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Master Code  作者: 覇牙 暁
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第六十二話

第六十二話「崩壊の序曲」





 ―――ペンタゴンでの交渉を終え、その敷地を後にした私達は、コッチで用意した専用車両で帰路を走行中。



 「ですが、宜しかったのですか? あの男、放っておくには些か危険かと……」



 自衛隊の軍用装甲車を改造して作ったその車の中で、対面して座るイライザがそう尋ねて来た。


 狭い車の中だし、暑さと服装の息苦しさもあって、私はブラウスのボタンを上から三つ目まで開け、熱の篭る胸元へ掌で風を送りながら答える。



 「あー、いいのいいの。どうせ何れは壊滅させる相手だし」


 「え……、技術提供のお話しは……?」



 女同士だからと気にもせず、私はだらけ切った態度で椅子に深く腰を落とし、スーツの上着を脱ぎ棄てて。



 「するワケないっしょー? 適当にどうでもいいようなデータだけ渡して、アンチウィルスツールが完成するまで適当に時間稼いで、粗方利用し終えたら適当なトコで首チョンパするだけよ〜」


 「ゲ、ゲスいですね……」


 「あっはは! あんなのと真面目に交渉とかする筈ないじゃーん。ハナっからこのサンプルと“枝”の情報欲しさに乗っかった話しだもん」


 「全て、お見通しだった、と……?」


 「んにゃ〜。まぁでも、大体想像通りではあったわねぇ……。あれくらいの事はやり兼ねない相手だって、涼子さんから聞いてたからさ」


 「左様でございましたか」



 半ば呆れたような笑みを浮かべ、納得した様子で口を閉ざすイライザ。


 ―――にしても、暑い。



 「どうしてこう軍用車両って暑いのかしらね……」



 暑くて堪らず、もうスカートもパンストも脱いでしまいたくなる。



 「機密性の問題なのでしょう。装甲の厚みもあるでしょうが……」


 「だろうとは思うけどさ……。アンタは厚くないの? イライザ」



 私同様、イライザも一応の為にとスーツを着用していた。


 動き易さも考慮し、彼女の方はスラックスタイプなんだけど……。



 「普段から従軍給仕の制服で、こういった暑さには慣れておりますので」


 「なーる。アンタの場合、特に胸の辺り、暑そうだもんねぇ……」


 「個人的には、邪魔で仕方がないくらいなのですが……こればかりは、致し方ありませんので」


 「ミミとかカナ辺りが聞いたら、血涙流して抗議しそうな答えだわ……」


 「失礼を申しました。出来れば、お二方には、ご内密に」



 なんて談笑してる内、不意にチャットの呼び出し音が耳に響いた。



 「おろ、コッペリアからだ」


 「アチラのご用件もお済になったのでしょうか?」


 「それにしちゃ早過ぎない?」


 「言われてみれば……確かに」



 と、ウダウダやって待たせるのも何だから、とりあえず応答してみたんだけれど。



 『カスミさんっ、大変でやがりますわっ!!』


 「な、なに!? 急にどしたの!?」



 突然聞こえて来た大声と切羽詰まったコッペリアの顔に驚き、仰け反る。


 なんだか尋常じゃない様子で、慌てて聞き返したんだけれど……。



 『先ほど本国に転送したデータを検めていたのでやがりますけど、ワタクシ達以外の誰かが施設内ネットワークからクラックしていた痕跡を発見しやがりましたの!』


 「は……? 私ら以外って―――」



 が、そこまで言い掛け、それどころではない事に気付いた。



 「ちょいまち。抜かれたデータって、まさか……」


 『想像通りでやがりますわ……!』


 「ウソ……、でしょ……っ」



 コッペリアの回答に、愕然とする。


 盗まれたデータは、今私の手の中にある“コレ”だ。



 「利用されたって事……? この、私が……ッ」



 ペンタゴンとの交渉。

 それを、第三者に利用されたって事だ。


 あの戦いの勝者は、どうやら私でもヒースコートでもなかったらしい。



 「―――姫様、これは……」


 「不味いわ……。激マズ……」



 何がマズイって、施設内ネットワークからクラックされているから、相手が誰か特定出来ないってトコがマズイんだ。



 「コッペリア! ガネーシャの家族救出は後回し! 急いでペンタゴン周辺の交通情報と映像記録を漁って、不審車両を徹底的に洗い出して!」


 『む、無茶でやがりますわっ!?』


 「無茶でも何でもやるの! 持ち出されたデータが悪用されたら、不味いなんてもんじゃない……。取り返しが付かなくなる!」


 『―――っ』



 頷き、直ぐに作業に入るコッペリア。


