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Master Code  作者: 覇牙 暁
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第六十七話

第六十七話「特異個体」




 ―――苦痛。


 激しい痛みと苦しみでロクに身体を動かせない。


 脳疲労は限界で、まともな判断能力さえ今の私には欠如していた。


 だというのに、マーシアハはまたあの嫌らしい笑みを浮かべ、私を見下ろして言う。



 「この取引に、アナタは応じざるを得ない」



 今直ぐにでもその喉笛を掻き切ってやりたい。


 でも、地面に這い蹲り、両手と片足を失い、脳疲労の限界でアバター能力も使えない今の私には、それを成す力がまるで残されていなかった。



 (こんな、時に……っ)



 肝心な所で余力を無くし、何もできない自分が情けなかった。


 悔しい。

 仲間達の仇が、目の前でこんなにも愉快だと嗤っているのに。



 「恐ろしい顔をなさる……。もしアナタにこれ以上の“覚醒”をされては、私もただでは済まないでしょうね……」


 「か、く……せい?」



 馬鹿馬鹿しい。漫画やアニメの主人公ならいざ知らず。


 そんな事が出来るなら、とっくにやっている。


 それが出来ないから、私は今、敗者として地面に這い蹲っているというのに。



 「―――交渉、と言ったな……? クッ、何が……目的、だ……っ」



 時間が必要だ。


 僅かでも体力を回復し、虚を突いてコイツの首を掻き切ってやる為に。


 その為には、まず流れに乗る必要もあるだろう。


 加えて、気になる事も出来た。



 (コイツのこの余裕……。取引を断られる等とは微塵も思っていない顔だ……)



 先ほどコイツは言った。


 この取引に、私は応じざるを得ないと。


 つまりマーシアハは、私が応じる事を確信できるだけの交渉材料を用意していて、また同時に私が交渉に応じなければ困るという事だ。


 それが何かまでは解らないが、聞いてから判断しても遅くない。


 先ずは落ち着け。

 冷静になれ。


 そうでなければ、今の私に勝ち目はない。



 「ふむ……、ようやくその気になってくれたようですね。いやまったく、この状況に持ち込む為に、苦労しましたよ……」



 やれやれ、とでも言いたげに溜め息を吐き、オーバーナリアクションで肩の力を抜くマーシアハ。



 「全力のアナタが相手では、交渉などとても出来そうにありませんでしたからねぇ。わざわざ米国に“ウィルス”の情報を提供してまで、アナタを誘い出した甲斐があったというものです」


 「な……―――っ!?」



 必然、私は驚愕する。


 コイツは今、何と言った?


 米国に“ウィルス”の情報を売った……だと?



 (いや、でも……そうか、ようやく納得がいった……ッ)



 例の対アバターラ用“ウィルス”の開発元がコイツらであったというなら、何故この現場でアバターラ達がリスポーン出来ずに死んだのかも察しがつくというものだ。


 それに、コイツ自身も言った通り、もし私が全力であったなら、こんな交渉はそもそも成立しない。


 顔を合わせた瞬間、交渉相手が死んでいたとしても何ら不思議ではないし、顔を合わせての直接交渉ではなく、別の手段を使って交渉を行う必要性があるのだから。


 だけど、だとしたら何故、交渉する相手の身内に手を出した?


 相手をわざわざ怒らせる理由が解らない。



 「交渉が……目的、だと言った、な……。なら、一つ……聞かせろ。何故、私の仲間に、手を出した……?」


 「そう!それなのですよ、王女殿下! 私が何故、わざわざアナタを怒らせてまで“佐伯涼子”を殺したのか! そこが重要なんです!」



 自分の話しに陶酔でもしているのか、大仰な態度で天を仰ぎ、マーシアハは声を張り上げる。



 「我々は、是非アナタにお願いしたい事があって参った所存でして。その為の交換条件に、それは必須な要項だったのです」



 ますます判らない。


 交渉材料として殺しが必要?


