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Master Code  作者: 覇牙 暁
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第五十六話

第五十六話「拳と蹴りと、銃弾と」




 ―――見違えるようだった。



 「そうで、やがりますわ……! やはり、生物の戦いという物は、こうでなくては!」



 ガネーシャの振るう拳の威力。

 それは、先ほどまでと物理的に大きな差は無い筈だというのに。



 「フンッ!!」



 先ほどよりも、僅か数センチ踏み込みが深い。


 先ほどより、僅かに重心が低い。


 先ほどよりもほんの僅かに膂力が増し、先ほどよりも本当に僅か姿勢が前に傾いている。


 たったそれだけの変化。

 だというのに。



 「ぐっ、クッ!!」



 腕を交差させて受け止めたその一撃で、骨の芯が軋み、指先や肩にまで痺れが走る。



 (―――やっぱり、人間は面白い……!)



 精神力や意思力。

 強い想いが宿る行動は、総じて想定以上の結果を引き起こす。


 これをコッペリアは、“命の重さ”だと考えている。



 (21グラム……。信憑性に欠ける話しではありやがりますが……)



 嘗て、ある学者が残した一説だ。


 人の魂の重さは、21グラムだと。


 この実験は、死亡した人間の体重を計測し、生前との差を測った物だというが、コッペリアもそれを鵜呑みにしている訳ではない。


 ただ、人の持つ魂の重さは、例え物理的な物でなくとも、存在はしていると考える。


 精神力や意思力。それは、魂の成せる物。


 魂を込めた行動には、21グラム以上の重さが存在するのだと。



 「ハァッ!!」


 「……ッ!」



 先ほどはその身体を容易に弾き飛ばしたコッペリアの蹴り。


 しかし、受け止めたガネーシャは先ほどのように吹き飛ぶ事なく、完全に防御して見せた。


 ―――重さだ。


 彼が砂地に足を立て、受け止め切れたのは、そこに“重さ”が生じているからだ。



 「オレは……、今度こそ、この拳で、家族を救ってみせる……ッ!」



 ただの踏み込みが、まるで震脚のように大地を揺らし、砂塵を撒き上げる。


 アレは、マズイ。―――と、コッペリアは直感した。



 (受け止めては……いけないっ)



 単純。故に純粋な破壊力。


 驚くほど教科書通りの、手本のようなダッシュストレート。


 真正面からそれを受け止めれば、今度こそ腕の骨が完全に持って行かれる。


 判断は素早く。

 人間が本来持つ演算能力を遥かに超えて。


 交わすには間に合わない。

 受け流すのも愚策。


 ならば、とコッペリアは咄嗟に足を蹴り出し、上体を逸らすと同時、ガネーシャの拳打を真下から垂直に打ち上げつつ、軸足まで浮かせて胸部スラスターを全開で放出した。



 「な、に……ッ!?」


 「ワタクシのスーツには、こういう使い方もあるんでやがりますわッ!」



 大凡人間には不可能な挙動。


 重力に引かれるよりも早くガクンと重心位置を下げ、空中に浮いた姿勢のまま回転しつつ繰り出された蹴り技。


 所謂、サマーソルトキックなのだが、こんな挙動で打ち出す事の出来る人間は存在しないだろう。


 故に、予測不能。



 「がっ……」



 魂を込めた全身全霊の拳打。


 それが迎撃され、前傾のまま顔から突っ込んでしまったガネーシャは、真下から襲い掛かって来た二発目の蹴りに顎を撃ち貫かれた。



 「これで、フィニッシュでやがりますわッ!」



 完全な形で成功したカウンターアタック。


 顎を掬い上げられ、上体が無防備に迫り出したガネーシャへ、回転で更に加速された後ろ回し蹴りを叩き込む。


 が―――。



 「ぬ、ぐ……ぁあああああああああッ!!!」


 「―――っ!?」



 身体ごと打ち上げられていたガネーシャは、自らその上体を更に後方へと逸らし、同時に足を蹴り上げていて。



 (ウソッ!? この方、まさか―――ッ!?)


