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Master Code  作者: 覇牙 暁
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第六十九話

第六十九話「再生世界」





 ―――斯くして、世界は再構築される。


 それまでの足跡を、その後に続く筈だった可能性を、全て余さず何もかも、泡沫のように……。


 いや、或いはこれもまた、未来か明日かと呼べる物なのかも知れないが。


 人が、生物が、無機物に至るまで、それらが知覚する“悉くの時間”を巻き戻し、此処に“あの日”は再誕する。


 森羅万象が情報の粒子に還元され、遍く現に充満し、青緑の燐光を伴って再構築を始めるのだ。


 果たしてそれは、誰の願いであったのか。


 報われぬ“彼女”の望みであったのか。


 はたまた不幸な誰かの願望か。


 それとも……。


 今となっては、全てが総て、時の彼方。


 彼女には、最早知る由も無く。


 ただ、世界は粛々と形容を取り戻し、再び駆動を開始した。



 「―――っ!」



 記憶にある視覚情報がぼんやりと霞がかった脳髄に強烈な刺激を与えた。


 鼻を突く異臭と己を呼ぶ声に反応し、私は再びあの時間を追体験していた。



 

 『まだ開かないのッ!?』


 『今やってます!』


 『なんでも良いから、早く!』



 懐かしい声が、けれど、切羽詰まったその声が、私の意識を完全に覚醒させて行く。


 信じられない。


 これが夢ではないと、誰が証明してくれるというのか。


 しかし、それでも、私は堪え切れず。



 「―――ママッ!」


 「へっ!?」



 ダイビングカプセルのハッチを強引に蹴り破り、私を救出しようとしていた“その人”に飛び付いた。



 「ママ……っ、良かった……っ、生きてる……本物だ……っ」


 「ちょ、え、カ、カスミちゃん!?」



 事態が呑み込めないのか、私にしがみ付かれたまま、“佐伯涼子”は狼狽えていて。



 「カスミちゃん!? 今、なに……どうやったの!?」


 「……?」



 そんな私達を見ていた松岡さんや、他の研究員達の目が釘付けになっていたのは、私が蹴り飛ばしたカプセルのハッチ。


 天井に深々と突き刺さっているそれを唖然と見上げる彼らに、私は思わず。



 「あ……やらかした」



 一瞬で頭が真っ白になった。


 確かに時間こそ巻き戻ったけれど、この世界には既にUEPが満たされ、ICEが機能している。


 私の記憶は以前のままで、当然膂力はアバターラのそれだ。


 金属製のハッチを蹴破るなんてのは造作もない事だけど、ああ、それ故に。



 「あぁ……あはは……、気にしない、気にしない……」


 「き、気にしない、って……言われても……!」



 この時の松岡さんや研究員の人たちにしてみれば、私がした事は“超常の現象”でしかなく。


 しかも。



 「っていうか……カスミちゃん、なんだか小さくなってないかい!?」


 「え……?」



 これは私にとっても誤算だった事だけれど。


 私の身体を覆う破れたスーツはブカブカで、ママの首へと伸ばした腕は予想以上に“短く”、且つ貧弱。


 カプセルから飛び出した自分の身体が以前よりも妙に軽いという違和感と、何より右肩がはだけたスーツから覗く胸元の景色が何時もとまるで違っていて。



 「なん、だと……」



 見えてしまっていた。


 どういうワケか、“小さくサイズダウンした”双丘と、そこに実るささやかなサクランボが。



 「―――っっッ!!?!?」



 ハッチを蹴り飛ばした時以上の衝撃が脳髄を走り抜け、次いで顔を上げた視線の先で凝視する松岡さんの目は真円。


 顔は真っ赤で、大人とは思えない程の初心な反応だけど、それは私自身にも言えた事だったから、その、つまり。



 「にゃ、にゃにゃっ、にゃに見てんだヘンタイ紳士っ!?」


 「ご、ごめん! いやでも、なんでっ!?」



 事態は、まさしくカオスの渦。


 そもそも現状、この部屋は崩壊寸前のアドバンスドブレイン社地下開発室で、そこら中から火の手が上がり、中には死傷者も居るなんていう笑えない状況。


 そこに来て超キック力と何故か幼児体型に逆戻りした私の身体。


 謎の光さえ差す事無く、見えちゃいけない所が丸見えになってて、松岡さんにしてみれば、見てはいけないと解っていながらも科学者の一人として、また男として、目が放せないのが良く解る。


 涼子さんは、いきなり私に“ママ”なんて呼ばれて未だに混乱の真っ最中だし、研究員の人たちは“逃げなくていいの??”みたいな顔してるし!