 人質なら兎も角、殺してしまっては何の意味も無い。

 本末転倒も良い所だろう。


 特定の人間を殺害する事で交渉材料とする場合、“次は〇〇だ”というように本気を強調しつつ次の犯行を匂わせる恐喝行為くらいしか考えられない。


 だからこそ、判らない。


 そういった目的なら、私が最も大切にしている人間を最初に狙うなど論外だし、先に手を出してしまった上で交渉を持ち掛けたとしても警戒心を強められ、挙句交渉その物が難航し兼ねない。


 近しい人間の誰かを殺害し、その上で人質を取るのが最も有効な筈なのだ。


 それが、どうして今回の大量虐殺に繋がるというのか。



 「―――“解らない”、といった顔ですねぇ。如何に聡明なアナタと言えど、やはり情報が不足していては判断も鈍るという訳だ……フフッ」



 ムカつくけど、それが事実だった。


 コイツの言葉は、いちいち何かがズレている。


 私が持つ常識と判断基準との間に、まるで致命的な差異が存在しているようで……。



 (……基本的な情報の、差異……?)



 その時、私は途轍もなく恐ろしい想像をしてしまった。


 大量虐殺その物を交渉材料に、私に言う事を聞かせる方法が……確かに、あるかも知れない。



 (仮に……、仮に、だ……。この世界がこれまで通り、PYOの常識をなぞった物だとした場合、大量虐殺をアップデート施行後の取り返しの付かない問題バグとして置き換えるなら、“運営”が執るべき最も適切な対処方法は、なんだ……?)



 例えば、回収の利かない問題バグが大多数のプレイヤーに行き渡ってしまっていて、それが既に別のアイテムや資金に変換されてしまっていたり、その問題バグを利用した大量資金稼ぎなどが一瞬で波及してしまっていたりした場合、運営がそれらの問題を最初から無かった事にする為、最終手段としてバックアップデータを用いて“巻き戻し措置”を執る。


 コレを今の現実に当て嵌めたとしたら……。



 「―――まさ、か……、オマエ……っ!?」


 「おや……、お気付きになられたのですか! おお、おお! 素晴らしい! やはりアナタは聡明だ!」



 またも大仰に手を叩き、マーシアハは称賛する。



 「バカ、げてる……っ、そんな事、出来る……筈が……っ」


 「いいえ! それが出来るのですよ! もちろん、その為にはアナタの力が必要不可欠なのですがね?」



 正気じゃない。狂ってる。


 私だって正直言って普通じゃあない。

 コイツの事をとやかく言えるような人間じゃない事は重々承知だ。


 だけど、それでもだ。


 少なくとも、“節操”って物を弁えてはいるつもりだ。


 よりにもよって、“現実世界で巻き戻し措置”なんて、頭のネジが全部ぶっ飛んでるとしか思えない。


 しかも、なに?

 “私の力”があれば、それが可能?


 コイツ、いったい何をトチ狂ってんだ!?


 幾ら私でも、そんな事出来るワケが……。



 「もしも、ヴァルハラのサーバールームに“あの日”のバックアップデータが存在するとしたら……どうです?」


 「―――ッ!?」



 よせ、やめろ。それ以上、私に“希望”を見せるな。



 「もしも、アナタが“管理者権限”を有しているとしたら……?」



 やめろ。やめてくれ。考えたくない!


 その結果、何が起こるのかが予測出来てしまうから。


 なのに、それでも私は、それを求めてしまうと解ってしまうから。



 「―――“Master Code”」


 「ッ!」



 駄目だ……。駄目だ、聞くな!


 その先を聞けば、もう二度と後戻りが出来なくなる!



 「や、めろ……っ、やめて……っ! もう聞きたく―――」


 「駄目ですよ。現実から目を背けるなど、アナタらしくもない」


 「……っ」



 両手で頭を掴まれ、間近にまで迫った包帯でぐるぐる巻きの顔。


 まるで深淵を覗き込んでいるような、深い闇色に染まる虹彩が私を呑み込んで行く。



 「アナタはもう、気付いている筈だ……。アナタが持つ特異性。特殊性。異常性。全ては、アナタが“ソレ”を有しているからに他ならないという事を」



 違う。違う、違う、違う。


 私は、何も異常なんかじゃない。


 私は普通の、ただのアバターラで、とてもじゃないけどそんな大それた事が出来る人間じゃ―――。



 「佐伯涼子が、死んだままで宜しいので?」


 「―――っ!!」



 涼子さんが……“生き返る”? 


 ママを……救えるかも……知れない?



