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Master Code  作者: 覇牙 暁
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第三十二話

第三十二話「大陽動作戦」




 リムニルグからの帰還中、王都まで凡そ一日の距離。


 仮設テントを張り、野営の準備を進めていた私の下に、そのチャットメッセージは届いた。



 『やっほー! カスミっち元気ー?』


 「―――カナか。珍しいじゃん? そっちからメッセ入れて来るとか」



 椅子に腰かけ、机に向かっていた私の前には、チャットログと彼女の顔。


 久々に見る仲間の顔に、私は少しホッとしていた。



 「何かあった?」


 『べっつにー。倒れたって聞いたから、ちょっと気になってただけニャン♪』



 アバターラ軍部の医療を統括する彼女らしい理由に、私は苦笑気味の笑顔を浮かべ。



 「心配かけたわね。ま、今の所はまだ生きてるから、安心しなさい」


 『いやいや、死なれちゃ困るニャ! もーそうでなくたって仕事多くてコッチが死にそうニャのに!』


 「ゴメンゴメン、けど、それも私の所為ね」


 『ホントそれニャ! だから、早く帰って来てよね!』



 まったく、カナにも迷惑をかけてしまった物だ。


 そのワリには、迷惑そうな顔なんて少しも見せてくれないんだけれど。



 「そういえば……」



 と、丁度良いタイミングだったから、私は尋ねる事に。



 「昨日の一件から、ツバサが妙に余所余所しくてさぁ。アンタ何か知らない?」


 『えぇっ!? それ、余所余所しいっていうか……カスミっち、ひょっとして気付いてニャかったの?』


 「え、なによ。なんかあったの?」



 どうやら、カナにとっては信じられないという程簡単な理由だったらしく。


 でも、私にはサッパリ理由が解って居なかった。


 今日の朝と昼頃にも一度、ツバサに連絡を入れていたんだけど、なんていうか事務的な会話しかしてくれなくて、まるで私を避けてるような感じがあったのだ。


 ちょっと前までは、まるで飼い主に尻尾を振るわんわんおみたいな感じだったのに、それが急にだ。


 一瞬、私の不甲斐なさに愛想を尽かせたのかと思ってしまったくらいには。


 けど、それは全くの勘違いという奴だったようで。



 『昨日、カスミっち、警備シフトの件でツバサきゅんの事怒鳴ったって聞いてるけど?』


 「え……、そんな事、あったっけ?」


 『シフトを勝手に弄ったから、先輩に怒られたーって嘆いてたニャ』


 「ん―――……あぁ〜、最初のアレ、かな??」



 言われてみれば、確かに。


 怒ったというより、コッチもテンパってて少し声が大きくなっちゃったって感じだったけど。


 どうもそれが、ツバサにとってはかなりショックな事だったらしく。



 『そうそう、その件でね、カスミっちにもちょっと聞いときたい事あったのニャ』


 「聞きたい事?」



 ツバサのチャット態度については、謎が解けた。―――んだけど、どうもこの話、先があるらしい。



 『実はさ、その件で責任感じちゃってたみたいでさ、ツバサきゅん急にやる気出しちゃってね?』


 「空回り……するようなタイプの子じゃないわね。なんかやらかした?」


 『ううん! 涼子さんも大絶賛のスッゴイ作戦考えたみたいニャの!』


 「作戦って……この状況下で?」



 私は首を捻る。


 作戦を考案するというのは、何かしらある案件に困窮しているから改善を図る為にとる行動だ。


 今現在、アールヴヘイムが置かれている状況から察するに、大きく分けて三つの問題がある。


 一つ目は、蛮族の度重なる散発的な侵攻。


 二つ目は、慢性的な人手不足。


 三つ目は、現史世界側のノーマルの動き。


 この中で、特に重要なのは、二つ目の慢性的な人手不足、だろう。


