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Master Code  作者: 覇牙 暁
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第六十一話

第六十一話「LOVE LETTER」




 アメリカ合衆国バージニア州アーリントン郡。


 そこに、高さ24メートル、敷地面積236万m2にも及ぶ、世界最大のオフィスビルが有る。


 ―――通称、“ペンタゴン”。


 アメリカ国防総省の本庁舎。


 建物の形状が五角形である事から、古代ギリシャ語の“ペンタゴン(五角形の意)”にちなんでそう呼ばれるようになった。


 役3万人の軍人、及び軍関係者が勤め、更に4千人の支援要員を収容している。


 建築面積約62万m2のこの建物の最上階。


 その部屋の一つに、私は今、招待を受けて訪れていた。



 「流石は世界最高の技術先進国、といった所ですね……。どれも世界的にご活躍なされている高名な芸術家の方々による作品ばかりではありませんか」



 恐らくは各国の要人と面談する為の特別な応接室。


 そこまで広い部屋ではないけど、作りはしっかりとしていて壁や天井、床に至るまで高級感のあるデザインだ。


 壁に掛けられた絵画や、飾り台の上に置かれた調度品は、私でも知っている程の芸術家による“超”高級品ばかり。



 「ほぉ、殿下は芸術にもご関心をお持ちで?」



 この場所へ私を案内したのが、この男。


 白髪の混じる初老の紳士で、落ち着いた雰囲気があり、一見優しそうにも見えるけど……。



 (―――腹の底が読めない。イヤなタイプだわ……)



 此処に来て、涼子さんの言葉の意味が少し理解出来た。


 ……そう。この男が、レナルド・ヒースコート。


 国防長官を務める人物で、つまりはこの国の国防・軍事に於ける最高権力者。



 「いえ、それほどの物では。少々嗜む程度です」


 「なるほど、そうでしたか」



 浮かべるその笑顔は、余りにも自然過ぎて……不自然だ。


 やはり、あまり長話をしたい相手ではない。



 「どうぞ、お掛けになって下さい」


 「―――では、お言葉に甘えさせて戴きます」



 言われるまま高級そうな革張りの椅子に私が腰を下ろすと、その後ろに揃って立つ二つの大きな影。


 カガラとロディーの二人だ。



 「…………」



 無言で仁王立ちする二人は、事前に用意していた特注の背広姿。


 私自身も久々にスーツなんて物を着込んでいて、正直ちょっと窮屈な思いをしているんだけど……文句は言えない。



 「そちらのお二方が……例の“亜人”の方々ですか?」


 「ええ、我が国ではエルフやダークエルフの皆さんと同様、彼らも市民権を持っています。外見的には我々人間と大きく異なる物を持っていますが、とても文明的で知性に溢れ、また身体能力にも優れる良き隣人として、国の為に尽くして下さっています」


 「ほぉ、それは……素晴らしい事ですな」



 私は適当に返事を返し、彼に負けじと仮初の笑みを浮かべる。


 もうとっくに腹の探り合いは始まっているのだ。



 「しかし、驚きましたよ。まさか貴女方の方から接触を持ち掛けられるとは、思ってもみなかったもので」


 「私たちはもっと野蛮で、暴力的な種族だと、そうお思いでしたか?」



 ニッコリと笑みを浮かべながら、一歩を踏み込む。


 と、レナルドは苦笑を浮かべ、しかし。



 「失礼ながら……。ただ、政治的な意味合いの強い行いだったという事は、私も理解はしているつもりです」


 「ええ、他国との外交を行う上で、示威行為という物は一種の手段であると、私は考えます。それは、貴国も過去の歴史の中で事実として証明しておられますし」


 「確かに、私もそれを否定するつもりはありませんよ、殿下」



 否定はせず。

 敢えて肯定し、話しを合わせて来た。


 これはつまり、“お互い、腹を割って話そうじゃない?”っていう言外の意思の表れだと、私は判断する。


 だから、此処で切り出す事にした。



 「―――ヒースコート長官、私は、アナタを無能な人間とは思っていません。故に、今回は私なりに考え、コチラから連絡を取らせて頂いたのです」


 「…………」



 無言で私の言葉を受け止め、そしてようやく、彼の顔から笑顔が消えた。



 「アナタがどういった人物か……それは大凡調べさせて頂きました。ですから、アナタが見た目通りの博愛主義者ではない事も、白人原理主義者であるという事も存じております」


