第五十話
第五十話「核を穿て」
頭部欠損。表層崩壊。
しかし、ダイダラボッチはまだ動く。
その肉体の中央に、真紅の紅玉を宿して。
(―――アレを、破壊出来れば……ッ)
損壊部が大き過ぎた為か、ダイダラボッチはその巨体を泥の山のようにして、全身を練り合わせ、水分を均等に再構築を始めようとしていた。
その渦巻く泥の中心に浮かぶ赤い結晶。
コレを“核”と見抜いた香澄は、その破壊方法をシミュレートする。
(さっきの法撃……は、駄目だ。これ以上は、私の脳が保たない……ッ)
タラリ、と香澄の鼻から一筋の赤い滴が零れる。
脳に血液が集中し過ぎ、粘膜の薄い鼻の内部で毛細血管が破裂している証拠だった。
もしこれ以上続ければ、脳内で血管が破裂し、先ず確実に死に至る。
故に、脳への負荷を考慮し、行動しなければならない。
(だけど、同等の威力が出せないと、あの分厚い泥の壁を超えられない……。どうするっ!?)
―――考える。
脳への負荷を抑え、泥の壁を超える方法を。
その上で、ダイダラボッチの核を破壊する術を。
香澄は瞬時に自身が格納している脳内情報を“泥・土・岩盤”と“穴・切削・破壊”で検索―――ヒット。
導き出された回答に、インベントリを確認し、大きく頷いた。
「―――行けるッ」
イメージはトンネルを作る際に用いられる切削シールド。
それにドリルの形状を掛け合わせ、更には推進力を持たせる。
人間の大きさで作り出せる物である為、小さく切削範囲は限られるが、その分脳への負荷も最低限。
(内側に入り込めさえすれば、後は何とでもなるッ)
香澄はダイダラボッチの攻撃が届き難い高空へと飛翔し、そこから戦場を見渡す。
「何か思い付いたみたいだな、香澄の奴」
それを見上げ、表情の読めない言葉を放ち、氷獄剣を担いで槙島は静観の姿勢を取った。
(―――チッ、あわよくば巻き添えにしてやろうとか思ったけど、射線から逃れたか……。ま、いいけど)
そんな槙島を見下ろし、鼻を鳴らした香澄は。
「―――ヴァリアブルデコード! 黒鎖モード・“黒蜥錐”ッ!!」
新たな黒鎖の攻撃モードを創成。
両手両足に巨大な菱形のブレード付きシールドを備え、その内部に大出力ブースター。
更には両肩と背を連結した大きく頑強そうな切削ブレードを三枚作り出し、重装甲の戦闘機染みた形状へ。
「あの形状……まさかッ!? よせ香澄! 自殺行為だッ!」
「冗談! 黙って見てろ、クソナルシストッ!」
槙島の静止を振り切り、香澄は各所のブースターを点火。
黒炎を噴き出し、回転制御を行いながら自分自身を切削機の刃に変え―――発射。
(危険は承知! ダイダラボッチの体内は蠢く泥の海。地中に潜るのとはワケが違う。そんなのは判ってる……ッ)
ブースターの出力以上の圧力を加えられれば、絡め捕られて圧し潰される可能性もある。
しかし、それでも、香澄は 躊躇わなかった。
回転速度と飛翔速度。
その双方を限界まで引き上げ、突入すれば穴を抉じ開けるのにそう時間はかからない。
これまでの経験から、ダイダラボッチの反応速度は凡そ掴めている。
そこから算出するに、十分その巨体を貫通する時間的余裕がある筈だと確信を持っていた。
そう、貫通するだけで良いのだ。
(多分、コッチの攻撃に合わせて、ダイダラボッチは体内のコアの位置を移動させる。さっきはほぼ中心地点に置いていたから、アレがデフォの位置!)
狙い目はその中央部から上か下に僅かにズレた位置。
敢えて中央を避ける事でコアが移動する位置関係を意図的に絞り込む事が出来る訳だ。
これはつまり、コアを狙う為の攻撃ではないのである。
(多分、槙島もコアの事には気付いてる。だから私は、アイツが“付け入り易い状況”に誘導してやるだけでいいッ!)
