第五十三話
第五十三話「死闘! 激闘! 大奮闘!」
各所で火の手が上がる石狩湾新港。
今、発電所の東側では、カガラとロディーを加えたイライザとシノの四人が、アバターラ二人と米軍を相手に奮戦している真っ最中だった。
「―――チッ、思った以上にやりやがるな、コイツら……ッ」
「なんや、もう音ェ上げるんかい、ロディア」
「馬鹿言えッ! ただこう、攻め難いっつぅかだな……っ」
香澄から貰い受けた双剣を手に、襲い掛かる無数の銃弾を弾くロディア。
正面には小銃を構え、瓦礫を盾に応戦している数十人の米軍兵。
隣に立つカガラは大斧を盾のように構え、余裕の表情を見せているが。
「んまぁ、言いたい事ぁ解らんでもないんやけどな。実際、奴さん練度高いで。これやと、しばらくは合流出来そうもない」
「チッ、バラけたのは失策だったぜ……ッ」
粗方銃弾の雨を捌き切り、T字路の廊下で左右に交わしたロディアとカガラ。
壁の角をジワジワと砕いて浸食してくる銃弾は途切れる事を知らず、顔を出して相手を覗う隙も無い。
しかし、何故拘束されていた二人しか居ないのか。
救出に来た筈のシノとイライザの姿は何処にも見当たらず。
その理由は、遡る事数分前。
「姫さんら、随分時間掛かっとるなぁ」
「敵もそこまで無能では無かった、という事でしょうか?」
ロディアとカガラを開放した所までは良かったのだが、監視に付いていた二人のアバターラが思った以上に抵抗し。
脱出ついでに陽動を掛けるだけの筈が、米軍に退路を断たせるだけの時間を与えてしまっていた。
「強行突破しようと思えば、やれねぇ事もねぇけどよ……」
「まだ……早い。姫から、連絡……来て、ないから」
問題は、そこだった。
匙加減が難しくなっていたのだ。
適度に暴れ、適度に時間を稼ぎ、適度に脱出を図る。
コレが、思った以上に難しい。
当初の予定では、数分時間を稼げば良いだけの話しだったのだが、事態は槙島の登場で大きく狂いを見せ始めていた。
このタイミングでは、香澄はまだ、その槙島とも接触してさえ居なかったのだが。
「しゃーねぇ、此処は二手に分かれて適当な場所で落ち合う事にでもするか」
「敵戦力の分散を図るのですね?」
「悪ないんとちゃうか。それやったら、今よか多少抵抗する火力も落ちるやろしな」
「それ……、採用」
施設内の廊下を手当たり次第に走り回り、出口を探しているフリをして。
カガラとロディアは階段を下に。
シノとイライザは階段を上へと昇り。
ロディアとカガラを追って来たのは、米軍の大部隊。
そして、いよいよ建物の出口が見えた辺りで、今に至るのだが。
『―――二人とも、聞こえる?』
「おう、姫さんか!」
適当に奪った小銃を使い、大穴の空いた壁から外の米軍と銃撃戦を繰り広げていたロディアとカガラの耳に、香澄の声が届いた。
「どうなってんだよオイ、“枝”の情報は見付かったのか!? こっちはそろそろ限界だぞッ」
『ゴメン、イロイロあってね……。今、そっちは―――って、銃撃戦真っ只中ってカンジね』
「おう、思った以上に抵抗が激しくてな! 出口近くまでは来てるんだけど……よッ」
壁越しに銃口を外へ向け、適当に弾丸をバラ撒きながら答えるロディア。
「奴さん、予想外に練度が高ぅてな、コッチゃあいなすのも一苦労やで……ッ!」
「イライザ達ともバラけちまったんだ、これ以上は中途半端にゃデキそうもねぇぞ!?」
マガジン交換を交互に行いながら、銃撃戦を続ける二人。
しかし、拾い物だけに弾数も限られていて。
「あ、アカン。弾切れやわ」
「はぁっ!? 無駄撃ちすんなってアレ程言ったじゃねぇか!」
と、遂には仲間内で喧嘩腰になってしまうくらい、二人には余裕が無い様子だった。
『おkおk、状況は判った。コッチもついさっき例の“槙島”に出くわしたトコでさ、諸々の事情で作戦変更よ』
「おう?」
ロディアとカガラは首を捻り、しかし。
『“思いっ切り”やっちゃってイイわよ。もう時間稼ぎの必要も無いから』
その言葉を聞いた瞬間、ロディアとカガラはニヤリと口角を釣り上げた。
