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Master Code  作者: 覇牙 暁
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第六十話

第六十話「ペンタゴン」




 ―――米国防総省、通称ペンタゴン。


 私たちが乗る飛行揚陸艇シュヴェルト・フリューゲルが向かっている、次の目的地はそこだった。


 本当は、例の日本海上に停泊している国連軍の艦隊を襲撃し、それを盾にペンタゴンから“枝”の情報を引き出すつもりでいたんだけれど、そうも言っていられなくなった。


 ガネーシャから得られた情報が、思いの他無視出来ない物だったからなんだけれど。



 「アバターラを……殺す??」



 初めてそれ聞かされた時、私は頭が真っ白になった。


 ガネーシャが言うには、米軍がそういった科学兵器の開発を急ピッチで進めているという。


 生物として人間よりも遥かに強靭で危険な力を持つアバターラ。

 それを顎で扱き使う為のプロパガンダとも思える話ではあったのだけれど。



 「その噂、ワタクシも何度か目にした事がありやがりますわ」



 とは、コッペリアの言。


 ただの情報操作とは思えない程度に、その具体的な内容をコッペリアが知っていた事が判断の指標になった。


 彼女の力を以てしても詳細は解らなかったけれど、少なくともそうした研究が成されているという記述が各所で散見され、いよいよ存在が現実味を帯び。



 「何考えてんのよ……、あんのクソ野郎共が……ッ」



 私は、自室のテーブルを殴り付け、破壊してしまう程に腹を立てた。


 連中は、何も分かっちゃいない。

 その研究が、どれ程の危険性を孕んでいるのかという事を。


 断片的な情報ながら、それは一種のコンピューターウィルスのような物だという事が判明した。


 そのウィルスに感染すれば、アバターラは不死ではなくなる、という事も。


 そこから推測するに、大気中のUEPを使ってウィルスを伝播させ、アバターラに拡散させる事は明白だ。


 アバターラと人間との違いは、その大部分が遺伝子内情報にある。


 アバターラの遺伝子情報には、UEP構造体が組み込まれており、それは全てのアバターラが固有の形で保持している。


 云わば拡張された遺伝子情報のような物で、個人を確定させる名前やID等まで記録されていて、その内一部がステータス情報を形作っている。


 どうやらそのウィルスという奴は、このアバターラの拡張遺伝子情報に侵入し、ステータス情報を破壊する仕組みになっているらしく。


 これを物理接触でアバターラの身体へ直接打ち込むのなら、それは確かに脅威だが、私もそこまで焦る事はなかった。


 先にも話した通り、連中がそんな非効率な手段を取る訳がない。


 コンピューターウィルスの恐ろしい所は、実際のウィルスや細菌のように量産に時間がかからないという点だ。


 データであれば、単純にそれを複製し続けるだけで爆発的な量産・拡散が可能になる。


 しかも、それを大気中の何処にでも存在するUEPに流し込まれでもすれば、どうなるか。


 結果は、アバターラだけの問題では無くなる。



 「下手をすれば……、今あるこの世界構造その物を破壊し兼ねない……ッ」



 ウィルスが侵入したパソコンがどうなるのかを想像してみて欲しい。


 単純にパソコン内から情報を引き抜く為だけの機能を持たせたウィルスでさえ、それが起動するとメモリーやHDD、SSDといった記憶媒体内部でデータを破壊、ないし圧迫し、CPUに過負荷を生じさたり機能不全を起こさせたりする。


 結果、パソコンであれば正常に機能出来なくなり……故障する。


 これを現在の世界の環境に重ねて考えてみれば、実に解り易いだろう。


 UEPネットワークを介して世界中に拡散したウィルスは、やがて次元境界線を越えた別の世界にまで伝播し、最終的には世界の根幹を成しているユグドラシルの中枢にまで辿り着く事になる。


 そうなれば、アバターラ同様にユグドラシルを構成する情報にもどんな影響があるか判らないのだ。


 少し想像すれば簡単に行き着ける筈の答えだというのに……。



 「どうせ、自分たちに都合の良いように解釈してやがるんでしょうね、アイツらは……ッ」



 過去、これまでにも幾度か、彼ら人間は世界を滅ぼし兼ねない研究に手を出し、実際に実験を行ってからその危険性を実感してきた。


 事実、核爆弾なんて物もそうした世界を破壊し兼ねない研究の一つだったし、最近では人間が自分たちに不都合な『蚊』を絶滅に追い遣り、手痛いしっぺ返しを食った事もあった。