 「……お、OK、ちょっと落ち着きましょう」



 それは、松岡さんに対してか、それとも涼子さんに対してか、はたまた自分自身へ向けた言葉だったのかも分からないけれど、兎も角、だ。


 私はブカブカのスーツを強引に引っ掴んで胸を隠し、その上で周囲を見渡して。



 「えっと……一先ず、逃げよう? イロイロ説明しなくちゃならない事もあるから、移動しながらでも話すよ」



 そんな私の意見に、その場は全会一致で賛成し。


 多少グダりながらも避難は再開。


 イロイロと前回とは異なる状況が重なって、少し時間にズレが生じてしまっているのが気掛かりではあったけど、私はとりあえず、考えていた“言い訳”という名の“嘘”を涼子さんと松岡さんに語るのだった。


 その過程で、今現在、世界に何が起こっているのか、そして、今後どうすれば良いのか、というような物まで含めて聞かせ、私がその情報を有している理由については、強制ログアウトの直前に“alaya”と直接会話した、という辻褄合わせの話しをした。


 そして、一階エントランスまで出た所で、空に浮かぶ“Alaya Material”を見上げながら、私は“此処から辿る未来”の改変を試みる。



 「涼子さん、避難用の足は私が用意できるから、このまま外へ!」



 本来、過去の私は此処から自身の持つ能力を確認する為に屋上へと上り、そこで翼竜と一戦交える筈だった。


 でも、そんな必要なんて勿論無いし、後々の事を考慮するなら直ぐにでも避難した方が賢明なのだ。


 思い描く未来像を形作る為には、この場所から何もかもを変える必要がある。


 今頃、街の何処かで戦っているであろう“和幸くん”の事が気掛かりではあるけど、この段階で彼と接触するのは、ちょっと避けたかった。


 だから、松岡さんに背負われたまま、社屋を出て直ぐに私はヴォイドフリックでインベントリを開き。



 (……よしよし、バッチリ弄った甲斐あった!)



 そこから、望みの物を選び出して現実世界に召喚する。



 「カスミちゃん? いったい、何を―――」



 という松岡さんの声を無視して呼び出されるのは、私の“黒き剣翼”。


 黒煙と炎の紅に染まる夜空の下、まだ辛うじて前史外生物達の破壊を免れている広大な社の駐車場に、青緑の燐光を伴って虚空から姿を現したのは見慣れた飛行揚陸艇の姿だった。



 「な……っ!?」


 「ど、何処から出て来たの、これ……っ!?」



 涼子さんや松岡さん、それに研究員の人達が見守る中、目の前に顕現した巨大な鉄塊はその後部ハッチと機体側面のコックピットハッチを同時に開き、フワリと大地に降り立った。



 「私の騎乗用アイテムだから、心配しないで」


 「騎乗用アイテム!? って事は、コレがさっき話してた……」



 UEPとICEの恩恵か、と松岡さんは驚きながらも納得した様子で。



 「私と涼子さん、それと松岡さんは前に乗って! で、後ろは―――」



 と、研究員の人達を見渡し、その中に見慣れた顔を見付けて。



 (やっぱ、この時も一緒に居たんだ……)



 思わず、そう心の中で呟いて苦笑を浮かべてしまう。



 「研究員の人達は、後ろから乗って。そっちは“ミスト〇ーン・梶浦さん”、アナタが纏めてくれると助かるんだけど」


 「ミ、ミストバ……っ!?」


 「お願い、この中で頼れそうなのって、ミストさんだけなの」


 「か、香澄さんにまで、そんな風に呼ばれるなんて……。そんなに影薄いかなぁ、ボク……」



 なんて、愚痴を零しながらも梶浦さんは了解してくれて。


 彼が先導する形でアドバンスドブレインの主要メンバーは飛行揚陸艇“シュヴェルト・フリューゲル”へと乗り込んだ。


 機内の装備は以前のまま。


 ただし、それらの装備をただの人間でしかない研究員や梶浦さん、松岡さん達は扱えない。


 飽くまでも搭乗する事しか出来ない。

 これが、以前との違いだ。



 「操縦は私にしか出来ないから、涼子さんと松岡さんはそっちの座席に着いて。シートベルトの着け忘れには注意してね」


 「わ、わかった」


 「ええ、コッチは大丈夫」



 二人は私が座る操縦席の後ろでそれぞれ別の座席に着き、シートベルトを着用して身体をしっかりと座席に固定する。


 対して、私は操縦席へと座り、操縦桿を握ろうとして……。



 (ゲ……、サイズが……)



