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Master Code  作者: 覇牙 暁
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第五十七話

第五十七話「無敵の女王(前編)」




 ―――コッペリアとガネーシャが北の空に生じた変化に気付く少し前のこと。


 天を支配する夜闇に星は無く。


 吹き荒ぶ嵐は吹雪を乗せて……。



 「―――か、はっ」



 戦の場を地上から空へと移し、争い合う二つの影。



 (くっ、冷気で喉まで……っ)



 横殴りの暴風雪に晒され、香澄は今、喉を押さえて苦し気に呻いていた。



 「苦しいだろう? 本当は、こんな事までしたくはなかったんだ。だが、こうでもしなければ、お前を止められそうにないからな……。オレも、心が痛むよ」


 「つらつらと、どの口が……ッ」



 相対し、下卑た笑みを浮かべるのは“槙島勇樹”。


 その手で掲げる氷獄剣コキュートスは、冷気を自在に操るという彼のオリジナル武具。


 そう、今この辺り一帯の天候を暴風雪の嵐に変えているのは、この剣の力なのだ。


 余りの寒さに大気中の水分は凝結。

 空気が乾燥し、吸い込んだだけでも冷気で喉が張り付いてしまう程に。



 (有り得ない……。仮に絶対零度の冷気に煽られたとしても、人体がそう簡単に凍るなんて事、ない筈なのに……っ)



 映画やアニメなどの創作物で良く見られる、人体の瞬間冷凍。

 それは、実際には有り得ない現象だ。


 温度を規定しているのは物質の熱振動である。

 故に、温度には下限が存在し、これは原子振動が完全に停止した状態を意味する。


 これが、絶対零度。


 絶対零度という温度では原子の振動は完全に停止している為、その温度にまでエネルギーが低減した物質は凍結していると言って良い。


 しかし、絶対零度以上の温度を持つ物質には原子振動が必ず存在している為、そこには熱が生じている。


 この原子振動を完全に停止させる為には、熱伝導・熱交換でエネルギーを奪う必要があり……。


 つまり、熱エネルギーを発する生きた人間の身体を絶対零度の環境下に置いたとしても、一瞬で熱を奪い去り、瞬間的に内部まで完全に凍らせるというような事は出来ないのである。


 これは、肉料理などをする際に分厚い肉の内部にまで火の熱を通すのに時間がかかるのと同じ原理だ。


 だが、しかし。



 (これは……通常の物理現象じゃ、ない……。私の“黒炎”と同じ、ICEによる異常現象だっ)



 手足の末端だけでなく、筋肉や関節、内臓や脳まで一瞬で冷却する冷気。


 通常空間に於ける物理現象では起こり得ない事象。


 それは、香澄が操る“黒い炎”と同じで、過程と原因、結果と効果が乖離した滅茶苦茶な異常現象だった。


 香澄のようなアバターラであれば、多少は抵抗する事も出来る。

 だが、もしこれが生身の人間であったなら、それこそ物の数秒で瞬間冷却され、あっという間に氷の彫像が出来上がる事だろう。


 故に、香澄はすぐさま行動を起こした。



 「―――目には、目を」


 「ム……?」



 剣を掲げ、冷気を制御していた槙島の表情から笑みが消えた。


 その直後、低体温症で動きの鈍っていた香澄の全身から、膨大な熱エネルギーが放出されたのである。



 「黒炎を……、熱の被膜を作り上げたのか」


 「アンタと私、相性が悪過ぎんのよ。……お互いに、ね?」



 チッ、と舌打ちし、剣を下ろした槙島は。



 「認めたくないな。お前は、オレの為に生まれた筈なのに」


 「何をどう勘違いすればそうまで思い込めるのか、ホンット理解に苦しむわ……」



 冷気による全身の細胞へのダメージを回復しつつ、香澄は呆れ顔で槙島に向かって溜め息を吐く。


 が、そこまで言われても、当然彼は。



 「勘違いなんかじゃないさ、香澄。世界には100億という膨大な命が存在したんだ。その歴史は果てしなく長く、常に生死が繰り返され、生まれる時代が違えば巡り合う事も出来なかった。そんな中、オレは同じ時代、同じ年の頃にお前という奇跡に巡り合えた。これが必然でなければ、何だと言うんだ」