 これはある国の研究者が遺伝子操作を施した『蚊』を野に放ち、人間にとっては恐ろしい“マラリア”を撲滅しようと考えた結果なのだが。


 遺伝子操作を施された『蚊』は、メスが産まれ難くなるという特徴を持っていた。


 その結果、マラリアを保有する『蚊』は激減したのだが、マラリア自体に突然変異が発生し、従来のワクチンなどによる治療が困難な新種のマラリアが唾液を介して飛沫感染を繰り返し、大流行した挙句に2億人もの被害者を出した。


 そこでようやく、遺伝子操作を行った『蚊』の量産を止め、慌てて新たにワクチンを開発し、生態系を戻そうと試みたのだが……当然上手く行く筈もなく。


 結局、生態系はそのままに、自然に環境回復を委ねる事になったという。


 ―――そう、彼らは一度痛い目を見ないと気付けないのだ。


 そして、その“痛い目”って奴に、平然と他の命を巻き添えにする。


 先のマラリアの話にしても、人間への被害はたかが2億人で済んでいるが、このマラリア、人間以外の生物にも寄生する貪欲な性質があって、犬や猫、馬や牛、鳥などにも甚大な被害を出し、それらを含めると最低でも20億以上もの生物が命を落としている。


 しかも、二次感染を恐れた人間は、感染した生物の悉くを有ろう事か大量虐殺した挙句、最後には殺すのも手間で費用がかかるからと纏めて土中に生き埋めにした。


 そんな連中だ。当然、自分たち以外の被害など二の次程度にも考えていないに決まっている。


 だから、こんな簡単な事にも気付かない。考えようともしない。



 「止めさせないと……。何としても……ッ」



 こうして、私たちは太平洋を横断。アメリカ大陸へと直接乗り込む事になった。


 ただ、問題は幾つかあって……。



 「研究所の場所が……特定できない?」


 「うん……、ごめん、姫……」



 日本を出発してから三日。


 既に北米大陸へと入っていた私たちは、アメリカ合衆国オレゴン州にあるダイヤモンドピーク山にキャンプを張り、件のウィルス開発が行われているという研究所を探していた。


 が、コッペリアを初め、シノやイライザ、リヴァルトまでが出張り、各所で情報を集めているんだけれど、一向にその研究所の所在地が掴めないのだ。


 コンピューターウィルスのような物を作るのなら、それほど大きな設備や施設は必要ない。


 でも、UEP構造体が関わってくると、そう簡単ではなくなる。


 サンプルの調査や研究が同時に行われている可能性が高く、そうなると強力な演算能力を持つスーパーコンピューターが必要になってくる。


 これが、とてもじゃないが小さな施設に収まるような設備ではない。


 バカみたいにデカイケースを幾つも用意し、そこに無数のコアを搭載していて、最近じゃそのコア数は1000万個以上使われているらしく。


 消費電力だって尋常じゃないし、安定供給する必要もあるから緊急時用の自家発電設備も必要になってくる。


 それだけの物を一か所に集める訳だから、当然施設自体が大きくなって……目立つ筈なのだ。


 でも、見付からない。見付けられない。


 それだけの設備をそう見落とす事はないと思うんだけれど……。



 「やっぱ、ちょっと手が足りてないのよねぇ……」



 ウチの連中は確かに皆優秀だ。


 でも、探し物をするとなると、圧倒的に手が足りなくなる。


 少数精鋭の私たちにとって、これが一番の問題点だった。



 「アンタの能力を以てしても見付けられないってのは、困ったもんね……」


 「不甲斐ないでやがりますわ……」



 シュンと肩を落とすコッペリアに、私は慌ててフォローをしつつ。



 「別に、アンタは何も悪くないわ。気にしなくていいってば」


 「で、やがりますが……」



 ダイヤモンドピーク山の麓にある名も無い湖。


 その湖畔で小さな仮設テントを張り、私はコッペリアやシノから報告を受けている所だった。



 「けど、そうノンビリともしてられないのよね……」



 折り畳み式の椅子に座り、優雅に緑茶なんか啜りながら溜め息を一つ。


 例のウィルスの開発がどの程度まで進んでいるのかは解らないけど、そう時間が残されていないのは確実だった。


