第四十八話
第四十八話「これ、アカン奴や」
内閣官房長官が死んだ。
とはいえ、この国を動かしている連中は他にも沢山居る。
だから、国を一度完全に浄化するには、まだまだ掃除をしなくちゃならないけど。
「―――今は、それ所じゃない……!」
本当なら、総理も内閣も全部ぶっ潰して、連中がやってた事暴露して、国民の意識改革を進めるつもりだった。
けど、そんなのは一先ず後回しだ。
この国の人間八千万の命より、仲間達三人の命の方が大事。
何てことはない、当たり前の選択。
(生き返るかどうかなんてのは、この際問題じゃないのよ……ッ)
あの三人なら、仮に私が命令していなくても、駐屯地の人間達を守って戦っている筈だ。
カズやカガラ、ロディーは私ほどヒトって生き物に絶望しちゃいないから。
でも、どうして三人が見ず知らずの誰かの為に痛い思いをしなくちゃならないの?
その三人だって、人間と同じように痛い筈なのに。
「―――だから、私が守らないと……ッ」
東京から札幌へとんぼ返り。
私が乗る飛行揚陸艇は、今秋田と青森の県境上空を高速で飛行している真っ最中だった。
「リヴァルト、カズ達から連絡はっ?」
「それが……、先ほど唐突に通信が切れ、それっきりでして……」
「……チッ、よりにもよって、何でこんなタイミングで……ッ」
つい操縦桿を殴り付けそうになり、思い止まる。
札幌まで、もう数分もかからない距離。
しかし、その数分でカズ達が辿る運命は変わるかも知れない。
そう思うだけで、気持ちが急いて止まらなくなる。
「コイツ、もっとスピード出ないのっ!?」
「お、落ち着いて下さい、設計したのは、姫様ですから……っ!」
「わぁーってるわよ、もうっ!」
リヴァルトから聞いた話が本当だとすれば、今札幌の駐屯地を襲っているのは“ダイダラボッチ”。
もう滅茶苦茶だ。
北欧神話がベースの世界だった筈なのに、なんでそんなヤツまで出てくるのか。
最近のゲームって、そういう世界観ごちゃ混ぜのモンスター設定が多いから、その所為なんだろうけど……。
「幾ら何でも、ダイダラボッチは無いでしょうに……っ」
よりにもよって、この国最大の巨体を持つ化け物。
掌で土を掬ってペチペチ山を作ったり湖を作ったりするトンデモな大きさらしい。
そんな奴が暴れてるのだとすれば、普通に考えて札幌なんて街は簡単に更地に戻されてしまう。
ただ、さっきカズと連絡を取った時、カズにはまだ辛うじて返事を返す余裕もあったし、戦っている感もあった。
つまり、だ。
(人間大の大きさのカズが、戦えるレベルの“サイズ”って事になる)
ただし、必死さはMAXってカンジで、勝てるかどうかなんてのは二の次。
時間的な猶予なんて、これっぽっちも有りはしない。
「到着し次第、二手に分かれる。私とシノの二人はダイダラボッチの討伐隊。リヴァルトとイライザは基地の状況確認とカズ達の行方を追って」
「ハッ」
カズとの連絡が繋がらない。
カガラやロディーとも、だ。
カガラやロディーは兎も角、カズの場合は死ねばヴァルハラに送還される。
逆を言えば、死んでいるような状況なら、むしろ連絡が返ってくる筈なのだ。
それが、無い。
つまり、カズはまだ健在って事だけど……。
(意識を失ってる可能性が高い……。そうなると、カガラとロディーが取り残されてるって事で……っ)
より状況は切迫してきた。
カズは盾職。しかもレベルカンスト。
そのカズが意識を失うような状況って、どんだけ?