高速回転するドリルか、はたまた小さな竜巻か。
大空を自在に飛翔し、狙いをダイダラボッチの胸部に付け、轟音と暴風を巻き上げながら、香澄は最大出力で突貫する。
「□□□□ォォオオオオオ―――ッ!?」
衝突。と、同時に掘削されて行くダイダラボッチの胸部。
小さな穴に群がる泥の波を物ともせず、黒蜥錐は瞬く間に体内へ侵入。
背部までの距離は凡そ10メートル程だが、中心部までは僅か1秒と掛からず到達した。
「―――此処だッ!」
高速回転する黒蜥錐の中で、香澄は瞬間的に黒鎖をリセット。
即座にインベントリを開きそこで何かをダイダラボッチの体内へと適当にばら撒いて、泥の波が押し寄せる中、再び黒鎖を黒蜥錐へシフト。
回転を再開し、全力でダイダラボッチの体内を切り開き、背面へと貫通した。―――の、だが。
「くっ……ッ」
そこで疲労は限界に達する。
黒蜥錐を維持し切れなくなり、そのまま空中に放り出され、ビルの壁を突き破って転り込んだ所で何とか地面に手を着いた。
「無茶をするな……! お前の綺麗な顔に傷でも残ったらどうするつもりだッ!」
「アンタは……っ、もっと他に、心配する事があるでしょうがッ」
駆け付けようとする槙島を睨み付けて制止し、立ち上がれない膝を立ててダイダラボッチへと視線を向ける。
そこには、あれだけの大穴を穿たれて尚、一瞬で傷を塞ぎ、振り返ろうとしているダイダラボッチの姿。
「あれじゃ何の意味も無い……。お前は、こんな無駄な事をする女じゃ無かったと思ったがな」
「無駄……? 本当にそう思ってるなら、アンタの目は節穴ね」
「なに……?」
香澄が這這の体で起き上がり、その手に握って見せたのは―――拳銃のグリップ部分だけを取り外したような、小さな装置だった。
その上部にある赤いキャップを親指で弾くと、出て来たのは押し込み式のスイッチ。
「起爆装置……まさかッ!?」
槙島が目を見開いてダイダラボッチへ視線を向ける最中、香澄はニヤリと笑みを浮かべ。
「私は、もう動けない……。どうするかは、アンタ次第よ……」
言いつつ、その手の中の起爆装置を起動。―――直後、ダイダラボッチの胸部に異変が起こった。
「■■■■ッ!!?」
胸郭が大きく膨らみ、背部まで膨張。
ダイダラボッチの上半身は限界まで膨れ上がって、次の瞬間。
「ボォアアア―――ッ!!!」
爆ぜた。
狙い通りの大爆発に、香澄は嗤う。
炎に包まれたダイダラボッチの上半身からは、思った通りにコアが露出している。
―――トリニトロトルエン。爆薬だ。
掌に二〜三個は収まる程度の超小型爆弾だが、その破壊力は絶大。
事実、ダイダラボッチの体内という密閉空間で数個を同時起爆すれば、その上半身を消し飛ばす程の威力を発揮する程。
この瞬間、槙島は判断に迷った。
(―――オレがコアを破壊すれば、この戦闘は終わる。だが……っ)
彼の脳裏を過るのは、香澄の存在。
彼がこの場に居る理由の大部分は、香澄を手に入れる為だった。
香澄を自分の物にしたい。
だから、取引材料があるなら、それを利用しない手は無い。
この街の人間達を守ってやるのも重要だが、彼にとっては香澄を手に入れる事の方が優先順位が高かった。
どうする? この状況で、どうすれば香澄に恩を売れる?
香澄を従わせ、自分の傍に置くにはどうすれば良い?