 このまま手を拱いていては、手遅れになってしまい兼ねない。


 多分、此処が節所なんだろう。

 決断の遅れが悲劇を招く、その前に……。



 「―――動くしか、ないわね」


 「どう、するの……?」



 シノの問いに、私は椅子を立ち、二人の顔を見渡して。



 「大元締めを締め上げる。もう、それ以外ないわ」


 「やはり、そうなりやがりますか……」


 「イライザと、リヴァルト……呼び、戻す」



 頷き、それからコッペリアへ視線を向け。



 「シノが二人に連絡を取ってる間に、アンタはガネーシャと二人でペンタゴンの施設内情報を纏めといて」


 「合点でやがりますわ」



 二人がそれぞれに行動を開始する中、私は一人揚陸艇へと戻り、そこで待機していたロディアとカガラ、カズの三人をコックピットへと集めた。


 今後の作戦方針を決める為だったんだけれど……。



 「―――しかし、そうなると……連中が無茶をやらかす危険性も出て来るでござるな」


 「そうなのよねぇ……」



 大元締め。つまりはペンタゴンの最高権力者。


 それを直接締め上げるとなると、自棄を起こして試験前のウィルスをバラ撒かれる危険性があるのだ。


 そうなると、それこそ危険極まりないワケで。



 「せやけど、研究所の位置が特定出来んとなると、他に手ぇも思い付かんしなぁ」


 「判断の遅れが命取りにもなり兼ねねぇ今の状況じゃ、仕方ねぇだろうな……」



 カガラとロディアは腕を組み同時に深い溜め息を吐いた。


 そんな二人に、私は。



 「ま、そういうワケで、今回はちょ〜っと趣向を変えて行こうかなって思ってるんだけど」


 「趣向を……変える? で、ござる??」



 首を傾げ、疑問符を浮かべるカズに、私は私の頭の中にある作戦の概要を説明するのだった。


 そして、その夜……。



 『―――珍しいわねぇ〜、香澄ちゃんがぁ〜、直接私にぃ〜、連絡くれるなんてぇ〜♪』



 揚陸艇コックピットの通信機を使い、私は本国の社長へと直接連絡を取り付けていた。



 「相変わらず元気そうね、涼子さん」


 『まだまだぁ、若い子には負けないわよぉ〜っ』



 通信機のモニター越しに、一か月ぶりの懐かしい顔が浮かんでいた。


 間延びした喋り方も、クネクネシナ作って色気振り撒く態度も、全く変わっていなくて、安心する。



 『いろいろぉ〜聞いてるわよぉ〜? 結構〜無茶してるみたいねぇ〜』


 「まぁ、ね……。あんまりチンタラやってるワケにもいかないからさ……」



 どうやら、シノの部下たちから情報が行っているらしく。


 二人、苦笑いを突き合わせながら。



 『それで、どうしたのぉ? ダイキくんじゃなく、私に話なんてぇ』


 「あはは……。ちょっとさ、ダイキには止められちゃいそうな話しだから、涼子さんの意見、聞いておきたくて……」


 『真面目な……話しみたいね』


 「うん、ワリとヤバめ」



 画面の向こうで居住まいを正した涼子さんに、私も真剣な表情を浮かべた。


 そして、例のウィルスに関する話しと、ペンタゴン攻略の為の作戦を一通り話し、そして……。



 『―――そっか……。まぁ、香澄ちゃんにしては、確かに珍しい手ではあるわね』


 「こういう搦め手ってさ、あんまり経験なくて。その点、涼子さんなら慣れたもんかなーって」


 『もう、人聞き悪いわねぇ……。ま、確かに慣れてはいるけれど……ね』



 今回の作戦、私は正攻法ではなく、搦め手を使って必要な物を手に入れるつもりでいた。


 そういう意味では、涼子さんは私より一枚も二枚も上手だ。


 なんせ、嘗ては世界でも指折りの大企業を束ねていた敏腕女社長な訳だし。


 搦め手なんてのもお手の物だろう。


 だからこそ、私は彼女に相談を持ち掛けた。

 こんな相談が出来るほど信用の置ける相手なんて、そうは居ないから。



 『結論から言うとね、多分上手く行くと思うのね』


 「ホント? ならよかった……。でも、なんか妙に歯切れ悪いけど、どうして?」


