第六十六話
第六十六話「暴虐」
―――ズンッ、と地の底から響く轟音。
私とカナがそれを聞いたのは、まさにその場所へと辿り着いた時だった。
「これ、は……っ」
目の前にあるのは、分厚い岩盤が山のようにそそり立つ巨大な石と土のドーム。
その大きさは、前述した通りの山そのもの。
頂は高く、目算でも標高は400〜500メートルに達している。
問題は、それが自然発生した物ではない、人工的な物だという事。
この場所に、こんな山は存在しないのだ。
そして、これ程の事が出来るのは、私が知る限りただ一人。
「ダイキ……」
元エージェントの中で、こうした天災級の物理現象を引き起こせるアバターラは、私を含めて僅か三人。
私と、槙島と、そしてダイキだけだ。
消去法で考えて、彼以外には有り得ない。
でも、どうしてこんな物を……?
それに、と爆音の響いて来た方角へ視線を向ける。
そこには、ユグドラシルの巨大な幹を背に、“世界樹の祭壇”へと続く神殿の入り口がポッカリと口を開けて佇んでいた。
「カスミっち、ミニMAP見て! この山の真ん中辺!」
「……?」
グラーネから降り立ち、辺りを見回していた私に、カナがそう指摘する。
釣られてミニMAPへと目を向け、そして、ある“モノ”の存在に気付いた。
「なに、これ……。山の中に……NPCの反応?」
最近はすっかり見る事が無くなった、灰色のアイコンだった。
でも、PYOのプレイヤーなら誰もが見覚えのあるそれは、NPCの存在座標を示す物。
二次元的な表示がされるミニMAPでは、山を示す円形の枠の中心で灰色のアイコンが存在しているだけだけど、三次元MAPでその場所を開き直せば、何がどうなっているかは一目瞭然だった。
「山の中に……埋まってる」
そこまで判れば、状況証拠からコレが何を示しているのかが読み取れる。
「あのデカブツが……閉じ込められてる、のニャ?」
「でしょうね……」
私は現物を直接見た事があるワケじゃない。
だから、それがどの程度の大きさで、どういう形をしているのかとかは判らないんだけど、兎に角デカイって事だけは聞いた連中全員が強調してた。
それに、ダメージを与えられないって事も。
そこから推察するに、ダイキはダメージを与えて倒す事を諦め、大質量で圧し潰し、身動きを封じる手段を講じたんだろう。
流石は、ダイキだ。
発想が柔軟で、堅実。非の打ちどころがない。
でも、辺りをよくよく見回してみれば、いったいどれだけ激しい戦闘があったのか、それは容易に想像が出来た。
抉り取られたような、無数のクレーター。
エルフの騎士や、上位アバターラ達の屍。
もう、いい加減に見慣れてしまったけれど、それでもやっぱり、凄惨な光景だった。
「けど、このNPC反応が例のガーディアンモドキだってんなら、問題が一つ消えた事になる」
「残ってるのは、“包帯の男”だけニャ」
カナの言葉に頷き返し、再び神殿の入り口へと視線を向け。
「急ごう、ダイキ達はまだ、中で戦ってる!」
山の中に閉じ込められたガーディアンモドキが気になるっちゃ気になるけど、動けないなら後でどうとでも出来る。
だから、優先すべきはダイキ達と包帯の男だ。
私とカナは直ぐに神殿へと向け、走り出した。
(―――酷い有様……)
私もこの国の王族だ。
ローマのマルス広場にあるパンテオンを彷彿とさせるこのコリント式建造の神殿には、何度も足を運んだ事があるし、内装や構造も熟知してる。
……好きな場所、だった。
静謐で、荘厳で、陽の光が直接差し込まない所為もあって、少しヒンヤリとした空気が気持ちを引き締めてくれるようだった。
でも、今のこの場所は、そうした私の大切な記憶を尽く穢している。