 「ふむ……、その上で、重要なお話がある、と?」


 「はい。それと、もう一つ」


 「なにかね?」



 顔色一つ変えないヒースコートに、私は一拍置き、静かに呼気を吐いて。



 「正直に言って、私は“腹芸”ってヤツが余り得意じゃないのよ。だから、お互い少し踏み込んだ話しってのをしてみない? 長官さん」



 言葉遣いや態度、目付きの変化に、ヒースコートは一瞬眉を震わせる。


 が、それを不自然と思わせない程度に彼は取り繕い、そして。



 「なるほど……。どうやら、エルフのお姫様は、見た目通りの小娘という訳ではないようだね」


 「理解が早くて助かるわ。礼儀だなんだってのは確かに重要かも知れないけど、こういう場ではむしろ話しをややこしくし兼ねない。だから、単刀直入にいきましょ」



 ニヤリと笑って見せると、彼もまた尊大な笑みを浮かべ。


 小さく一つ、頷いた。



 「―――こんな椅子に座っていると、君の言い分にも同意したくなる事は多い。今日は有意義な会談になりそうで、嬉しい限りだ」



 対面する椅子の上で、ヒースコートは態度を改め、足を組み、背凭れに深く体重をかけた。


 どうやら、初手は上手く行ったらしい。


 だけど、本番はここからだ。


 私が正面突破ではなく、敢えて搦め手を選んだ理由が此処に繋がる。



 「じゃ、早速だけど一つ。最近巷で噂になってる対アバターラ用ウィルスって奴の件なんだけど」


 「ほぅ? そんな噂があるのかね」



 と、如何にもな感じでシラを切る。


 まぁ、当然の反応だ。予想の範疇に収まってる。



 「あぁ〜シラ切る必要はないわよ? それが実在するってのは、とっくにコッチでも確認してる情報だし、主導してるのがアンタだってのも調べはついてる。だから、返答の如何に関わらず話しを進めさせて貰うわね」


 「…………」



 カマかけってヤツだ。


 実際には、確認なんて取れていない。

 けど、確認が出来ていてシラを切るのは無意味だという流れを作ると、相手に話しの主導権を握らせずに済む。


 だから、私は存在する事を前提として、話しを進め始めた。



 「で、そのウィルスについてなんだけど、ちょっと忠告しときたい事があってね。これ、ワリとマジな話しっていうか、アンタらにとってもマズイ話しなのよ」


 「―――困ったな。申し訳ないが、私には本当にそれが何なのか、解らないのだが……?」


 「だぁーから、シラ切るだけ無駄だって。話し先に進まないっしょ? もう否定も肯定もしなくていいから、とりあえず聞きなさいって」



 此処で無駄に相手の話しに乗ってやる理由はない。


 そんな事をすればなし崩し的に知らぬ存ぜぬを突き通されるだけなんだから。


 だから、私はヒースコートの言い分など聞かず、サクサクと話しを進めて行く。



 「そのウィルス……まぁ上手い事小出しにしてるみたいで、結局名前までは特定出来なかったんだけどさ。それ、シミュレーションとかはしたの?」


 「……君は、私の話しを聞いていなかったのかね? そんな噂があるという事すら、私は今知ったのだが?」


 「おkおk、答える気はなし。って事ね。んじゃ次」



 一方的に話しを打ち切り、次へ。



 「ウィルスその物のサンプルは入手出来なかったから正確な事は言えないんだけどさ、アンタのトコの研究グループより、ウチの研究機関の方がアバターラの肉体研究に関しては一歩先行ってるのよ。で、その研究グループの言い分によるとね、もしそのウィルスって奴をUEPネットワーク上に散布されると、世界が滅亡し兼ねないっていうのよね」


