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Master Code  作者: 覇牙 暁
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第四話

第四話「久しぶりのお出掛け」




 ―――正式にGMとして着任し、かれこれ三カ月。


 一般課のGMが増員され、いよいよ私にも自由な時間が巡ってき始めた。


 GMになりたての頃はプレイヤー同士のイザコザやゲーム内での金銭トラブル処理、フィールド上の構造的な問題で行動不能に陥ってしまったり、果ては迷子になって自分が行方不明なんていう雑用まで散々押し付けられた物だったけれど。


 今日は休日。

 要は非番の一日で、自由時間がタップリとある。


 つい先日、PYOではセカンドシーズンがリリースされたばかりで、巷はその話題で持ち切りだ。


 エージェントである私は正式リリースより遥かに早くそのアペンドディスクを入手済みで、内容に関しても予習は済ませている。


 今日は時間もあるし、久々にただのプレイヤーとしてPYOの世界を堪能しよう、とそう思っていたのだが……。



 「―――は? 電話?」



 この、ボッチマンセーな私の携帯端末が?


 自室のベッドに寝そべりながら、大好物の“イチクリぼたスペ”を頬張っていた矢先の事だった。


 普段は滅多な事では使わない私の携帯端末が忙しなく発光し、コール音で騒ぎ立てていた。



 「げ……会社かよ。出たくねー……」



 モニター上に表示されているのは、“松岡”の名前。


 つまり、会社からの呼び出しだ。


 正直、このまま無視してしまいたい気持ちが強かったが、とはいえあまり無下に扱っていると折角の食い扶持を失い兼ねない。


 面倒でも、こればかりは無視する訳にはいかなかった。



 「はi―――」


 『カスミちゃん!? 良かった! 繋がったっ!』


 「―――な、なに……?」



 電話に出た瞬間、酷く慌てた様子の松岡さんが安堵の声を漏らしていた。


 本当に、もう嫌な予感以外の何も感じない。


 私は不機嫌さを隠そうともせず、呆れ気味に応えを返したのだが。



 『ゴメン! 契約違反なのは重々承知の上なんだけど、ちょっと本社の方まで顔出して貰えないかな!?』


 「なにそれ、どういう事」



 切り出し方としてはかなりレアなケースだった。

 というか、前例が無い。


 こんなに慌てている松岡さんの声を聞いた事など無かったし、契約違反であるという断りを入れた上で本社まで出頭しろというのも初めての事。


 思わず、私は普段の自分の態度が問題にされているのでは? と疑いすら持ってしまった程だった。


 ところが……?



 『実は、ゲーム内で複数のバグが突然見付かってさ、その処理でGMがみんな出払ってしまってるんだ……』


 「……私、非番の筈だけど」


 『解ってる! でもカスミちゃんに意見が聞きたいって、社長がさ……!』


 「は? あの巨乳が?」



 なんで私? と、頭上に疑問符を浮かべた瞬間。



 『はぁ〜い、その巨乳ちゃんでぇーっすぅ♪』


 「…………うわぁ〜」



 滅多に聞かないのに忘れようとしても忘れられない猫撫で声が端末のスピーカー越しに聞こえて来た。



 『非番のトコぉ、ゴメンねぇ〜ん。でもぉ〜、どぉ〜してもぉ〜……』


 「ええい普通に喋らんかホルスタイン年増!」


 『誰が年増じゃボケェー!!』


 「ひぃんっ」



 くそっ! 恐いっ!

 普段は猫被り捲りなクセに、歳と婚期の話しを突っ込むと直ぐコレだ!


 そもそも、私が年上である松岡さんやこの爆乳社長―――もとい、『佐伯さえき 涼子りょうこ』に対し、こんなタメ語で話しているのには訳がある。


 全ては、この女社長が原因だ。

 ツッコミ入れずに相対するなど毛頭不可能!


 とはいえ、正直に言って、私はこの人に頭が上がらない。


 私の雇い主であるという事もそうだが、それ以前にこの女は“優秀”なのだ。


 彼女は元先代社長の秘書だった。

 それが、何時しかその社長を出し抜いて社内の実権を掌握し、今ではこの会社を完全に乗っ取ってしまっている。


 経営力、人望、智謀。

 そういった面で、この女が私にとってとても利用価値のある人間である事は言うまでもなく。


 そして、彼女もどういうワケか私を高く評価している。

 つまりは、互いに利用価値を認め合っているという事。


 そう、ベストなのだ。


 だから、私はこの女を容易く足蹴にする事が出来ないし、この女も私を決して無碍に扱う事がない。


 言い換えるなら、これこそが本来あるべき正しい“信頼”という関係。


 まぁ、乳の無駄なデカさと猫被りなトコロだけは、どうあっても認める事が出来ないが……。


 ―――で、半ば強引に本社への出頭が決まってしまった訳だけど。



 「……ヤバイ」



 買い直した大きな鏡を前に、私は石化していた。


 髪は、まぁ整えた。ある程度だけど。


 メイク……なんてのは、リップ程度でいい。流石にいらないだろう。


 問題は、だ。



 「何着てこう……?」



 額を嫌な汗が伝う。


 もう数年、ロクに外に出た記憶がない。


 当然、服なんてジャージくらいしかなく。



 「っていうか、何喋ればいいん?」



 面と向かって話すのは直接面接した時以来。


 その時だって、マトモに言葉を発する事が出来なかった記憶しかない。


 どうして受かったのか今でも不思議な程なのだが、それは今はいい。


 重要なのは、私が外に出る上でどんな格好をして他人とどう向き合えば良いのか、という事。



 (マズイ、マズイ、マズイ、マズイマズイマズイっ)



 何がマズイって心拍数がマズイ!


 緊張して顔も身体も強張ってきた。


 引き籠り続けた弊害がこんな所で自分を苦しめる事になるなんて、考えもしなかったのだ。



 (くそっ! 中学の頃を思い出せ! 私だって、あの頃は普通に他人と接していた筈じゃないか!)



 私の中のペルソナが囁く。


 オマエなら大丈夫だ、必ずやれる!


 だけど、だけどだけどだけど!



 ―――ピンポーン♪



 ぎゃああああああああああ!!


 来た! 遂に迎えが来やがった!


 どうしよう!?

 やっぱジャージ?!


 髪くらい括るべき??

 あ、帽子!



 「―――お嬢様、アドバンスドブレイン社の方がお見えになっておりますが……」



 っ!?


 ドアの外でメイドが待機してる!

 ど、どうする!?


 もうこのまま行くしかないかっ!?



 「ま……待たせおいて! 直ぐ行くと伝えなさい!」


 「畏まりました」



 くっそ! もう選択の余地などねぇ!


 私は遂に腹を決め、ジャージ姿で長い髪を適当に括り、帽子を深く被って自室のドアを開け放つのだった……。

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