美しい彫刻が施された無数の列柱は何本も折れ、欠け、砕け、溶かされ、一面が白色で統一された清廉な石材も所々がどす黒い紅に染められている。
人の手足や、手足を失った遺体も幾つか転がっていたし、中には見知った顔もあった。
焼け焦げたり、引き千切られたり、そんな遺体ばかりだ。
多分、コレをやったのは、あのポータルを襲った奴と同一人物。
レーザーを使った武器でも持っているのかと思ったけど、どうやらそうじゃないらしい。
(多分、馬鹿みたいな大出力・高集束の“光魔術”だ……)
光魔術の特性は、熱やエネルギーの流れを操作する事に特化している。
その為、水魔術や火魔術の特徴を複合的に持ち合わせている事にもなり、魔術攻撃力と身体強化による物理攻撃力、更には防御魔術や補助魔術といった分野に精通した術者が多い。
これは、私の直ぐ隣を走っているカナにも言える事だ。
「カナ、アンタ光魔術って得意よね」
「そりゃ、自称ハイプリーストですからニャ! んでも、それがどしたニャ?」
「PYO時代にアンタと互角か、それ以上の光魔術を使えたプレイヤーって、心当たりある?」
「ん〜、どうだろ。何人か心当たりはあるけど、攻撃的な術に特化したヤツなんて、アタシは聞いた事ないニャ」
カナはPYO時代から治療系と補助系の光魔術に特化したプレイヤーで通っていて、パーティーに誘えばどんな苦しい局面でも即死しない限りは乗り越えられると評判の良い魔術師だった。
それだけ有名で、だからエージェントチーム発足時にも彼女は涼子さんから声を掛けられた。
そういった事情から、同じように光魔術に特化したい魔術師たちから相談を受ける事も珍しくなかったみたいで、結果、同タイプの魔術師にはかなり顔が利くって話しを聞いた事があった。
だから、ひょっとしたらって思ったんけど……。
「知らない、か……」
習得してる魔術の方向性こそ違うけど、同じ光魔術を使う人間でこれ程の事ができる奴ならそこそこ有名になっている筈。
なのに、カナに思い当たる節はない。
(妙な話しよね……)
―――マーシアハ。包帯の男。
同一人物かどうかもまだ判然としないけど、もしそうなのだとしたら……興味が沸いて来る。
(涼子さんや仲間達をこれだけ殺した相手だ。容赦なんて微塵もする気はないけど)
でも、だ。
それだけの実力者でありながら、元エージェントの私達でさえ何の情報も掴めない相手。
やはり、気になる。
(とはいえ、ソイツを前にして、私が冷静に話しなんて出来るとも思えないんだけどね……)
多分、顔見た途端にブチ殺しにかかるだろうと、私は私をそう予想した。
「―――!?」
そんな時、唐突に激しい爆発音が響き、突き上げるような振動が足元から伝播してきて。
「ニャッ、ニャんですとぉ!?」
「チッ! カナッ!!」
床が罅割れ、振動で立っている事も出来なくなって。
私とカナが走っていたその場所が、一気に崩落した。
この下にはまだ何層か下に階が続いているけど、その更に下には大きな空洞がある。
日本の寺院などでは、“伽藍堂”と呼ばれる部分に当たるんだけど、そういった広い場所に何もない状態を“伽藍堂”というのはこれが語源だ。
で、どうやら床が抜けた先は、まさにそこへ通じているようで。
まだ空を飛ぶ事が出来ないカナを私は咄嗟に抱え、何とか崩れて振ってくる瓦礫を避けつつ、そのまま下へ下へと降りて行った。
「カスミっち! アレ!」
そんな時、私に片腕を掴まれていたカナが、ぶら下がった態勢のまま下を指差して叫んだ。
「―――ダイキッ!?」
釣られて目を向けると、そこには誰かを庇うようにして立つダイキの姿が。
(マズッ!!)
