第六話
第六話「フィーラー(中編)」
アドバンスドブレイン社の端末からPYOへとログインした私の目に、真っ先に飛び込んで来たのは虹色のトンネル。
これは、実際に色が網膜を通して見えているのではなく、肉体が持つ一部の機能と脳とのリンクが遮断され、代わりに外部電脳を通して脳が情報を色として認識するよう調整している過程で生まれる光景だ。
人間の目は飽くまでも物質が反射した光を捉えているに過ぎない。
そこに色や奥行きを与えているのは、膨大な量の“光”という情報である。
その光を“色”として捉えた時、人間の脳は集積された情報と経験から“景色を見ている”と認識する。
外部電脳によって補助を受けた人間の脳は、睡眠時以上に完璧な休眠状態を全身に与え、必要最小限の生命維持機能だけを残して脳からの命令信号を遮断、ゲームシステムへ転送する。
つまり、現実の私はカプセル内で睡眠時に近い状態となり、脳の中では別世界の情報を獲得、知覚している状態になる訳だ。
これが、PYOに使用されているCCPシステムの概要である。
そして、今まさにその知覚情報が調整された私は、まるで自分自身が別世界に立っているような“錯覚”に陥っているという訳。
「―――ん、全て正常。ログイン完了っと」
自宅から転送された個人データが正常に適用されているかをステータス画面などで確認し、ヴォイドフリックでユーザーインターフェース上のウィンドウを整理する。
開けた視界に広がっているのは、澄んだ青色に煌く世界。
天上から光が波打つように差し込み、石畳と無数の折れた柱、揺蕩う魚の群れと珊瑚礁を照らし出していた。
此処は海中に沈んだ遺跡。
北欧神話では海の神として知られるエーギルを崇め奉っていた神殿の跡。
エリア名“エーギル遺跡”。
海中でありながら呼吸が出来るのは、このエリアの仕様。
魔術でウンタラカンタラって設定だ。
で、どうして私がこんな場所にINしたか、というと。
「最後に沸いた奴、“宝物庫”でボス戦中のPTに横槍入れてたけど……」
宝物庫というのは、エーギル遺跡の最奥部にある財宝が隠された部屋の事で、そこにはこのエリアのボスである“エーギル”とその妻“ラーン”の残留思念がボスとして待ち構えてる。
で、そのエーギルの残留思念と戦闘し、勝利した場合、かなり貴重で高価なドロップアイテムを幾つも入手できる。
これが、ラ・ジークの競売所では兎に角高値で取引されてて、値打ちが高騰する理由も勿論あったり。
このエリア、特にボスであるエーギルの残留思念討伐は、現在のPYO内でも屈指の難易度を誇り、先ず攻略出来るプレイヤーが限られているのだ。
ソロでクリア出来る人間など本当に極僅か。
数十人で複数の混成パーティーを組み、ヘイト管理しつつ回復時間を確保して数時間にも渡るローテーションバトルを強いられる。
そういう精神力を問われる難易度なのだ。
しかも、よりにもよってそのドロップ品というのが強力な装備品だったり、強力な装備品を作る為の素材だったりする。
だから、討伐に向かいたくても敷居が高過ぎてなかなか向かえない。
だから、取引の際にはその価値が高騰し、高値で売買されている。
そんな場所に、“例のガーディアンもどき”が現れたらどうなるか?