 だけど……多分、無理だ。

 きっと、犯人は見付からない。



 「イライザ、手伝って! コッチでも可能な限り情報を集めるわよ」


 「ハッ」



 私自身も車内の端末を利用し、ペンタゴン内部の監視カメラ映像を漁り出す。


 勿論、コッペリアに無線でクラックを手伝って貰ってだけど。


 でも、結局―――。



 「……駄目だ、見付からない……」



 適当な場所に車を止め、カガラやロディーも総動員で犯人を追ったけど、その足跡を捉える事さえ出来なかった。



 「―――クソッ!!」



 自棄になり、端末を殴り壊してしまった。


 そんな事をしても、犯人が見付かるワケもないのに。



 『マズイ、よ、姫……。これ……じゃ、折角の作戦が……』


 「全部……水の泡、ね……」



 相手がハッキリしている間は、まだ良かった。


 ああやって対処のしようもあったんだから。


 でも、相手が誰かも判らないんじゃ、ホントにマズイ。


 説得も、奪取も、阻止する手段も見付からない。



 「苦労して手に入れたデータだってのに……ッ」



 これでは、片手落ちもいい所だ。


 そもそも、ウィルスの悪用を阻止する事が目的だったというのに、第三者に奪われてしまったのでは何の意味も無い。



 「どうすんのよ、コレ……」



 どれだけ頭を捻っても、有用な手段は思い付かず。


 結局、今の私には最悪の状況を見越した対応法を取る以外に道は残されていなかった。



 「―――リヴァルト、本国に繋いで」


 『判りました、少々お待ちを』



 今は別行動で飛行揚陸亭を任せているリヴァルト達にチャットメッセージを飛ばし、そこから本国へと急遽通信を飛ばして貰う事にした。―――の、だが。



 『で、殿下、緊急事態ですっ』


 「え―――」



 想定外の事態が、立て続けに起こってしまった。



 『本国との連絡が取れません……。幾つか予備の回線も試してみたのですが……』


 「連絡取れないって、なによ、それ……」


 『それが……、原因が、まるで判らず……』


 「嘘でしょ……。冗談じゃないって、マジで……っ」



 もうワケが判らなかった。


 ウィルスのサンプルデータを何処の誰かも判んないヤツに奪われた挙句、今度は通信障害?


 ―――いや、UEPネットワークを使った通信手段に、障害なんて起こる筈がない。


 だと、したら……?



 “北に逃げ込んだ亜人族の件、覚えてる〜?”


 “最近、妙なのよ。各地の亜人族が次々と奥地に集結してるみたいでね”



 その瞬間、私の脳裏を過ったのは、数日前にあった涼子さんとの会話の内容だった。


 確証なんて何処にも無いっていうのに、嫌な予感がして。



 「カズ、悪いんだけど、しばらくコッチの指揮をお願い」


 『ど、どうしたんでござるか?』



 私は直ぐに決断した。



 「本国との通信が途絶えた。原因は不明。だから、今直ぐ状況を確認したいの。でも、かといって、直ぐに全員で戻るって訳にもいかないでしょ? だから、私が一人で先に国に戻って、状況を確認してくる。皆はガネーシャの家族を救出した後、自衛隊の連中と他のの賛同者を集めて、“ゲート”まで運んでおいて」


 『な、なんと!? 了解したでござる。……しかし、“足”はどうするんでござるか?』


 「んなもん、空飛んでくだけよ」


 『大丈夫なんでござるか? 日本のゲートまでは、かなり距離があるでござるよ……?』


 「墜落したら、そん時はそん時! もう四の五の言ってる暇ないの!」


 『む、無茶苦茶でござるな……』



 でも、それしか方法が無いのも事実。


 米軍基地からヘリや戦闘機を奪うにしたって、操縦法も判らないし、そもそも日本まで燃料が保たない。


 とにかく、今は……。



 「時間がない。私のイヤな予感って……結構当たるのよ」



 私はサッサとスーツから何時もの鎧に着替え、装甲車にイライザ達を残し。



 「姫様、どうか……お気をつけて!」


 「オレらが行くまで、無茶するんじゃねぇぞ!」


 「コッチは任しとき!」



 三人に見送られながら、私は強くアスファルトを蹴り出した。



 「―――クッ、もどかしい……ッ」



 僅か数秒で、高度は3000フィートにまで達し、そこから遮る物の無い大空を時速2000キロ以上の速度で飛翔する。


 これは戦闘機並の飛行速度なんだけど、問題はこの出力を維持したまま日本の“ゲート”まで辿り着けるかどうかだ。


 此処から日本まで凡そ1万キロの距離がある。

 この時速で飛び続ければ、5時間程で到着出来る計算だ。


 けど、それほどの長時間をこの速度で飛び続けるのは、正直かなり厳しい。


 休憩を挟まないと、身体がもたない。



 (でも、今は一分一秒が惜しい……ッ)



