第六十八話
第六十八話「データ改竄」
閉じられた純正ミスリルの部屋。
マーシアハから寄越されたテキストファイルに記載されていたチート依頼の概要。
その内容は、以下の通りだった。
マスターコードの取得。
ゲームバランスの調整。
そして、ICEとUEPの機能制限。
マスターコードの取得は兎も角、その他に付いてより詳しく説明するなら、こういう事になる。
先ず、ゲームバランスの調整。
これは単純に、アバターラが持つ戦闘能力が余りにも高過ぎる為、ある程度現実的なレベルにまでその機能を制限するという事。
理由は明白だ。
今の世界は、強力な力を持つアバターラ程自由に何でも手に入れる事が出来てしまうから。
複合的に三つ目の要項であるICEとUEPの機能制限が加わる事で、そうした“無双ゲー”を抑制する目的があるのだろう。
これについては、確かに私も同意見だ。
そこで重要になるのが、どの程度ICEとUEPによる制限を設ければ良いのかという点。
私自身がそうだが、現状のシステムでは、その気になれば人一人が国一つを滅ぼせてしまうような化物を容易に誕生させてしまうと同時に、何の力も持たない人間であってもアバターラが生産した強大な力を持つ合成アイテムを得る事で国家間の軍事力バランスを著しく崩壊させてしまう要因を作り出してしまい兼ねない。
事実、流出してしまったアバターラの軍事技術はロシアやアメリカの軍事力を大きく向上させてしまった。
今や、私達アールヴヘイムが関わりの無い戦場でも、既にそうした技術の一部が流用され、各所に甚大な被害を出している。
このまま行けば、アバターラの持つ軍事技術は核兵器以上の脅威となり得るし、開発競争が激化すれば、人間自身が世界を破滅へ追い遣る事に繋がるだろう。
故に、そこに制限が必要となる訳だ。
先ず、人間にはアバターラが制作した合成アイテムを使用出来ないようにする。
次に、アバターラ自身も一定値以上の出力で技や術の規模が制限されるよう設定を変更する。
今までのように天災染みた力を行使できなくするのだ。
実際、私も自分の力が自然環境に与える異常な規模の被害に戦慄を禁じえなかった。
だから、これに関してもある程度は納得が出来る。
しかし、だ。
確かに、これらの条件は私にとっても悪い物ではないし、ゲームバランスを整えるという意味でも賛成したい気持ちが強い。
だが、問題はマーシアハを含むデネフ教団が何を思ってこの条件を提示してきたのかという点。
彼らにとっての旨味は何処にある?
(第一に考えられるのは、デネフ教団が主に活動の中心としている中東での国連による武力介入、か)
デネフ教団が各地でテロ行為を行っている一番の理由は、宗教上の都合だ。
聖地の奪還や、宗教的理念の弾圧に対する抵抗。
故に連中は、自爆攻撃なんていう狂気の沙汰さえ平然とやって除ける。
そこには、自らに大儀や正義があると信じて疑わないからなのだけど。
此処に武力介入したのが国連だ。
本来、国連の目的は紛争の鎮静化であった筈なのだが、何時しかテロ対策の一環としてデネフ教団その物を敵視すらするようになった。
やられたらやり返せ。
結果はご存知の通り、泥沼化だ。
だから、アメリカやロシアが戦場にアバターラ技術を持ち込む事で、デネフ教団との戦争は日増しに被害を拡大させてしまっている。
つまり、教団としては人間がアバターラ技術を扱えなくする事で、相応に大きな見返りがあると考えているのか、と私は結論付けた。
これらの設定変更を適用させた上で、私は世界を一度“リセット”する。
故に、一番の問題は、バックアップデータが何処までの情報を記録しているのか、という点だけれど……。
その疑問を、私は正面に立つ包帯グルグル男……マーシアハに尋ねた。
「ねぇ、バックアップってのは何処までカバーしてるワケ?」
「それは、カテゴリーとしての範囲、という意味ですか?」
頷き返す。と、マーシアハはヴォイドフリックで何かの情報を読み出し、それを確認しつつ。
「文字通り、総て。概念としての“時間”以外、当時の“日時”と“物質物体座標を含む世界の状態”、“個人の成長状況と記憶”に至るまで、何もかもがバックアップされているようですね」
要は、“観測されている物は全部”って認識で間違いないようだった。
正しい意味でのタイムスリップやタイムトラベル、タイムリープといった概念とは異なるけど、実質同じような物と捉えて良いのだろう。
そう考え、瞑目して。
(―――無茶苦茶だ……。未だに、信じられない……)
世界のリセット。状態遡行。
余りにも非現実的過ぎる。……とは言ってみたものの。
(そもそも、今の環境自体、非現実の最たるモノ。それこそ、今更って話しか……)
再び瞼を開き、決意をより堅牢に、頑強に固め。
「いいわ。それじゃ早速、始めましょうか」
「おや、もう宜しいので? そんなに簡単に決めてしまっても良いのですか?」
と、決断の速さをむしろ驚かれてしまった。
でも、私だって別に、深く考えなかったワケじゃない。