言うまでもなく、想像に容易い。
ボス戦中の混成パーティーなんて、回復中の待機パーティーが後ろから襲われても大混乱。
ボスと直接戦闘している前線パーティーが横槍を入れられたとしたら、あっという間に戦線を維持出来なくなって瓦解する。
一瞬で阿鼻叫喚の地獄絵図が完成だ。
「ありゃ〜相当ブチギレられてんだろねぇ〜……」
遺跡内の石畳を踏み締め、深部を目指して歩を進めながら、“リアル”で見たモニターの最後の映像を思い出す。
松岡さんの端末、その六つ目のモニターに映し出されていたのは、エーギルの残留思念と戦闘しつつ、途中で登場するラーンの残留思念を別のパーティーでいなし、突如現れた“ガーディアンもどき”に必死に対応しようとしている混成パーティーの姿だった。
あんなもの、そう長く持ち堪えられるモンじゃない。
きっと、今頃は数十人が纏めて戦闘不能に追い込まれ、宝物庫に死体の山を築き上げている筈だ。
で、そんな危険極まりない場所に、どうしてわざわざ私が出向いたのか。
理由は、ただ一つ。
「面白そうだからに決まってんじゃん♪」
ただ、それだけ。
恐らく、あのデカパイ社長は、そういう私の性格も知った上で、今回の一件を最良の形で処理しようと考えている筈だ。
私なら、こんな“美味しい状況”を“謝罪文と補填”なんて手段でみすみす逃すような下策は取らない。
そうでなくても、PYOのセキュリティーレベルがどれ程高いかなど、世界的に知れ渡っている現状。
それを突破してサイバー攻撃を仕掛けて来るような相手だ。
やり手だって事くらい、ちょっと説明すればユーザーは理解できる。
だったら、どうするのがPYOにとって不利益を生まず、有益に働くのか。
「私は“魅せる戦い”をすればイイ、って事であってる? 社長さん」
移動中、ヴォイドフリックで呼び出したチャットチャンネルに、社長自身が返答して来た。
『さっすがぁ〜、良ぉく解ってるじゃなぁ〜い♪』
「このくらい、誰でも予想がつくってーの。放送準備とかは出来てるワケ?」
『もぉ〜とぉ〜っくに、ばぁ〜っちりよぉ〜ん♪』
何時ものイライラする間延びした猫撫で声で、ウィンクの音でも「パチッ」っと聞こえて来そうな程臨場感タップリの返事を聞いた私は、今まさにその苛立ちをぶつけるべく八つ当たり出来る相手を探して駆け出し始めていた。
その最中。
『PYOをプレイ中の皆さま、こんにちわ。PYO運営委員会代表、秋山です』
突如ボイスメッセージがチャットログに表示された。
多分だけど、デカパイの指示による物だ。
この秋山って人、フルネームは『秋山 順平』。通称、あきP。
PYOの運営を取り仕切っているプロデューサーだ。
そのプロデューサーが自ら出張り、こうして発言するのは、全てのプレイヤーに対して重要な案内をする場合に限られている。
あのデカパイ、どうやら私が想像した通りの事をやろうとしているようだった。
『既にご存知の方も居られるかと思われますが、現在、PYOは外部からサイバー攻撃を受けており、我々運営が予期していなかった障害が発生しております』
私は非表示にしているが、きっと今頃はチャットも荒れている事だろう。
チャットモードには幾つか種類があり、個人間での会話やパーティー内のみの会話、複数の混成パーティー用チャットルームもあれば、ギルドやチームに限定した会話に適用されるモードもある。
その中で、こういった場合に一番多く利用されているのが、全体チャット。
ボイスチャットだけのやり取りでは音声が重なり合って聞き取れない場合もある為、システムキーボードを使ったチャット機能も用意されているモードだ。
これは何処に居ても誰とでも会話が可能な全プレイヤーに向けられて送受信されているチャットモードで、大抵の場合が不具合などの発生やプレイヤー同士での質問、イザコザによる“晒し”などに利用されている。
だから、今のような状況では一番活気に満ちている筈なのだ。
試しに少しだけ覗いて見ると、ほーら案の定。
『サイバー攻撃とかマジかよ? PYOだぞ』
『すげーな、ペン○ゴンでも音を上げたって代物だろ? PYOのセキュリティーレベルって』