(攻撃力が、バカみたいに高いって事よね……)
勤めて冷静に分析する。
どの程度の大きさかまでは定かじゃないにしても、小回りが利くなんて事は無い筈だ。
手数で圧倒してくるような奴とは思えない。
そうなると、当然動きは緩慢だけど、一撃の攻撃力がバカみたいに高い奴って事になる。
カズが防御した上で意識を飛ばされてしまうような状況を推測すれば、そうなるのだ。
(急げ……っ、急げ急げ急げ急げっ)
飛行翼陸艇の速度はもうずっと全速。
窓の外の景色は、既に北海道を映している。
「姫様、そろそろ」
「うん。リヴァルト、操縦を変わって。シノと私は、到着し次第直接高高度から目標の迎撃に降下する」
「ハッ、コチラはお任せを!」
私は操縦席を離れ、リヴァルトと後退し、シノと共に後部ハッチのある格納スペースへのドアを開いた。
「かなりキツイ戦いになるわよ。装備は万全を期して」
「了解……」
キツイ戦い……。これまでも、何度かはあったけれど。
(間違いなく、過去最大よね……)
ムスペルの巨人とやり合った時にも思った事だけど、私にだって倒せない相手ってのは存在する。
キマイラの時のような醜態だけは、もう二度と晒さないようにと、自分に言い聞かせ。
『殿下! 外をッ! モニターに出します!』
リヴァルトの声が船の内部スピーカーから響き、私は釣られて壁に備え付けられた最寄りのモニターへと目を向け、そして。
「―――冗談、キツイわ……」
第一声は、それだった。
「アレと……、戦う、のっ!?」
そこに映し出された物に、さしものシノを汗を浮かべ。
「カズ……アンタ、あんなのと、戦ってたの……?」
巨体……なんて生易しい言葉では表現出来る物じゃなかった。
この揚陸艇が飛んでいる高度は3000フィート。
札幌の街を見渡せる高さを飛んでいるというのに、目の前のそいつは景観の邪魔と感じる程のサイズだった。
「動く山って感じ……。アレが、ダイダラボッチ……ッ」
此処からでも見える元アドバンスドブレイン社のビルよりも、更に巨大。
腕を一振りされただけでも、当たれば即死を免れないような、そういうレベルのデカさ。
なるほど、確かに。
アレでは、幾らカズでも意識が飛ばされてしまう訳だ。
「―――シノ、作戦変更。アンタはカズ達を回収して、コッチのリヴァルト達と合流した後、直ぐに街を離れなさい」
「……姫、まさか、一人、で?」
「うん。アレ、普通に戦ってどうにかなる相手じゃないわ……」
その言葉を聞いたシノは、何かを悟って素直に頷いた。
「足手纏い、嫌だから……」
けど、その表情は暗く、不意に思い出したように居住スペースの方へと目を向け。
「せめて……、“アイツ”くらい、アタシも戦えたら……」
その視線の先にあるのは、意識を失って眠っているコッペリアの部屋だった。
「落ち込んでる暇なんて無い。でしょ、アンタには」
「―――うん、そう」
励ましなんて無責任な事はしない。
私の気持ちは、キッチリ彼女にも伝わっている筈だ。
その証拠に、シノは直ぐに何時もの落ち着いた顔を上げ。
「姫、いってらっしゃい」
「ん、“巻き添え食わないように”って、リヴァルトとイライザに伝えておいて!」
此処はもう、目標の上空。
私は後部ハッチを空けるレバーを手動で引き。
「―――ん〜絶景かな、絶景かなっ」
暴風が格納スペースへと雪崩れ込み、長い髪を棚引かせた。
「それじゃ、後よろしくっ!」
サムズアップして送り出してくれるシノに手を振り、私はいざ高空へと身を乗り出した。
「ひゃっほー! ……って、流石にこのノリにも慣れて来ちゃったなぁ……」
最初の何回かはスカイダイビングも興奮したもんだけど、最近じゃこうやって飛び降りるのも慣れてしまって、どうにも冷静な部分を拭えない。
それに、と眼下に見下ろすのは。
「遊んでいられる空気じゃあなさそうだしね」
ダイダラボッチの頭頂部を見下ろし、気持ちを切り替えた。
それにしても、デカイ。デカ過ぎる。
このまま頭の上に着地したって、そこが山の上としか思えないくらいには。
どうする? どうやって倒す?
余りにも情報が足りなさ過ぎて、攻略法も思い付かない。
だったら、先ずは―――。
「一発殴ってから考えるッ!」
落下しながら右手拳を握り込み、“黒狼甲”を呼び出して。
そのまま大気を足場に、垂直に、地上に向かって真っ逆さまに“走る”!
「せー……のッ!!」
そして、今まさに拳を振り下ろそう、と、そうした瞬間だった。
『…………』
「―――なっ」
ダイダラボッチが、反応を見せた。
思った以上に速い動きで、顔だけをコチラに向けて。
「ちょっ、何コイツきもッッ!!」
それは、人に似て非なる物。
まるで泥人形だ。
落ち窪んだ眼孔と鼻と口は奥が真っ暗な洞窟のようで。
髪の毛や皮膚の質感なんて物は最初から存在しない。
本当に、ただの泥の塊のような―――だから、直感した。
(―――マズイッ)
ゆっくりと開かれる大きな口。
大きい、というか……デカッ、過ぎるッ! 何処まで広がるんだその口ッ!?