 「……なに?」



 ―――食い付いた。


 そのチャンスを逃すまいと、私は畳みかける。



 「そっちで何処まで研究が進んでるかは判んないんだけど、アバターラの遺伝子情報にUEP構造体が一役買ってるってのは知ってるわよね? で、そのウィルスは、この拡張遺伝子情報に入り込んで、データの一部を破壊する。これで、アバターラは不死性を失うって事みたいなんだけどさぁ……」



 私は椅子に座ったまま、少し前のめりになり、敢えて小声で話す。



 「此処だけの話し。アバターラの拡張遺伝子情報って、“世界樹ユグドラシル”の中枢システムともリンクしてんのね」



 これに、ヒースコートは興味を示した。



 「……それは、興味深い話しだ。続けてくれたまえ」



 私は内心で握り拳を固め、しかし表情には出さず。



 「アバターラの拡張遺伝子情報とユグドラシルの中枢システムってのは、良く似た構造になっててね、アバターラに悪影響を及ぼすウィルスがもし仮にそこへ侵入した場合、ユグドラシルが機能の一部に不具合を起こす危険性が高いのよ」


 「だが、そのユグドラシルというのは、君たちが住むアールヴヘイムにあるのだろう? それが感染する可能性は低いのではないかね?」


 「残念。もしUEPネットワークにウィルスがばら撒かれたら、大気中のUEPが情報交換を繰り返してコピー情報を次元境界線を越えた異世界まで100%伝播する。それはコッチで実験済みだから、確実な話しよ。信じられないってんなら、実験データの写しも此処にある。そっちで精査してくれていいわ」



 私は事前に用意してあったハガキサイズの茶封筒をインベントリから取り出し、それをテーブルの上に滑らせた。


 受け取ったヒースコートは中身を検め。



 「フラッシュか……。お預かりしても?」


 「えぇ、他にも有益な研究データがワンサと入ってるから、自由に使って頂戴」


 「……随分と太っ腹だな。良いのかね?」


 「これくらいの情報提供をしないと、交渉材料にならんでしょ? そんだけマジってこと」


 「ふむ……」



 考えてる考えてる。


 コッチの話しに真実味を感じてる証拠だ。


 だから、此処から追い打ちをかける。



 「でね、それ見て貰えれば判る事なんだけど、ユグドラシルってさ、実は崩壊寸前だっての、知ってた?」


 「崩壊……だと?」



 その瞬間、初めてヒースコートの表情に激しい変化が見られた。


 たったこれだけの話しでも、どうやらコイツは気付き始めたらしい。



 「ウチのオンラインゲーム、PYOってのは……知ってる?」


 「あぁ、今の世界の原型になったと言われているゲームだな。だが、それが何か?」


 「まさにその通りでさ、ゲーム内ではこの世界、一度“ラグナロク”で滅んでるの。その時の影響は、当然今の世界にも引き継がれててね。半崩壊した状態が、今のこの世界なワケ。で、分裂した個々の世界は別次元の宇宙に漂ってて、これを辛うじて結び付けているのがユグドラシルの中枢システムであり、“ユグドラシルの枝”なのよ」


 「随分と壮大な話しだが……それを信じろ、と?」


 「アンタが信じるか信じないかは問題じゃないんだって。重要なのは、さっきの“ウィルス”。それがUEPネットワークに流し込まれると、その崩壊寸前のユグドラシルが機能不全を起こして、完全に崩壊してしまい兼ねないって事なの」



 可能性の示唆。


 ヒースコートが何を思ってどう情報を出し渋ろうとしても、そのすべての内約は彼自身の中にある。


 故に、“そうなるかも知れない”という可能性が生じた時、彼はそれを自分自身で精査しなければならない。


 私が敢えて搦め手を選んだ理由が、これだ。


 無理矢理力で捻じ伏せれば、追い詰められたコイツらが何をするか予想も出来ない。


 もし罷り間違ってウィルスを散布などされてしまっては、それこそ最悪の結果を招く事にも繋がる。


 だから、その危険性を限りなく低くする為に、準備の為の時間を作る必要があるのだ。


 コイツらからサンプルを入手し、アンチウィルスツールを作り出す為の時間が。



 「それと、アンタらにとってはこっからが重要な話しになるんだけどね」


 「……何かね?」



 既にヒースコートは私との会話に呑まれている。


 それを証明するように、彼はもうウィルスの存在を否定する事さえ忘れてしまっていた。



 「このウィルスが散布された場合、一番甚大な被害を被るのは、私たちアバターラでも、エルフや亜人族たちでもない。他ならないアンタらなのよ」


 「―――どういう、事かね」


 「ユグドラシルの機能不全が引き起こす問題の結果、この世界は別次元の可能性に呑み込まれる事になる。私たちアバターラが住むアールヴヘイムやその他の世界は、それぞれが行き来出来なくなるだけでね。異相世界に取り残されるだけなの」