久々に見たダイキの鎧姿は、長刀を手にした武者そのもの。
だが、見ての通り彼の本職は前衛。
誰かを守って戦う盾職とは違い、身体を壁にする以外に他人を守る術がない。
そんな彼の頭上に迫っていたのは、私やカナと共に天井から崩れ落ちて来た膨大な量の瓦礫。
あんな物が降り注いでは、幾らダイキでも庇っている仲間諸共生き埋めになるだけだ。
私は咄嗟の判断で、右手に掴んでいたカナを大きく振り上げ。
「え、あの、カスミさん? 何してらっしゃるのでしょーかニャッ!?」
「―――逝って……来いッ!!」
「う、っそおおおおおお!? ギィニャアアアアアアアアアッ!!!」
全身全霊の力を込め、カナをフルスイングしてダイキに向かって投げ付けた。
そして、同時に吼える。
「ダイキッ!!」
「……ッ!?」
私の声に反応し、頭上を見上げたダイキがそれに気付いた。
「カスミ君!? それに―――ッ!?」
「うぅぅーけぇぇーとぉぉーめぇぇーてぇぇーニャアアアアアーッ!!」
「クッ、うぉおおおッ!!」
そのまま地面に叩き付けられれば、カナといえどタダでは済まない速度。
自然落下していた方が遥かにマシだと思える状況だけど、大丈夫。コレで間に合う!
「カナ君!」
「はいニャッ!」
ダイキの判断は迅速にして的確。
真正面から受け止めず、左腕一本でカナを受け取め、身体ごと横回転しつつ勢いを急速に殺す。
その間にもカナは既に木製のロッドを取り出し、それを天井へ向けて構えていて。
「―――“プロテクト・シェル”ニャ!!」
瞬間、カナの杖から放たれたのは、青白く発光する連結ヘキサグラム。
六角形のラインを三角形のラインで繋ぎ合わせたそれが、降り注ぐ大量の瓦礫を轟音と共に弾き返していた。
「っし、ギリ!」
思わずガッツポーズをしたけど、このままだとカナの術ごと瓦礫の下敷きになり兼ねない。
それだけの質量が降り注いでいるのだ。
だったら、と私は空中で両腕を大きく伸ばし、全身の黒鎖を変質させた。
「喰い散らせ―――“黒蛇拘”ッ!!」
私の背で一塊になり、楯状の射出機を形成した黒鎖は、そこから無数の蛇と化して四方八方へと首を伸ばす。
そして、その鋭い牙で周囲を落下する瓦礫を噛み砕き、撃ち貫き、背の鱗で弾いて、切り飛ばして、直下に落ちようとするそれらの数を可能な限り減らして行った。
「ダイキ、無事!?」
ようやく全て落ち切った瓦礫の中、着地した私はダイキへと駆け寄る。
「……助かった。ありがとう、カスミ君、カナく―――ぅぐっ」
「ダイキ!?」
一瞬微笑んで見せたダイキだったけど、直後に苦し気に呻いたかと思うと、次の瞬間には膝から力が抜け、倒れそうになった。
直ぐに腕を伸ばし、支えた私だけれど。
「ちょっ、アンタ……この傷っ」
腰に回した私の右手にジンワリと広がった生暖かさ。
ヌルリとしたその感触を目で追い、その脇腹に出来た真っ赤なシミに驚いた。
撃ち貫かれている。
右脇腹から背中に向かって真っ直ぐに。
傷の周囲に出来た焦げ痕を見れば瞭然だ。
出血こそ多くはないが、それは傷口が焼かれている所為で。
(傷が深い……ッ。こんな状態で、戦っていたの……ッ!? それに、カナを受け止めたのも……ッ)
恐らく、今私の右手を濡らしているこの血は、カナを受け止めた際に身体を大きく捻じった所為で噴き出したものだろう。
こんな傷があると知っていたなら、あんな無茶はしなかった……!
「カナッ、ダイキの傷を!」
「え、怪我してるのニャ!?」
慌てて駆け寄ろうとしたカナだったけど、それを制したのは他でもないダイキ自身だった。
「ボクは……後で、いい。それより、彼女を……っ」
ダイキが苦悶の表情を浮かべながら指差す先には、倒れ伏した一人の女性。
そう言えば、さっきまでダイキは誰かを庇うようにして立っていた。
それが、ダイキの言う“彼女”だというのなら。
私とカナはその指が指し示す先に目を向け、カナは驚愕し、私は奥歯を噛み締めた。
「チヒロっちッ!?」
直ぐに駆け寄り、“彼女”―――チヒロを抱き抱えようとして、カナは逡巡する。
意識を失っていたからだ。
こうした判断力は、流石に戦場の前線で揉まれただけの事はある。
乱暴に動かせば取り返しのつかない事になる危険性があると知っているんだ。
「チヒロ……っ、腕が……ッ」
気絶の原因というのは、一見しただけでは判り難い。
でも、カナが診た限り、どうやらその原因は左腕を失った事による失血性の物だと判断したようだった。
「カナ、直ぐに止血を! 医療キットが足りないなら、私もストックしてる!」
私がそう言ってる間にも、カナは迅速に止血処置を施し、平行して魔術による治療も開始していた。
恐らく、これは少し時間がかかるだろう。
その間に、私が抱えているダイキも消耗してしまうかも知れない。
(傷は深い。けど、このくらいなら、ハイポーションで回復出来る筈……!)