「チィッ!!」
奇襲失敗。
急遽方向転換し、空中で虚空を殴り付け、その反動で身体を横っ飛びさせた直後。
津波のように押し寄せたダイダラボッチの巨大な口が、顎の外れた蛇みたいに襲い掛かって来て、一気に閉じられた。
「あっぶなっ」
が、回避して今ので確信する。
コイツ、予想以上に反応が速い上、全身が“泥そのもの”で出来てるんだ。
だから、下手に殴り付けよう物なら、そのまま腕ごと泥に呑み込まれ、その結果行き着く先は―――。
「窒息死とか、マジ最悪の死に方なんですけど……ッ」
人の死で最も苦しい死に方と言われるのが、窒息死。
死なないアバターラにとっては一番イヤな奴だ。
私はダイダラボッチの噛み付き? による暴風に煽られながら、空中で態勢を立て直し、予測される攻撃パターンをシミュレートする。
(奴の身体は流動体だと思った方が良いわね……。打撃も斬撃も、生半可な威力じゃダメージにもならない可能性が高い。属性としては、スライムやアンデッドに近いか。現状、魔法による攻撃が最も効果的と判断出来るけど……)
私は魔法を殆ど使えない。
でも、物理属性の黒炎ならある程度効果が期待できるか、と考えるけど。
(どう考えたって、あの体積じゃ焼け石に水じゃんよ……ッ)
山一つ消し飛ばすくらいの火力が無いと、コイツにダメージを与えられそうにない。
強いて言えば、飛行揚陸艇に搭載している“ブリューナク”があれば、それなりにダメージを与えられそうなもんだけど。
(弾数が少ない上に、揚陸艇自体を呼び戻す必要もある。そんなのは、ナンセンスだ……っ)
リヴァルト達には、カズ達を探して貰ってるし、何より自衛隊や駐屯地の連中がどうなったのかも確認して貰わなければならない。
揚陸艇の火力をアテには出来ないんだ。
なら、やはり。
「此処は、“オーバードライブ”一択ッ!!」
思い込みによる局所的限界突破を行う。
選択する攻撃属性は“斬撃”。ただし、ただ斬るのではなく―――。
「―――集え……“黒炎刃”ッ!」
黒狼甲から黒龍槍へシフトチェンジ。
槍を放たず、黒龍剣として高々と掲げ、その刃に黒炎をエンチャントするイメージ。
「コレなら……どうだッ!!」
刃を振り下ろした瞬間、黒炎は勢い良く吹き、全長100メートル以上にも亘って高熱の斬撃をダイダラボッチの体表へと及ぼした。
「オ゛ォォォオオオオオオオ―――……ッ」
地鳴りのような悲鳴がダイダラボッチの大口から轟く。
顔面を斜め一文字に斬り裂いた黒炎の刃。
泥で出来たその身体には、通常の斬撃はダメージが無い筈だ。
だけど、その刃が高熱だったらどうか?
