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Master Code  作者: 覇牙 暁
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第七十二話

第七十二話「昏天黒地」




 ―――鬼人族の国、『ヤマト』。


 その歴史はまだ新しく、国家として成り立ったのは僅か400年程前の事……らしい。


 流浪の民だった鬼人族の初代将軍モリ・ヨシノブが鬼人族の長として“六つ首の大蛇”を退治し、その地に村を興したのが始まりだという。


 それから五代、400年の歳月を掛けて繁栄を遂げたこの国は、モリ家を代々の将軍家とし、その嫡子によって将軍職は引き継がれて来たのだとか。


 ところが、今代イエノブが家督を継ぎ将軍となってから、それまでの外交政策が一新され、他の亜人族との同盟関係に軋轢が生じてしまったのだそうだ。


 エルフやダークエルフ、穏健派の亜人族との共生を訴えたイエノブだったが、強硬派の亜人族はそれを良しとはせず、議会は決裂。


 結果として倭の国は亜人族の中で孤立する事となり、現在では他国との国交が断絶状態にあるのだという。


 前の世界での亜人大戦中、何故鬼人族がアールヴヘイムやスヴァルトアールヴヘイムに派兵していなかったのか。

 その理由が、コレだったのだろう。


 斯くして、意図せぬ鎖国状態に陥ったこの国は、内外に多くの政敵を生む事になってしまったという訳だ。


 無理もない。

 他国との貿易や人の流通が滞れば、当然国益にも大きな影響を及ぼすし、政治的な隙を生む事にも繋がる。


 民の暮らしも苦しい物になるだろうし、それ以上に特権階級の懐事情は一層厳しくなる筈だ。


 故に、一部の権力者層はそうした政策を強行したイエノブを恨むだろうし、自分達に都合の良い君主の存在を望むようにもなる。


 そこに来て、将軍イエノブの突然の病死。


 確かに、これで暗殺を疑わない方がどうかしている。


 事実、イエノブの死と同時期に活発な動きを見せ始めた国内勢力が存在するらしく。



 「将軍家家老、シドウ家現当主、シドウ・ヨイチ……」



 ナエちゃんとご主人によると、その男が現在の倭国の実権を握っている人物らしい。


 役職名や職務の内容は日本の戦国時代に於ける役職とイロイロ細かく異なる部分が見受けられるけど、この男のポジションは将軍家に仕える現最高権力者という所か。


 でも、当然彼に対抗しようとする勢力も存在するようで。



 「それが、東町奉行、モリ・カネツグ」



 名前からも察せられる通り、このカネツグって人は将軍家の血筋に連なる鬼人で、しかも直径。


 嫡男である彼が奉行職を務めているのは、父親であるイエノブの指示だったらしい。


 要は、社会勉強のつもりだったのだろう。


 が、しかし、だ。



 「どう見ても、カネツグ派は劣勢ね……。大部分の直臣がヨイチ派に加担してる、か……」



 なかなかどうして、考え物だった。


 ご主人こと“ソウベイさん”が営む茶屋『なごみ屋』の奥にある彼らの家の居間を借り、私は畳の上で正座をし、頭を悩ませている。


 何が難しいって、私はどう考えても劣勢である“カネツグ派”の味方をしなければならないから。


 ハイリスク・ローリータンだ。


 カネツグ派に勝利を齎した所で、亜人族との確執がある為に得られるヴェムトト関連の情報も限られるだろう。


 その上、彼が政権を取り戻したとしても、大部分の特権階級はヨイチ派に与している為、国政その物の清浄化に時間が掛かり過ぎる。


 どれだけ市井の支持が強くとも、国は大きく混乱に陥る筈だ。


 故に、最終目標を見据えて行動するなら、ヨイチ派に与するのも一つの手なのだ。


 何より倭国の意思統一が容易な状況だし、シドウ・ヨイチに任せておけば他の亜人族とも交渉が思い通りに捗る可能性が高い。


 そうなると、当然見返りも破格という物で。



 (けど、ねぇ……)