私は考えると同時にインベントリから回復アイテムを取り出し、アンプル型のその口を指で弾いてダイキへと飲ませた。
「アンタ、回復アイテムはどうしたの! 十分に持たせてあった筈でしょうに……っ」
「す、まない……。ここまでの、戦いで……仲間、たちに……」
「ッ! バカ……ッ、それでアンタが死にかけてんじゃ世話ないでしょうが……ッ」
力無く苦笑するダイキをそのままチヒロの隣に寝かせ、私はカナへと顔を向けた。
「カナ、連戦で悪いけど、二人をお願い」
「解ってるニャ、任せておくニャ! 絶対……助けて見せるニャッ!」
喋りながらも一切手を休めず、遂には両手でチヒロとダイキの傷を同時に回復させ始めるカナ。
流石は戦場で女神だとか聖女だとか呼ばれるだけの事はある。
こんな高等技術、そう誰にでも出来るってモンじゃない。
実際、回復魔術って奴は“劇薬”と同じなのだ。
出力を誤れば傷口周辺の新陳代謝が活性化し過ぎ、患者の体力を著しく消耗させてしまう。
だから、体力をエネルギー交換という形で回復させつつ、同時に傷を治療して行く必要がある。
しかも、それだけではない。
傷や怪我の状態に合わせて患部に精密なイメージ操作を行う必要がある。
千切れた血管を繋ぎ合わせ、骨を繋ぎ、肉で塞いで、皮膚で閉じる。
これだけの事を別々の人間相手に同時進行で行えるような術者がそういる筈もない。
「やっぱアンタ……スゴイわ」
「っ? ニャんか言った!?」
私はそんな彼女の仲間である事を誇りに思いながら、微笑しつつ首を横に振る。
二人の事は、カナに任せておけば大丈夫。
カナ以上の回復術士なんて他に考えられないんだから。
だから、私は私の担当をしっかりこなす。
今考えるべきは、それだけで良い筈だ。
「―――思ったより気が利くのね、“救世主”さん」
カナ達の下から一歩、また一歩と足を進ませ、まだ粉塵が舞う伽藍堂の奥へと目を向ける。
居るのだ。直ぐそこに。
さっきから強い気配をビリビリと感じてる。
「つい先日、同胞が教えてくれたのですよ……。こういった場面では、“空気を読む”事も大切だ、とね」
パラパラと細かな破片が未だ天井から降り注ぐ中、そいつは私の前に姿を現した。
「まぁ、その同胞も、つい先ほど天に召されてしまいましたが……」
笑って……いた。
全身を包帯でぐるぐる巻きにした、背の高い細身の男が。
「お前が……ッ」
濛々と発ち込める粉塵の中に現れたその顔を見た瞬間、急速に頭に血が上る。
思った通り、私はコイツを前にして我慢なんて出来る筈もなかった。
ゼロカウント。
一秒の間も無く、私は地面を蹴っていた。
だけど、今まさに、その包帯に巻かれた顔面をフルパワーで殴り付けてやろうとした、その瞬間。
「―――ッ!?」
背筋にゾクリと悪寒が走った。
ニタついた顔が、その口が、更に歪に三日月を描いていたのだ。
眼前スレスレまで迫っていながら、私は殆ど無意識で急ブレーキをかけ、半ば強引にバックステップで距離を取っていた。
「おや、流石に勘が良いですね……。あのまま踏み込んでくれていれば、私も手間をかけずに済んだのですが……」
ニタニタと、嫌らしい笑みを浮かべたまま、包帯の男は無造作に私との距離を一歩詰め。
更に一歩。また更に。
結果、粉塵による薄い幕が晴れ―――それが見えた。
「……なん、だ……?」
包帯の男の両肩、その少し上方で浮遊する虹色に輝く多面結晶体。
拳大のその結晶体は、まるで水晶のように透明感のある煌めきを放ち、内側で無数の光線を乱反射させていた。
