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Master Code  作者: 覇牙 暁
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第三十四話

第三十四話「オーバーリミット」




 香澄が王都に帰還し、三日が過ぎた。


 遠征中に溜まってしまった仕事の山に忙殺されるような二日を過ごし……。



 「―――だぁ〜……アカン……、死ぬるぅ〜……」



 彼女は、自室のベッドに身を投げ出していた。


 疲労困憊、という奴で、さしもの彼女を以ってしても一週間の遠征からぶっ通しの連勤に身体が限界を訴えていたのだ。


 久々に感じる、身が沈み込むような柔らかいベッドの感触。


 執務室で徹夜の作業を続けていた為、これが恋しくて堪らなかったのだ。


 故に、人型バーゲストの装束から例のジャージ姿にスキンを変更し、とても人には見せられないようなだらけ切った格好で寝そべる。



 「こりゃ堪りませんわぁ……」



 アールヴヘイムへと移住してからというもの、仕事の無い日なんて物は何処にも無く。


 王女として、戦姫として、最前線に立って戦い続ける日々。


 沢山の物を失って、失って、失う一方で。


 こんな風にのんびりと過ごせる時間など、これまでは全く無かったのだ。


 本来、彼女は面倒臭がりで、人前に出るのが苦手で、自分の為以外に責任なんて物を背負いたがる性格はしていない。


 だから、コッチがデフォルトなのだが。



 「余計なモンばっか……、増えてくなぁ……」



 見上げる天蓋に浮かぶのは、今も仕事に精を出しているであろう仲間達の顔や、死んでいったエルフ達の顔。


 自分の力不足なんて物を嘆く日が来るなど、数年前までは思ってもみなかった事だが。



 「あぁ〜……メンド……」



 たまには、何も考えずに惰眠を貪りたい。

 そんな風に思う程度には、彼女も疲れ切っていて。



 「―――あぁ! 姫様ズルイですーっ」



 不意打ち気味に聞こえたその声に、顎を上げる。


 すると、そこにはバケツとモップを手にしたミミの姿が。



 「今日は休みなのー。ズルくないんですー」


 「ズルイですー! ミミもご一緒するのです!」



 タッタッタッと軽快な靴音を発て、メイド服のままでベッドにダイブするミミ。


 ギシリ、と反動で香澄の身体もベッドから浮き上がる。



 「おわ……っと」



 大の字で寝そべり、真横でニッコリ笑顔を浮かべるミミに、香澄は。



 「アンタは仕事があるでしょうに……ったくぅ♪」


 「ふにぃ〜〜〜〜っ!」



 ミミのプニプニと柔らかい頬を摘み、引っ張る。



 「いひゃいっ、いひゃいでふっ、ひへひゃはぁ〜〜〜〜っ」


 「仕事をサボる悪い子には、こうだっ」


 「ひぃぃ〜〜〜〜んっ」



 これは、所謂一つの愛情表現とかそういった物で。


 愛玩動物のようなミミの頬を摘まんでいると、なんだか妙に落ち着くらしい。


 そうして、一頻りフニフニと彼女を弄び、抱き抱えるようにして再びベッドへ寝転がる。



 「むぅ〜、ほっぺが取れてしまうかと思ったです……」


 「ごめんて……ホラ、いい子いい子……」


 「誤魔化されないのです〜……、ふにゃ〜……」



 むくれて膨らんだホッペもこの通り、少し頭を撫でてやるだけでホッコリ笑顔が戻って来る。


 が、そんなミミが、不意に顔を上げ。



 「そういえば、イライザはどうだったです? ミミと違って、スゴくお仕事出来るって聞いたです」


 「ん〜? 遠征中のこと?」


 「はいです。ミミが居ない間、姫様のお世話出来てたです?」


 「ん〜……」



 と問われ、真っ先に思い出した事と言えば。



 「ニンジャだった。あと、凄いデカイ」


 「に、にんじゃ……です? なにがおっきかったです??」


 「でもやっぱりこう……うん、ミミにはミミの良さがあるって思うのよ、お姉ちゃんは」



 言いながら、ミミの胸の辺りのつつましやかな膨らみをさわさわと撫で。



 「にゃははははっ! 姫しゃまっ、突然なにするですぅ〜〜〜っ!」


 「う〜ん、イイ! 自分じゃこの感触は味わえないからねぇ……。帯に短し襷に長し、って奴かなぁ」



 微妙に何かが違う気もするが、ニュアンスとしては理解できる。と、そんな馬鹿な事を考えていると。



 「―――あれ、そう言えば……」



 帯に短し、襷に長し。その言葉から連想した物が、何故和幸のステータスだったのかは謎だが。



 (あの時も……)