 しかし、鬼人族の戦力を得た亜人族は、その足でアールヴヘイムの攻略に乗り出すだろうし、何より私の助力などそもそも不要と門前払いされるのがオチだ。


 そんなの、当然ゴメン被る。


 あの国には、私の家だってあるし、家族も居る。

 優先順位として、涼子ママを選んだ私だけれど、それでもやはりエルフ達の事が好きだという点は変わらないのだから。


 よって、私が取るべき道は決まったような物だった。


 一頻り瞑目して考え、そう結論した私は瞼を開き、座卓の向こうに座る二人へと視線を向けた。



 「ソウベイさん、そのカネツグって人に連絡は取れないかな?」


 「モ、モリ様にで……? 伝手を頼れば……まぁ、なんとか。確約は出来やせんが」


 「お願い。なるべく、ヨイチ派の連中に嗅ぎ付けられないよう、注意して」


 「へい、じゃあ、すぐに。―――ですが、本当に良いんで? お客さんが腕の立つお侍だってぇのは、先の一件で分かっちゃいるんですが……」



 ソウベイさんは私を見て、それから自分の隣に座るナエちゃんへと視線を移し、そしてもう一度私を見る。


 それで察した。



 「心配してくれるのは嬉しいけど、気にしないで。私にも、打算があっての事だから」


 「打算……ですか」



 えぇ、と一言答え、ニッコリと微笑む。


 打算の内容に関しては、敢えて話すような事でもない。


 まぁ、何れ彼らにくらいは、自分の正体を明かす事になるだろうけど。


 でもそれは、まだずっと後の事になりそうだし。



 「この国に、嘗ての平和と安寧を取り戻す。そして、ナエちゃんやソウベイさん、この国の大切な同胞達を守り抜く為に、二人とも、力を貸して」


 「へい!」


 「うん!」



 頷いてくれた二人に、ほんの少しだけ心に感じた痛みを隠して、私は行動を開始した。


 最初にやった事と言えば、シドウ・ヨイチに関する情報の収集。


 市井の大部分が私達の意見に賛同してくれる現在の情勢下では、それは思いの外容易い事だった。


 商業連合が持つ物流関連の情報。


 宿場協会からは国内外の人の流れに関する情報が得られたし、農業組合から聞けた話しでは敵性勢力の兵站事情や戦力情報を推測する事が出来た。


 これ程までにこの国の民が私達に協力的なのは、シドウ・ヨイチという人物が彼らにとって不満の象徴である事も原因の一つと言えるだろう。


 これもまた、集められた情報から得た実情なのだけど、シドウ・ヨイチというその男、将軍イエノブが健在であった頃から彼の国政に対する苦言や批判を隠そうともせず、独自の思想に基いて身勝手な振る舞いを市井に強いる事が多かったという。


 言うなれば、独裁者気質なのだ。


 そんな人間が何時までも誰かの下で良いように扱き使われているなど、許容する筈もなく。


 しかも、問題だったのがその家柄だ。


 シドウ家は倭国で初代ヨシノブの時代から将軍家に代々仕えて来た名門大家。


 それだけに、保有する兵力や知行も多く、特に抱える米農家が国の台所事情を一手に賄っていたという点は彼の政務に於ける発言権をより強い物にしていた。


 故に、将軍家家臣達の中でも彼に意見出来る者はそう多くなく、それだけに彼に仕える兵は一兵卒に至るまでが増長し……。



 「無礼討ち?」


 「へい、昨晩も一人……」



 私達が行動を開始して三日目。


 間借りさせて貰っている旅籠屋の一室で、ソウベイさんから聞かされたのは、そんな話しだった。


 畳張りの客室に、私の深い溜め息だけが静かに滲む。


 無礼討ちってのは、武士に与えられた特権で、正式には手討、打捨と言い、“斬捨御免”という言葉でも知られる行為だ。


 武士が耐え難い無礼を受けた際に、相手を斬っても処罰されないという、一種の“合法殺人”で、日本に実際に存在した法律にも定められていた。


 ただ、日本のそれは判定が厳格で、時代劇みたいにしょっちゅう行われていた行為ではなく、証拠が認められない限り死刑になる恐れがあり、仮に正当性が証明されたとしても、20日間の自宅謹慎処分や証拠品の一時押収などがされたという。


 問題は、無礼討ちと認められる為には、証人の存在が必要不可欠であり、斬り捨てた場合にはトドメを刺す事もなく、役所に届け出なければならないという事なのだが……。



 「届け出もされてなければ、証人も無し。その上、ガッツリトドメまで刺しちゃってるとかさ……。もう無礼討ちでも何でもなく、ただの辻斬じゃない」


 「全く以ってその通り。ですが、こういう事が罷り通っちまうのが、今のヨイチ派によるこの国の体制なんでさぁ……」



 そう私に報告し、表情に暗い影を落とすソウベイさん。


 実の所、こうした辻斬り紛いの無礼討ちは、私達が行動を開始する以前から多数発生していて、この三日間だけでも既に5件の無礼討ちと思しき遺体が町内で相次いで発見されている。