『つか、そもそもサイバー攻撃って何よ? ハッキングでもされたん?』
『個人情報流出か! スクープか! スキャンダルか!? 欧米か!?』
『ぬるぽ』
『ガッ』
とまぁ、言いたい放題である。
当然、私はアホらしくなり、チャンネルを直ぐに閉じた。
そして、代わりに流れ続けている“あきP”のメッセージへと意識を向ける。
『今回の騒動に関しまして、我々運営チームは既に問題の原因を突き止めており、対処を開始しております。ですが、対象となる規約違反者のアバターは、今この時にも各所で多くのプレイヤーの皆さまに迷惑行為を続けており、被害は拡大を続けております。そこで、我々は急遽、この騒動の終息に向け、プレイヤーの皆様方にもご協力を要請したく、このような企画をご用意させて頂きました』
やはり、とその瞬間、私は確信した。
同時に、このエリアで戦闘中だった他のプレイヤー達からも声が上がった。
「は? 企画ってどゆこと?」
「なんでもいいから、はよコイツどうにかせーや」
「マジうぜぇー。強制ログアウトとかさせられんの?」
どうやら、エーギルの思念体と戦闘中だったパーティーの連中らしい。
予想通りというか、既に全滅してしまっているのだろう。
口々に飛び出すのは、チーターに対する不満の声ばかりだ。
そこへ、“あきP”から“企画”に関する詳細が発表された。
『現在、各エリア事にマーカー付きイベント用NPCを配置し、“緊急クエスト「謎のモンスターから世界を救え!」”を配信しております。これは、プレイヤーの皆様が専用アイテムを用いて規約違反者の改造アバターを撃退して頂くというクエストとなっており、詳細に関しましては同NPCから直接ご確認頂けるよう調整がなされています。また―――』
と、その段階で既にチャットは大盛り上がり。
しかし、不満を訴える声は大きく、なんでオレらが? なんて声も。
まぁ、当然だろう。
本来なら運営が処理してしかるべき案件。
それをプレイヤーに押し付けるなど言語道断だ。
だが、次の一言で、チャットログは一気に感情の色を変化させた。
『このクエストを受注されたプレイヤーの皆様方には、漏れなく超強力なユニーク装備“Verletzer toten(違反者殺し)”を配布させて頂きます。また、もし違反アバターの討伐に成功なされた場合、追加報酬としてパーティー参加者全員に100万クローネ。更に、ユニーク装備品強化キットとして―――』
次々と公表されて行く討伐報酬に、プレイヤー達の目の色が変わった。
「ちょっ、マジか!?」
「まてまてまて。これ性能ヤバイ!」
「要はコイツに自分らで復讐しろって事やんな?」
「すみませーん、自分ちょっとこの緊急やりたいんで、パーティー抜けまーす」
「あ、待って! オレも行きたい!」
「オレもオレも!」
参加するだけでも強力なユニーク装備が手に入る。
そんなクエストを歓迎しないプレイヤーなど早々居る筈もなく。
ちなみに、どのくらい強力な装備かと言うと、だ。
公表されたデータ通りの性能なら、装備する為にレベル制限こそ設けられている物の、同レベル帯の装備品の中では群を抜いてステータスが強化される物で、各都市の装備品取り扱い店で店頭販売されている物とでは比較にならない高性能っぷり。
通常、このレベルの装備品は強力なボスモンスターを何度も討伐し、ランダムドロップの中からようやく手に入れられるという次元だ。
装備するだけでキャラクターの攻撃力が格段に跳ね上がる。
というか、正直100万クローネという大金だけでも十分に多くのプレイヤーを釣り上げられた筈だ。
そこに、装備品の高度な強化に必要不可欠な素材を多数セット。
もし黙って見ているような奴が居るとすれば、そんなのは始めたばかりの初心者程度だろう。
つまり、だ。
今、この瞬間、利用規約を違反したこのチーターは、PYOをプレイ中の数億人という人間たちほぼ全員を敵に回したと言っても過言ではないのである。
そして―――。
「……見ぃ付けた♪」
エーギル遺跡の最奥部、“宝物庫”。
辿り着いたそこに、二体の残留思念を伴い、仁王立ちする巨影は在った。