 「っ!?」


 「この辺りの詳しい話しは、アンタの手元にあるそのフラッシュの中を確認して。そこに証明されてる事だから」



 その瞬間、明らかにヒースコートの顔が青ざめたのが判った。


 後はこのまま押し切るのみ。



 「そうなれば、特異点であるこの世界は失われ、アンタ達は世界と共に塵も残らず可能性ごと消滅する。仮に、そうなる前に別の宇宙へ逃げ延びたとしても、アバターラの助けを借りられないアンタ達は、その逃げ延びた先の世界で前史外生物の猛威に晒されながら生きる事を余儀なくされるし、当然本来なら手に出来たかも知れない莫大な利益も失う事になる。アンタの大好きなアメリカ様の白人種にもとんでもない被害が出る事になるでしょうね」


 「ぬ、むぅ……」


 「それにね、そのウィルス、確かに私たちアバターラにとっては脅威かも知れないけど、コイツらみたいな亜人種や、魔法を使うエルフたち、それに前史外生物には一切意味が無いと思うのよ。人間なんて、ゴブリンの群れにさえ苦戦を強いられる種族が、彼らを明確に敵に回してタダで済むと思う?」


 「だが、我々にはそれに対抗し得る技術が―――」


 「そうね。でも、自然を相手にする時はどうするつもりなの?」


 「自然……だと?」



 彼らが気付いていない、もう一つの誤算。


 私はそれを明確に示してやろうと思っていた。



 「例えば、鉱物資源の豊富なムスペルヘイムって世界がある。もしコレをアンタ達が手に入れられれば、今の世界が存続した場合莫大な利益を生む筈よ。でも、そのムスペルヘイムは、大気の気温が一番低い場所でも摂氏200度を超える。資源が採掘可能な坑道内部の温度ともなれば、数千度にも達するし、腐食性の猛毒ガスも充満してる。生身の人間じゃ、入り込む事も容易じゃないし、当然普通の機材や重機は持ち込む事も出来ないわ」


 「…………」


 「私たちが住むアールヴヘイムにしてもそう。有害なガスは至る所から噴出してるし、猛毒を持つ毒草や固有の毒虫、害獣が多く生息してる。アバターラでもなければ、ハッキリ言って生きていけるような環境じゃなかったわ」



 これは、事実だ。


 アールヴヘイムに移住したノーマル達は、エルフやアバターラ達の助けがあるからこそ生きて行けているが、もしノーマルだけで移住などしよう物なら、物の数年で滅亡する事になる筈だ。


 それくらい、コッチの世界とは環境が違い過ぎる。



 「だからさ……、取り引きしない?」


 「取り引き、だと……?」



 ニヤリと嫌らしぃ〜く笑みを浮かべ、私は背凭れへと体重をかけ、足を大きく振り上げて組み替える。


 丁度、さっきヒースコートがやっていたみたいに、だ。


 そして、上から見下ろすように告げる。



 「ウィルスのサンプル、渡してくれない?」


 「……ッ」


 「私らとしても、そのサンプルって結構貴重なのよ。今後の私たちアバターラの為にね。それに、今までの話しで判って貰えたと思うんだけど、アンタ達がそれ持ってても使い道殆ど無いのよ。それだったら、交渉材料として価値のある今の内にコッチへ渡しておいて、アンタたちだけでも甘い汁吸った方が賢明だって思わない?」