 「っらぁあああああああッ!!」


 「くっ!」



 つい先ほど、コッペリア自身が見せ付けた人外の技。


 それをこの状況で、ガネーシャは完全に再現して見せたのだ。



 「いっ、んぐッ」



 余りの激痛に、コッペリアは思わず痛みを叫びかけ、何とか堪えるも。


 ガネーシャに迎撃された彼女の右足は、膝の辺りで感覚が狂っていて。



 「ぎゃうっ」


 「が、はっ」



 両者同時、打ち上げられた体が地面に叩き付けられ、砂埃を舞わせた。



 「ボ、ボクサーが……、蹴り技、なんて……っ」


 「それだ、け……必死、って事だ……ッ」



 ギシギシと軋む身体に鞭を打ち、上半身を起こすが、そこでコッペリアは苦笑した。



 (良い所に、貰ってしまいやがりましたわね……)



 見れば、彼女の右足は膝から奇妙な形に曲がり、力無く地面に横たわっていた。


 骨折している。

 しかも、膝関節で。



 (立てない……でやがりますわ。さて、どうしたものでやがりましょうか……)



 まるで他人事のようにそう思うも、額や背中にはジットリと嫌な汗が浮かんでいた。


 呼吸が苦しくなる程の激痛。

 それに加えて、目の前には。



 「ま、だだ……ッ、まだ……ッ!」



 今まさに、立ち上がろうと砂地に膝を立てているガネーシャの姿が映った。



 (万策尽きた……)



 と、そう思い掛け。しかし。



 「―――なワケ、ない、でやがります、わッ」



 足の一本や二本、くれてやる。


 その代わりに、勝つのは自分だと、そう自らに言い聞かせ。



 「……フッ、便利なスーツ、だな……」


 「あげません、わよ……?」



 ガネーシャが立ち上がったとほぼ同時、コッペリアは全身のスラスターをフル活用し、ホバー機能でバランスを取りながら起き上がっていた。



 (けれど、流石にこれ以上はキツイでやがりますわね……)



 ガネーシャは間違いなく強敵。


 スラスターでのバランス制御に演算機能を大幅に割かれた今の状態に加え、体力や脳も消耗が激しい。


 これ以上長引けば、最悪の展開も有り得る。



 (死を恐れては居ない……。ですが、死を受け入れてもいけない……っ)



 簡単に諦めるなど、“あの女”が絶対に許してなどくれないだろう。


 ならば、とコッペリアは。



 「背に腹は……変えられやがりません、わね……ッ」


 「それは、お互い様、だ……ッ」



 出し惜しみは無し。

 互いにその意を汲み取り、コッペリアは左手を虚空へ向けた。



 「「―――ヴァリアブル、デコードッ」」



 奇しくも、ガネーシャも同様に虚空へと手を伸ばし、その手に掴んだのは。



 「……“メテオ・シューター”ッ」


 「……“メテオ・クラッシャー”ッ」



 その命名に、両者は一瞬ドキリとし、そして互いに笑い合って。



 「面白い、じゃないか……」


 「で、やがりますわね……」



 同じく“隕石メテオ”の名を冠する武具。


 方や、片手で握るには大き過ぎる白金のハンドガン。


 方や、無骨な鉄塊を思わせる黒金の拳甲。


 どちらも両手に装備する事は叶わず、片手のみが限界で。



 「これが、最後の一発でやがりますわ……っ」


 「この一撃に、己の全てを込めて……ッ」



 コッペリアとガネーシャは同時に身を低く構え、互いの呼吸を読み合い、そして。



 「ッシャアアアアアッ!!」


 「ハァアアアアッ!!」



 一拍の後、完全に同時に踏み出した二人は、間合いに飛び込んだ瞬間、行動に出た。


 地面を踏み鳴らしたのは、ガネーシャ。


 そこには、何の飾り気も無い真っ直ぐで純粋な必殺の拳だけが在った。



 (直撃=即死! でやがりますが―――ッ!!)



 痛みを恐れ、踏み止まるな。


 それは、彼女が信じて止まない女性が言外に語った強さの秘訣。


 故に、コッペリアは止まらない。



 (撃ち合いに持ち込むつもりか―――ッ!?)



 向けられた銃口の先には、ガネーシャの拳。


 全身全霊を賭けたからこそ、その拳は彼の成せる最強であり、同時に。



 (今更軌道は変えられん……。ならばッ!)