「この格好、いい加減動き難ぅてかなわんかってん。なぁ? ロディア」
「ヘヘッ、ようやくだな。溜まりに溜まった鬱憤、晴らさせて貰うぜ……ッ!」
んじゃ、よろしく。と言う香澄の声に頷き、二人は小銃を放り出して。
「ほな、派手に行こか」
「おう、ナメた真似してくれた礼は、キッチリしてやらねぇとな」
立ち上がり、カガラは大斧を、ロディアは双剣を引き抜いて。
二人は同時、首から下げられていたマジックアイテムのネックレスを引き千切った。
「ん……、なんだ? 抵抗が……止んだ?」
発電所跡の壁に開いた大穴。
そこを境目に、外で瓦礫の山から迎撃を行っていた米軍の指揮官が、二人からの迎撃が止んだ事に首を傾げる。
しかし、そこで友軍兵に銃撃を停止させたのはマズかった。
「「…………」」
大穴の向こうから、ゆっくりと姿を現す二人の大男。
が、その姿はまるで夢から覚めたように、茫と変化して……。
「な……っ、コイツ、ら……ッ!?」
無言でニタリと笑むロディアとカガラ。
その容姿は、人の姿から本来あるべき“亜人”の特徴を取り戻して行く。
「嬢ちゃんからお許しが出たでぇ」
「こっからはガチだ……。覚悟しやがれ、毛無し猿どもッ」
人間とは比較にならない巨体。
方や、頑強な鱗を持つ2メートル超えの長身リザードマン。
方や、筋肉の塊とも思えるような恰幅の良いオーク。
何れも、その手には近接武器を装備し、自分達に向けられた銃口を恐れるそぶりさえ見せず。
―――それは、未知の相手に対する、純粋な恐怖からの行動だった。
「ば……バケモノっ、どもがッ!!」
指揮官の指示を忘れ、兵の一人が恐怖心に煽られて発砲。
それを皮切りに、次々と兵士達が銃撃を再開してしまい。
「ま、まてっ! 誰が発砲許可を―――」
既に、兵士達の耳に指揮官の声は届いていなかった。
「テンパってんじゃねぇぜ、バカどもが……」
最初に動いたのは、ロディアだった。
自身に向かって飛んでくる銃弾を眼前で避け、余裕すら見せず。
「コ、コイツ……銃弾が、見えてっ!?」
「悪ぃが、手加減はもう無しだ」
「ひ……っ」
相撲取りを思わせるような体格からは想像も出来ないような俊敏さで芝の上を駆け、その両手に携えた双剣を振り上げると―――一息で防刃ベスト毎、目の前の米兵をなで斬りにした。
「あ……ぉッ」
斬られた男が最後に見たのは、自分の両断された下半身。
その向こうには、悠然と剣を担ぎ、嗤うオークの顔が在った。
「き、貴様ぁあああっ!!」
仲間の唐突な死に、他の兵士達は銃口をロディアへと向けた。が、しかし。
「オレ様に見惚れ過ぎだ、馬鹿野郎どもが」
その背後から迫っている巨躯に、彼等はまるで気付いていなかった。
「はい、ご苦労さん。ってなぁッ!」
「―――ッ!?」
ロディアの頭上を軽々と飛び越え、大空で巨斧を振り上げたカガラが米軍兵の群れの中へと飛び込み―――爆轟。
「ぎゃあああああああーっ!!」
「ぐああっ!!?」
兵士の一人を頭から真っ二つに引き裂き、そのまま地面へと叩き付けられた斧が砲弾の如く土砂を巻き上げ、爆発を引き起こし。
僅か一撃で、5〜6人の兵士が吹き飛ばされ、犠牲になった。
「おー、よぅ飛ぶわ……。軽いのぅ、毛無し猿は」
「バ、化け物か……っ」
たじろぐ指揮官。
錯乱する兵士達。
手当たり次第に乱射された銃弾は敵味方問わず。
「おいおい、滅茶苦茶やないか」
カガラの見ている前で、同士討ちを始める米軍兵達。
「死ね! 死ね! 死ね! 死ねぇえええッ!!」
「来るな……ッ、来るなああああっ!!」
何発かがカガラにも当たるが、その銃弾は当然のように鱗に弾かれて。
「脆過ぎやろ……」
「手前ェがタフ過ぎんだよ! つか……っ痛ェ! いだだだだッ! いってぇだろうがッ!」
「ぎゃああッ」
ロディアにも当然何発かは当たり、しかし弾丸は分厚い皮膚と脂肪の層に衝撃を吸収され、ポトポトと地面に転がり落ちる。
撃った本人は癇癪を起したロディアに撫で斬りにされ、絶命。
「なんやねん、コレ」
「もう収拾つかねぇな……」