 『あそこの長官さんね、私も何度か顔を合わせた事あるんだけど……、正直言って、私でも読み切れないトコがある人なのよねぇ……』


 「涼子さんが……読み切れない、程?」



 驚いた。こういう話しで、涼子さんが困り顔を浮かべるトコなんて、見た事がなかったから。



 『相当なキレ者よ、彼。元は空軍のエースパイロットだったって話しだけど、あらゆる手練手管を使って、現場からの叩き上げで今の地位まで上り詰めた人なの。聞いた話しだけれど、前の長官は彼に睨まれた所為で自殺にまで追いやられた、って』


 「へぇ……、涼子さんがそこまで言うなんて、珍しいね。そんなにヤバイ相手って事?」


 『多分、ウチのデータバンクから兵器関係の情報抜き取ったのも、彼の差し金じゃないかって、私は踏んでる』


 「あの件の……」


 『用心に越した事はないわ。幾つか腹案を用意しておいた方が良いと思う』


 「なるほどね……、わかった。そうしてみる」


 『ん、もし何か他にも相談があるなら、また何時でも連絡頂戴。香澄ちゃんの顔が見られるなら、私は大歓迎だから、ね?』



 そう言って微笑んだ涼子さんに、私はまた母親のような温もりを感じた。


 本人にそんな事、とても言えないけど。


 で、一拍。態度を再び改め、クネクネとシナを作り出した涼子さんの表情に、私はなんとなくイヤ〜な予感がしたんだけれど……一歩、判断が遅かった。



 『で……香澄ちゃん』


 「な、なによ?」


 『カズユキくんとは……どうなの?』


 「なっ、今その話しは関係ないでしょ! ってか、どうってなに! まだ何もしてないわよ!?」



 イヤな予感的中。

 この人、こういう所もお母さんみたいで。



 『えぇ〜! だって、もうそっちに行って一か月よ〜? いい加減、エッチの一度や二度くらい、経験したんじゃないのぉ〜?』


 「しっ、しししっ、してないから! は!? なに言ってんの!?」


 『もぉ〜、香澄ちゃんってば、ホント奥手ぇ〜。カズユキくんだって男の子なんだから、きっと待ってると思うわよぉ〜?』


 「し、知らんし! ってか、涼子さんに言われる筋合いないし!」


 『せぇ〜っかく荷物の中に勝負下着とか入れてあげたのにぃ〜』


 「―――え、勝負……した、ぎ?」


 『そ〜そ〜。すっごいエグイ奴ぅ♪』



 と、嬉しそうに語る涼子さんなんだけど……。



 「まって。私それ、知らない。そんなの、荷物の中に入ってなかったよ?」


 『ウソぉ〜? ちゃんと確認したわよぉ〜? ぜぇ〜ったい、入ってる筈よぉ〜?』



 言われ、何となく気になり、インベントリの中に収納した荷物を確認するけれど……無い。



 「入れ忘れたんじゃないの? って、別に、必要とも思わないけどっ」


 『あっるぇ〜……? ヘンねぇ〜……』



 え、どゆ事?


 インベントリの中に収納したアイテムから何かが紛失するなんて話し、聞いた事がない。


 かと言って、涼子さんがそういうトコで不手際なんてする可能性は考え難く。



 『―――ねぇ、香澄ちゃん。荷物って、カズユキくんとかに預けたこと……ある?』


 「え……」



 たったそれだけで、私の頭の中には容易に想像できる事態の全体像。



 「……。……あ、る」


 『あぁ〜……』



 直後、妙に二人で居心地が悪くなって。



 『オカズに……』


 「言うなっ!」



 思わずツッコミ入れたけど、コレはやばい。


 滅茶苦茶恥ずかしい。


 子供が親に自分の性生活の実情を知られた時の気まずさって、多分こんな感じなんだと思う。



 「見なかった、事に……しよう」


 『そ、そうね。なんていうか……やっぱり、カズユキくんも……男の子、だから』



 なんかもう、すっごく複雑な気分だった。


 カズが、私の荷物から下着を盗んで……って、想像すると、イロイロヤバイ。


 私の下着が、オカズになるんだなぁ、とか。

 それってつまり、やっぱりカズは我慢してるのかなぁ、とか。


 でも、行動そのものはヘンタイの所業で、幻滅しちゃうような気持ちも無くもないんだけど、逆に自分の下着でそういう事されてるのかって思うと、妙に興奮を感じてしまったりとか。