 「ロマンチストも度が過ぎるとキモイだけよ、槙島。それは必然でも何でもなく、ただの偶然。あと、私はアンタの事嫌いだから」


 「君はリアリストだからな……。それに、極度の恥ずかしがり屋だから、理解しては貰えないか。残念だ」



 リアリスト? 私が? と香澄は思わず吹き出しそうになり。



 「私が現実主義者だってんなら、思い込みが最大の武器になるアバターラの中で、こんな風に力を持つ事も無かったと思うんだけどね」


 「見解の相違って奴だな……。少なくともオレは、君ほどの現実主義者を他に知らないよ」



 再び剣を振り上げ、その切っ先を香澄へと向けながら、その表情に浮かぶ感情の気配を変える。



 「結局、こうして力で屈服させるしかないって事か」


 「そもそも、その発想が最悪だって言ってんのよ、このドヘンタイが……ッ」



 言うや否や、香澄も両の腕に黒鎖を束ね、“黒龍剣”を創り上げる。



 「どれくらい腕を上げたか、見せてくれ。香澄」


 「上等。あの頃の私と同じとは思わないことね」



 カウントはゼロ。


 どちらからともなく同期した互いの行動は、次の瞬間に火花を散らし。



 「腕力でオレには勝てないぞ」


 「どうかしら?」


 「―――ッ!?」



 拮抗する鍔迫り合いは一瞬。香澄が両腕に力を込めれば、当然槙島は抵抗する力を強め。


 しかし、押し返そうとしたその直後、香澄の剣から力が抜けて。



 「基本でしょ?」


 「ああ、確かに……なッ!」


 「―――チッ」



 前のめりになって不意を突かれた槙島へ香澄が剣を振り抜こうとするが、槙島はその重心を敢えて前方へと逃がし、上体を捻って自分の剣を抱え込む。


 結果、香澄の振り抜いた剣は槙島の剣に弾かれ、互いに横向きの回転を行いながら背を向け合って。



 「「―――ッ!」」



 両者同時に背面へ剣を振り払い、刃が再び火花を散らした。



 「良い動きだ。大分腕を上げたな、香澄」


 「当然よ。この私が、久々に本気で努力なんて物に勤しんだくらいだもの」



 半身で剣を打ち合わせながら、お互いの隙を伺い力の出し抜きを繰り返す。



 (流石に、上手い……。けどッ)



 一方が力を込めれば、先ほどの香澄のように空かされるのを警戒し、一方が力を抜けばそれに合わせて同様に力を抜く。


 動きこそ無いが、そこに行われる攻防は熾烈。


 一瞬でも気を抜けば、その瞬間に斬られ兼ねない状況で。



 「―――フッ」


 「ッ!?」



 香澄は鍔ぜり合う右腕の黒龍剣をそのままに、体を巻き込んで左腕の黒龍剣を槙島の喉笛目掛けて振り払う。


 均衡の崩れるその瞬間を槙島は狙っていたのだが、しかし。



 「……チィッ!」



 舌打ちをしたのは槙島の方だった。


 二剣を振るう香澄がこうした行動に出る事を予測し、右手の彼女の剣を受けたまま、最小限の動きでそれを交わし、逆に突きを繰り出そうと考えていた。


 だが、香澄の剣が目前で標的を変えた所為で、その思惑が頓挫したのだ。



 (―――狙いは持ち手!)



 香澄が狙ったのは喉ではなく、そこから直下にある槙島の手。


 喉を狙った刃が一瞬で直角に向きを変え、手首の頸動脈に襲い掛かる。



 「大胆にして精密。実にお前らしい手だ……だがなッ」


 「なっ、膝でっ!?」



 一切の迷い無く柄から手を放した槙島。


 香澄の放った一撃は目標を見失い、代わりに槙島の膝で蹴り上げられた氷極剣が自重で黒龍剣を迎え撃った。



 「何事も練習だ、いざという時に役に立つぞ?」


 「イチイチムカつくわね……っ」



 ニヤニヤと嫌らしく笑う槙島に、攻め手を失った香澄は直ぐ様距離を取る。



 (アレだけ鍛錬したのに、まだ足りないか……)