 その上、近々税の取り立ても厳しくなるという話しで、このまま行けば間違いなく民への圧政を強いる暴君の誕生と相成るだろうし、そうなれば、当然のように民の怒りが爆発するワケで……。


 これじゃ、まるで時代劇だ。


 良くある構図過ぎて草も生えない。



 (早く何とかしてあげたいトコなんだけど……)



 しかし、私にはあまり時間が無い。


 小さな事件、とは言いたくないが、視点を広く持てばやはり些末事でしかなく。

 それら一つ一つを取り合上げていてはキリがないし、肝心の大元をどうにかしなければ同じ事が繰り返されるだけだ。


 故に、やはり。



 「カネツグ派の人間と上手く接触出来ないモンかしらねぇ……」



 旅籠屋を出て一人、そんな事を悩みながら、私は何時ものように市へと足を運んでいた。


 行き交う人の流れに乗り、幾つかの店で買い物をしつつの情報収集。


 そうやって足を使うのが、こういう時代背景を持つ世界では一番重要なのだ。


 ネットもスマホも普及していないこの国では、情報収集の手段も限られてくるのである。


 だから、こうして考え事をしながら適当にブラついているんだけれど。



 「そりゃ、簡単には信じちゃくれないわよねぇ……立場的に」



 解っていた事ながら、やはりソウベイさんのお店の客を伝ってカネツグ派に連絡を取る手段は失敗に終わっていた。


 理由を考えれば明白な事で、現在孤立無援状態に置かれているカネツグ派は、そのトップであるモリ・カネツグ以外に有望な人材をこれといって備えては居ないのだそうだ。


 結果、誰も彼もを疑うより他に生き残る術を持たないカネツグは、今や隠遁して足取りもロクに掴めていない状態なんだという。


 そんな相手に連絡を取るなんてのが容易な筈もないワケで。



 「参ったわぁ〜……―――にょわっ!?」



 なんて、考え事なんかしながら歩いていた所為か、私ともあろう物が目の前に迫る大きな木材の束に気付かず―――額から激突。


 痛い! いや、そんな言う程痛くはなかったけど、なんか凄くビックリして。


 衝撃で眩んだ所に足が縺れ、挙句後ろ向きに引っ繰り返りそうになり、……しかし。



 「―――っと! 大丈夫かい?」


 「ふぇ……?」



 誰かに背を支えられ、辛うじて転倒を回避出来ていた。



 「……っ!?」



 が、いっそ転んでいた方がマシだったかも知れない。


 抱き抱えられた私を支えていたのは、息を呑む程の美男子。


 イケメン揃いの鬼人族の中でも、その男は頭一つ抜けたくらいの“超”が付くイケメンで。



 「怪我は……ふむ、額が赤くなってしまっているな。少し血圧も上がってしまっているようだけど……大丈夫? 立てるかい?」


 「だ、だだっ、だいりょうぶれふっ!」



 うおおおおおおお!? なんだコイツは!


 近い! 顔がめっちゃ近いッ!!


 あとなんかスゴイ良い匂いがする! って、クンカクンカしてる場合ではなかった。


 半分喪女入った私に、この美男子は毒が過ぎるぞ!?


 とりあえず、呂律の回らない舌で必死に無事を伝えようとするけれど、それが返って不安を煽ってしまったようで。



 「思いの外強く頭を打ってしまったのかな……。少し落ち着ける場所で休んだ方が良いかも知れない」


 「ふぇぇえっ!?」



 まさかの展開に、そのままヒョイと身体を抱き上げられ。



 「ちょっ、ちょっ、まっ」


 「大丈夫、落ち着いて。場所を移すだけだから」



 制止の言葉もロクに吐き出せない私に、春のそよ風にも似た爽やかな微笑を浮かべるその青年。


 なんだこれ!? 何処だ、何処でフラグが立った!?


 え、でも待って。

 今の私は、外見がほぼ幼女。


 という事は、この爽やかなイケメンは、まさかのロリコン!?


 いやいやいや、落ち着け。一先ずオトメゲーのノリは脳内から捨てろ。


 だけど、でも、そうじゃないとするなら?


 ……誘拐? 拉致? 監禁?


 挙句首輪を着けられて地下室で飼育っ!!?


 予想斜め上を行く凌辱系か!!