 合わない。操縦桿の大きさも、座席の位置も、ペダルまでの距離も、もう何もかも。


 どうすんだ、これ? と人知れず戦慄していたんだけど……。



 「―――っ!?」



 声にならない声を上げたのは、間違いなく私だった。


 どうやって操縦しようかと悩んでいた矢先、私を座らせたまま突然座席が変形して小さくなり、操縦桿や椅子の高さ、ペダルの位置に至るまでオートで私の体形に最適化されたのだ。



 (うわー……、何このご都合主義全開コックピット……)



 私はこんな設計などしていなかったんだけど、こんな事が咄嗟に出来る奴なんて“彼女”くらいしか存在しない。



 (常に監視されてる、って事ね……)



 でなければ、有り得ない現象だったから。


 でも、だからこそ、それだけに解らない。

 どうして、私は急にこんな体形になってしまったのか。


 中身は22歳のBBAだけど、身体だけは十代前半の幼さ。



 (ドコの死神名探偵だっつの……)



 眉間がピクピクするのを感じながら、後ろの二人に気付かれない程度に溜め息を吐き。



 「―――そっち大丈夫? ミストさん」


 『その呼び方、定着するんですかっ!?』



 機体後部の貨物室で壁に固定された折り畳み式の簡易座席に着いた梶浦さんこと“ミストさん”が何やら涙目で訴えているけれど、モニター越しに見る限り、全員席に着いてベルトも締め終わっているようだった。


 それを確認し、いざ発進。……と、操縦桿を握った、その次の瞬間だった。



 「■■■■■■■■■■■■―――ッ!!」



 外界から機体装甲を共振させる凄まじい獣の咆哮が響き渡った。


 驚いて窓の外へと目を向ければ、その声の主が今正に高高度からアドバンスドブレイン社の屋上目指して滑空して来る姿。



 「チッ、のんびりし過ぎたか……ッ」



 予想していた事だけど、やはりこのタイミングで“あの飛竜”はこの場所に降り立つつもりらしい。


 理由は簡単で、あの手の飛竜種が高所に巣を作る性質があるから。


 以前、屋上で私と鉢合わせした時は考えもしなかったけど、つまりはそういう理由からの行動だったというだけだ。


 そういう意味では、アドバンスドブレイン社の屋上ほどヤツの素に相応しい場所は無いと言える。


 なんせ、この街で一番高いビルの屋上なワケだから。



 「みんな掴まって! 行くよ!」



 返事も待たず、シュヴェルトフリューゲルを急速発進させた。


 垂直離陸が可能なこの機体だけど、最初からスラスターは最大出力。


 主推進と同時に起動する事で爆発的な推進力を得た機体は一気に上空へと駆け上り、その黒い軌跡を夜空に描き出す。


 発生した強いGで後ろの涼子さんや松岡さんが呻いたのが聞こえたけど、今はそれ所じゃない。


 シュヴェルトフリューゲルの装備じゃあの飛竜と正面からぶつかるワケには行かないからだ。


 私一人なら戦うという選択肢もあるけれど、皆の避難を優先させるには今を置いて他にない。


 このまま此処に留まると、必ず“前回”と同じ結果に事態が収束してしまうと容易に想像出来てしまう。



 (責任の所在を追及される前に、涼子さん達をアールヴヘイムへ避難させる……。今は、それだけを考えろ!)



 高度3200フィート。


 赤く染まる夜空を切り裂き、機体を旋回させた所で窓の外に地上の様子が垣間見えた。


 暴れ狂うもう一体のドラゴン。


 そう、此処には翼竜の他に、もう一体の“地竜”が出現しているのだ。


 以前の私はこの二体のドラゴンを討伐し、一先ずの安全を確保する事に注力したけれど、アレらを野放しにしておく事で、別の事態も予測される。



 (コイツら二匹は、間違いなくレイドボスクラスの怪物だ。と、するなら、そこに縄張り争いが勃発するのは目に見えて明らかで、そうなれば“アイツ”が刺激されて動き出す可能性が十分にある……!)



 忘れてはいけない。


 この二匹のドラゴンは確かに脅威だけど、それ以上の怪物が“藻岩山”には潜んでいるのだから。


 ―――ダイダラボッチ。


 私と槙島が奇しくも共闘し、コッペリアの助力を得てようやく討伐出来た本物の怪物。


 天災級の技能が扱えなくなった今の私達アバターラでは、アレと正面からやり合うのは余りにも危険過ぎる。


 でも、逆にこうも考えられる。


 あのドラゴン達が互いに争い合い、ダイダラボッチを叩き起こして暴れるような結果になれば、札幌は……いや、北海道、延いては日本はどうなるだろうか?