 内心、悔しさで舌打ちの一つもしたくなる。


 あの事件以来、ただの護身術から実戦的な武術に乗り換え、日々鍛錬に勤しんで来たというのに、それでも槙島の技を超えられなかった事が癪に障るのだ。


 ほぼ互角と言って良いレベルにまで技術に磨きをかける事に成功はしているのだが、香澄はそれでも納得がいかないらしく。



 「面白くないわね、全く……」


 「そうか? イイ線行ってると思うが。オレは楽しいよ」


 「そういう余裕の態度が気に入らないって言ってんのよ」


 「ふむ……。悪いな、これは性分なんだ」



 常に自分の方が立場は上。そうした考え方が表に出てこう見える。


 香澄自身も人の事を言えた義理ではないのだが、それはそれ、という奴で。



 (なまじ才能も実力もあるから、余計に腹が立つのよ……ッ)



 これもまた、人の事は、と言われ兼ねないが。


 と自身でもそう思いながら、その間も香澄はマルチタスクで戦術を思考する。


 剣術は互いにまるで異なる型を用いるが、ほぼ互角。


 体術に関しては未知数だが、その実力は以前よりも上がっていると考える。


 肉体的な差はアバターラに変質した以上無いと考えるべきで、後は技術力と知識がどの程度溝を埋めているか。



 「―――試してみる、か」


 「ん?」



 氷獄剣を掴み直し、向き直った槙島に、香澄は黒龍剣を前方で重ねるように構え。



 (……来るか)