 これは軍部の問題だけではなくて、糧食の生産量や蛮族の攻撃によって被害を受けた村々の復興作業、国政管理をしている役場にも言える事で。


 何とか改善策を探していたんだけど、私でもコレと言って思い付く効果的な策は見出せなかった。


 ちなみに、三つ目のノーマルの動向に関しては、直ぐに次の行動を起こすというような事は無いと私は踏んでいる。


 動くとすれば、蛮族の侵攻に合わせて何かしらの諜報活動を行う、といった程度だろう、とも。


 ところが。



 「―――へぇ……、考えたわね……」



 カナから聞かされた断片的で整合性の取れない情報だけで、ツバサが何を画策しているのかが容易に理解出来た。



 『へ? 今ので解かったの?』


 「えぇ、カナの説明が上手だったからよ」


 『そ、そかニャ〜♪ ―――でもニャんでだろ? 褒められてるのに、褒められてる気がしないニャ』



 ピコピコ動く猫耳! フリフリされるモフモフ尻尾!

 クリっとした猫目に愛らしい猫口!


 そして頭の上に浮かんで幻視される大きな疑問符!


 あぁ、なんて純粋で可愛らしい生き物なのかしら!


 やっぱり、カナにはこうあり続けて欲しい。


 アホの子バンザイ!



 『でさでさ、涼子さんはチョー褒めてたニャ。でも、この作戦ってホントに上手く行くのかニャ?』


 「そうね。成功率はかなり高いと思う。上手く行けば、蛮族との戦いを圧倒的に有利に運べるし、人手不足も一時的にだけど解消可能。その上、ノーマルに対する牽制にもなる。ハッキリ言って、完璧な策よ」


 『おお! カスミっちまで大絶賛!』


 「あの子、元々そっちの才能があるのよ。今までは活かせる場が無かったってだけでね」



 私は、出会ったばかりの頃のツバサを思い出していた……。


 もう一年以上前の事だけど、あの当時は、その見た目の所為で「うわっ、コイツ絶対近付きたくねぇ!」って声に出してしまう程ヤバイ感じがして、避けてたんだけれど。


 同じエージェントとして私やダイキの後輩になり、直接話す機会が増えて、そうこうしている内、見た目通りのキャラじゃないんだって事が判り始めた。


 ちなみに、当時のツバサは、リアルでもPYO内でも、所謂“チャラ男”って雰囲気の服装を好んでたんだけど、元々は凄い根暗で、ヒキニートだった所為もあって、目の下にずっとクマが張ってるし、陽に当たらない生活が長かったから肌も色白で、どっちかっていうとチャラいっていうより、薬中のヤバ気なヤンキーにしか見えなかったのだ。


 なのに、そんな彼が初めて私に声を掛けて来た時の第一声で、私は彼のキャラが掴めなくなった。



 “ご、ご指導ご鞭撻のほど……っ、よ、よろしくお願いしますっ、先輩……っ!”



 正直、ポカンとしたのを今でも覚えてる。


 エージェントに抜擢されたって話しも聞いていた所為で、彼を見る目が随分変わった。


 で、その後。―――ある事件が起きた。


 PYOには、レイド戦と呼ばれる多人数参加型のコンテンツがあり、チームやギルドなどで集まった集団同士の大規模な戦闘を行うイベントが開催される事があった。


 広大なフィールドに二つの陣営が別れて布陣し、互いの領土にあるオブジェクトの所有権を奪い合うゲームだ。


 私達エージェントを含むGMが参加する事は普段じゃ無い事なんだけど、その日は実装初期でプレイヤー達にエキシビジョンマッチを見せ、その楽しさを知って貰おう! みたいな企画が立って。


 GM対GMという構図で観客達を前に試合を行った。


 その際、私とツバサは同じ部隊に配属になり、私が本陣を。そして、ツバサが作戦立案を担当する事になったワケだけど。


 勿論、相手のチームにはダイキとカナが配属されていて、かなり際どい勝負になるだろうと私は予想していた。


 ところが、結果は完璧な程の圧勝。


 ツバサが立てた作戦は見事に大当たりしたのだ。


 本陣へ向かって進撃して来たカナのチームを私が抑えている隙に、ツバサは斥候を出して常に戦場の戦力分布を把握していて、混乱する戦場で彼だけが唯一数手先の戦局を読んだ行動を取っていた。