確かに、ママを生き返らせたいって気持ちが一番で、他は二の次って優先順位を決めてはいるけど。
だからこそ、逆説的にそれ以外のメリットやデメリットがママの蘇生に悪影響を及ぼすようでは意味が無いのだから。
私は、既に仲間達を裏切った最悪のろくでなしだ。
すっぱりと割り切っているように見えて、その実後悔も山のように鬱積してる。
誰だって後悔なんて御免だ。
そうしないように、私自身必死に考えながら生きて来たつもりだった。
けど、結局はこうなる。
だったら、悩むだけ無駄なのだ。
決断は一瞬で良い。
ただし、考え得る最善を選ぶ。
解らない事を、想像出来ない可能性を、見もしていない未来を、理不尽を、不条理を、それらをどんなに悩んだって何も手には入れられないから。
「アンタが心配するような事じゃないでしょ? いいから黙って、さっさと必要情報を寄越しなさい」
「ふむ……。実は“そうでもない”のですが、ね……。まぁ、良いでしょう」
表情は上手く読み取れないけど、どうやら包帯の向こうで苦笑でも浮かべているらしく。
それでもマーシアハは、改竄に必要な詳細情報を再びファイル転送して寄越した。
「信頼して頂けるのが何よりなのですがねぇ……」
「ハっ、信頼? バカ言わないで。アンタみたいな胡散臭い奴、誰が信用なんてするか」
私は小馬鹿にしたような横柄な態度でマーシアハを見下し、嘲笑を浮かべる。
しかし、真実私は、ある意味でコイツを信用してるし疑ってはいない。
絶対に、“何か裏に隠してるに決まってる”という意味で。
「―――始めるわ。祭壇と私から離れてて」
「御意に……」
祭壇の傍に私や王族以外の人間が存在すると、祭壇は機能を解放しない。
それを理解しているのか、マーシアハは言われるまま、私から距離を取り、後方へ数歩後退した。
「……ふぅ」
小さく一つ、息を吐く。
背後の気配は変わらず、部屋の外のダイキやカナ達も何かしてくるような様子は無い。
(これで、いいんだ……)
そう自分に言い聞かせ、祭壇の楕円を描いた石柱に手を伸ばす。
生体認証、承認。
私と祭壇を中心に表示される、ホログラフのような半透明のディスプレイ。
起動画面その物は、PYOのシステムと全く同じ。
アドバンスドブレインの社章とID及びパスワードを入力するダイアログが現れ、私は記憶している“ソレ”を迷いなく打ち込んだ。
ログイン完了。
続いて表示される飾り気の一切無いメインメニューは何度か目にした事のある物だけど、此処からが何時もとは違う。
マーシアハから提供された情報を下に、コマンドプロンプトを展開。
そこから、必要な命令文を打ち込み、今はアールヴヘイム王城に保管されている“Alaya Material”へと接続する。
次瞬、祭壇を挟んだ向こう側に強い燐光が集束し、それは瞬く間に人の姿を形作って―――。
「……っ!」
「――――――…………」
宙に浮遊し、ゆっくりと瞼を開く少女が現出した。
その姿は、まるで電子の妖精。
青緑の燐光を放ち、フワリと長い髪を棚引かせ、無機質とも有機質とも思えるような不可思議な表情を浮かべながら、本来性別が存在しない筈の“彼女”は、その幼くも美麗な相貌を私へと静かに向けた。
『―――この姿で対面するのは、初めてですね……。ヤナ・カスミ』
「ア、アンタ……“alaya”、なの……?」
その問いに、ゆっくりと首肯する“alaya”。
私にとって、それは予想外の邂逅だった。
『私は、アナタのアクセスをずっと心待ちにしていました』
「私、を……待ってた? どうして……」
ただただ呆然とそう尋ねた私に、“alaya”は再び首肯。
そして、静かに私の背後に立つマーシアハへと目を向け。
『感謝を。マーシアハ』
呟いた彼女に、マーシアハは首を振り。
「総ては、“我ら”が理想実現の為……。人々が求めて止まぬ、“現の英雄譚”が為……」
「理想……? 英雄譚……? ちょっと、何の話を……」
私にはワケの判らない会話。
だけど、これで疑問が一つ解けた。
何故、マーシアハがこれ程までに祭壇の機能やシステムについて詳しい情報を持っているのか、その理由が朧気ながら見えて来たからだ。
(コイツ……、“alaya”と何かしらの形で面識を持っていたのか……)
それなら、私に関する情報にも精通している筈だ。
なんせ、“alaya”はこの世界の“観測者”であり、“管理者”でもあるのだから。
彼女には知らない事など何もなく、運命や未来でさえも思いのまま。
言わば“alaya”は、この世界に於ける“唯一本物の神”なのだから。
『ヤナ・カスミ。私は、アナタに、“物語の再構築”を求めます』
「いや……ちょっと待って、話しがまるで見えない! いったい何なの、理想だの英雄譚だのって……!?」
しかし、そう尋ねる私に、“alaya”は静かに瞑目し、幽玄な声で応えるだけだった。
『アナタがそれを知る事を、私は求めない。そして、それを“総意”もまた望んでいない』
「総意って―――」
理想? 英雄譚? 物語の再構築??
