の目に余りにも暴力的な光景が飛び込んで来た。
「なん、だと……」
湯船に浮かぶ二つのたわわな果実。
その驚異的な質量をまざまざと見せ付けるのは、当然私ではなく、ナエちゃんで。
「ねぇ、ナエちゃん」
「ん、なぁに?」
「ナエちゃんって……今、幾つだっけ」
「十三だけど?」
「じ、じゅうさんッ!?」
バカな、有り得ない……!
私の目算では、余裕で“F”はあるぞ!?
それに引き換え、今の私は……。
「これが……、胸囲の格差という物か……」
何れ大きくなる。
あぁ、それは解っている。
事実、私は嘗て、彼女に勝るとも劣らない実りをこの胸に獲得していたのだから。
だが、しかし、だ。
今までは余り気にした事もなかっただけに、こうして成長を遡る事で感じ入る物があった。
これは……、確かに暴力だ。
己の未熟さを痛烈に感じずには居られない。
「ミミ……、カナ……、今まで私は、知らず知らずの内に、二人をこんなにも傷付けていたのね……」
……懺悔する。
もう二度と、二人の前で胸の話しはしまい。
まぁ、一年近く顔も合わせてないんだけどね、二人とは。
なんて、私は、心穏やかにそう誓うのだった……。