 放たれる弾丸ごと、打ち砕くのみ。


 その決意が込められ、更に威力の増したガネーシャの拳撃。


 同時、コッペリアは圧倒的な集中力で狙いを一点に引き金を引いて。


 ―――激突。



 「ヌッ、がああああッ!!」



 一瞬、両者の力は拮抗し、しかし、放たれた弾丸は徐々に潰れ、ガネーシャのメテオ・クラッシャーを砕くも威力を相殺する事叶わず。



 「殺ったぞ、コッペリアぁ―――ッ!!」



 砕け散ったメテオ・クラッシャーの破片を押し退け、ただの拳が、コッペリアの左腕に吸い込まれて行く。


 そう、そこにあったのは、“左腕”だった。



 「予測済み、でやがりますわ……ッ」


 「な、に……!?」



 コッペリアがメテオ・シューターを構え、突進した事には意味があった。


 予測していたのだ。


 弾丸がガネーシャの拳に打ち勝てたなら、それでよし。

 しかし、もし打ち勝てなかった場合、その拳は確実にコッペリアの命を奪うだろう、と。


 だが、しかし。


 誰が軽々しく命を捨てられようものか。


 やれる事は、全てやってこそ、“命の戦い”だ。


 ならば、打ち勝てなかった場合も想定し、自分がガネーシャに打ち勝てる可能性を絞り尽くす。


 結果、導き出された回答は。



 「左腕も、くれてやりやがりますわッ!!」



 メテオ・シューターの銃身を盾代わりに、その拳を受け止め、破壊され、尚も止まらない威力で手首と肘と肩まで砕かれる。


 ―――が、それでも、まだコッペリアの心臓は動いていた。



 「う、ぐ……ッ、痛―――く、ないッ!!」


 「ば、馬鹿な……正気かッ!?」



 それこそ、隕石を打ち砕く程の破壊力を秘めた拳打。


 それ正面から受け止めれば、どうなるかなどコッペリアには予想出来ていた筈。


 だからこそ、ガネーシャは彼女の正気を疑ったのだが。



 「正気……だからこそッ!!」



 左腕の関節という関節、骨という骨が粉砕され、スーツすら引き裂かれて鮮血が舞うが。


 それでも、止まらないのだ、彼女は。



 (片足を失い、これで左腕も失った。軸足は使えないから、万事休す? ―――否ッ!!)



 左腕を吹き飛ばされたその衝撃さえ利用し、彼女が突き出したのは唯一の右拳。


 最後の力を振り絞り、拳を打ち切って無防備になっているガネーシャの顔面へ。



 (クッ、避けられん……ッ!?)



 が、しかし。その諦めの想いが、尚も彼を突き動かした。



 (―――たった今、教わったばかりだろう!)



 諦め切れない想いから、結果的に他の何もかもを諦めて捨て去ろうとしたガネーシャに、最後のその瞬間まで、全てを諦めるなと教えたのは他ならないコッペリアだった。


 ならば、どうしてそんな無礼な真似が出来ようか。



 「勝つのは……オレだぁああああッ!!!」


 「ッ!?」



 これに驚かされたのは、コッペリアの方だった。


 彼女の演算機能を超える事象。


 もう絶対に、これ以上の反撃はないと、そう予測していたからだ。


 突き出されたコッペリアの拳を迎撃したのは、まさかの“頭突き”。


 最早、形振り構わぬその攻撃は、見事にコッペリアの拳を粉砕し。



 (―――いっ……! 右手、まで……っ)



 両足と両腕、攻撃の手段が全て封じられ、最早これまで。―――が、そう思った瞬間だった。



 「……あれ、は……」



 半ば吹き飛ばされながら、コッペリアの視界が宙を彷徨う最中。


 彼女は、北の空に浮かぶ、それを見た。



 (黒い……太、陽?)