 指示は簡潔にして的確。


 ダイキが伏せようとしていた伏兵の位置までも逆に利用し、防御力の落ちた一点を突いてダイキの居る本陣を急襲。


 その事態に浮足立って後方を気にし過ぎたカナは容易く私に討ち取られる結果となり、最後はダイキの本陣へ全ての戦力を投入して完全決着。


 鮮やか過ぎるその手腕に、私は舌を巻いた物だった。


 ―――類稀な戦術眼と戦略眼を併せ持つ少年。


 戦場に在るあらゆる事象と状況を的確に把握し、利用・活用する戦略眼。

 戦場に置ける全ての兵士達の心理や行動を完全に把握し、有効的に活用・運用する戦術眼。


 その双方に稀有な才能を発揮して見せたのだ。


 もし、生まれる時代が違っていたなら。あの頃は、そんな風に思いもしたけれど。



 「まさか、本当にあの才能が役立つ日が来るなんてねぇ……」



 イロイロと感慨深い物がある。


 こと戦略や戦術という分野では、恐らく私やダイキより、遥かにあの子の方が高性能。


 今回の作戦に関しても、私には文句の付け様がなかった。



 『そんニャにスゴイの? ツバサきゅんって』


 「凄いわよ? 今孔明とか伏龍鳳雛とか呼びたくなるくらいにはね」


 『い、今米吹くホース……??』


 「どんなホースよ、それ……」



 今孔明ってのは、彼の有名な“竹中半兵衛”の事。

 わずか10数人で稲葉山城乗っ取りを成功させた天才的軍略家。


 三国志の天才軍師、諸葛孔明になぞらえてそう呼ばれたそうな。


 対して、伏龍鳳雛ってのは、地に伏した龍、鳳凰の雛の意味で、未だ天に昇って居ない龍と、何れは成長し、その翼を広げるであろう鳳凰を指していて、どちらも未だ世に見出されていなかった三国の英雄“諸葛亮”と“ホウ統”の事を示している。


 つまり、まだ見ぬ天才が此処に居るよ! って意味で使われる言葉だ。


 決して、今になって米を噴き出すホースなんて言葉は無い。ってか、“龍”何処いった……。



 「ま、天才って事」


 『ほぇ〜〜〜……』



 ん、間抜けな顔もカワイイ。


 アイドルにしとくにゃ勿体ないわ、やっぱ。



 「んじゃさ、カナ。悪いんだけどツバサに伝えておいてくれる?」


 『おぅ?』


 「“期待してる。やってみせなさい。”ってさ」


 『ん、了解ニャ!』



 今私が直接声をかけたら、あの子きっと驚くだろうし。


 萎縮させてしまうのもマズイから、今は伝言だけで良い。


 作成が成功した後で、褒めてあげればイイんだしね。


 チャットウィンドウの向こうで手を振るカナに、私も手を振り返し、そのままヴォイドフリック。


 何時しか野営準備の喧噪も消え、仲間達の声も小さくなっていて。



 「―――姫様、宜しいですか?」


 「ん、ゴメンねイライザ、待たせちゃった?」


 「いえ」



 テントへ入って来たのは、イライザだった。


 実を言うと、カナとの会話中にも外で彼女が待機している事が気配で判っていたんだけれど、カナとの会話をおざなりににしたくは無かったから、そのまま少し待って貰っていたのだ。