 可能な限り、限界までこの速度を維持して少しでも早く“ゲート”に辿り着かなければならない。


 私は私自身にそう誓い、一面が海しか見えない空を地平線に向かって飛び続けた。


 そうして、ようやく日本の土を踏む事が出来たのは、バージニア州を発ってから7時間余りが過ぎた頃だった……。



 「―――ハァ……ッ、ハァ……ッ、くっそ……、きっつぅ……っ」



 脳疲労が限界寸前。


 頭痛も酷く、身体も重い。


 それ程飛ばして来たっていうのに、空は陽も落ちてしまっていて。



 「あぁ〜も、真っ暗じゃん……っ」



 私が立っているのは、山深い森の中。


 背の高い樹木に遮られ、月明かりさえ届かない場所だった。


 此処は、群馬県にある破風山。


 日本国土のほぼ中心に位置するこの山に、私が目指す“ゲート”がある。


 “ゲート”ってのは、その名の通り、ワープゲートの事。


 “枝”とはまた異なる物で、これは一方通行の転送装置だ。


 アバターラが開発した装置だから、設置に関してはこれといった制約は無いんだけど、コイツは装置に名前が登録されている者にしか扱えない。


 しかも、“枝”を解析して得られた転送位置情報を書き込まないと機能しない。


 その分、“枝”に比べて不便な点も多いんだけど、当然メリットもある。


 他人に無断で使用される危険性が無いって事と、一度設置すると“非破壊オブジェクト”に性質が変化するって事。


 だから、私たちアールヴヘイムのアバターラは、“枝”から転送位置情報を取得した後、その場から“枝”は回収してしまい、その後にコレを設置する。


 こうすると、外からアールヴヘイムへと入り込む人間をコチラの意思で自由に制御出来るって寸法だ。


 だから、私達は設置した場所を自分のUI上にあるMAP情報に記録してるんだけど……。



 「暗過ぎて、何処かわかんねぇ〜……」



 私は、完全に道に迷ってしまっていた。


 MAP上では、当該座標はこの辺りで間違いない。


 が、行けども行けども同じ景色ばかり続く深い山林の中では、木々の多さで視界が上手く確保出来ず。



 「どーしてこう時間の無い時に限って……っ」



 過度の疲労と夜の闇。加えて障害の多さと足場の悪さにイライラが募る。


 結果、直ぐ傍まで来ているというのに、私は目的の物を見付け出すまでに1時間以上も時を要してしまった。



 「あぁ〜……くそっ、やっと見付けたぁ〜……」



 木々の狭間から除く僅かな光。


 UEP結晶が放つ淡い緑色の光だ。


 一本の太い切り株の上に乗せられた小さな金属製の箱に灯るそれは、アバターラが触れればホログラフのように半透明の操作盤を宙に浮かべる。


 周囲には120ミリ滑腔砲の砲弾程もある五つのUEP結晶が埋め込まれた楔。


 この五つのUEP構造体が該当座標内にあるアバターラ、及び所有権を有する物質、そして、登録された個体情報を有する者を識別し、特定の空間座標へ情報転送を行う。


 そのメカニズムは……ホント言うと、あまり考えたくはない。


 というのも、哲学的な話しで。



 「UEP情報伝達による物質の分解再構築……か」



 要は、個体情報を複製し、肉体をUEPに分解、該当座標でUEPから再構築するという事。


 哲学的ってのは、その結果なワケで。



 「コレって結局、自分は本当に自分なのか、って話しになるんだよね……」



 一度分解されるって事は、それを“死”と捉える事も出来るって事で。


 つまりは、リスポーンするのと変わらないって事。


 だから、私はこのワープって奴が、ハッキリ言って好きにはなれずにいる。


 でも、そんな事言ってる場合でもない。



 「時間、無いしね……」



 どっちにしたって何度も行き来してるから経験済みだし。


 今更って感もあるのだから。



 「―――よし、行くか!」



 私は切り株の上に置かれた装置から操作盤を出力し、転送を開始する。


 UI上にシステムメッセージが表示され、最終確認に“YES”をタップ。

 直後、私の身体がUEP結晶と同様の淡い光を発し始めると、一瞬で意識が真っ白に塗り潰され―――。