 それは、まだ香澄がムスペルヘイムの洞窟探査を行っていた頃の事だった。


 プラスチック系素材入手の為、洞窟に潜り込んでショゴスを討伐した後、採掘中の彼女達を襲ったムスペルの巨人。


 その時は、然程重要な事とは思わなかった物だが、今にして思えば、あの時和幸は。



 (カッコ良かったよね〜、あの時も。んふふ♪ ―――って、そうじゃなくて……)



 巨人に体当たりで瀕死の重傷を負ったチヒロを颯爽と助け出した和幸の姿を思い出し、頬が上気するのを感じて頭を振る。


 重要なのは、そっちじゃない。


 あの時、巨人の100トンはありそうな巨体を弾き返した和幸のあの力。


 普通に考えれば、彼のステータスでは不可能に思える行為だった筈だ。


 あの時は興奮の余り和幸に抱き着き、直ぐに頭を切り替えて状況の攻略に思考を費やしてしまい、忘れていたけれど。



 (当時のカズのSTRは、まだ467しかなかった筈……)



 何となく気になって、彼のステータス画面をチラチラと覗き見て居たから、その数字はハッキリと覚えていた。


 それが、あの巨人程のサイズの質量を弾き飛ばす力を発揮するなど、まず有り得ない。


 アレが、何かしらの彼の技能だったとしても、だ。


 もし仮に、あんな馬鹿力をゲーム内で発揮出来ていたとしたら、それこそゲームバランスを崩す威力を弾き出していた事だろう。


 つまり、ひょっとしてあの時も……。



 「一時的に……、オーバーリミット状態に……?」



 と、思わずその思考が言葉に出てしまい。



 「姫様? どしたのです?」


 「―――ん、あぁゴメンミミ、苦しかった?」



 ミミを抱き締めていた事を思い出して、腕の力を緩めたのだが。


 どうやらそういう事ではなかったらしく、ミミは不思議そうに香澄の顔を見上げ。



 「姫様、百面相してたです」


 「え……」


 「お顔が真っ赤になったり、難しそうなお顔だったり、ぼぉ〜っとしてたり……」


 「あ、あはは……、ちょっと、考え事しちゃってて……」


 「カズ様のことです?」


 「―――っ!?」



 鋭いツッコミに思わず赤面してしまい。



 「ち、ちち、違うって! 別にカズの事好きとか、そういう事じゃなくてね!?」


 「姫様……、素直な姫様って、ミミ大好きですよ」


 「うぐっ」



 ミミの生暖かぁ〜い視線に晒され、墓穴を掘った事に気付き。



 「―――クッ、何たる敗北感……っ」



 ミミにそういったツッコミをされた事が、これ程までの衝撃を生むとは思わなかった。



 「姫様は、カズ様とご結婚なさるのです?」


 「けっ、結婚!?」


 「姫様くらいのお歳だと、珍しくもないって聞いたです」


 「だ、誰から!?」


 「大神官様からです」



 あんのデカパイ、余計な事を……っ! と、思わず握り拳を固め、幻視したウィンクする涼子の笑顔を睨み付けた。



 「するです? ご結婚」


 「し、しないわよっ!」



 が、ミミの手前、強く否定しつつも。



 (ゆくゆくは……そうなれたら、いいなぁ〜とか……まぁ、ちょっとは、思わなくもない、けど……?)