 「ほら、御覧なさい。そこにいる者達も皆、アナタに救いを求めている筈です」



 そう言い、マーシアハが指差したのは、直ぐ傍で私を見る二対の虚ろな瞳。



 「シバタ……、ヒデアキ……」



 私のことを慕ってくれた、まるで弟のような二人……。


 頭の中に響く二人の声が、聞こえる。



 『姉さん……、助けてよ……』


 『痛ぇよ、痛ぇよ、姉貴……!』



 耳をすませば、彼ら以外にも沢山の声が聞こえる。


 死にたくない。生きたい。

 助けてくれ、救ってくれ。


 この苦しみから、解放してくれ、お姉ちゃん。



 「ぁ……、ぁあ……っ、みん、な……っ」


 「そうです。助けなければ! 救わなければ! アナタこそ、彼らに選ばれた“英雄”なのですから!」



 鷹揚に両手を広げ、いざ目指せ。人に成せない事を成せ、それが他ならぬ“英雄”の進むべき道だと、マーシアハは声を張り上げ、私を炊き付ける。



 「だ、駄目だ……! カスミ君……!」



 ふと振り返ると、ダイキが治療するカナの腕を振り切り、私に向かって腕を伸ばしていた。



 「止すんだ……! それが何を意味するのか、君なら解っている筈だろう!?」


 「ダイ、キ……」



 でも、そうしないと、みんな助からないの……。


 沢山……沢山、人が死んでしまったから……。



 「君の所為じゃない!! 君は何も……何も悪い事なんかしちゃいないだろ!!」



 ううん、違う。

 私は、沢山悪い事をしてきた。


 本当は解っていたんだ。

 どんな理由があったって、人殺しは悪い事だし、そうと解っていても止める手段がなかったから。


 私は、妥協した。

 楽な可能性に縋って、自分の考えを正当化して、力で全て捻じ伏せて。


 その結果が“コレ”なのだとしたら、それは償い切れない程の罪だ。


 だから―――。



 「―――ごめん、なさい、……大樹くん」


 「……っ」



 私は、辛うじて回復しつつある両足を立て、起き上がり。


 重い身体を引き摺りながら、只管一点を見詰めていた。



 「答えて、マーシアハ……。“此処”から、接続出来るのね……?」


 「ええ、ええそうですとも! ただし、その方法を教える前に、やって貰いたい事が幾つかありますがね……?」


 「構わない。どうせ、何もかも“リセットされる”んだから……」



 背後でダイキが声を張り上げている。


 私が何をしようとしているのか、彼には解っているんだろう。


 唯一、カナだけが何も理解出来てしなくて、オロオロとしているけれど……あの子は、それでいい。


 多分、それを知ったら、きっと絶交されてしまうって、解っているから。



 「では、コチラへ。肩をお貸ししましょうか? 殿下」


 「いいえ、結構よ……」



 先導するマーシアハと共に、私が睨み付けたのは伽藍堂の先。


 豪奢な装飾と彫刻が施された純正ミスリルの一枚扉。


 それを潜った先にあるのが、即ち“世界樹の祭壇”だ。


 静かに音も無く開かれた扉の向こうには、そこがこの神殿の中枢としてとても相応しいとは思えない程簡素で狭苦しい部屋があった。


 何の細工も施されていないミスリルの壁には、接合部が細く溝を描くだけ。


 床も天井も同様で、部屋の中央にある楕円の石柱が唯一存在感を発している。


 こんな人一人よりも小さな物が、アールヴヘイムを……延いては、世界の全てを支えるユグドラシルの制御端末だなどとは、誰が思えるだろうか。


 その場所へ一歩を踏み出した所で、背を追う気配に私は振り返り。



 「―――カスミ君!!」


 「ごめんね……ダイキ」



 部屋へ飛び込もうとしていた彼に、その寸前で手を翳し。



 「……閉じよ。他の一切の侵入を許すな」


 『―――“Accept”』



 何処からともなく響く機械的な音声と共に、強制的に扉が閉められ、ロックされた。



 「おやおや……、容赦ないですねぇ」


 「うるさい。どうだっていいでしょ? アンタの交渉相手は私であって、この国の他の誰とも関係はない。だから、閉め出したまでの話しよ」


 「ふむ、確かに」



 満足そうに頷き、マーシアハは私と向かい合う。



 「さて、では交渉と致しましょうか、殿下」


 「その前に、一つ教えて」