「遠隔操作が可能な魔術増幅装置とでも言いましょうか……。ま、所謂“ビット”という奴ですよ」
「ビット……、だと」
最近のSF系創作物に良く登場するその名を聞き、瞬間的に悟った。
遠隔操作によるビット攻撃。
恐らく、カナ達をやったのはコレだ。
カナ程の術者が敵の気配を感知出来なかったというのが腑に落ちなかったが、これで納得がいった。
コイツは、このビットを使って気配を感知される範囲外から魔術による急襲を仕掛け、一番厄介なカナを最初に無力化し、その後で自らも前に出て部隊を壊滅させたに違いない。
(チッ、よりにもよって厄介な……)
出鼻を挫かれた。
一撃で頭蓋を叩き割ってやろうと思ったのに。
だけど、アレは危険だ。相性が悪い。
近接戦を得意とする私は、結果として視界が狭くなり勝ちだ。
もし近接戦闘中にアレを視界の外で使われると、視認出来ない為に弾道が予測できない。
それに、あのビットの内部で乱反射している光。
多分、ダイキはアレでやられたんだ。
細い光の束を一点に集束させて高出力のレーザーとして撃ち出すんだろう。
だから、当然“音”が発生しない。
音の発生位置から弾道を読む事も出来ない筈。
さっきは奴の表情から殆ど偶然で“何かある”と察する事が出来たけど、そう何度も交わせる類の物じゃない。
(感情に任せて突っ込んだら、手痛いしっぺ返しを食うハメになりそうね……)
冷静になる必要がある。
そうでなくても、ダイキを含む精霊連合の主力部隊を此処まで……追い詰め、た?
(―――待て、おかしい)
此処へ来る途中、多くの仲間達の遺体を目にした。
確かに、すごい数の遺体だったけれど、とてもじゃないがそれが全てなワケがない。
アバターラとエルフの近衛部隊だぞ?
もっと沢山居た筈だ。
現に、ダイキもさっきまで“仲間に回復薬を使ってしまった”と言っていた。
つまり、此処にはもっと多くのアバターラ兵が入り込んでいた筈なんだ。
なのに……。
(MAPに……友軍のアイコンが……)
無い。ただの一つも。
私の後方に位置する、カナとチヒロ、ダイキの分しか、反応が存在しない。
そこまで考え、私は……気付いてしまった。
「―――おま、え……、その“手に持っているソレ”は……、なん、だ」
「……?」
マーシアハが、背に隠して両手に持っている“何か”。
……違う。解っている。
なのに、その事実を認めたくない。
「あぁ〜、“コレ”ですか?」
白々しく、これ見よがしに。
まるで小さな子供が捕まえた小さな昆虫の死骸を喜々と見せ合うような顔で。
「いやぁ〜、“彼ら”には苦労させられました……。私も正直に言いますと、此処までするつもりはなかったのですが、どうにもこうにも手が抜けませんで。流石に、副官クラスのアバターラとなると、厄介なものですよ、まったく……」
口の端を吊り上げ、嘲笑う。
マーシアハの手が無造作に鷲掴みにしている物。
それが何かを、私は一瞬上手に理解する事が出来なかった。
「シバ、タ……? それに、ヒデア、キ……?」
髪の毛を掴まれ、ぶら下げられている二人の顔。
でも、その首から下には、続いていて然るべき物が……無い。
「アナタにとっては大切なご友人だったのでしょう? で、あれば、お返しするのが筋という物でしょうね」
そう言い、マーシアハはその手で二人の“頭”を私の足元へと投げてよこした。
「―――っ」
思わず手を伸ばし、しかしすり抜け、床に転がる“二人”。
ゴロリと、コチラを向いたその顔に浮かぶのは、絶望と恐怖に瞼を見開かれた、濁った相貌。
「ぁ……ぁあ……っ」
頭の中が、ぐちゃぐちゃになった。