 「ご歓談をお邪魔してしまい、申し訳ございません」


 「いいのいいの、むしろコッチのがゴメンね。話し長引いちゃって」


 「いえ、お気遣いなく」



 丁寧にお辞儀する彼女に、私は椅子を立ち。



 「野営の準備、終わったみたいね」



 テントに付いている小窓から外を覗くと、そこいは焚火を囲んで談笑している仲間達の姿が見えた。


 陽もとっくに暮れていて、ランプの明りが無ければ真っ暗になっていたくらい。



 「はい、つい先ほど。それで、ご夕食の用意が整っておりますが、如何なさいますか?」


 「頂くわ」


 「分かりました、では直ぐにお持ち致しますので、少々お待ち下さい」



 そう言い残し、テントを出て行くイライザ。


 堅苦しい喋り方は相変わらず。

 まぁ、一日二日でどう変わるって話しではあるんだけど、年齢も近k……くはないんだけど、見た目が同い年くらいだし、もうちょっと打ち解けられたらなぁ、とも思うのだ。


 なんせ、優秀だからね。


 手元に置いて置きたいと思う。


 で、そこで思い出したのが、王都に置いて来たミミの事。



 (私の部屋……、無事かしら?)



 真っ先に思い付く心配がそれ、っていうのもどうしたものか。


 ミミはエルフだから、ツバサやカナのように手軽にチャットで会話、なんて事が出来ない。


 通信装置はエルフの騎士団や兵士が管理しているし、社長や松岡さんが使ってる通信装置も私的な理由ではなかなか使えないのである。


 まぁ、私が言えば使わせてくれるのだろうけど……。



 「―――それこそ、立場って物があるし、ね……」


 「はぁ、お立場……で、ございますか?」


 「ぬぉうおぇえいっ!!?」



 何時の間にか戻って来ていたらしく、独り言に返事を返されて思い切り驚いてしまった。



 「イ、イライザ! だからこう、どうしてアンタは……って、ニンジャ!? ニンジャナンデ!?」


 「ドーモ、カスミ=サン。イライザ・カヴァーナです」


 「ドーモ、イライザ・カヴァーナ=サン。ヤナカスミでs……ってわざわざ付き合う私もどうかしてるわっ!」



 つか、何この子! なんで忍○語とか当たり前のように使ってるの!?


 いや、そもそもその恰好は何!?

 何で真っ赤なニンジャ装束に、ご丁寧に“忍殺”って文字が彫り込まれたマスクとかしてるワケ!?


 この子ホントにエルフ!?



 「何処で覚えて来たのよ、そんなの……。っていうか、その服どうしたの?」


 「いえ、カズユキ様に以前お見せ頂いた“つぅういったー”なる書物に、こうした挨拶は人間の皆さまの間ではとても常識的なアイサツである、と記されておりましたもので」



 カズ……、原因はアンタか。(汗)


 私は思わず頭を抱え、深い溜め息を吐いた。



 「ゴウ○ンガ! 非情に奥ゆかしく、洗練された文化ですね」


 「その辺りにしときなさい……。どっから何言われるか分かったモンじゃないわよ、それ……」


 「左様でございますか……」



 で、その場でニンジャ装束を脱ぎ脱ぎ……。



 「そこで脱ぐんかい!?」


 「委細問題ございません。この装束の下にはしっかりと……おや?」



 デカッ! 何がとは言わないけど、この子デカッ!!



 「これはお見苦しい物を……。大変失礼致しました、着替えて参ります」


 「ソウダネ。ソノ方ガイイヨ」



 テントを出て行くイライザを片言で見送り、私は。



 (あの子……普段あの“デカブツ”を何処に隠してるのよ……)



 ミミを思って涙を流す。


 頑張れ、ミミ。アンタの将来はきっと明るい。


 っていうか、結局このくだりは何だったのか。私のゴハンは!?


 なんて事がアレコレあって―――その後。


 夕食も終わり、また例の仮設シャワールームを用意して貰って、またカズとリヴァルトが性懲りもなくイライザにボコボコにされて、その夜……。



 「―――眠れねぇ……」



 イロイロ考え出したら眠れなくなり、仕方なくテントを這い出してみれば、心地良い夜風と虫たちの静かな大合奏。


 兵士達は皆思い思いの場所に陣取って木々や荷駄を枕に眠っていて、寝ずの番をしている兵士が数名で焚火を管理している。



 「イライザのテントは……」



 明りが消えていた。


 微妙に話し相手が欲しかったのだけれど、残念。


 それから、ふと気になってカズのテントがある方を見て―――。



 (いやいやいやいや! それはアカンやろ!?)