 槙島がそう感じた瞬間、香澄が爆発的な飛行速度で真正面から突っ込んだ。



 「ハッ!!」



 迎え撃つ氷獄剣を挟み込み、黒龍剣で巻き上げた香澄は、ゼロ距離で膝蹴りを槙島の手に叩き込み。



 「―――“黒狼甲”ッ!」


 「ムッ!?」



 ただの膝蹴りであれば腕力で拮抗する事も不可能ではなかったが、黒狼甲に武器を切り替えた香澄の脚力は瞬間的に跳ね上がっていた。


 これには、槙島も堪らず剣を取り零してしまい。



 「今度は格闘か。……面白いッ」



 氷獄剣巻き取りの動きはそのまま引き絞る拳撃の型へと変化し、右手での間合い計測から左手の拳打。


 香澄の技に隙は無く、その冴えは達人級。


 が、しかし。



 「―――腰の入った良い拳だ」


 「…………ッ」



 剣を取り零して隙が出来たように見えた槙島の頭部。


 しかしそれは、彼が用意したフェイクで。



 「脚癖まで悪いとはね」


 「使える物は何でも使うのがオレの流儀でね」



 完全なゼロ距離。

 足技など使える距離ではなかった筈だというのに、槙島の右足は確かに香澄の拳を脛で受け流していた。


 しかも、のみならず。



 「っ!?」



 折り曲げた膝から流れるように繰り出された蹴りが香澄の拳を弾き、更に鳩尾を狙って突き出される。



 「―――くっ、はっ」



 ガラ空きの上体に叩き込まれ、咄嗟に後方へと飛び退くも間に合わず、香澄はダメージを受けて腹部を抱えた。



 「カポエイラ……、とか……っ! くそっ」


 「なかなか強力だろう? あの距離で使える蹴り技というのは、世界的に見ても数が少ない。先人は偉大だな」



 ブラジル発祥と言われる格闘技。


 ポルトガルによる植民地化で奴隷として扱われたブラジル人達がダンスに見せかけて修練した為、極端に手技が少なく、アクロバティックな蹴り技が目立つ極めて珍しい武術だ。


 それ故、手技の距離に対応した蹴り技も幾つか存在し、先ほどのような至近距離での格闘戦でも足を出せる。


 距離的に手や肩に意識が向き、結果として視界の外から突然襲い掛かって来る為、一般的な格闘術に慣れた格闘家は対応が兎角難しい。



 「アンタ、いったい幾つの武術を修めてるワケ……?」


 「どうだったかな……。有名な物はほぼ全て。マイナーな物も幾つかあったと思うが」



 この答えには、香澄でさえ唖然とした。


 世界中、どこにでも近接格闘術という物は転がって居て、似通った物や分派した物など、概念も様々。


 それらは数知れず、有名な物だけでも優に100を超える。


 その上、マイナーな物まで修めているとなれば、槙島が身に着けている技の数は1000や2000では利かないだろう。


 その膨大な知識量は、純粋に舌を巻く物で。



 「格闘技馬鹿もそこまで行くと尊敬に値するわ……」


 「誉め言葉として受け取っておくよ」



 悔しくもあるが、一朝一夕の努力で覆せる物ではない。そう感じた香澄は、思考を切り替える。


 認めるべきは認め、最善を導き出す為に。



 (こと格闘技に関して、知識量では歯が立たない。だけど、それは“人間同士”の戦いでの話だ)



 格闘戦の基本は、どの武術に於いてもそう大差がない。


 その理由は、扱うのが“人間”であり、相対する物も“人間”である為。


 生身の人間には物理法則に沿った肉体構造的な限界があり、その範囲で対する人間を可能な限り最短最速で無力化・及び殺傷する事を目的とする。


 つまり、槙島や香澄が鍛錬で身に着けた格闘技術の基本は、飽くまでも対人戦を主眼に置いた物でしかない。


 故に、“アバターラ”である彼女らには、そこから更に一歩を踏み込める余地がある。



 「此処から先は、格闘センスの勝負よ」


 「確かに、どれだけ知識が有ろうとそれを扱うのは所詮人間だ。応用の幅はセンスで決まる……。面白いじゃないか」



 楽し気に笑い、そう返した槙島は。



 「だが、お前にだけ武器があるというのもつまらないな。オレも一つ、新造してみようか」


 「……っ!」



 変質する黒鎖のような武器を持っている訳ではない槙島だが、和幸の例もある。


 それを証明するように、槙島は取り零した氷獄剣を手元に戻し、その姿を変化させ……。



 「―――ヴァリアブルデコード」



 その両手両足に、香澄が持つ黒狼甲に酷似した拳甲・脛当てを作り出した。



 「白い……黒狼甲っ!?」


 「さしずめ、“白獅子”といった所か」



 握り締めたその拳を覆うのは、確かに狼ではなく、獅子。


 対極を成すようなその皮肉なデザインに、香澄は一層忌々し気な顔を浮かべ。



 「ナメた真似してくれんじゃない……ッ」


 「こうした方が、燃えるだろう?」



 挑発するような槙島の笑みに、香澄の怒りは頂点に達した。



 「―――っざけんなッ!!」



 見下され、理性のタガが外れかけ、飛び出した香澄はその拳に憤りを乗せて。



 「クッ、やはり……一筋縄ではいかないな」



 拳撃と蹴撃の猛攻。


 衝突し、火花を散らす両者の腕甲が激しく金属音を奏でる。


 一瞬、冷静さを欠いた行動にも見えた香澄の動きは、しかし。



 「怒りに呑まれ、冷静さを欠いてくれればとも思ったが……!」


 「アンタの挑発には、もう慣れた! 安売りし過ぎなのよ!」


 「違いない……ッ」



 虚実入り混じる鉄拳。


 変幻自在の軌道を読ませない襲蹴。


 苛烈な攻めの手は休む事なく槙島へと襲い掛かり、その全てが的確に人体の急所を狙い続ける。



 「あの時も思ったが……、やはり、お前の才能は末恐ろしいよ。何時かはオレを超える日も来るんだろう。―――だが、まだだッ!」


 「クッ!」



 防御と受け流しに徹していた槙島が呼吸に伴う一瞬の隙を突き、拳を繰り出す。


 それは攻撃に全てを傾けていた香澄の頬を僅かに掠め、一筋の深紅を走らせた。



 「出来る事なら顔を傷付けたくはなかったんだが……なッ!」


 「余裕のつもりか? そうやって、アンタは……ッ!!」



 言葉と行動による意識の操作。


 人間は本能的に頭部への攻撃を避ける為、防衛行動を反射的に行ってしまうもので、そこに更に意識が傾けば抵抗出来ず。



 「―――ぅぐっ!」



 視界の外から再び襲い掛かって来た膝蹴りに、香澄は鳩尾を打ち貫かれ。―――だが。



 (手応えが……違うッ!?)