 私は、コイツとの対面を果たすと同時、感じていた違和感を言葉にした。



 「アンタ……何処かで私と面識があるの?」



 何故、そんな事を聞いたのか。


 それは、コイツの態度が原因だった。


 まるで、以前から私の事を知っているような口振りだったのが、どうしても気になったからだ。


 勿論、私にはこんな薄気味の悪い知り合いなど居ない筈なのだけど。



 「フフッ……さて、どうでしょう? それは追々、ご理解頂ける事かと存じますよ」


 「あっそ。答える気は無いって事ね」



 別に、それならそれでいい。


 気になりはするけど、所詮はそれだけの事だから。



 「では、交渉の前に、私からも一言」


 「……?」



 言うなり、何かをUI上で操作したマーシアハは、その操作の手を振り、私に向かってチャットログを表示して見せた。


 ただし、それは二重に重なった奇妙な構図になっていて、そこに映し出された文字の羅列に、私は。



 「な……っ! おまえっ、なんで……っ!?」



 そこには、私が此処に至るまでの仲間達やカナとの会話が全て表示されていて。


 よりにもよって開かれたその部分は、私とカナがグラーネの馬上でイチャイチャしていた時の物。



 「これも仕事の内でしたので、致し方なかったと先に弁解させて頂きたいのですが……いやはや、私もこう見えて男ですので、どうにもムラムラと……。いえ、本当に申し訳なく」


 「くっ……このっ、ぬけぬけと……っ」



 今や羞恥で私の顔は真っ赤に染まっている事だろう。


 でも、コイツが言いたいのは、多分そんな事じゃなく。



 「まぁ、コレでお分かり頂けたのではないでしょうか?」


 「解ってるわよ! いいからとっととソレ閉じて!」



 最悪だ。コイツ、アレをリアルタイムで聞いてたんだ。


 しかも、多分何かしらの方法で、映像までつけて。


 つまり、私がこの戦いの裏で仕掛けていた“イロイロ”を、コイツは全て盗み聞きしてたって事でもある。



 (趣味が悪過ぎる……。キモ過ぎ……ッ)



 大方、カナを半殺しにした際、そのID情報にバックドアでも仕込んでたんだろう。


 だから、その視覚情報なんかも生中継でコイツは見られたって寸法だと思う。


 やり方は汚いし、キモくて卑劣極まりないけど……コイツは、間違いなく有能だ。


 私の思考を読んで、最初から全て手の内だったって事だろう。


 やっぱり、とても初対面とは思えない程、私の情報をコイツは有してる。


 いったい、何者なの……?



 「まぁ、兎も角。下手な考えは起こさないようご留意願いますよ。外にはまだ“アレ”を残してありますのでね」


 「あぁ、やっぱりそういう事か……」



 今現在、エルフ達には連携をとって貰いつつ、コイツが逃亡を図った時の為のトラップを仕掛けていた所なんだけど、どうやらそれも織り込み済みだったらしい。


 コイツはそうなった時の為に、ダイキの術で土中にガーディアンモドキが閉じ込められたと“見せかけて”いたんだ。


 要は、私が何か抵抗をするようなら、外の“アレ”をもう一度暴れさせ、今度は徹底的にエルフを皆殺しにするぞ、って事。


 ホントにムカつくけど、この用意周到さは異常だ。

 私に対して、一切の油断も妥協もしていない。



 (まぁ、今更って話しだけど……)



 もう既に、私の気持ちは決まってしまっている。


 涼子さんを……ママを、生き返らせる。


 その為なら、例え“この世の全ての生物を一度死に至らしめる”としても、もう引き返すつもりはない。



 「さて……、それではいよいよ本当に、交渉を始めると致しましょうか、王女殿下」



 逡巡も迷いも一切無く、私は頷く。


 今更、もう後戻りなどする気はない。

 仲間達の気持ちや想いの重さを全て裏切ってまで、私はこれに手を伸ばしたいと思ってしまったから。



 「既にご理解下さっているとは思われますが、先ずは我々が殿下に提示可能な条件は一つ。“システムデータの巻き戻し”を行う為の方法です。そして、我々が殿下に要求するのは、三つ。この端末を通してユグドラシルから“Master Code”を解析し、取得して頂く事と、それを用いた“ゲームバランスの調整”。最後に、ICEとUEPの機能制限を設定し直す事。以上となります」