 思い止まる。


 こんな時間に男のテントに忍び込むとか、夜這いに来たと思われても文句言えないじゃん!



 (うん、やっぱ一人で行こう……)



 私はコッソリとテントを離れ……あ、一応書置きはしてある。で、山道脇にある獣道へと分け入り。



 「―――あった」



 小川の潺が聞こえた。


 さっきイライザに聞いた場所だ。


 この辺りは野営に適した場所で、近くを小川が流れているから水の確保も容易いとか何とか。


 魔術で水は作れるだろうにって思ったら、どうもそういう意図で川の水を使うのではないらしく。


 アールヴヘイムの川には、魔力が宿っているのだとか。


 で、飲料水として使う場合、体力の回復も早くなり、傷なんかの治りも良くなるそうな。


 魔術の知識が乏しい一般のエルフ達にとっては凄く貴重な物らしく、病気や怪我の治療にも使われているらしい。


 勿論、魔力の補給も出来るから、活用しない手はない、って話しで。



 「おぉ……、すごい……」



 余り感受性の高くない私ですら、その光景の美しさに目を奪われた。


 月明りを浴び、水面が鏡のようにキラキラと光を反射しているんだけれど、それだけじゃない。


 川を流れる水その物が、淡く銀色の光を放っていたのだ。


 王都では夜でも明りが街から消える事は無いし、そもそも夜に出歩くなんて事は殆どした事がなかったから、これを見るのは初めて。


 水も凄く澄んでいて、川の底を泳ぐ魚の姿までバッチリ見える。


 なんでも、魚達はこの水のお陰で消化器官が退化しているらしく、餌を摂る事もしないし排泄する事も無いのだとか。


 水その物の浄化作用で苔や菌類さえ繁殖せず、純粋に水の流れだけがそこにある。



 「これ、どうなってんだろ……」



 興味が先走り、私は川辺の大きな岩に腰掛けると、そのままブーツを脱いで川の中に爪先を落として見た。



 「おぉ、冷たい……」



 当然の事なのに、なんだか楽しくなる。


 考えて見ると、こんな世界になる以前だって、川遊びなんてした事は無かった。


 そんな私が、初めて遊んだ川が“光の精霊の国”の川とは……。



 「何ていうか、……変なカンジ」



 無意識に笑みが零れる。


 で、触れていて判ったのは、本当に魔力が回復してるって事。


 実際、UI上でもその経過は観察出来ていて、ほんの少しずつだけど消費した魔力が回復していってる。


 体感としては、頭の中が妙にクリアになる感じ。


 私達アバターラの魔力は、その脳の疲労度と直結しているから何だろうけど。


 此処でしばらく休憩していれば、スッキリ眠れそうな、そんな気がして。



 「―――で、またついつい考えちゃうのよね……」



 結局、私はまた堂々巡りの思考に陥ってしまうのだった。


 キマイラに負けた事。死んでいったエルフ達の事。

 王都の現状や、蛮族・ノーマルの動向。


 考える事は山ほどあって、この先も沢山の犠牲が出るであろう予想に肩が震える。


 アバターラは死なない。

 私は、あのキマイラとの戦いで、死んでも良いって思ってしまった。


 逃げたいと、考えてしまったのだ。


 今にして思えば、どうしてそんな事をって思う。


 でも、あの時は怖かったのだ。

 私でも、いっぱしに。



 (あんなの……、人の死に方じゃないよ……)