 などと内心アレコレ想像してしまい。挙句の果てには。



 (でも、アレよね。どうせ結婚するなら、子供は……一人がイイかな。兄弟喧嘩とか不毛過ぎだし、一人っ子の方が愛情を独り占め出来るし。家は……ま、私が建ててもいいんだけど、出来ればカズにプレゼントして欲しいなぁ〜とか、思っちゃったりしちゃったり? なんて〜♪)



 妄想が更なる妄想を呼ぶ。



 (え、でも待って。子供って……その、つまり……アレよね。私とカズが……カズ、が……)



 それは遂に現実の香澄を暴走させた。



 「え〜……、でも太ってるとアレがアレだっていうし〜。あ〜んでも、カズのだったら……っ、きゃ〜〜〜きゃ〜〜〜っ♪」


 「姫しゃま……、妄想が逞し過ぎですぅ……」


 「―――ハッ!!!」



 ミミが居る事を完全に忘れ、妄想に浸り切ってしまっていた事にようやく気付いた。


 が、何もかもが手遅れという奴で。



 「卑猥過ぎですよ、姫様……」


 「ひ、ひわっ!?」



 その痛烈な一撃に頭蓋を撃ち抜かれ、香澄は一瞬気が遠退くのを感じ……しかし、そこである事に気付いた。



 「―――ん、妄想……?」



 急に身体を起こし、ミミをベッドの上に放り投げ。



 「ほげっ! ひ、姫しゃまっ、なんて事するですかっ」


 「ゴメン。ミミ、私ちょっと用事思い出したから、外出て来る」


 「うぇえ!? と、唐突過ぎますよ! ちょ、姫様ぁ〜〜〜っ!?」



 ベッドの上に一人取り残され、呼び止めようとするミミだったが、香澄はまるでその声が聞こえていない様子で部屋を出る。


 しかも、第一王女だという立場も忘れ、ジャージ姿のままで。



 (―――共通するのは、緊急時だったって事……。それと、興奮状態に陥っている点……)



 それは脳内で処理し切れず、小さな呟きとなって唇を震わせる。


 考えて居たのは、和幸がオーバーリミット状態を発動させていた条件だ。


 ムスペルの巨人戦然り。キマイラ戦での暴走然り。


 和幸の性格とその時の状態をトレースすれば、どちらの状況でも、彼は急激な興奮状態に陥って居た筈だった。


 興奮状態に陥ると、人は視野が極端に狭くなる。

 それは、視野だけでなく、思考についても同じ事が言える。


 興奮。平静を保てない状態。怒り。必死。


 そうした状況では、人間の意識は酷く先鋭化される。

 より鋭く、よりシンプルに。


 これと良く似た状態を、彼女は知っていた。



 「闘争・逃走反応……。急性ストレス反応……。一般適応症候群の初期段階……」



 解り易く言えば、“火事場の馬鹿力”と呼ばれる物の事だ。


 これは、動物がストレッサーの刺激に対して起こす反応で、脳の視床下部・下垂体へと伝達された刺激の情報から副腎皮質刺激ホルモンが分泌、アドレナリンやコルチゾールが放出される事で起こる。