 狼狽えたのは、槙島の方だった。


 膝を通して伝わる香澄の身体へのダメージ。

 それが、予想とは大きく異なり。



 「肉を斬らせて―――」


 「マズ……ッ!」



 膝を折り曲げ、お互いの身体が接触している程の距離。


 この距離で、槙島に対抗手段は無く。



 「―――骨を断つッ!!」



 膝蹴りを予期し、腹筋を瞬間的に堅め、硬気功の要領で敢えて槙島に攻撃を撃たせた香澄の作戦勝ちだった。


 空中で、しかもアバターラだからこそ出来る、まさかの行動。



 (筋力を使わず、意思力だけで僅かに打点をズラされたのか……!?)



 槙島の膝は鳩尾から僅かに逸れ、最も強靭な腹直筋へ当たっていた。

 その上、香澄の体勢は垂直ではなく、横向きに側転を始めていて。


 筋力を使った動きなら、槙島にも予測が出来た。


 筋肉の微細な動きを感覚的に読み取る事が出来るからだ。


 しかし、そうでない、意思による飛行能力を用いた運動であるなら、それを肉体的な感覚で読み取る事は不可能で。



 「―――ぐっ、あああッ!」



 香澄が放ったのは、肘と膝の同時同点攻撃。


 その狙いは、槙島が放った膝の更に上方、大腿部。


 筋肉の繊維が最も薄く、大腿骨へのダメージが通り易い部分だった。


 このまま衝撃が抜ければ、骨折は必至。


 しかし、槙島もただでは終わらず。



 「か、ぁっ」



 その瞬間、防御や回避を選択せず、槙島は敢えて攻撃に転じたのだ。


 繰り出したのは、双纏手。

 中国拳法の一つ、八極拳の一手。


 ほぼゼロ距離から両腕の回転エネルギーを一点に向けて集束させ、放つ浸透勁の一種だ。


 これをまともに受けてしまった香澄は、堪らず突き飛ばされ、両者間に距離が空き、痛み分けとなった。



 「ぅ、ぐ……っ、少し、成長したんじゃ……ないか? 主に、胸の辺り、が……」


 「か、っは! こ、この状況で……言うこと、が……それか……っ」



 突き抜けるような衝撃で肺が圧迫され、呼吸も儘ならない。


 にも拘わらず、香澄は頭の中で、“鎧の上から触って、何故判る!?”と本気で疑問を覚え。


 ただ、槙島の方には、どうやら口で言う程の余裕はなかったらしい。



 (折れては、いない……。だが、確実にヒビが入っているな……)



 大腿部に感じる痛みと熱に、頬が引き攣っていた。



 「……フフッ、ワリと……効いてそうじゃん……」


 「あぁ……、今のは流石に、少し効いたよ……」



 お互い、回復に要する時間が欲しい。


 その結果、互いに牽制しつつ、隙を伺う形になり。



 (―――くっそ、さっさとケリ付けたい、のに……!)



 香澄がチラリと視線を向けたのは、UI上でやり取りされるグループ間チャットの内容だった。



 『民間人の避難用車両は確保出来たんでござるか!?』


 『出来てる……。けど、みんな混乱……してる』


 『急がせるでござる! 時間はかけられんでござるよ!』


 『そういうそっちはどないやねん! ブツの確保は出来とんのかいな!?』


 『今やってらぁ! 最悪、オレらは自分の脚で脱出すっから、手前ェらはさっさと自衛隊と民間人連れてこっから離れてろ!』


 『リヴァルト殿、揚陸艇をコチラへ回せませんか?』


 『既に向かっています、合流地点の指示を!』



 流れるようにログに文字が溢れ、急いでいるのが伺えるのだが。



 (ああもうっ! これだから生身の人間は……!)



 香澄は遅々として進まないその避難状況に苛立ちが隠せなくなっていた。


 剣術と武術。そんな回りくどい戦い方を選択しているのには、槙島すら気付いていない理由があったのだ。



 (武術に関する知識量では劣勢。格闘センスでは僅かに勝っているかもしれないけど、決め手に欠ける。やっぱり、コイツを倒すには……っ)



 香澄には出来て、槙島には出来ない事。


 それを見せ付けるしかなかった。

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