呆れる二人に、しかし米兵達は必死に抵抗しているつもりで味方を撃ち殺す。
二人がやる事と言えば、残った残兵やら死にかけにトドメを刺してやる事くらいだ。
「こりゃあ、さっさと終わらせて、上の連中の援護にでも行くべきか?」
「向こうは相手も二人。ちゅーても、アバターラやさかいなぁ。どないなっちょるか―――」
物の数秒で壊滅寸前の米軍兵に剣を突き立て、斧を払う二人が見上げた先は施設の屋上。
そこが、不意に炎を上げ。
「―――アバターラと言えど、この程度ですか……。コレでは、姫様には遠く及ばない」
屋上の更に上。上空に浮遊し、眼下で身構える二人のアバターラを睥睨するイライザ。
その両手に携えるのは、二つの火塊。
「くっ、くそ……っ」
「話しが、違うじゃねぇか……ッ」
近接武器を持つ彼等の表情に滲むのは、焦燥。
予定では、それぞれがシノとイライザを個々に相手取るつもりでいた二人だったのだが。
「イイゾー……、ヤレヤレー……」
と、シノは屋上の隅っこで戦闘に参加すらせず、ノート型PCを弄って座り込んでいた。
つまり。
「相手は、一人だぞ……!?」
「手も足も出ねぇ……っ、どうなってんだよ、コイツッ」
彼等は、イライザ一人にもまるで歯が立たない。
「余裕など見せる気もありませんが、せめてもう少し歯応えが欲しい所ですね。アナタ方程度のアバターラを倒したくらいでは、姫様にお褒め頂けないではありませんか」
「クッ、調子に乗りやがって……ッ!」
「挟み込むぞ。相手は魔術師系だ、オレ達なら、接近さえすればどうとでもなるッ!」
槍と大剣を持つ彼等は、それなりにハイランクのアバターラ。
実際、近接戦闘なら、少々の強敵でも物ともしない実力を備えていた。
それ故の自信。それ故の戦術。―――だったのだが。
「魔術師に対し、戦士系職での少数精鋭による挟み撃ち。確かに、接近戦にさえ持ち込めば勝機もあるでしょう。ですがそれは―――」
「な、にッ!?」
左右に散り、イライザを挟み込むようにして一気に肉薄した二人のアバターラ。
しかし、その切っ先と穂先がイライザへと突き出された瞬間、彼等の動きがピタリと止まった。
「―――相手が、“魔術師であったなら”の話しです」
「コイツ……っ、指、だけで……ッ!?」
切っ先と穂先を挟み、彼等二人の全体重を支えているのは、イライザの指先のみ。
浮遊している彼女には、彼等の装備が持つ重量も全て乗せられているというのに、それでもイライザはビクともしない。
「何時から、勘違いしていたのです? 何故、錯覚したのですか? わたくしは、ただの一度とて、自分が魔術師だなどと言った覚えはありませんが?」
「な……っ、お前、まさか……ッ!?」
言うなり、驚愕する二人のアバターラをその驚くべき膂力で急激に引き付け、左右同時に固めた拳で彼等の腹部を殴り付けた。
「―――お、ご……っ」
「ごふ……っ」
撃墜。墜落。転倒。
その一撃は、ただの拳撃ではない。
一点に魔力が込められた、岩をも砕く程の強烈な拳撃だった。
「魔、闘……士、かよ……ッ」
「う、ぐ……っ、鎧、が……っ」
辛うじて上体を起こす二人のアバターラ。
しかし、その頑強な胴鎧は今の一撃で罅割れ、粉砕されていて。
だというのに、それを見下ろすイライザは。
「何をしているのです? 立てる程度には手加減して差し上げたのです。勘違いをしている相手に不意打ちなど、卑怯者のする事ですからね。さっさと立ち上がり、仕切り直しと参りましょう」
「て、てか、げん……!?」
「ウソ、だろ」
額から嫌な汗を流し、アバターラ二人はたじろぐ。
無理もない。
唯一の希望だった近接戦が、敵にとっても得意な分野だったのだから。
「―――はぁ……。シノ殿、何か掴めましたか?」
「わか、った。肝心の“枝”自体、此処に……ある、みたい」
その情報に、イライザは納得した様子で。
「先ほどの姫様からの御下知、そういう事でしたか……」
ロディアとカガラ同様、二人にも「手加減の必要なし」と香澄から命が下されていた。
しかし、理由が気になり、シノが施設内で確保した端末から情報を漁っていたという訳だ。