 「にゃああああああっ!? 離せっ、離せぇい! 身体は幼女でも、心は大人なのどぅわぁあああ〜!!」


 「あっ、危ないっ、突然暴れちゃ―――」



 暴れて青年の顔にグーパンを叩き込んだ直後、不意に私は自分の身体を通して浮遊感を感じ取り。



 「あ……」


 「―――んべっ!」



 思いっきり顔から地面に落っこちてしまうのだった。


 ―――斯くして。



 「も、申し開きの言葉もなく……」



 市が開かれている大通りから少し離れた場所にある茶店の縁台に腰を掛け、私はどんよりとした顔で縮こまっていた。



 「あはは……、気にしなくて良いよ。私も女性に対して配慮が欠けていたのは事実。君が謝るような事は何もないさ」



 微苦笑を浮かべ、対面に座る青年は少し赤く腫れてしまった頬を摩りながら、それでも尚爽やかで。


 どころか、むしろコチラの心配さえしてみせて。



 「それより、打った所はもう平気かい? かなり激しくぶつかってしまったように見えたけれど」


 「そ、それは……大丈夫、です……」



 ダイキの顔で慣れていたつもりだったけど、コイツは完全に別格だ。


 しかも、ダイキともアレから一年以上顔を合わせていない。


 お陰で、イケメンに対する免疫力が落ちてしまったらしい。



 「その……早とちり、して……ごめん、なさい……。あと……、殴っちゃって……ごめんなさい……」


 「大丈夫、このくらい直ぐに赤みも引くから。何も心配はいらないよ」



 と、大きな掌で頭を撫でられた。


 いや、まぁ……半ベソかいてちゃ説得力も無いかもだけど、これもう完全に子供扱いよね?


 誰だ? フラグとか馬鹿な事考えてたヤツは……。


 しかも、こんなイケメンで更に良識のある人間に、拉致監禁凌辱系とか、酷過ぎるだろ……。


 ちょっとだけ期待しちゃったり、ハァハァしちゃったり、妄想しちゃったりしたけれど。


 それでもいっか、とか変な興奮感じたりもしちゃったけども!