ただ、身体から力という力が抜けてしまって、膝を着くしかなかった。
意味も無く“二人だったモノ”を掻き抱き、身体が彼らの血で塗れるのにも躊躇せず。
「言い訳が許されるのであれば……これは、彼らが悪いのですよ? 本来、彼らは私の標的ではありませんでしたので。それは彼らご自身にも何度となく申し上げたのですが……なかなか聞き入れては貰えず、致し方なかったのですよ? ええ、本当に」
何か、言っている。
その目の前の男を唖然と見上げ、私はただ只管、二人の亡骸を抱き締めて。
「なんて……、事を……っ」
「シバタっち……、ヒデっち……っ」
煙が晴れ、私の後ろで治療を行っていたダイキとカナも、それを見て嘆き、絶望的な表情を浮かべていた。
でも、本当の絶望は、そのマーシアハの背の向こうに広がっていた。
「あぁ、そうそう。遺体で申し訳ありませんが、そちらの皆さんについても、お返ししておくべきすね。皆使命に殉じた誇り高い戦士であったと、私も記憶に留めておくつもりです」
ニッコリと、邪気の欠片も感じさせない恐ろしい笑みを浮かべ、マーシアハが一歩身を横に引く。
その先にあったのは、ただただ赤黒い、肉の山。
ご丁寧に全て一所に集め、積み上げてあるそれは、もう誰のどの部分かも分からない程滅茶苦茶に混ぜ合わされていた。
圧倒的な“死”の質量に、私でさえ喉の奥から不快感が込み上げて来て。
カナやダイキに至っては、それを直視する事も出来ず、目を背けてしまっていた。
「本当は、“佐伯涼子”と一部のエルフ達を殺せば事足りる予定だったのですがね……。いたましい事です」
「……お、まえ……。お前……っ、お前ぇえ……ッ」
涼子さんの名を聞き、徐々に認識が追い付いて、腹の底にそれまで貯め込んで来た膨大な怒りの熱が全身から噴き出すのを感じた。
「生きて帰れると、思うなよ……? 楽に死ねるなどと……、決して思うなッ!!」
抱えていた二人の亡骸を床に寝かせ、膝を立てた私は噛み締めた奥歯から血の味が滲むのも構わず、両手の黒鎖へ全力で意識を集め。
「縊り殺してやる……―――“黒狼甲”ッ!!!」
地面を蹴り砕き、一瞬にしてマーシアハとの距離をゼロにした。
「フヒヒッ! そんな風に無策で突っ込んで来て良いのですか? 王女殿下」
ニィッと嗤い、両手を広げてビットを操作するマーシアハ。
多面結晶体の内側で光が集束し、視界外に飛翔して標的を定め、高熱のレーザーを放つ。
その熱が、光が、私の身体を貫いて交差し、左肩と右大腿を貫通する。―――が。
「それが……、どうした」
「―――へっ!?」
熱さも、痛みも、そんな物どうだっていい。
今はただ、コイツを全力でブン殴ってやらないと気がすまない。
引き絞った拳。
捻り込んだ全身の関節と筋肉。
血液が血管を脈動させるその圧力までもエネルギーに換え、ただ一点。拳に全てを込めて。
「お前は……、もう泣いても許さないッ!!」
「……ヒッ」
恐怖に引き攣ったその顔を、私は私の持てる全てで粉砕してやろうと拳を叩き込んだ。
だが、咄嗟に。
「くっ!?」
マーシアハの反応は、正直大したものだった。
その一瞬でビットを自分と私の間まで移動させ、盾の代わりにして拳を防いだのだ。
砕け散る結晶体。
同時、内部に貯め込まれていたエネルギーが大気に触れて反応したのか、小爆発を起こした。
「―――あ、あぶないっ! なんて人ですか、正気とは思えな―――っ!!?」
「うるせぇ黙って死ねッ!!!」
「はぁッ!?!!?」
爆発で右腕が吹っ飛んだ。
でも、それが何だ?