 高圧的な態度で揺さ振りをかけ、真贋を見極める。


 そのつもりで私はヒースコートを睨み付けていた。―――が、しかし。


 直後に想定外の反応が返ってきた。



 「―――道理で、余裕がある筈だ……。最初から、コレが目的だったという訳か」


 「…………」



 一瞬、私は悪寒を感じた。


 それほどに凶悪な本性を、コイツは隠し持っていたらしい。



 「確かに、君の言う通りだ。どうやら、コレの中身を確かめる必要もないと見える」


 「交渉に乗る、って判断して良いのかしら?」


 「あぁ、応じよう。無論、相応の見返りは求めさせて貰うがね」



 淀みなくそう答えたヒースコートの表情には、最早焦りなど微塵も感じられず。


 どころか、確実に立場では上に立っている筈の私を相手に、彼はまるで対等だと言わんばかりの横柄な態度を取る。



 「私も歳かな……。どうやら、君の“価値”を見誤っていたらしい」


 「……私も、アンタの“価値”を改めさせて貰うわ。見極めと決断の速さ、それと―――演技力もね」



 ニィ……っと吊り上げられたその口端。


 私は、今になってようやく、自分がどれ程の怪物と対峙していたのかを思い知らされる事になった。



 「……それが、“完成品”って事でいいのかしら?」



 ヒースコートが懐から取り出し、私に向けたのは、小型の拳銃にも見える装置。


 その中に装填されている物が何なのかは、言うまでもないだろう。



 「あぁ、お探しの“LOVE LETTER”だ。これを直接アバターラの肉体に打ち込めば、その瞬間にウィルスが感染し、拡張遺伝子の情報が上書きされる。そういう仕組みだよ」



 私の背後でようやく事態を悟ったカガラとロディーが慌てて前に出ようとするが、私はそれを手で制した。



 「大丈夫、コイツに撃つ気はないわ。最初から、こうして“交渉する事”自体が、コイツの目的だったんだからね」



 私のその言葉を肯定するようにヒースコートは笑みを深め、その拳銃のような装置をテーブルの上に滑らせる。


 受け取った私は、内心では腸が煮えくり返るような思いだった。



 「アンタ……ハナっから全部判ってて、情報をリークしたわね?」


 「当然だ。そのつもりがなければ、君のような危険な人物と交渉するメリットが私にはないからね」



 ムカつく野郎だ……。


 こう言っちゃなんだけど、人間としてなら、“槙島アイツ”を相手にしてる方がまだマシだと思えるくらいに。



 「目的は……技術提供、ってトコかしら」


 「他に、何があるのかね?」



 ニタニタと嗤うその顔を、今直ぐにでも殴り付けて粉々にしてやりたいトコだけど……できない。


 それでは、元の木阿弥って奴だ。


 コイツが死んだ事が判れば、組織の誰かがこのウィルスをUEPネットワークにブチ撒け兼ねない。


 つまり、コイツは最初からこの状況を想定して全て仕組んでいたって事。


 ウィルスは、私たちと交渉する為の“撒き餌”だったって事だろう。


 で、コイツはウィルスのサンプルをコッチに渡す代わりに、他国に先んじてウチの技術を公然と利用する権利を得る。


 その結果、莫大な利益がこの国を潤すワケだ。


 ―――全く、“腹案”を練っておいて良かった。



 「おk、解った。技術提供の件、手配しとくわ」


 「む……?」



 私の表情の変化に、ヒースコートも気付いたらしい。


 鏡を合わせたような笑みを浮かべ、私は切り札を引っ張り出す。



 「あー、そうそう。そういえば、忘れてたわー」



 白々しく天井を見上げ、ポンと手を打ち。



 「交渉が上手く行くか不安だったから、先に“工作員”を送り込んであったの忘れてたわー」


 「……なん、だと?」


 「すみませんねー、直ぐに撤収させますからー……。フフフッ」



 ひょっとすると、こうなるんじゃないかって可能性も、私は一応考慮してた。


 あの涼子さんが読み切れないとまで言った男だ。だから、油断は絶対に禁物だ、と。


 その腹案ってのが……。



 「あーあー、シノ〜? コッペリア〜? 聞こえる〜?」


 『感度……良好』


 『ご指示通り、手当たり次第に全部ブッこ抜いて差し上げましたでやがりますわぁ〜♪』


 「あららぁ〜、ぜぇんぶブッこ抜いちゃったのぉ〜? ダメじゃなぁ〜い」


 『申し訳ございませんでやがりますわぁ〜♪ 全て本国に転送してしまった後でやがりますのぉ〜♪』


 『一足……遅かった、ね』



 私はわざわざ聞こえるようチャットの音声をタブレットから出力し、ニヤついた顔で対面するヒースコートの顔をチラリと見た。


 すると?



