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Master Code  作者: 覇牙 暁
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第二話

第二話『谷那 香澄』




 ―――夢を、見た。


 昔の……と言っても、ほんの数年前に、実際にあった事なんだけど。


 当時中学生だった私は、その頃はまだ島根県の出雲に住んでいた。


 幼いながらに自分はモテる、とそう確信できるくらいには整った容姿で、実際小学校の高学年になった頃から何人かの男子に付き合って欲しいと告白された経験もあった。


 だけど、その当時から私は、そうして言い寄ってくる男子生徒達を疎ましく感じていた。


 男という生き物は、それが子供であったとしても自分の中の理想像を勝手に押し付けて来る生き物だから。


 私は良家の生まれで裕福な家庭で育ったのだが、それ故に男達は私に“お嬢様”である事を強いた。


 ファーストフード店でジャンキーな食事をしたい事だってあったし、パソゲーで人目も憚らず絶叫したい事もあった。


 カラオケBOXで流行りのアニソンを熱唱したいと思う事だってあったし、外でキャンプや自然の中を探検してみたりもしたかった。


 だけど、回りの男達はそれを許さない。



 『谷那さんみたいなお嬢様が行くトコじゃないよ』


 『香澄ちゃんには似合わないよね』


 『紅茶の好みは? 家では凄く良い茶葉とか使ってるんだろうなー』



 は? なにそれ、勝手に決めつけないで。


 どうして行き先を他人に左右されなきゃならないの?

 紅茶の好み? 私はクッソ熱いくらいの“リーズナブルな番茶”が大好物だ!