 闇夜の空に、尚黒々と燃え盛る巨大な黒炎。


 その瞬間、コッペリアは“彼女”に見咎められているような気がして。



 『絞り尽くしなさい。私に、追い付きたいんだったら、ね』



 そんな言葉が、聞こえた気がした。



 「―――っこなクソぉぉおおおおおおおッ!!!!」


 「……っ!?」



 勝った、とそう確信していたのだろう。


 無理もない。確かにガネーシャは、コッペリアに勝っていたのだから。


 が、しかし。それはほんの一瞬、僅か直前の彼女に、だ。



 「負けられないので、やがりますわ……っ、“あのヒト”が見ている、前でだけはッ!!!」



 脳疲労はとっくに限界を超え、全身も骨折やら内臓破裂やらで痛みすら麻痺している。


 呼吸さえ困難で、もう攻撃手段などこれっぽっちも残って居ないと自分自身でも判って居るというのに。


 止まらない。止められない。


 足掻く事が、生きるという事だから、と。



 「どうせ……、折れて動かないのなら……ッ」



 自分の中に残った、体力の欠片を掻き集め、足りない分は意思と命で補い、力を込めたのは折れた脚。



 「―――ッ!」


 (コイツ……っ、折れた脚で―――ッ!?)



 もう、張り上げる声すら出せない。


 そんな状態で振り抜かれたコッペリアの脚は、爪先は。



 「か……っ」



 偶然か、はたまた必然か。


 狙うような余裕など無いその一瞬で、迫り出されたガネーシャのこめかみをピシリと掠め。



 (しま―――っ)