(クッ、時間が……ッ)
ダイダラボッチの上半身は砕けてコアも露出しているが、槙島は判断が付かない。
そうこうしている内、泥は再びダイダラボッチの上半身を再生させ始め。
(迷え迷え! 吠え面浮かべて悔しがれッ)
槙島の顔に浮かぶ焦燥。
それが可笑しくて、香澄は噴き出す。
そもそも、香澄は槙島の行動に期待などしていなかった。
香澄が描いたのは、ダイダラボッチ討伐までの流れで、槙島に“悔しい思い”をさせる事で。
「ク、クソッ! やるしか……ッ!」
しかし、槙島が氷獄剣を振り上げ、今まさに泥に呑み込まれようとしているコアへ振り下ろそうとしたその瞬間だった。
「はい、時間切れ♪」
その瞬間、剣を振り上げたままで固まる槙島の脇を、膨大な熱量が轟音と共に駆け抜けた。
「な、なんだ……ッ!?」
それは、一発の弾丸。
その弾丸は、泥の波を物ともせず、たった一撃でダイダラボッチのコアをビシリと撃ち抜き。
「やっぱ……アイツを仲間に引き込んだのは、正解だわ……」
香澄が視線を向けたのは、遥か遠方のビルの上。
その上空には、飛行揚陸艇が浮かんでいた。
「―――何とか……、間に合いやがりましたわ……っ」
ビルの屋上で大きなスナイパーライフルを構え、伏せ撃ちの姿勢で顔を上げたのはコッペリアだった。
「さっすが、元人工知能! 演算能力が違うわっ♪」
カラカラと笑う香澄と唖然とする槙島。
その二人の前で、ダイダラボッチの巨体が力を失って崩れて行く。
「なんだ、それは……ッ! 何なんだ、これは……ッ!?」
徐々に理解が追い付き、槙島の顔に怒りが滲み出始めた。
香澄はそれすら可笑しくて、寝そべりながら床を叩く。
―――気付いていたのだ。槙島が現れた、あの瞬間から。
和幸との通信が途切れた場所は、香澄とダイダラボッチが戦闘を繰り広げていた現場のすぐ傍だった。
和幸の回収を揚陸艇に要請した時、一瞬言い淀んだのはこういう事態も想定しての事。
そこから先の戦闘は、揚陸艇でも当然モニタリングしていて、戦闘直前にはシノがコッペリアの事を気にするような会話もあった。
つまり、香澄自身が戦闘で追い込まれれば、シノは眠っていたコッペリアに頼ろうとし、コッペリアはその人間離れした演算能力で戦闘状況と香澄の思考パターンから結果を大凡予測して行動する。
確実とは言えない賭けに近い思惑だったが、仮に失敗したとしても、仲間達は直ぐ傍で待機していた訳だし、ダイダラボッチとの戦闘は槙島が引き継いで、香澄は揚陸艇に回収される。
槙島は香澄を必死に守ろうとするだろうから、これはほぼ確実に成功していただろう。
結局、この展開は端から香澄が描いていた通りの物で。
「あっるぁ〜ん? 槙島さんってぇ、一体何しに此処に来たのかしるぁ〜ん?」
「ぬ、ぐっ!!」
顔を真っ赤に紅潮させ、怒りと悔しさと恥ずかしさに身悶える槙島をニヤニヤと見遣り。
「私には、アンタの力なんて必要ない。私の仲間達はみんな優秀なのよ」
「香澄……ッ、お前分っていて、こう仕向けたな……ッ!?」
「ったり前っしょ。最初から、アンタなんかアテにしてないのよ、コッチは。骨折り損だったわねぇ〜? 顔洗って出直してきなよ」
「く……くそッ」
忌々し気に舌を打ち鳴らし、崩壊するダイダラボッチと遥か遠くのビル上でライフルを構えるコッペリアを睨み付け。
「オレは……諦めんぞッ」
「もう来んな」
「チ……ッ!!」
槙島は空中で身を翻し、そこから直ぐに何処かへ飛び去って行った。
「―――はぁ〜……」
一頻り笑った所で、香澄はぐで〜っと床に伸び。
気怠げにヴォイドフリックでシノを呼び出す。
「シノ、カズは回収できた……?」
『無事……。今は、眠ってる』
「そ……。他の連中は?」
『みんな、無事……らしい』
「―――らしい?」
微妙なその言い回しに、香澄は首を傾げ、聞き返したのだが。
その理由を聞き、香澄は休む暇も無く、頭を抱える事になるのだった。
「どーしてこう、面倒事ばっかり……」
と、香澄が疲れた声で肩を落としたのは、それから数時間後の事。
泥塗れの札幌中心街からダイダラボッチのドロップ品を全て回収し、揚陸艇で休んでいたカズやコッペリアとも合流した香澄は、藻岩山山中の密林に身を隠している最中。
何故、そんな事をする必要が出て来たのか、というと。
「軽率だったでござる……申し訳ないっ」
香澄、リヴァルト、イライザ、シノ、そしてコッペリアの五人を前に、頭を下げたのは和幸。
どうにも事態は思わぬ方向に向かっているらしく。
「―――何だって突然米軍が絡んで来たワケ……?」
と、いう事。
なんでも、ダイダラボッチが現れた直後、日本から撤退していたアメリカ軍が急に舞い戻って来たという話しで。
防備に当たっていたカガラとロディーは揃って米軍に拘束され、避難民と自衛隊はその庇護下に置かれているらしい。