 「何を……言っている? いったい、何の話しだ……!?」


 「申し訳ありません、ヒースコート長官。潜入させていた私の所の工作員が、施設内ネットワークを使ってこの国の機密情報を手当たり次第本国へ転送してしまったようで……」


 「な―――ッ!?」


 「重要な情報も多くあったようなのですが……。例えば、“枝”や、登録されている“アバターラの個人情報”などなど……」


 「ばっ、ふざけるなっ!! そんな事をして、タダで済むと……ッ!」



 激昂するヒースコート。だけど、思う壺って奴だ。


 私は笑みを深め、見下すように嘲り。



 「ですが……、これは交渉が成立する前の事ですし。それまではお互いに敵対していましたので……とやかく言われる筋合いはないわよねぇ〜?」


 「き、さま……っ、そっちが本命か……ッ!?」


 「いやいや、お互い様ってヤツでしょ〜よ? アンタは私から技術提供の約束を取り付ける為に、ウィルスのサンプルを交渉材料として用意した。目的は達成されてるわよね? で、私もウィルスのサンプルを入手できたし、必要な情報も全て回収出来た。ほら、みんなハッピー! なーんて優しい世界なのかしら〜?」



 私ウハウハ。長官ぐぬぬ。


 本当は、このクラッキングは黙ってやっちゃうつもりだったんだけど、ああいう態度取られたら、私も当然やり返したくなるってもの。


 どうやら、この勝負は私の勝利が確定したようだ。



 「それじゃ、悪いけど、私たちはコレで」



 ニッコリと笑みを浮かべ、椅子を立つ私に、しかしヒースコートは。



 「馬鹿が……! 黙って行かせると思っているのかッ!」



 ヒースコートが懐から私に渡したのと同じ拳銃型の装置を取り出し、その銃口を向けて来る、が。



 「馬鹿はアンタよ。さっきの話し……もう忘れたのかしら?」


 「な、に……?」



 振り返りもしない私の背を庇うように、二つの巨影が並び立つ。



 「おぅおぅ、平和的に解決しようっちゅーて丸腰で来たウチの姫さんを相手に、商談成立直後に背中から撃とうたぁ……オッサン、ちぃーっと了見が狭過ぎるんとちゃうかぁ?」


 「手前ェ、その引き金引きゃどうなるか……解ってんだろうなぁ、あ゛ぁんッ!」



 そのウィルスは、亜人には効果が無い。


 そう、私が言った事を思い出したのか、ヒースコートは悔し気に奥歯を噛み鳴らし。



 「この時の為に……、亜人の護衛を……ッ」


 「そゆこと。ちなみに、彼らも丸腰だけど……亜人は生身でも、アバターラより戦えるわよ」


 「ぐっ……クソッ!!!」



 悔しくて堪らず、例の拳銃を床に叩き付けたヒースコートだったが、この瞬間を私は見逃さなかった。



 「―――イライザ!」


 「ハッ!」



 瞬間、突如として歪んだ空間からイライザが飛び出し、ヒースコートが投げ捨てた拳銃型の装置を素早く回収した。



 「な……っ、他にも居たのかッ!?」


 「よーしよし、良くやったわー、イライザ」


 「ハッ、お褒めに預かり光栄です、姫様」



 回収した拳銃と共に恭しく一礼し、再び歪んだ空間の中へと姿を消すイライザ。


 仮に、ヒースコートが私に寄越したサンプルが偽物だったとしても、私を撃とうとしたもう一方のサンプルが偽物という事は先ず考えられない。


 これで、作戦は完璧に目的を遂げて成功だ。


 唖然とするヒースコートに手を振り、私はそのまま悠然と“三人”を伴って部屋を出るのだった。

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