コイツら、一体何の話をしてるの?
私に、何をさせたいの?
判らない。解らない。分らない。
情報不足。推測不能。
エラー。エラー。エラー。
直後、脳髄にビキリと鋭い激痛が走った。
「がっ、あぁ……ッ!?」
視界がチカチカと点滅し、剥き出しの神経を鑢で直接ゴリゴリと削られるような痛みに耐えられず、私は崩れるように膝を着く。
『心静かに。穏やかに。多くの情報は、ヤナ・カスミという“個”壊す。故に、アナタは今のアナタで有るがまま、アナタが望む事を成すだけで良いのです……』
「私、が……望む、こと……」
私の望みとは何か?
言うまでもない。
大切な人を守りたいという、ただそれだけ。
故に止まる事は赦されない。
何故なら、その大切な物を裏切ってでさえ、“より大切な者”を選んでしまったから。
状況は、もう私に振り返る事を赦さない。
「ママを……、取り戻す……」
『そう。佐伯涼子を、再び取り戻すのです』
取り戻す。取り戻す。取り戻す。
やり方は? ―――解っている。
改竄用ツール起動。演算開始。―――適合値算出。
複合化情報、暗号化―――出力開始。
入力、入力、入力、入力……。
入力完了。最終確認開始―――シミュレート完了。
適応処理開始……完了。
「素晴らしい……! 能力値が安定して行くのが手に取るように分かりますよ!」
背後で、“誰か”が声を上げた。
何故か、それがとてもうっとおしい。
煩い。静かにしろ。作業の邪魔だ。
「―――黙れ」
「うぐッ!!? が、ぁはッッ!!!」
煩いモノに、邪魔なモノに、手を翳す。
だけど、それは余計に煩く騒いで、私の思考を逆なでするから―――だから、“握り潰した”。
「ぉぶっふッ!!」
煩い何かがパンッと弾けて、辺りが赤色に汚れてしまったけど、でもお陰で、ようやく静かになった。
『マーシアハ、静粛に願います』
「御意……ごっほ! に……っ」
作業再開。改竄情報の出力範囲を定義。
全域強制インストール、操作開始―――完了。
総ての作業工程を完了し、終了処理―――完了。
『お疲れ様でした、ヤナ・カスミ』
「―――別に、大した作業じゃ……ないわ」
そう、用意された情報に、適切な複合化数値を算出し、暗号化し直して出入力しただけだ。
世界最高峰レベルのスーパーコンピューターが丸一年かければ出来る“程度の演算”を“一瞬で終わらせた”に過ぎないのだから、労いの言葉を掛けられる程の事でもない。
「……ってか、アンタさっきから何やってるワケ? きったない物ブチ撒けてんじゃないわよ、気分悪い」
「は……はは……、失礼しまし、た……。少し、興奮し過ぎてしまった、ようで……」
辺り一面が血飛沫と肉の破片でベタベタになってて、振り返ったらマーシアハが“勝手に弾けてた”。
気色悪いにも程があるだろ、コイツ……。
「興奮で鼻血出すとかなら聞いた事あるけどさ……、大概にしてよね、ったく」
まるでビルから飛び降りた人間が地面に打ち付けられたみたいに壁に張り付いて内臓ブチ撒けてるとか何事よ、いったい……。
けどまぁ、一先ずはコレで改竄作業は終わり。
後は、最後の“リセット”なんだけど……。
(なんか……さっきから、ヘンだ……)
何が、とは言えないし、判らないんだけれど。
何か違和感を感じているのに、その違和感の理由が掴めない感じ。
その違和を払拭出来ないと、どうにも“リセット”に踏み切れないんだけど……。
『ヤナ・カスミ? 再起動の最終確認を』
「え? えぇ……」
何となく、私の脳内で警鐘が鳴り響いている。
“alaya”を信用してはいけない、と。
だから―――。
「“alaya”、幾つか少し弄らせて欲しい物があるんだけど、良いかしら?」
『……?』
多分、コイツはシステム内で何か隠し事をしても全て簡単に見抜いてしまう。
だったら、ハナっからスタッドポーカーの要領で見せる物は見せ、見せたくない物を見られないよう工夫するのが得策と判断した。
「ママ……佐伯涼子のアバターラアカウントを作成したいのよ。それと、一律仕様によるリスポーンを撤廃させて頂戴」