 その反応は、心肺機能を強化し、全身の大部分の血管を収縮しつつ、筋肉へ向けられた血管だけを拡張する。


 脂肪やグリコーゲンなどの代謝エネルギー源を放出し、消化器官などの不要な機能を一時的に阻害、ないし停止させる。


 更には、瞳孔の散大や聴覚の喪失、脊髄反射の脱抑制が起こる。


 何が言いたいか、というと、コレはつまり、闘争により特化した肉体に瞬間的な変化を起こしている、という事。


 ひょっとすると、和幸はその時、こうした状態に置かれていたのではないか。

 そして、より先鋭化され、シンプルに削ぎ落とされた思考が彼の脳内を支配していたのではないか。


 そう、それはまるで、“妄想に集中し過ぎた時”と同じ様な状態に。



 「もし、イメージの“純度”がICEに影響を与えているのだとしたら……?」



 王城の廊下を淡々と歩きながら、回りの目に気付きもせず、彼女は今、彼女自身が口にしている通りの状態に置かれていた。


 そうして、無意識に王城の地下にある“修練場”にまで足を伸ばしていた。



 「―――丁度いい、試すにはうってつけじゃん」



 そこで、香澄はようやく自分のスキンに気付き、頭をポリポリと書いて自嘲する。


 それから、徐にヴォイドフリックでスキンを変更。


 敢えて人型ではなく、犬型のバーゲストを選択した。


 その上で。



 「―――カズ、今暇?」


 『カスミ殿? 暇……とは、とてもじゃないけど言えん状態でござるが、必要であれば時間は作れるでござるよ』


 「OK、ちょっとカナも連れてコッチ来て貰える? 場所は、地下の修練場」


 『分かったでござる。可能な限り早急に向かうでござるよ』



 香澄が話す様子から何かを察したのか、和幸はそうとだけ伝えて直ぐにチャットから落ちた。


 それから、15分ほど。


 地下とは思えない広さを持つその石造りの修練場に、カナを伴って和幸が駆け足で入って来た。



 「すまんでござる、カスミ殿。少々時間がかかってしまったでござるよ……っ」


 「だぁ〜ってぇ、ニャ子非番ニャのにぃ〜〜〜っ」



 まさかの姿で登場したカナに、香澄は思わず吹き出してしまう。


 その恰好というのは、猫耳に猫尻尾の寝間着。どうやら二度寝の真っ最中だったようだ。



 「ねぇ、カナ。それ中身どうなってんの?」


 「ニャ? 下着ニャけど」


 「そ、そうじゃなくて……」



 香澄が言いたいのは、その猫耳と尻尾は寝間着に付属の物で、では自前の猫耳と尻尾は寝間着の中でどうなっているのか、という事だったのだが。



 「ん〜……脱ぐ?」


 「ちょ、バカッ、そこにカズ居るっての忘れないでよっ!」


 「別に下着くらいイイじゃニャい。―――あ、それともニャに? ニャ子がカズユキきゅん取っちゃうとか思ってるのかニャ? ニャニャ?」


 「〜〜〜っ!」



 赤面する香澄と和幸に、勝ち誇った顔のカナ。


 が、香澄は犬の姿のままでぷるぷると震えながら。



 「も、もうラブコメはイイっつーの! それより、ちょっとアンタら二人に見て貰いたいモンがあんのよっ」


 「んん? 見て貰いたいもニョ?」



 コテン、と首を傾げるカナだったが、どうやら和幸の方は大凡予想していたらしく。表情を改め。



 「―――オーバリミット、でござるな」


 「そ。ちょっと掴めそうなのよ」



 答えた香澄に、和幸は小さく唸った。



 「おーばーりみっと? 新しい必殺技でも考えたニョ? カスミっち」


 「違う違う。アンタには話して無かったんだけど、こないだの遠征で、ちょっと面白い現象を見てね―――」



 先のキマイラ戦。そこで和幸が見せた異常なステータス強化技能。


 その詳細を話し、香澄はカナに意見を求めた。



 「へぇ〜……、そんな事があったんニャ。……うん、聞いた限り、カスミっちの推察は間違ってニャい気がするニャ〜」


 「やっぱり、アンタもそう思う?」


 「ハッキリとした事は言えニャいけどねぇ〜。実際に見てみニャい事には」


 「まぁ、そうなる、か……」



 どうやら、カナの見解も香澄と同様の物だったらしく。


 しかし、香澄は頭を抱え込んだ。



 「思い込みの強さ……、妄想の純度、でござるか……」


 「でもその……、アンタにあの時と同じ事お願いするっていうのは……私も、嫌っていうか、ね……」


 「自分は、構わんのでござるが? そうすれば、また香澄殿に―――」


 「なっ、わああああああああっ! わあああああああっ! わあああああああああっ!!」