 次に目を開けた時、そこには別の世界の薄闇が広がっていた。



 「―――やれやれ、ね」



 アールヴヘイム側にある、トランスポーター。


 と言っても、此処は地下に作られた施設の中で、それ以外の機能は存在しない場所なんだけれど……。



 「……あれ、誰もいない……?」



 小さな施設とはいえ、一応この場所にだって警備のエルフやアバターラ達が詰めている。


 なのに、私が転送されて来たにも関わらず、誰も迎えに出て来ないのだ。


 コンクリートと特殊鋼で作られた簡素な祭壇とも思えるような場所だけど、部屋その物は近代的で此処の外には宿舎や屯所だってあるっていうのに。


 幾ら夜遅くだって言っても、24時間警備のシフトは機能してる。


 装置が起動すれば、管制官が確認している筈なのに……。



 (―――おかしい)



 薄っすらと壁に灯る魔鉱灯の光だけを頼りに、私は部屋を飛び出す。


 静か過ぎて、胸騒ぎが止まらない。


 どころか、それは直ぐに確信に変わってしまった。



 「ちょ……っ、なに、この臭い……ッ」



 廊下に飛び出すと、コンクリートと鋼板の壁や床には黒い焦げの後。


 所々高熱で溶けたような跡も残っていて、何より酷いのが、焦げ臭さと共に流れ込んで来る“腐臭”だった。


 もう、とっくにイヤな予感なんて言ってられる余裕は無くなっていた。



 「こういう……事、か……ッ」



 直ぐ傍で開け放たれたままのドアを押し開き、中の様子に目を向け、私は眉間に皺を寄せた。


 そこには、遺体が5つ。


 ……警備のエルフ達だった。


 考えるまでもない。

 焦げ臭さと腐臭の原因は、“コレ”だ。


 遺体の状態から見て、死後数日って所。

 その身体には、まるで焼けた鉄棒でも突き立てられたかのような小さな穴が幾つも空けられていて、傷の周囲は完全に炭化していた。


 考えたくはないけど……こんな傷を残す武器を、私は一つしか知らない。



 「レーザー兵器……」



 軍用兵器として此処まで威力を持つレーザーが開発されたなんて話し、聞いた事もないけど。


 でも、アバターラの技術力なら、何が作れたっておかしくはない。


 そして、これは同時にある事を示唆している。



 「―――何処の……どいつだ……ッ」



 奥歯が砕けそうな程、怒りで顎に力が篭った。


 握り込んだ拳で爪が肌に食い込み、血が滲む。


 これは、私と私の国……アールヴヘイムに対する挑戦だ。


 私は、如何なる理由があろうとも、私の国とその民を傷付ける敵を絶対に許しはしない。


 必ず犯人を見付け出し、八つ裂きにしてやる。―――だけど、今は。



 (ゴメン……。今はまだ、時間がないの……ッ)



 冷たいコンクリートの床の上に彼らを残して行くのは心が痛む。


 手厚く葬ってあげたい所だけど、死んでしまった仲間たちより、生きている仲間たちの方が大事だ。


 私は直ぐ様踵を返し、トランスポーターのあるその施設を出た。


 そして、再び夜闇に染まる大空へと跳躍し、城を目指そうと方角を確認し。



 「―――ッ!?」



 唖然とした。


 夜でも明かりが消える事の無いアールヴヘイムの都。


 それは魔術の光に彩られた、地上の楽園を思わせるような美しい姿……だった筈なのに。



 「燃えて……、なんでっ!!」



 一も二も無く、私は身体の疲労さえ忘れて飛行速度を上げた。


 北の空を焼く紅蓮の炎。


 そこにあるのは、エルフと人間、そしてアバターラの仲間たちが住む街。


 だというのに、その大切な場所が燃えている。


 原因など判らないし、今はもうそんな事さえどうだっていい。



 「みんなは……、涼子さんやミミ達は、無事なのっ!?」



 空を飛びながら、チャットを開いて呼び掛けるけど、返事はない。


 タブレットを使っても結果は同じ。


 どういう訳か、通信が一切遮断されているようで、UIにはエラーの文字が浮かんで点滅を繰り返すだけだった。


 こうなると、もう私にできる事はただ一つ。



 (兎に角、早く帰らないと……ッ!)