 闇雲に繰り出された一撃に、脳が揺れた。


 と、同時、コッペリアは身体を支える事も出来ず、砂地に叩き付けられる。



 「―――あっ、ぐ」



 強制的に肺から息が吐き出され、苦しさを感じるがそれも刹那。


 仰向けのままで何とか顔だけを上げると、そこには。



 「参った……、な……」



 フラリ、フラリと、二〜三歩前に歩いたガネーシャが、虚空を見詰めながら、呟くように。



 「懐かしい……、感覚、だ……」



 そう、弱々しく言葉を発し、不意に膝からガクリと力が抜け―――砂地へと倒れ込んだのが見えた。



 「……はぁっ、はぁっ、はぁっ……」



 荒い呼吸を繰り返し、それでもコッペリアはニッ、と小さく笑みを浮かべ。



 「ワタクシの……勝ち、でやがり……ます、わ……!」



 最後まで意識を保っていられた方が勝者、とそう言う事だとするならば。


 確かに、コッペリアは意識を保っているし、ガネーシャは完全に意識を飛ばされていて。



 「っしゃあああー!!」



 ……と、北の空へと咆哮を上げ、それを最後に、彼女の意識もまた、暗転する。


 それが、気絶だと気付いたのは、身体の感覚が戻ってくる程度に眠りこけてしまっていた後の事で……。



 「―――はっ!?」



 ガバッ、と砂の中から顔を上げた瞬間、コッペリアが辺りを見回すと。



 「……よ、起きたか」


 「はうあっ!」



 直ぐ傍から聞こえて来たその声に、コッペリアは飛び起きた。



 「なっ、アナタっ、起きて……っ!?」


 「まぁ、な。脳震盪なんてのは、慣れたもんさ……」



 彼女が眠っていたその場所で、殆ど距離を置かずに座り込んで居たのは、他でもないガネーシャだった。



 「ワ、ワタクシ、ひょっとして……負けて!?」



 と、一瞬蒼白になるコッペリアだったのだが。



 「いいや、ありゃアンタの勝ちだ。オレはただ、回復したのが早かったってだけで、そりゃ勝負とはもう関係ない。負けたのは、オレだ」


 「あ、あら、そうでやがりますの……?」



 キョトン、と間抜けな顔で聞き返すコッペリアに、ガネーシャは思わず小さく噴き出してしまい。



 「……変な人だな、アンタ」


 「な、何でやがりますの、藪から棒に! 失礼でやがりますわっ」



 すまんすまん。と、しかし、やはり笑いながら。



 「しかしまぁ……、アッチの二人は派手にやってるなぁ……」



 そう、ガネーシャが呟いた先。


 北の空から響いて来たのは、激しい轟音。


 その光景を目で追いながら、コッペリアもその場にちょこんと座り。



 「あの方、“黒”とか“ソロ”とかがお好きなクセに、やる事は兎角突拍子もなくて、派手で、デンジャラスでやがりますから」


 「らしいな。まさか、あの“マキシマ”と互角に戦える程とは、正直思ってなかった……」



 ガネーシャも、あの空で戦っている人物―――香澄の事は、聞き及んでいた。


 故に、その強さを疑っては居なかったのだが。



 「あのようなヘンタイさんと一緒にしないでやがり下さいまし。互角だなんて、アナタの目は節穴ではありやがりませんの?」


 「おいおい、酷いな。まぁ、身内贔屓したい気持ちは、解らなくもないが……」



 と、苦笑しつつ返すガネーシャだったが、コッペリアはそれを、首を大きく左右に振って否定した。



 「贔屓などではござりやがりませんわよ? あの方、まだ抑えて戦っていやがりますもの」


 「な、に……?」



 驚き、見上げたその先で、コッペリアの言葉を肯定するかのように、黒炎が空を覆い尽くし、吹き荒ぶ吹雪を呑み込んで。



 「―――どうやら、ワタクシが眠っている間に、カガラさん達が“ブツ”の回収に成功したようでやがりますわね」


 「例の、“枝”とかいう、アレの事か?」


 「ええ、いよいよ香澄さんも、力を抑える必要が無くなったようでやがりますわ」



 話しながら、コッペリアが見ていたのはUI上のチャットログ。


 香澄から直接の指示があったようではないが、施設内から情報を引き出したシノが提案し、和幸がその決定を下したらしく。



 「まるで、天災……だな」


 「で、やがりますわね……。っとと、ワタクシ達もそろそろこの場を離れた方が宜しいかと」


 「ん、此処を? 何故―――」



 と、ガネーシャが聞き返そうとした瞬間だった。



 「うおッ!? な、なんだッ!!?」



 突如吹き抜けた熱風と砂塵に驚き、反射的に北を向いて。



 「ほら、巻き込まれやがりますわよ? “カミサマのお怒り”に」



 平然とそう語るコッペリアを見て、ガネーシャはいよいよ彼女の言葉を疑えなくなった。



 「なんて事だ……、あれじゃあ本当に……っ」



 神の怒りか、天罰か。


 そんな言葉で脳内を埋め尽くされ、ガネーシャは足が竦んで立ち尽くしてしまう。


 彼等の視線の先。その北の空には今、確かに“神”が降臨しようとしていた。


 先ほどの熱波は、その前兆でしかなかったのだ。



 「ほらほら、ガネーシャさん、行きますわよー?」


 「……い、行くって、何処へ……?」



 砂塵に半ば呑み込まれながら、手を振るコッペリアにガネーシャが聞き返すと。



 「アナタの“娘さん”、救出しなければならないのでは?」


 「え……」



 さも当然のようにそう言ったコッペリアに、ガネーシャは唖然とし。



 「まさか、本当に“ほったらか死”にでもするとお思いでやがりましたの!? 酷いでやがります! ワタクシ、そんな無責任な事するような生き物じゃございやがりませんことよ!?」


 「だが、オレは、アンタに負けて……」



 敗北は敗北。そう受け入れ、最悪の場合、彼女が先刻言ったように、保険金を騙し取る事なども考えていたのだが。


 コッペリアはまるで気にした様子もなく、当たり前のように前言をひっくり返して。



 「心臓病という事でしたし、その程度なら外科手術なんてする必要もございませんもの。たしか、精霊連合の本国には“聖女さま”なんて医療魔術のスペシャリストな方も居られやがる筈ですし、サクッと治して下さいやがりますわよ、きっと」


 「―――ハ、ハハ……、参ったな、本当に……」



 コッペリアの様子と言葉と、そして何よりその真実に、ガネーシャには最早笑う以外の選択肢が残されておらず。



 「応援、したくなるじゃないか……。“お姫様”の方を、さ……」



 必死になっていた、そう思って足掻いていた頃の事を思い出し、あれは何だったのかと頭を抱えたくなる。



 「ほーら! 早く来やがりませぇー! 置いて行ってしまいやがりますわよーっ!」


 「ま、待った! 直ぐに行くから、ちょっと待ってくれっ!?」



 先に走り出して手を振るコッペリアを慌てて追うガネーシャ。


 その背の向こう、北の空には既に“神”が降臨していて。



 (―――正直もう、何が何やら、だな……)



 ガネーシャは苦笑いを浮かべ、その場から急いで走り去るのだった。

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