私のその願いに、“alaya”は小首を傾げるだけで意図を理解出来なかったらしく、答えに窮した様子を見せるけど、代わりに背後で回復しつつあったマーシアハが反応した。
「リスポーンの撤廃……ですか。しかし、宜しいので? それでは、殿下が大切になされているアバターラのお仲間方も―――」
「構わないわ。むしろ、そっちこそどうなの? この条件、呑んで貰えるのかしら?」
「ふむ……。コチラとしては、一向に構いませんよ? 私個人としても、そういった現実的な仕様は望む所ですのでね」
私は、顔色一つ変えず、冷静に、淡泊に、「あっそ」と一言だけ返し、しかし内心で思考速度を加速させていた。
“alaya”もマーシアハも、この仕様リスポーンという大きな変更点に視点が釘付けになり、私が何を意図してこの条件を提示したのか推察し切れていないようだった。
恐らく、“alaya”は人工知能として完璧過ぎるのだ。
人間に比べ、“alaya”は遥かに多くの情報をその記憶領域に収めている。
人間が記憶から特定の情報を下にある未来の形を予測しようとする時、そこには“気付き”という特異な現象が発生する。
実の所、これは人工知能にとって極めて再現が困難な現象なのだ。
“気付き”には多くの経験や情報が複合的に必要であり、それらをランダムに繋ぎ合わせる事で未来を予測し、可能性を見出す行為だ。
しかし、問題はその“ランダムに繋ぎ合わされた無数の情報から適切な未来の可能性を予測する”という点にある。
情報が多ければ多い程その“予測”は精度を増す反面、可能性は驚くほど無数の情報として膨大なデータ量になる。
その中で優先度の高い可能性をより精査する事になる訳で、多層的な処理を必要とするのである。
よって、この世界の“全能神”とも言える“alaya”が持つ知識量は膨大であり、知らない事など存在する方が希少。
そこから途轍もない量の可能性を予測する訳だから、結果として実現されるであろう優先度の高い可能性だけでも人間では数え切れない程の数字として算出される事になるのだ。
だからこそ、その処理には相応に時間が掛かり過ぎる。
彼女は、確かに“全能神”とも呼べる存在だが、同時に“所詮はAI”でしか無いのだから。
彼女自身が持つ演算処理能力を上回る速度で演算処理は行えず、瞬時に全てを判断出来る訳ではないのである。
(コレが唯一の対抗手段になる……)
私の脳のニューラルネットワークを直接リアルタイムで解析でもしない限り、私の思惑を即座に読み取る事は出来ない筈。
そして、それが出来ていないから、彼女は私の問いに首を傾げた訳で。
「現実の人間なんて死ぬ状況では死ぬのが当然。深く考える必要はないでしょ、“alaya”」
『確かに……然り』
許可は下りた。
ならば、と私は直ぐにデータの改竄を開始する。
そもそも、なんでも出来る筈の“alaya”が、私を必要としている事自体、謎なのだ。
何かしらの理由があって、自分ではデータの改竄が成せないのだろうとは思うけれど。
そう推測しつつ、私はデータの打ち込み作業を全て終え。
『では、ヤナ・カスミ。再起動の最終確認を』
「えぇ、始めるわ」
答えたその直後、眼前に浮かび上がるのは再起動の最終確認を促すダイアログ。
その“YES”をタップするだけで、総てが“あの日”に巻き戻される。
指を伸ばし、その文字に触れようとして―――。
(―――あはは……、何これ、すっごい恐い……)
思わず身体が竦んで動けなくなってしまうくらい。
確かに私はろくでなしで、最低の塵みたいなクズだけど、それでも目の前にある決定の持つ意味が途方も無く大きくて重い物だって理解くらいはしているから。
世界中に生きる全ての命。それを一度全て“分解”してしまう。
つまり、私は今、人類史上最低最悪の“殺戮者”になろうとしているのだ。
(和幸くん……、怒るだろうな……)
自嘲の笑みは、何処まで苦くて、渋くて。
もう二度と、心を通わせて手を繋ぐ事は出来ないと、覚悟を決めたつもりになって。
「ゴメン……、みんな……」
私は、遂にその指先を力を込めたのだった……。