 慌てる香澄に、笑う和幸。


 どうにもその内容が腑に落ちず、カナは。



 「ねぇねぇ〜、ひょっとして〜遠征先でニャんかあったぁ〜……? にゅふふ」


 「な、なんも無いっ! なんにもしてないもんっ!」


 「うっひゃ〜〜〜〜♪ ~もんっ! だって。カスミっち照れちゃってぇ〜。カッワイイ〜♪」


 「うぅううっ、わん! わんわんわん!」



 おちょくる猫に、おちょくられる犬の図。


 正確には、猫娘と雌犬な訳だが……。兎も角、一頻り遊ばれ、香澄がヘソを曲げた所で雑談は落ち着きを見せ。



 「―――結論。私が何とかやってみるっ」


 「おおー! パチパチパチ〜」



 苦笑いする和幸と、煽るカナを尻目に、香澄は若干悔しそうな顔で修練場の中央辺りまで距離を離し、振り返って。



 「はいそこ! 集中出来ないから煽らない!」


 「はぁ〜い」



 事前の出来事はとりあえず全て忘却。


 この技術に必要なのは、恐らく何処までも純粋に“出来るのが当たり前”と思い込む事だ。



 「―――よし。カナ、アンタはGM権限で私のステータスを常時監視。異常があったら直ぐに教えて。それから、カズは私自身の外見的な変化をチェックして。何処にどんな変化が現れるか解らないから」


 「了解でござる」


 「OK、まっかせて〜」



 集中……とは、少し異なる。


 思考の先鋭化に必要なのは、希望や願望、欲望のように望む形でもなければ、出来る筈、こうなる筈、という自信でもない。


 そう在って然るべき、と信じて疑わない事である。


 故に、香澄は想像する。


 自分は物語の主人公。

 特別な存在であり、何者にも真似出来ない“力”が持つ。


 それは、成り切る事。演者ではなく、その登場人物に。



 「……。……」



 本気を出す。真の力を開放する。


 中二病などではない、現実の存在として。


 だから“コレ”は、自分にとって当たり前の事である、と。



 「―――っ!」



 その瞬間、和幸は見た。


 香澄の周囲に広がる無形の領域が、触れる物全てを黒炎で蝕むその様を。



 「貴様ら凡愚にも理解出来るよう、その目に見せてやろう……」



 そう口にし、二人を見下した彼女は今、神をも殺す闇に見初められし巫女その人であり。



 「コレが私の―――」



 月の夜を抱擁する冥界の女神が如く。


 両の腕を広げ、溢れ出た力の残滓で宙にその身を揺蕩わせ。



 「―――真なる姿ッ!!」



 膨大なエネルギーを持つ衝撃波を放った。



 「ちょっ、ひニャあああ〜〜〜〜〜〜〜っ!?」


 「ま、マズイでござるっ! 壁と天上がっ」



 無尽蔵に溢れ出す闇の波動に、修練場の壁や天井がビシビシと音を発て、亀裂を走らせる。


 その中央に座すのは、漆黒の女神。


 死者の魂を導く、冥府の女王。


 何人もその指先から逃れる事能わず。

 それは、数多存在する生ある物の運命の象徴。


 即ち―――“死”そのものである。



 「う……ぁっ」


 「ニャに……っ、こ、れ……っ」



 凄まじい勢いでカナと和幸の身体から力が抜けて行く。


 まるで、命そのものを吸い取られているような感覚さえあった。


 だというのに、香澄はトリップ状態で笑みを浮かべ、和幸が膝を付く様を見遣り―――。



 「―――あ、ゴメ。テヘペロ」



 萎んだ風船のように、唐突に放射されるエネルギーの波を拡散させた。



 「……ぐ、へぇ〜〜〜……」


 「か、カスミ殿……、やり過ぎ、でござる……」



 ゲッソリとした顔で地面に倒れ込むカナと和幸に駆け寄り、二人を助け起こそうとして。



 「―――ぎゃいんっ」



 香澄は盛大に顔からスッ転んだ。


 どうやら彼女自身、自分の姿が大きく変化している事に気付いていなかったらしく。



 「ニャ……はは……、ざまぁニャいのニャ……」


 「う、うっさいっ! ってか、何よこの格好……っ」



 立ち上がり、手足を上げて確認する。


 そこには、とても実戦的とは言えない漆黒のドレスを纏う自身の姿。


 大きく広がったスカートのレース部分には黒鎖が這い、肩や両腕、膝や足にも黒い鎧が鎖で繋がれている。


 驚く程の重装備でありながら、その下に貴婦人のドレスを着込んでいるという奇妙な井出達で、どうやら先ほど転んでしまったのは、裾の長いスカートをピンヒールの爪先で踏み付けてしまった為だったようだ。