「後は、鏖し。するだけ」
「そのようですね」
ようやくシノもPCを投げ捨て、立ち上がり。
イライザの隣に並んで。
「う……っ」
「一人で、相手するんじゃ……なかったのかよッ」
その威圧感に、アバターラ達は身を竦ませてしまう。
「早々に終わらせて、皆さんと合流致しましょう」
「だ、ね。じゃあ―――」
と、シノが目を向けたのは、大剣を構えた剣士。
「では、わたくしは左の槍使いを」
イライザが残されたもう一人の方へと目を向け、そして。
「それなりに戦闘訓練は積んでいるようですが……」
「実戦経験、皆無。アタシ達に、敵うわけ……ない」
「くっ、クソッタレッ!」
「やってやる……っ、やってやるッ!!」
無謀にも、剣と槍を構えた二人のアバターラは、身構えてさえいないシノとイライザへとやぶれかぶれで突撃を慣行し……。
「虚実が足りません。死んで出直して下さい」
「―――ッ」
馬鹿正直に突き出した槍の穂先は、僅かに身を交わしただけのイライザの脇を擦り抜けて。
代わりに、突き出された手槍で下顎を突き貫かれた。
「全ての生物に置いて、喉以上の弱点はありません。覚えておきましょう」
手槍で下顎毎喉を突き破られ、呼吸が出来ず、血を撒き散らしてのたうち回るアバターラを見下ろし、イライザは。
「苦しいでしょう、今楽にして差し上げますね」
と、さも平然と、その男の頭を踏み潰した。
一方、シノの方は。
「クソッ! クソッ! クソッ!! なんで……当たらねぇんだッ!!?」
大剣を矢鱈に振り回し、何度もシノへと襲い掛かっているというのに。
「踏み込み、足りない。肩に力、入れ過ぎ。腰が、入ってない。握りが、甘い」
全ての攻撃を紙一重で交わし、余裕綽々と駄目出し。
しかも、挙句の果てに。
「駄目。正座」
「え、……なっ」
爪先を踏まれ、膝裏に踵をかけられ、額を指先で小突かれて、肩を圧され。
気付けば、剣士は剣を掴んだ体勢のまま、地面に正座させられていた。
「超重量の、武器は……、重さを活かし、如何に動きの無駄を削ぎ落とすかが、肝要。西洋剣術に、於いても、それは……変わらない」
「あ、はい……え、は?」
訳が分からず、プンプンと頬を膨らませるシノの顔を間近に見て、剣士は混乱の極みに達し。
「と、いう訳で……コンティニュー」
「あ……―――カッ」
彼が気付いた時には、自分の首が宙を待っている最中だった。
「ウチの騎士団、だと……最下級にも、入れられない、レベル」
「ですね……。実戦経験が余りにも不足しているようです」
槍使いと剣士は、揃ってその首から大量の血を噴き出し、屋上の床に真っ赤な池を作り出して沈んでいて。
それを見下ろし、シノとイライザは。
「この分ですと、姫様の方に現れた、槙島以外の二人のアバターラというのも、大した事は無さそうですが……」
と、尋ねるイライザに、しかしシノは。
「ううん、多分……コッチの二人、とは……次元が、違う」
「と、申されますと?」
聞き返したイライザに、シノは珍しく真剣な表情で。
「向こうは、戦闘の……プロ」
先ほど、シノがノート型端末で検索した情報の中には、槙島と行動を共にしている二人のアバターラについても詳細な記述があった。
そこには、片方は元傭兵。そして、もう片方は元プロボクサーと書き記されていて。
「多分……、実力、伯仲」
これに驚いたイライザは、意図せず彼等が戦っているであろう施設西側を睨み。
足を向ける事を躊躇した。
「どうやら……、そのようですね」
背筋に感じる、ゾクリとした寒気。
それは、決して偶然などではなく。
感じるのだ。
肌と感覚を通し、この施設の反対側で圧倒的な殺意が荒れ狂っているのを。
そして、事実。
今、発電所跡の西側。大きな駐車場のある場所では、和幸がラクシュミと名乗った女性アバターラとの戦いで、苦戦を強いられていた。
「―――強い。そして、何より……迷いが無い、でござる……ッ」
広大なコンクリートの闘技場。
そこに立つ和幸の前に居るのは、両手に鋭い曲刀を携えた、一人の戦女神だった。