 そう、帰るんだ。


 あの場所は、もう私の家なんだ。


 あそこには、沢山の家族が住んでいるんだ。


 涼子さんも、松岡さんも、ミミも長老も、ダイキやカナ、ツバサにガンツの爺さんも、チヒロもヒデアキもシバタも、みんな……みんな、大切な家族なんだ。


 それが……燃えている。



 「ッざけんじゃないわよ……ッ!!」



 誰にともなく毒を吐き、空を一心不乱に駆け続ける。


 でも、そうやって必死に空を飛んで、近付く程に見えて来るのは耐え難い絶望感だった。



 「嘘だ……、こんな、の……ッ」



 眼下に広がるのは、炎の海に沈む王都。


 何時もは昼夜問わず人で溢れ返っていた広場の市も、笑い声の絶えなかった住宅街も、旅人たちで賑わう歓楽街や宿場、商人達の倉庫街に、職人達の工房も、何もかもが……燃えて、焼けて、焦げて。


 信じられなかった。


 信じたくなかった。


 だから私は、考える事も止めて、何よりも先ず優先すべき行動に一切を傾け、そして……その場所へと飛び込んだ。



 「ハァ…ッ、ハァ……ッ」



 地上1000メートル。


 私にとって、一番大切な場所。


 アールヴヘイムのシンボルであり、私の家であり、そして、仲間たちの帰るべき場所……。


 そこは、王城。


 私の部屋―――だった筈の、場所。



 「なんで……、どうして、こんな事に……」



 城を支える世界樹の枝葉は焼け焦げ、尚も燃え続け、ミスリルを含む頑強な筈の壁や床は崩れて罅割れ、天井にも大きな穴が開いた。


 そして、その崩れた瓦礫の中に、“彼女”は横たわっていた。



 「―――ミミッ!!」



 慌てて駆け寄り、抱き起そうとして、掌に滲む感触にゾッとする。


 体温が酷く低い。

 額からは多量の出血。


 下手に動かせない状態だ。


 見るからに変形してしまっている右肩と右足は、瓦礫にでも潰されたのか、複雑骨折。


 そして何より。



 「呼吸が……っ、クソッ!!」



 余りにも弱々しい呼吸。


 このままでは、数分ともたない。

 それが、体感で理解出来てしまう。



 (クッ……、私にも治癒魔術が使えれば……っ)



 が、それは無い物強請りという奴で。


 だから、彼女を救うにはこれしかなかった。



 (この状態じゃ、サクリファイスアミュレットも使えない。だったら!)



 私がインベントリから取り出したのは、小さなアンプル。


 薄いガラス製のその容器の中は無菌状態で薬液が満たされている。


 先端部が括れ、そこより上部に指を当てて力を込めれば、頭の部分がポッキリと折れて口が開く仕組みだ。


 私はそのアンプルの口を直接ミミの唇に当て、薬液を口内へと流し込んだ。



 (―――お願い、これで……っ)



 辛うじて飲み込んでくれたのは幸いだった。


 薬の効果は直ぐに彼女の傷付いた肉体に変化を齎した。



 「……ぅ、くっ」



 砕けた肩や折れた足、額の傷も情報が上書きされ、正常な肉体に変換されて行く。


 まるで、ドット絵でイラストが描き直されて行くみたいだった。


 弱々しかった呼吸も徐々に落ち着き、ボンヤリとした目を開ける彼女を見下ろして、私は静かに声をかけた。



 「ミミ……、大丈夫?」


 「―――姫、さま……?」



 少しずつ意識がしっかりとして来たようで、私を見上げるその愛らしい瞳の焦点も定まり。


 しかし、混濁した記憶が正常に機能し始めた所為で、彼女は一気に恐慌状態に陥ってしまった。



 「姫様……っ、いったい……いったい何がっ」



 上体を上げ、私の腕に縋り付くミミの姿は余りにも痛々しく。


 落ち着かせてあげたいのは山々だが、それ以上に今は。



 「落ち着きなさい、私も今戻ってきたばかりで、状況が呑み込めていないの」


 「そ、そう……なの、です……?」



 強張った表情で周囲を見渡し、自分の様子も確認し。


 そして、床に着いた手の指先に触れた物を見た彼女は、その“残骸”に気付き、驚いた。



 「こっ、コレ……“生命の霊薬”!? こんな貴重な物を……っ!」



 ミミが言う通り、“生命の霊薬”は私もたった二つしか所持していない凄く貴重なアイテムだ。


 エルダードラゴンやダイダラボッチのような超が付く大型の前史外生物が極稀にドロップする回復アイテムの一種で、アバターラであれば死亡以外のあらゆる状態異常と病、肉体の欠損すら復元し、体力を全快させる程の効力を持つ。