 「め、目のやり場に困るでござるな……」


 「めっちゃせくすぃ〜ニャ」


 「ちょっ、何処見てんのっ! カズはそっち向く!」


 「い―――ぎゃああああああああああああすっ!」



 ヒールで蹴られ、和幸の身体は容易く10メートル以上も吹き飛ばされて。



 「へ……っ!?」



 ズビシッ! と壁面に減り込んだ。


 唖然としたのは、蹴った香澄の方。

 それ程強く蹴ったつもりはなかったというのに。



 「り、理不尽……すぎ、る……」


 「うそっ、カズ大丈夫っ!?」


 「うわぁ……、カスミっち容赦なさすぎニャ……」


 「ち、違うってば! そんな力入れてないわよっ」



 が、その瞬間に気付いた。



 「あ……まさかっ、ちょっとカナ! 私のステは!?」


 「んニャ? え〜っとぉ……」



 UI上に浮かぶ香澄のステータス。そのSTRを示す値を目にしたカナは。



 「―――なな……せんっ!?」


 「はぁっ!?」



 七千だ。より正確には、七千四百八十。


 しかもそれで、数値は下降している最中の物。


 徐々に落ちて行く値の大きさを観察しつつ、カナは香澄の身体の変化にも気付く。


 胸元と前面が大きく開いた黒いレースのドレスは少しずつその色を失い、形を犬型へと戻して行く。


 その頃には、全てのステータスが元の千近くまで落ちていて、効果が切れた事を示していた。



 「そりゃ、ちょっと小突いただけでカズユキきゅんも吹っ飛ぶわ……」


 「ど、どうしよ……っ、カズ、ねぇ生きてる……っ!?」



 自分で蹴り飛ばしておきながら、壁に減り込んだままの和幸を心配そうに見詰める香澄。


 が、当の和幸自身はワリと平気なようで。



 「だ、大丈夫でござるよ、ちょっと頭がクラクラするくらいでござるから……」


 「うへぇ〜、流石メイン盾ニャ。頑丈だニャ〜」



 しかし、それでも香澄は心配で堪らないといった様子で。


 直ぐ様人型バーゲストの姿にスキンをチェンジ。


 駆け寄って和幸の身体を壁面から引っこ抜き、その身体を横たえて膝枕で寝かせた。



 「カズ、大丈夫? 何処か痛いとことかある?」


 「だ、大丈夫でござるよ。というか、カナ殿が見てるでござるから……」


 「そんなの気にしてる場合じゃないでしょ! ほら、ちょっと打ったトコ見せて……」


 「い、いや、ホント大丈夫でござるから……」



 カナの目を気にする和幸は、膝枕の幸福な柔らかさにデレデレとしつつ、しかしどうにもその状況を素直には喜べないようで。



 「おーおー、あっついですニャ〜♪」


 「茶化さないでよ! カズがケガしてるかも知れないんだからっ! っていうか、アンタ医療班でしょ! ちょっと見てあげて!」


 「お、おおぅ……。そうッスニャ、スマンこってす……」



 正論な上に睨みをきかせられては茶化す事も出来ず、カナは圧され気味に和幸のバイタルチェックを行いながら。



 「いや〜、男に免疫のニャいおニャの子って、こういう時一途なモンニャんッスニャ〜……」


 「ははは……、かたじけないでござるよ……」


 「な、なによっ、悪いっ!?」


 「「いえいえ、とんでもない」」


 「ハモっ!? むぁあ〜んっ! なんかムカつくーっ!」



 と、ラブコメ路線を直走る彼女ら。が、それに対し、一方では。


 ―――同時刻。ノースウェッグ要塞



 「せんぱーい? カスミせんぱーい! ―――おか、しいな……。今日、非番って……聞いてた、のに……」



 ノースウェッグ奪還成功の報を伝えようと、何度も香澄にメッセージを送り続けるツバサ。


 まさか、尊敬する先輩がラブコメに現を抜かしているとは、さしもの天才軍師も予測する事は出来なかったようであった……。

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