 自衛隊の戦力では当然対抗し切れないだろうし、沖縄に駐留しているアメリカ軍の戦力も当然期待など出来る筈がない。


 私が知り得るだけでもそれだけの強大な力を持った超大型モンスターがこの国には潜んでいるのだ。


 把握していない物まで含めれば、そしてそれらが刺激し合って暴れ始めたら?


 解り易いくらいの“日本滅亡”が目に浮かぶ。


 自衛隊の連中や、父親の事。

 イロイロ気が咎める事はあるけれど、それらは全て、バッサリと切り捨てる。


 そうやって守りたい物をイチイチ全て守っていたら、何時しか自分の手だけでは庇い切れなくなって、挙句一番大切な物を取り零してしまうだろう。


 その結果がどういう物になるのか、私は良く理解しているから。



 「カ、カスミちゃん! 人が……っ! この戦闘機で何とか出来ないのかいっ!?」



 窓の外の光景を見ていたんだろう。


 松岡さんがそんな事を当たり前のように叫んだ。


 一般的な道徳観念に照らし合わせるなら、確かにその反応は妥当で、私はその言葉に理解を示すべきなのだろうけど。


 でも、私は……。



 「無理よ。彼らには悪いけど、見捨てるしかない」


 「そ、そんな……っ」



 松岡さんが良い人で、優しい性格で、ちょっと頼り無いけれど、正義感に溢れた人だって事は良く知ってる。


 そういった当たり前に正しい感情ってのを否定するつもりは無いし、それ自体は立派だって事も判ってるけれど。


 だからこそ、私は敢えて松岡さんに尋ねた。



 「仮に、今彼らをあのドラゴンやモンスター達から救えたとして、その後はどうするつもり?」


 「え……」


 「このシュヴェルトフリューゲルに乗せられる人の数は限られてる。じゃあ、乗せられなかった人達は? それとも、全員を徒歩で避難させるの? そこら中、どんな化物が潜んでいるかも判らない、こんな場所で?」


 「う……、それ、は……」



 厳密に言えば、保護は可能だろう。


 実際、以前の私はカズと二人で、そうやってモンスターに襲われていた人達を避難させたのだから。


 でも、思い出してみて欲しい。


 私達が救った彼らは、私にいったい何を言ったのか。


 家族がまだ、腹が減った、疲れた休ませろ、急いでくれ、そして、挙句の果てには自衛隊や警察の連中は何をしてるんだ、との罵詈雑言。


 身勝手な事ばかり口にして、徹頭徹尾クソの役にも立たなかった人間が殆どだった。


 別に、誰もみんな私のように考えるべきだなんて押し付けるつもりは毛頭ないし、期待もしちゃいない。


 でも、身勝手に振る舞うなら、“身勝手に振る舞われる”事くらいはせめて覚悟して欲しいものだ。


 私は、慈善事業で他人に奉仕して、挙句自分の一番守りたい物を取り零すなんて事、もう御免だから。



 「私は、見ず知らずの誰かの命なんかより、私にとって大切な近しい人達の命の方が何倍も大切なのよ」



 だから、見捨てる。


 私は不撓不屈のヒーローなんかじゃ断じてないし、尊い犠牲を糧に“ならば次こそは”と前を向いて歩き続けられる程強い人間でもない。


 後悔をしたくないから、その場その場で最適と思える答えを導く為に。


 後悔をする事になっても、最悪の事態だけは何としても避ける為に。



 「鬼とか、悪魔とか、罵りたければそうしてくれても構わない。でも……例え松岡さんや他のみんなに嫌われたって、それでも……私は何としても、守りたい物だけは守って見せるって、もう決めたんだ」


 「カスミちゃん……、君は……いったい何を……」



 “何を見て来たのか”と、そう問いた気な松岡さんの言葉に、私は何も答えない。


 多分、私の唐突な変化に、松岡さんは気付き始めているんだろう。


 それはきっと、涼子さんも同じで……。


 札幌の空を一通り見納めと眺めた私は、そこに居るであろうもう一人の大切な人を思いながら。



 「カズ……、どうか……生き延びて……っ」



 シュヴェルトフリューゲルは加速する。


 この地を後にして、目指すはイギリス。


 イングランド東部に位置するケンブリッジ。


 そこに、私が求める最初の“破片”がある。


 アールヴヘイムへと繋がる、最短座標への転送を可能とする“枝”の一つが……。

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