 ただし、人間や亜人種、エルフ達の肉体の欠損や体力を全快させる事は出来ないようだけれど。


 それを自分に使ったという事が信じられないらしく、ミミは驚いて何度も頭を下げるが。



 「この程度のアイテム一つでミミの命が助かったなら、安いもんよ」


 「で、でも、こんな貴重な物……っ、ミミが一生かかってもお返しできるかどうか……っ」


 「バカね……。アンタの命はお金じゃ買えないんだから、返す事なんて考えなくていい。―――ミミが生きててくれるだけで、私には十分よ」


 「姫、様……っ」



 そんな事より、と付け足し。



 「今は少しでも情報が欲しい。ミミ、気を失う前、何があったのか……思い出せる?」



 最初こそ首を横に振って頭を抱えたミミだったけど、私が傍にいる事で多少安心出来たのか、彼女は自分の身に起こった事を訥々と語りだした。



 「ミミは……何時も通り、姫様のお部屋のお掃除を……してた、です。でも、そうしたら―――」



 ―――遠くから響く、地鳴りのような音を聞いたらしい。


 そして、その直後だったそうだ。



 「多分……何かが、爆発したんだと、思います……。それも、一回や二回じゃなくて……」



 立て続けに、何度も。


 ただ、それは1000メートルも下に離れた城下での出来事。

 慌てる程ではなかったのだろう。


 しかし、それでも、だ。


 そう何度も大きな爆発が続けば、おっとりした彼女でも流石に奇妙だと感じたらしく。



 「気になって、窓の外を覗き込もうとしたんです……。でも、その瞬間、急に凄い音がして、天井と壁が崩れて……」



 そこで意識を失ってしまったらしい。



 (これだけの惨状……。それに、立て続けに聞こえたっていう激しい爆発音……。やっぱり、亜人族の急襲? でも、そのワリに……)



 上空から街を見下ろした時、エルフ達の亡骸を幾つも目にしたけれど。



 (亜人族の死体は……、一つも見なかった)



 エルフ達やウチの騎士団が亜人族相手に無抵抗である筈がない。


 急襲を受けたのだとしても、亜人達が攻め込んで来たのであれば、そいつらの死体が転がっていないのはおかしいんだ。



 (だとしたら、なに……?)



 今もまだ燃え続けている街の様子や、ミミが命を取り留めている事から考えても、恐らく何かが襲って来たと仮定してそれ程時間は経っていない筈。


 それに、他にも気になる事はあって。



 (仲間のアバターラ達は、何処へ……?)



 騎士団に所属するアバターラの人数は、1万近くにまで増員されていた筈。


 それだけのアバターラが居て、彼らはいったい何をやっていたのか。

 そして、今は何処に居るのか……。



 (判らない事が……多過ぎるっ)



 しがみ付いて離れないままのミミを抱き、状況整理に努めるもまるで情報が足りず。


 どうした物かと頭を悩ませていたのだが。―――その、直後だった。



 「……ッ!」



 ズンッ! と、重く響いたその音は、明らかに自然発生する類の物ではなかった。


 ―――爆発音。それも、かなり遠い場所で起こった、大規模な物。


 音を聞いたミミが一層その表情に恐怖を上書きし、肩をビクリと震わせた。


 つまりは。



 「まさか、まだ戦闘が―――!?」



 音が聞こえて来たのは、遥か遠く。


 場所までは特定出来なかったけれど、それなら騎士団やアバターラ達が不在な理由にも納得がいった。



 (たぶん、ダイキ達が戦ってるんだ……!)



 敵が何者かは判らない。

 でも、だとするなら尚更だ。


 直ぐにでも合流し、“借り”を返してやらないと気が済まない。


 私は怯えるミミを抱え上げ、直ぐに壁に出来た大穴から外へと飛び出した。



 「ミミ、少し怖いかもだけど、目を瞑ってて!」


 「は、はひっ」

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