 だから、そういう他人のイメージなんて糞食らえだって思ってた。


 なのに、周りはそんな私自身の意見を“謙遜”だとかって決め付けて。


 ―――結局、この時の出来事が私の人間嫌いを決定付けた。


 それは、私が中学三年に進級したばかりの頃だった。


 その日、放課後になって、部活にも入っていなかった私は、直ぐに帰宅して通販で買ったばかりのPCゲームで遊ぶ気満々だった。


 期待作だったから妙にテンションも上がってしまっていて、正直気分が良かったのを今でも覚えてる。


 だから、つい何も考えず、教室を出て直ぐ傍に立っていた男子生徒の下らない誘いに乗ってしまったのだ。


 後から知った事だが、私とは別のクラスの男子で、女子の間では学年通して人気のある生徒だったらしい。


 けれど、私にとってはそんな事どうだって良くて。


 普段なら告白されればその場ですぐに振っていた。

 なのに、そいつは妙に回りくどい方法で私を誘い出していた。


 理科準備室の倉庫整理を手伝って欲しい。

 教師からの頼まれ事で、日直だった私にその矛先が向けられたのだ、と。


 けど、蓋を開けてみればただの臆病者で、振られる所を他人に見られるのが恥ずかしかったから、わざわざそうやって人気のない場所に呼び出しただけ。


 そんな場所まで付き合ってしまった私も私だが。


 とはいえ、結果は解り切った物。

 私が煩わしいとさえ思うような男と付き合ってやる義理などなく。


 当然のようにその男子を振り、何事もなかったかのように帰宅した。


 ―――が、変化は翌日に現れた。


 何時ものように登校し、教室に足を踏み入れた瞬間、私はその空気に気付いた。


 こそこそとコチラを窺う男子達の視線。

 憎悪が込められた女子達の無数の敵意。


 黒板に大きく書かれた“ビッチ谷那くたばれ!”の文字。


 誰一人として声をかけて来ない。

 その時は、まぁそれも良いと思ってた。


 だけど、本当の変化は私の知らない水面下で着々と足元を蝕んでいた。


 沢山の人が居る筈なのに、静か過ぎる教室。

 煩わしさが消えた代わりに、居場所を奪われてしまったような感覚。


 体育の授業直前には体操着が消え、音楽の授業ではリコーダーが消え、教室に戻ってみれば教科書とノートがゴミ箱に捨てられていて、机の上には「死ね」の二文字。


 初日で悟った。

 あぁ、コレが所謂“イジメ”か、と。


 陰湿な嫌がらせは日に日にエスカレートし、アレほど好意的だった男子達はビクビクと肩を震わせて近付いても来ない。


 ただ、私としては、対処法など幾らでもあった。

 それこそ、無くなった物は幾らでも買って補充出来るし、学校中に盗難防止用のカメラ設置を強要する事だって出来た。


 だけど、敢えてそうはしなかった。


 机の悪戯書きも、所持品の紛失も、全て何事もなかったかのように受け入れ、教師が勝手に気付いて問題にして行く。


 そうこうしている内、主犯格が勝手に自分から名乗りを上げてきた。


 とっくに気付いていた事だが、私が振った例の男子生徒に懸想していた女子生徒だ。

 ソイツが同じ男子に好意を寄せていた女子を掻き集め、私をハメる為のイジメグループを結成していたらしい。


 私は気付いてすらいなかった事だけど、振られた男子生徒はあれ以来不登校になっていたそうな。


 にも拘わらず、私はどんな嫌がらせをしてもまるで動じない。

 それが兎に角腹に据えかねたと見える。


 校舎裏に呼び出され、その事をウダウダと数人がかりで詰め寄られた。

 まぁ、そうなる事が前提で、私もポケットの中のスマホを使って録音していたワケだけど。


 無論、オンラインで家のパソコンに転送も。


 何を言っても動じない私に業を煮やした彼女らは、ついに暴力に訴えようとする。


 そこで、切り札だ。


 先ほどの録音した音声を自宅のパソコンに転送していた、と告げた途端、態度が豹変した。


 出て来た言葉は“ただのお遊びじゃん、何マジになってんの”だ。


 それは、むしろコチラのセリフだった。

 初めから掌の上で転がされていただけの連中が、頬を引き攣らせて何を今さら。


 結論から言えば、彼女らは停学処分。

 問題が公にされた男子生徒は学校に留まる事が出来ずに転校。


 やれやれ、とそれで話しが終われば私もここまで捻くれてなど居なかったと思う。


 問題は、この後だった。



 「……は? なんで私まで停学?」



 後日、職員室で私が担任の教師に返した言葉だった。


 その教師曰く、問題の中心になって事を公にしたのは私だから。


 なんでも、男子生徒の母親がPTAの会長を務めていた人物らしく、息子が酷い精神的暴行を受けたと学校に謝罪を求めてきたらしい。


 で、その際に原因となった私にも相応の処罰を、と。


 その翌日から、私も停学。

 家の自室に缶詰だ。


 だから、私は決めた。

 停学が終わった後も、絶対に学校に行ってやらない、と。


 PTAの会長だかなんだか知らないが、転校したからと、復讐してやったからと、安穏としているであろうその男子生徒の母親に平穏など与えてやる気は毛頭なかった。


 私が不登校になって数日で、学校側もようやく慌てだした。

 だが、もう何もかも遅い。


 その学校に多額の出資をしていたのは、私の家。

 私が不登校になった原因を両親が尋ねてくるのは時間の問題だったという訳で。


 不当な停学処分で既に怒り心頭といった様子だった両親が学校への出資を打ち切るなど当たり前の事。


 それ所か、元PTAの会長とかいう例のBBAにも慰謝料の請求を求める裁判を起こした。


 ウチの親も相当な親馬鹿ってヤツで、あの手この手でそのBBAを精神的に追い詰めていったらしい。


 結果、私は勝訴。

 BBAはストレスで10円ハゲ+慰謝料400万と訴訟費用全額負担。


 当然だ、優秀な弁護士と父親が懇意にしている裁判官。


 公には出来ないだろうが、相当な額のお金が裏で動いていたに違いない。


 けれど、全部が片付いた後も、私は不登校を貫いた。


 というより、学校という所に戻る気にはなれなかったのだ。


 私に向けられていた男子生徒達の恋愛感情は、女子生徒らの威圧に容易く屈する程度の物だった。


 一度振られたくらいで不登校になった挙句、親に泣き付いて学校に文句言わせたあの男子生徒もだ。


 散々陰湿な方法でイジメを周囲に強要した主犯の女子生徒も、それに乗っかって言いたい放題やってた他の女子共も。


 PTAが恐くて後先考えずに被害者である私まで停学にした教員や学校の対応も。


 ひっくり返してみれば、結局自分より強い力に抗えず、怯えるだけの弱い人間ばかりだった。


 そう感じた私の意見を両親に告げた所、返って来たのは?



 『人間なんて、大抵そんなものだ。香澄のように考えて、それを行動に移せるなんて、本当に一握りの人間だけなんだよ』



 それを聞いて、私は悟ってしまった。


 あぁ、そうか。

 その意見を理解出来てしまうこの二人もまた、連中と同じ側の人間なんだ、と。


 テレビを見ながら「この政治家は駄目だ」なんて言いながら、具体的な代案を出す事も、行動する事も出来ないような視聴者と同じ。


 互いに身体を求めて愛を語り合いながら、いざ自分の身に危険が迫ると相手を助けようともせずに真っ先に逃げ出すような男女と同じ。


 大部分が、こういう種類の人間にカテゴライズされる。


 だから、気付けた。

 そんな連中と関係を持って、いったい何の意味があるのか、と。


 自分にとって有益か害悪か。

 無益ですらない、有害なコバンザメみたいな連中と、いったい何の意味があってつるむ必要があるのか。


 周りで騒音を発てる羽虫のような人間など、傍に置く必要はない。


 有益な人間で、且つお互いに利用し合える関係こそがベスト。


 だったら、それ以外はいらない。


 私は、そんな風に結論付けた。


 そして、この夢は決まってこのタイミングで覚める。


 薄ぼんやりと広がって行く視界と意識。


 何時も目にしている見慣れた天井。


 個人端末と趣味の小物が所狭しと並べられた机。


 天蓋付きのベッドで肩まで被ったシーツを捲り、起き上がってカーテンも開けずに鏡の前に立つ。


 緩いウェーブの掛かった腰程もある長い髪はしばらく整えた記憶がない。


 自分でも冷たいと感じるほど鋭くキツイ目つきで長い睫毛を弄り、その整い過ぎた美貌を嘲笑する。



 「なにこれ、無駄過ぎ……」



 どんなにずぼらでロクに手入れをしていなくても、化粧すら必要がない。


 このまま外に出て歩いても、きっと何人も男が釣れるだろう。


 ―――本当に、無駄過ぎる。


 こんな顔も、スタイルも、どうだっていい。


 男が釣れたら何だ?

 それに何の意味がある?


 必要な物はとっくに全て持っている。

 他人を頼る必要なんてこれっぽっちもありゃしない。


 贅沢? 当たり前だ。

 私は、それ相応の努力をしてきた。


 自活出来る事が基準だというなら、私は十分に条件を満たしている。


 誰にも文句は言わせない。

 文句があるなら、論破してやるし、暴力に訴えてくるなら受けて立ってやる。


 私は、私の望むまま、自由に生きる為の努力を決して惜しまない。


 だから、オマエらの常識を私に押し付けるな……!



 「……あ」



 ガシャン! と、音を発てて砕け散ったのは私の身長程もある大きな鏡。


 私を映し出していたその鏡を砕いたのは、調子に乗って突き出した私の拳だった。



 「ぴゃーっ! イタイイタイイタイッ! 血ぃ! 血ぃ出たぁああ〜〜〜〜っ!」

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