左肩を撃たれ、右腕を失い、右大腿にも走れない程の傷を受けたけど、それだけだ。
踏み出せる左足があるなら、攻撃の手段なんて幾らでもある。
「いぎぃっ!!?」
私が選択したのは、左腕による拳打でも、頭突きでもなく、最も古典的で野性的な暴力の象徴。
―――“牙”だ。
「ぎ、ぃやああああ!!」
喉笛を狙い、しかし逸れて肩口に噛み付いてしまったけど、もうこの際何だっていい。
大きく喰らい付き、肉も筋も血管も、骨ごと噛み砕いて、引き千切ってやった。
「んっ、ぐっ!」
でも、そこまでだった。
片足しかまともに使えない所為で、私は着地もままならず、無様に地面へと倒れ込む。
「ひっ、ひぃっ! ま、まったく、なんて人ですか……!? くっ、くく……っ、本当に、信じられない……“お方”だ……っ!」
肩から大量の血飛沫を上げ、数歩後退り、額から珠のような汗を噴き出しつつも、しかしマーシアハは笑う。
その顔で、私は更に頭に血が上って。
「殺す……ッ、殺して……やるッ!!」
立ち上がる事もままならず、それでも地面を這いずって、力の入らない左腕を床に突き立て、尚も立ち上がろうとしていた。
「少し……調子に乗ってやり過ぎてしまいましたか……。私の、悪いクセですね……」
何か言っているけど、耳になんて入らない。
あのニヤついた顔の皮に牙を突き立てて、引き剥がしてやる!
「……おっと、それ以上はお止め下さい。私も死に兼ねませんが……そんな事をすれば、アナタは後悔する事になりますよ……?」
「あ゛ぁッ!?」
身体が使えないなら、ICEの機能をフルに使って身体を浮かせばいい。
力任せでも何でもいいから、持てる力の全てでコイツのそのニヤけ面を絶望に染めてやる。
そう思い、UEPに干渉しようとして―――でも、その直後だった。
「う……ぐ、ぁああっ!!?」
突如、凄まじい頭痛が私を襲った。
頭痛なんて生易しい表現ではとても追い付かない。
まるで、焼けた巨大なペンチで頭蓋をギリギリと締め付けられているような、その上で血液が沸騰して脳を内側から破裂させられてしまうのではないかと錯覚してしまう程の、そんな激痛と苦痛だった。
「……ふぅ、言わん事っちゃないですよ、まったく……。そのまま強引に“能力”を引き出そうとすれば、本当に死んでしまいますよ? 王女殿下」
「な……に、ぃ……!?」
余りの痛みで最早立ち上がる事も出来なくなっている私に、マーシアハは近付いて来る。
ふざけるな。こんな所で……仲間の仇も討てずに。
終わってたまるものか。
せめて、コイツだけでも道連れにしてやらないと、死んでいった仲間達に顔向けが出来ない。
「ですから、お止め下さいと申し上げているのです。今の貴女は、“能力”を酷使し過ぎている」
そうか……。
この痛みは、そういう事か。
ダイダラボッチや槙島との戦いから殆ど日を空けず、続け様に米国との交渉をこなしての睡眠不足。
そこへ更に今回の事態だ。
北米から日本までの超長距離高速飛行で更に酷使した私の身体は、なるほど確かに限界なのだろう。
だが、しかし。
「うる、さい……ッ!!」
「ぬぉっ!!?」
手を伸ばして来たマーシアハに、私は尚も抵抗し、牙を剥いて噛み付こうとした。
が、ギリギリで手を引かれ、未遂に終わる。
「はぁ〜……強情な方だ。まるで狂犬のようです。しかし、私の本来の目的は、飽くまでも“交渉”と“取引”だったのですがねぇ……」
……は?
コイツ、何を言ってる?
これだけ散々やらかしておいて、交渉? 取引?
「バカ、げてる……ッ、そんな話しが、通用する、か……ッ!」
完全に、頭にキタ。
いや、とっくの昔に怒りの限界など超えていたけれど。
これだけの犠牲を出して、被害を重ねて、その上でそんな物を望まれて、頭にこないワケがない。
なのに、コイツは言うのだ。
「それが、“通用する”のですよ。私と、アナタの間では、ね」
そして、マーシアハはまた、あの嫌らしい笑みを浮かべるのだった。