 『香澄ちゃん、顔真っ赤よ……?』


 「う、うっさい! 恥ずかしいのっ!」


 『ん〜〜〜〜! 初々しくてかっわいぃ〜♪』


 「やかましいわっ! 二十歳過ぎて初々しいも何もあるか!」



 照れ隠しもあって吠えるけど、これ……どうすりゃいいのよ?


 しかもカズ、それ未使用なんだけど?


 使用済みと……取り替えてあげるべき?


 なんて、妙な事まで考えて。



 「いやいやいやいや! ないから!」



 それは、ない。流石にない。


 そんな事するくらいなら、やっぱり我慢なんてさせてないで、ちゃんとしてあげた方が……。



 『捗る妄想』


 「っ!!」



 アカン、これどっかで止めないと、キリがない!



 「と、とにかく、この件は忘れる! 涼子さんもそれ、墓まで持ってきなさいよね!」


 『んもぉ〜、折角オモシロネタ見付けたと思ったのにぃ〜』



 と、涼子さんはクスクス笑うけど、それが不意に止まり。



 『―――あ、そうそう、香澄ちゃんに一つ、報告しなきゃいけない事があったのよぉ〜』


 「報告? 涼子さんが、私に?」


 『うん、そう。あのね、コッチの事なんだけど、北に逃げ込んだ亜人族の件、覚えてる〜?』


 「そりゃ、忘れるような話しじゃないけど……。それが、どうかしたの?」



 聞き返した私に、涼子さんは少し難しい顔を浮かべ。



 『最近、妙なのよ。各地の亜人族が次々と奥地に集結してるみたいでね』


 「ちょっと、それって……」



 精霊連合の圧力で一度は退散した形になっている亜人族だけど、その戦力は今だってバカに出来た物じゃない。


 ヴェッシュモント山脈の涸れ谷から北の地に住む彼ら亜人族がその戦力を一所に集結させているとなると、これは結構な一大事だ。


 と、そう思ったんだけど、涼子さんは不思議と落ち着いていて。



 『あーううん、違うのよ。別に戦力を集中させてるとか、軍備を拡張してるとか、そういう事じゃないみたいなの』


 「え、じゃあ何してんの」



 聞き返すと、しかし涼子さんはまた困り顔で。



 『それが、良く判らないのよねぇ……』


 「判らない……?」


 『潜り込ませてる工作員さん達の話しによるとね、集められた亜人族はみーんな森林地帯の奥に広がる古い遺跡群で仮設の集落を作ってるんですって』


 「は……? 北ってそれじゃなくても環境が劣悪だって話しじゃなかったの?」



 ヴェッシュモントより北は広大な森林地帯が広がっていて、気候が不安定な上、乾燥し、気温が低く、大地は涸れていて、穀物が育ち難い。


 その上更に北にある山脈からは濃度の高い有毒なガスが流れ込んでいて、僅かな水源さえ汚染されていると聞いているんだけれど。


 そんな土地をわざわざ切り開き、集落を築くなんてあり得るのだろうか? と、そう疑問に感じていた所。



 『まぁ、今すぐどうこうって話しじゃないみたいだし、まだまだ情報も足りていないから。とりあえず、そういう話しがあるって事だけ、頭に入れておいて貰えるかなぁ?』


 「わかった。何か進展があったら、また教えて。ただ、今は……」


 『うん、そっちの案件が最優先ねぇ。ウィルスなんて明らかに危なそうな物、放っておく訳にはいかないわぁ〜』



 私は頷き、そして。



 「それじゃ、例の“腹案”練っておかなきゃだし、そろそろ切るね」


 『ん、仕事以外でも何時でも連絡頂戴ね、待ってるから』


 「うん、ありがと、涼子さん」


 『じゃあね、がんばって』



 と、笑顔を最後に私は手を振り、通信を切った。

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