結果は、こうなる。
「泥ってさ、水分があるから粘つくワケよ。けど、その水分が蒸発すればどうなるか何て、そんなの小学生でも分る」
原因は、水素結合だの何だのって小難しい話しになるけど、要は水分が飛べば泥はサラサラとカピカピになるって事。
分子同士を結び付けている水分が無くなって、結果くっつかなくなる。
つまり、コイツご自慢の再生力を無効化が出来るワケ。―――なんだけど。
「オ゛ォォオオオッ」
「……うん、デスヨネー。知ってた」
乾燥して罅割れた傷口に、別の部分から泥の体表が覆い被さり、ドロドロに混ぜ合わさって―――元通り。
「山一つ分の水分飛ばせるくらいじゃないと、流石に効果は薄い……か」
空中で身を翻し、近場のビルの屋上へと私は降り立つ。
キマイラの時のように制限が無い分、イロイロと考えられる攻撃手段の幅は広がるけど、問題はこの如何ともし難い体格差だ。
「UEPやICEにも、限界ってモンはあるからなぁ……」
何でもデキちゃう便利なツール。って思えるUEPとICEだけど、実際はそうじゃない。
大気中に存在するUEPの総量ってのは常時一定で、局所的に限度を超えて一気に消費してしまうと、その周囲のUEP濃度は急激に減少し、回復に時間を要するようになる。
この辺りは、他の素粒子と変わらないのだ。
つまり、出来る事と出来ない事ってのがあるワケで。
(出来れば、アレは使いたくないんだけどね)
オーバーリミット。完全なオーバードライブの上位互換能力。
ただし、アレには“なりきり”が必須で、周囲への影響を考慮出来るような余裕が私自身に無くなってしまう。
下手をすれば、ダイダラボッチ以上の被害を出す事にもなり兼ねないのだ。
「―――っと、やばっ」
思考に耽っている隙に、ダイダラボッチが動いていた。
その動きは緩慢ながら、振り回した腕の先は恐らく時速を数百キロって速度で伸ばしていて。
「……ッ!」
跳躍した瞬間、足元に在った筈のビルが“爆ぜ”た。
粉微塵だ。洒落になってない。
腕の一振りで、コンクリートと鉄筋の塊を文字通り粉砕してしまった。
「パラシュート無しでスカイダイビングして、地面にキスするようなもんね、あれ……っ」
生身の人間なら、水面に叩き付けられるだけでも、あの速度なら木っ端微塵になる。
それが、泥なら……アバターラでも即死し兼ねない。
「―――チッ、カズや皆は何処に行ったのよ……っ」
まだ、オーバーリミットを使うワケには行かない。
彼等が何処に行ったのかが判らないから。
この街の何処かに居るなら、巻き添えにしてしまう危険性があるのだ。
「シノッ、カズ達はまだ見付からないのっ!?」
暴風に巻き込まれ、空中を逆さに吹き飛ばされながら、私はヴォイドフリックでシノへチャットを飛ばすのだが。
『まだ……駄目。何処に、いるか……』
「急いでっ! あんまり時間稼げそうにないッ!」
『了解……!』
通信を切ろうと指先を動かした直後、今度は頭上―――つまりは地上から轟音が聞こえ。
「ウソやん……」
コッチに向かって突っ込んで来たのは、泥の山。
比喩でも何でもなく、本当に、山だ。
「くっそ―――グッ、ぁああッ!!」
咄嗟に両手で黒帝鱗を作り出し、ガードするけど。
全身を襲った衝撃は無防備で列車に激突したような気分になる程だった。
痛い、とかそういう生易しい表現は出来ない。
痛みを通り越し、ただ苦しくて、脳が揺さぶられて。
「か、はっ」
黒帝鱗が砕け、打ち上げられた私は宙で血を吐き散らした。
たった一撃で、しかも防御したのに、肋骨が数本持って行かれた。
内臓も幾つかやられたらしく、血はその為だろう。
血圧が一気に上がり、視界が眩む。
手足に力が入らない。
「マ、ズ……っ」
動け、動かせ、何としてでも。
考えるよりも早く、私の身体は危機を察し、右手の甲から黒龍槍を射出。
手近なビルに打ち込んで、強引に身体を引き寄せた。―――直後、眼前を巨大な泥の壁が覆い尽くし。
「冗談……キツイ、って……っ」
ビルの窓ガラスを突き破り、転がり込んだ私が見たのは、地面から突き出した泥の塔。
どうやらコイツ、動かせるのは手や足だけじゃないらしい。
土のある場所なら、何処からでも攻撃が出来るみたいだった。
―――つまり。
「地面に降りたら……終わりって事、じゃん……ッ」
なんだそれ。どんな縛りプレイだ。
飛行能力も無い私に、地上に一度も下りずに戦えとか。
しかも、相手は山みたいにデカイ化物で、土や泥を触手みたいに幾らでも操れるとか。
コイツは、ヤバイなんてもんじゃない。
コイツ一体で、簡単に国一つを滅ぼせるレベルの怪物だ。
「もう、四の五の言ってる余裕ないわよ、シノ……っ」
コイツを倒すには、もうオーバードライブでは足りない。
オーバーリミットを直ぐにでも使わないと、下手に戦闘が長引けば、日本の国土その物がヤバイ。
どうする? どうする? どうする?
最早選択の余地なんてこれっぽっちも残されていないっていうのに。
「だぁーもっ! どうしろってのよっ!! コレ、アカン奴やんっ!」
私には、苛立ちで吠える以外なかった。