 爪に裂かれ、五体を粉砕された兵士の死に様。


 頭から噛み付かれ、奥歯で噛み砕かれた兵士の死に様。


 毒で焼かれ、雷に打たれ、骨も残さず灰にされた者も居た。


 お墓さえ……作ってあげられなくて……。



 「―――また、……嫌になっちゃいそう……」



 思い出して、涙が零れて、無力感に打ちひしがれて……。



 「……っ、……っ」



 私の責任だ……。

 私が、弱かったから……。


 多分、人によっては、こんな感傷を甘えだって否定するんだろうけど。


 違う。私は、王族の一員だから。


 例え、その死を選んだのが兵士達それぞれの意思であったとしても、そうさせたのは私だ。


 この気持ちを忘れてしまったら、それはもう人の上に立つ者としては下の下。


 私がより強く、守れる力を手に入れる事を諦めてはいけない。


 だから、泣いて、悔しんで、そこから前に進まないと。


 その為には、やはり……。と、そんな風に考えていたら。



 「―――女の子の泣き顔を覗くとか、悪趣味よ。リヴァルト」


 「な、なんとっ!? お気付きでしたか……」



 川沿いの木陰に気配を感じ、私は名前さえ呼び当てて、バツの悪そうな顔で出て来た彼をキッと睨む。



 「うっ……、泣き顔ですら、神々しい……っ」


 「ダメだコイツ。早く何とかしないと……」



 頭が痛くなった。



 「―――警護でもしてくれてたの?」


 「いえ、たまたま眠れず、散歩でも。と思っていた所、殿下がテントを離れて行くのが見えましたもので」


 「そこは正直なのね……。警護って名目にしとけば、糾弾される事も無かったでしょうに」


 「いえいえ! 殿下はこの程度の事でワタクシを糾弾などなさいますまい? 殿下はお心の広い方でございます故」



 と言って、彼はニンマリ笑う。


 コイツ、ワリとこう食えない性格してるのよね……。



 「ま、いいけど。話し相手も欲しかった所だし」


 「で、ありますれば。不肖、このリヴァルト・ライナー、謹んで殿下のご相談の任、仕りましょうぞ」



 言いつつ、彼は鎧姿のまま、私の傍まで来て斜め後ろに立った。



 「座らないの?」



 尋ねると?



 「ワタクシは一介の兵士にございますれば、殿下のお側に立てるだけでも光栄という物。隣に座るなど、恐れ多いのでございますよ」


 「……良く言うわ。ホラ、コッチ来て座る。命令よ」


 「では、失礼ながら」



 言われて、ようやくだ。


 堅苦しいって感じじゃない。

 コイツのコレは、どっちかっていうと慇懃無礼な感じ。


 でも、案外と悪い気はしないのが不思議な物で。



 「けど、よりにもよってアンタが相談役とはねぇ……」


 「失敬な! これでも、部下や上司の無理難題に日々応え続け、今や隊では“下町のおふくろさん”なんて異名を―――」


 「占いババアかよ……」


 「ハッハッハッ! まぁ、それくらい、人生経験は豊富って話しです」



 コッチの世界にも居るらしい。そういう胡散臭いの。



 「で、わざわざテントまで鎧と剣を取りに戻ってまで“偶然”見掛けた私を追い掛けて来てくれたエルフのイケメン騎士様は、眠くないの?」


 「バ、バレバレですか……。まぁ、眠くないと言えば嘘になりますが……、放ってもおけなかったもので。……ハハハ」



 まったく、アレコレ屁理屈並べるクセに、こうやって妙に優しいトコ見せる。


 そりゃ隊の女の子連中もコロッと行くわ……。



 「ま、眠くても付き合って貰うけどね」


 「oh……、ワリと容赦ないですね」



 実の所、相談すべき事なんて大した無くて。


 私の中にあるこの問題は、きっと私自身がケリをつけなければならない物だから。


 だから、そうやって適当に雑談をしてるだけでも、私は十分に癒されて。


 彼の軽薄な態度が気持ちをも軽くしてくれる。


 そうしている内、何時しか時間は随分と遅くなってしまい……。



 「大分、遅くなっちゃったわね……」


 「そろそろ、イライザ殿も心配なさるかと」



 その通り、って奴で。

 私は水から程よく冷えた脚を抜き、ブーツを履き直して。



 「だね……っと! いい加減寝ますかっ」


 「では、お供いたします。……ベッドまで」


 「いらんわっ!」



 立ち上がると同時、リヴァルトの尻を思い切り蹴り抜いて、川の中へと叩き落すのだった。

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