「どうも、ペンタゴンが絡んで来てるようでござってな……」
「意味解らん……。アイツら、異変の責任を日本に押し付けて、さっさと撤収したんじゃなかったの? 何で今更」
「公……には、窮地に陥っている、避難民、と、孤立した自衛隊の、支援……て事に、なってる。……けど」
「大方、自分たち精霊連合が自衛隊に接触したという情報を何処かから聞き付け、釘を刺しに来た……といった所でござろうな」
「にしても、タイミングがおかしいって。避難民と自衛隊の支援とか言っといて、それ要はダイダラボッチの襲撃に合わせて派遣されたって事でしょ? だとしたら、幾ら何でも早過ぎるっての」
ダイダラボッチの襲撃から避難民と自衛隊を救出する為に出て来たというには、余りにも足が速過ぎるのだ。
ダイダラボッチの出現が確認されたのは、今日の正午過ぎ。
それからアメリカが軍を派遣したとなれば、到着にはもっと時間がかかる筈なのである。
部隊を編制し、装備を整え、軍用の輸送機を飛ばすにも準備が必要だし、移動にだって相当な時間を要する。
にも関わらず、狙い済ましたように、直ぐ傍で待機していたかのように、完璧なタイミングで襲撃からほぼ間を空けずに救援に訪れるなど、有り得ない。
「シノ、近くの洋上で作戦行動中だった米軍艦艇の詳細情報とかって調べられる?」
「……既に」
全員が集まる揚陸艇のコックピットで、シノがコンソールデッキを操作すると。
「なーる……、コイツか」
映し出されるモニターには、日本海を航行している三隻の米軍艦のデータ。
「北朝鮮のミサイル発射実験の監視を名目に、警戒に当たってた艦隊ね。所属は―――あぁ、やっぱり」
艦隊司令は国際連合軍の息が掛かった人間。
たかがミサイルの発射実験を警戒する為だけに用意された戦力とは思えない。
加えて、長期に亘って小分けされた補充人員が当てられており。
「こりゃ、最初からダイダラボッチの出現も織り込み済みだったと考えるべき、か……」
そう考える事で、納得できる部分は幾つかあった。
例えば、札幌市内に前史外生物が一切徘徊していなかったという点。
確かに、コッペリアの働きや自衛隊の頑張りはあったのだろうが、ダイダラボッチという圧倒的な脅威に対し、他の前史外生物が大人しくしていたと考えるのが妥当だろう。
そして、もしこれにペンタゴンが絡んでいるとすれば、ダイダラボッチの存在を既に彼等は察知していて、その襲撃を誘発した可能性がある。
「自演乙……」
恐らく、ダイダラボッチと札幌市民は、ペンタゴンの策略に利用されたのだろう。
だとすると、見えて来ない問題が一つある。
「―――目的は、何……?」
単に自衛隊と精霊連合の癒着を阻止したいというのであれば、自衛隊ではなく、直接日本政府に圧力を掛けてくる筈。
更に言えば、“槙島勇樹”の介入も不可解で。
「……だーめだ、さっぱどわがんねっ」
香澄は背凭れに身体を投げ出し、大きな溜め息を吐いた。
のだが。
「あの、殿下? 自分達はその、話しに着いて行けないのですが……」
「申し訳ございません、姫様……。その、幾つかご説明を頂ければ、と……」
「んぁ! ゴメン、忘れてた」
全く発言していなかったリヴァルトとイライザの二人は、どうやら会話の内容を上手く理解出来ていなかったらしく。
「ちなみに、“ぺんたごん”というのは……?」
「自分は、“マキシマ”というあの男の事が気になります。いったい、何者なので?」
「おkおk、順に説明するわ……」
香澄は腰を上げ、二人の質問に答えるのだった。
先ず、最初に話したのは、“ペンタゴン”。アメリカ合衆国という国家と、その国防総省について。
その名の由来は、本庁舎が上空から見下ろした際に五角形をしている為で、アメリカ国防総省の別称として各所で頻繁に使われているという事。
そして、そのペンタゴンには幾つもの部署が在り、中には各軍部門だけでなく、国防総省内部部局として様々な諜報機関も内包しているという事も。
中央情報局……所謂“CIA”とも関わりが深い部署もあり、ほぼ確実にその辺りの人間が出張って来ているのだろう、と。
「つまり……、丁度我々の立場と同じ組織、という認識で宜しいでしょうか?」
「そうね。そんなトコ」
そこで、一区切り。
しかし、香澄はその先を続けるのが億劫で、あれこれとつい考え込んでしまい。
「それで……その、“マキシマ”については?」
「あー……うん、判ってんだけどね……」
リヴァルトに急かされるも、なかなか踏ん切りが付かず、それを察してか、声を発したのは予想外の人物だった。
「―――本名は“槙島 勇樹”。年齢25歳。元アドバンスドブレインのエージェントで、現在はアメリカ国防総省の飼犬。勿論、アバターラでやがりますわ」
「コッペリア、アンタ……」
表層的な情報だが、それがコッペリアの知る“槙島勇樹”の全てだった。