 「随分都合が良い事を言うのね。コッチに渡す情報は一つ。なのに、お願いは三つときた。幾らなんでも図太過ぎないかしら?」


 「いえいえ、そうでもありませんよ。何せ、コチラからの要求は殿下にとっても都合の良い話しですから」


 「……どういう事?」



 “Master Code”の取得、という点は確かに私なら理解も早い。


 それは言わば、“チート”だからだ。


 以前、PYO時代、私はゲームデータを改竄……つまりは“チート行為”を行い、自分の都合の良い設定で遊んでいた。


 アンチから言わせれば、チートはゲーマーとしては邪道で、開発者側の意図を斟酌しない許し難い行為だとされるけど、私はその辺り、少し見解を違えている。


 確かに、資金の異常ブーストやアバターキャラクターの無敵化、改造アイテムによるステータスブーストなどはゲームバランスを著しく崩壊させ、ゲームその物の難易度を下げて個人に都合良く、他人には迷惑を振り撒く行為に他ならない。


 しかし、私がやっていたのは、一般的なプレイヤースキルの平均に調律されたゲームバランスを崩し、“難易度を上げる”行為に他ならなかった。


 更に、開発者側がどういった意図でゲームをプレイして欲しいのかという点をより深く理解する為、本来は開発者側の人間にしか使用出来ないデバックモードを展開し、その中身をを読み込むといった行為に従事していた。


 そして、“ギリギリの最高難度”でゲームをプレイし、自らを磨き上げ、通常レベルに戻して再度ゲームをプレイする。


 要は、より深くそのゲームを楽しみ、理解する為の行為であり、他人には一切迷惑をかけてなど居なかったというワケだ。


 だからこそ、私はその手腕を買われ、涼子さん……ママにGMにならないかとスカウトをされたのだ。


 そういった経緯がある為、“Master Code”という単語には当然造詣が深い。


 通常、ゲームという物は指定されたプログラムに沿ってシステムをゲームとして機能させている。


 何処でどういった数値に基き、どういった順番で何を機能させるか。

 それを決めているのが開発者が設定したプログラムなワケだけど、“チート”という物はそこに開発者が予期していない設定を書き加えたり、書き換えたりする行為だ。


 それこそ、キャラを無敵状態にしたり、防御力や攻撃力といった一部のステータスだけを弄ったり、更には本来表示される画像や映像、BGMなどを変更する事さえ可能とするワケだけど、これらの改竄された情報は実の所“Master Code”という特殊な数値を書き換えなくては効果を発揮しない。


 昔の古いコンシューマーゲーム機で一般的に使われていたシステム上では、この“Master Code”が必要ない改竄法もあったのだけど、チートが横行するようになった近代のオンラインゲームでは“Master Code”を解析出来なければチートコードその物が有効に出来ないという設定を設け、その解析が困難になるようセキュリティーレベルを上げる方策が取られるようになった。


 つまりは、システムにアクセスする為の“Master Key”というワケだ。


 マーシアハが言う通り、もし私がそうした特殊な権限を与えられた人間だというのなら、その解析自体は不可能じゃない。


 事実、私は以前にもそうした可能性を考慮し、チートが可能かどうかを調査した事があった。


 無論、その時は、“管理者権限を持つ誰かであれば可能だろう”という結論に落ち着き、結局そんなに都合良く世界は改竄出来ないと考えたんだけれど。


 まさか、その管理者権限を持つ人間が存在して、それが私自身だ等とは終ぞ気付かなかった。


 というか、普通は考えないだろう。

 自分が特別だ等と、誰がそう簡単に自惚れられるものか。


 けど、だからこそ。


 その点に関してだけはコイツの要求も理解できる。


 私が“Master Code”を取得すれば、管理者として世界システムの改竄も可能になるワケだから。


 でも、他の要求はどうだろうか?


 そうする事で、彼らにとって都合が良くなる事があるのか?

 同時に、私にとっても好都合だという根拠は?


 それが、解らない。


 だから、目の前のコイツがいけ好かなくて、ママを殺した最低のクズだと理解していても、私は素直に聞き返す事しか出来ず。


 すると、マーシアハは。



 「改竄データに関しては、既にコチラで用意させて頂きました。ですので、先ずはそれをご一読頂ければと」



 そう言い、マーシアハはヴォイドフリックで私にテキストファイルを転送する。


 真贋を見極めるのは後として、とりあえずはその中身を確認しようと私もそのファイルを展開し、目を通したのだけれど……。



 「……なるほど、ね」



 最初に口を突いて出たのは、そんな感想だった。

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