 駄菓子菓子、だ。



 「すみません……。ご迷惑おかけした上に、ご馳走にまでなってしまって……」


 「いやいや、私の方こそ……と、これではお互いにキリがないね」



 そう言って上品にクスリと笑い、それから空気を改めて。



 「こうした出会いというのも、なかなか貴重なものだ。この縁を大切にしよう」


 「つまり“コレ”は、その為の“先行投資”である、と?」



 私の視線の先にあるのは、色とりどりのお団子の小山。


 みたらし、胡麻、餡子、などなど。


 香りの良い日本茶と共に運ばれて来たそれは、私に向かって差し出されていて。



 「フフッ、難しい言葉を知っているんだね。でも、そうだな……そういう事になるのかな」



 要は、親愛と友好の印に、という事なんだろう。


 それで、今回の件はお互い水に流し、今後は仲良くして行こう? みたいなニュアンスが込められた行為だ。


 ならば、と私は空腹だった事もあり。



 「それじゃ……、遠慮なく」



 苦笑しつつ、そのお団子を一つ手に取るのだった。


 そうして、何時しか雑談を続ける内。



 「ほぅ、ご両親と共に、武者修行の旅を……」



 と、何時ものように自分の“設定”を口にした所。



 「しかし、そうか……。通りで」


 「……?」


 「あーいや、先ほどからずっと気になっていた事があってね。その話しで、ようやく合点がいったんだ」



 気になっていた事? と聞き返し、その視線を追った先にあったのは。



 「“コレ”ですか?」



 私の傍で縁台に立て掛けられていた一振りの日本刀。


 それは勿論、私が腰に差していた物だ。


 反りは浅く、刃幅はまちから切っ先へかけて細く鋭さを増し、刃渡りは凡そ1メートル20センチ。


 柄頭までの長さを合わせれば、全体で150センチ以上もの長さになる大太刀だ。


 私の身長が150センチ以下である事を考慮すれば、それは余りにも長大であると言える。


 それを目にした彼は。



 「拵を見ただけで解る。相当な業物だ……」



 歓心するように息を呑み、細部まで目を凝らして見ている様は、なるほど流石に剣士らしい。


 同じ剣士として、その気持ちも判らなくはなく。


 だからこそ、私はそれを手に取り、彼の前へと差し出した。



 「い、いいのかい?」


 「信頼をしている、と言えば聞こえは良いかもしれませんけど……。ですから、これはお団子の礼です」



 普通、自分の愛刀を会って間もないような相手に手放しで預けるなんて事は先ず有り得ない。


 理由はイロイロあるけど、盗難や破損の不安は勿論、屋外では抜き身を晒す事自体がご法度だし、何よりそれが業物であるなら尚更危険が伴うからだ。


 預けた相手に、その刀の価値故に斬り殺され、強奪されるなんて事も考え得るし、事実そういった事件は過去に存在する。


 だから、信頼の証として差し出されたとなれば、彼が良識人であった場合、その行為の重みも理解出来るというもので。



 (まぁ、実際には私自身が合成で作り出した専用アイテムだから、抜刀も許可制だし、盗難なんて最初から不可能なんだけどね……)



 という言葉は、私の心の中だけに留めておく事にした。



 「では、ご無礼を」



 そう言いつつ、受け取った私の愛刀“昏天黒地こんてんこくち”を実際に手に取った彼は。



 「……っ!?」



 その出来栄えに、瞠目した。


 刀身に用いられているのは、通常の鉄や鋼といったような一般的な金属ではない。


 ミスリルやアダマンテイン、オリハルコン、そしてヒヒイロカネと呼ばれる伝説級の鉱物を惜しげも無く使用し、日本古来の鍛刀技術と現代科学をも取り込んで鍛え上げられている。


 それは、凡そ人の手で生み出す事の出来ないある種の芸術品であり。


 故に、鎬地は夜闇にも似た艶を放つ漆の黒。しかし、刃先に向かって僅かに滲む深い緋は黄昏の空にも似て儚くも幽玄な輝きを放ち。



 「これは……本当に、刀……なの、か」



 その余りの美しさに言葉も出ない様子で、彼の意識が刃の向こうへと吸い込まれて行くのが判った。


 それは、とても危険な事。

 魅せられるとか、呑まれるとか、そういった状態であり、だから。



 「はい、ストップ」


 「―――ッ!」



 眼前でパンと打たれた私の掌の音に呼び戻され、彼は一瞬ハッとして我に返った。



 「…………。これは……これはまるで、妖刀か魔剣の類だ……。実際に手にした今だからこそ、そう解る」



 という彼の意見は、尤もだ。


 世界各地で伝説に残される程の特殊な金属を戦場という性質に合わせて混合鍛錬し、現代科学による研究結果と古来から存在する鍛刀技術の粋を集めて鍛えられているのだから、実際そんじょそこらの聖剣魔剣の類では比較にならない性能を有しているのは間違いない。


 なんせ、コイツは手にしているだけで所有者の対魔術対物理耐性を飛躍的に向上させ、込められた気力によって指定座標下のあらゆる魔術を斬裂する事が可能であり、更には膂力強化の効果までをも併せ持つ。


 加えて、意志力を物理エネルギーとして放出する特性も有る為、飛刃や遠当てといった格闘攻撃属性の遠中距離攻撃さえ可能。


 ヒヒイロカネやオリハルコンで作られた嘗ての刀剣同様、斬れない物は無いという特徴さえも引き継ぎ、最早武器としては最強の部類と言って良い出来なのだ。


 しかし、だからだろうか。


 彼は昏天黒地と私を見比べるように視線を泳がせ、それから少し困ったような表情を浮かべた。



 「こういう言い方は失礼だとは思う。けれど、その……」


 「まぁ、言いたい事は判りますよ。どうして、私みたいな子供がって事でしょう?」



 何となく、予想は出来ていた。


 だってそうだろう?

 考えても見て欲しい。


 小学生か、中学低学年かという見た目の、しかも女の子が、だ。

 これ程無骨で長大な大太刀を腰にブラ下げている様を。


 しかも、それが途轍もない国宝級の最上大業物であったとしたら?


 似合わないし、似付かわしくもない。

 程があるというものだろう。


 これで、「私、脱いだらスゴイんです」みたいなゴリラ女ならまだしも、華奢で貧弱そうなこの身で剣術など、本来有り得ない。


 そもそも、普通に考えたら、腕の長さや身体の大きさ故、腰の鞘から抜刀さえ出来るか怪しい所なのだ。


 どう見ても“私の持ち物ではない”ようにしか見えないに違いない。


 しかし、だからこそ。



 「正真正銘、それは私の得物ですよ。更に言えば、それを鍛えたのも私自身です」


 「え……、えっ!?」



 まるで、教師が生徒に物を語るみたいにキッパリとそう告げた私に、彼は私の顔と昏天黒地を見返して二度見しながら仰天するのだった。

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