第十九話
第十九話「極炎の世界」
―――目指すは、『スルトの洞窟』。
アドバンスドブレイン社社長『佐伯 涼子』の指示でこの場所の調査に差し向けられたのは、総勢100名を超える元PYOプレイヤーことアバター能力を扱う事の出来る唯一の存在、“アバターラ”達。
このムスペルヘイムへ繋がる“枝(ユグドラシルの枝)”が日本で発見されたのは幸運だった。とは、その涼子の言。
世界各地で発見されている“枝”の存在は、既に日本のアドバンスドブレインにも伝えられており、収集したデータからそれが“ワープゲート”や“トランスポーター”のような役割を持っている事は判っていた。
PYOでは、“ユグドラシルの破片”と呼ばれるユグドラシル内の各エリアへ繋がる転送用オブジェクトが各所に配置されいていたが、これは同様の物。
そう考えていた涼子は、世界各国の指導者達を出し抜き、真っ先に確保すべき“土地”の優先順位を見定めていた。
第一に、ムスペルヘイムにある『スルトの洞窟』。
第二に、光の精霊が住むと言われる『アールヴヘイム』。
そして、第三にグラズヘイムにある『ヴァルハラ』とした。
何故か?
それには、当然理由がある。
第一のムスペルヘイムには、前史世界には存在しない貴重鉱石を採掘可能な鉱山があり、その採掘量は底が無いとさえ言われていたからだ。
この場所を他勢力より先に抑え、採掘権を得られれば、アドバンスドブレイン社は他に類を見ない全く新しい技術開発に乗り出す事ができる上、その利益を独占できる。
そうなれば、PYOで被った莫大な負債を帳消しにし、それどころか再び世界トップの優良企業として返り咲く事も夢ではなくなるという訳だ。
そして、第二に狙うアールヴヘイム。
此処は、人間にとって極めて快適な気候が維持されている世界で、人口爆発に悩む現代の世界情勢に光明を齎すカギともなる土地。
加えて、地下資源も豊富で緑豊か。
魔法によって栄えたエルフ達の遺産やミスリルのような貴重な金属の精製技術などを確保出来る可能性も高い。
此処でもやはり、莫大な利益を得られる可能性が高いという訳だ。
そして、第三のグラズヘイム。
この土地の価値は語るまでもなく、ヴァルハラだ。
北欧神話に於いてエインヘリャルが集められたとされるのが、このグラズヘイムという広大な敷地面積を持つ建造物で、その中にヴァルハラは存在する。
死者の魂が再び蘇る場所で、そこには管理を目的とすヴァルキューレが常に滞在しているらしい。
異常現象後の現史世界に於いて、何らかの理由で死亡してしまった元PYOプレイヤー達は、皆その場所を基点に蘇生し、ヴァルキューレに従ってアースガルズ(現史世界)へ帰還しているという。
ならば、この地を抑えるメリットは極めて大きく、また現存しているヴァルキューレから得られる情報の価値も高いと考えたのだ。
よって、日本で発見されたのがムスペルヘイムへと繋がる“枝”であったという事の意味と価値は計り知れない。
「そら、是が非でも欲しいわなー、あのデカパイは」
仮設テントの中でパイプイスにふんぞり返り、テーブルに乗せた脚を組み換えつつ、人型バーゲストの姿で香澄はボソリと呟いた。
ムスペルヘイムに入ってから既に数日。
燃え盛る炎の明りで昼夜の境も曖昧なこの土地では、時間の感覚が異様に崩れてしまう。
腹が減れば食事をし、眠くなれば眠る。
一応、交代制ではあるが、そのくらいアバウトな時間の使い方をする方向で部隊にも指示を出していた。
しかし、何故この状況でゆっくりとキャンプを張って寛いでいるのか。
その理由は、直ぐに天幕から飛び込んで来た。
「バーゲストさん、報告ッス!」
「―――ふむ、聞こう」
直前までの横柄な態度は何処へ消えたのか。
一瞬で大物らしく机に着き、まるで地図を眺めていたかのように視線だけを向けて香澄は答えていた。
「ここから西に10キロくらい行ったトコに、洞窟らしき物の入り口を見付けたらしいッス」
報告に来た男は、まだ十代の少年。
軍隊で見れば少年兵に当たるような歳だが、アバターラの平均年齢を考慮すれば彼くらいの年齢でも若過ぎるという事はない。
そんな少年が軽鎧を身に着け、いっぱしに剣を下げているのだから、何とも不思議な光景だった。
「中の様子は確認したのか?」
「はい、入口だけらしいッスけど、内部はかなり濃いガスが充満してるみたいッス」
「ガス、か……。内部の気温は?」
「え、気温ッスか? ちょっと聞いてみるッス」
香澄の質問に答えたそのアバターラは、直ぐに現場に居るであろうパーティーと長距離通信で会話をし始める。
その結果。
「―――106度くらいって言ってるッス」
「摂氏106度、か……。座標情報を転送後、通常任務に戻れと伝えてくれ。数字は正確に、な」
「了解ッス」
バタバタと速足で出て行く少年の背を見送り、溜め息を一つ。
摂氏106度。そんな気温では、当然人間は生きられない。
水が沸騰するレベルの温度なのだから無理も無いのだが、“その程度”の温度ならアバターラが持つ適応能力だけでも十分に活動は可能な気温だ。
つまり、と香澄は頭を抱える。
「だーも、何処にあんのよー……」
再び机にドカッと脚を乗せ、パイプイスの背凭れを大きく傾けた。
急ぎでムスペルヘイムに入ったにも関わらず、こんな場所にテントを張ってまったりしている理由。それが、コレだ。
地図上に記された幾つもの“バツ印”。
それが、全てを物語っている。
目標である『スルトの洞窟』が、見付からないのだ。
「―――カズ、見付かった?」
『申し訳ない、カスミ殿。まだでござる……』
ボイチャで聞けば、返ってくる素早い反応。
しかし、結果はご覧の通りだ。
アバターラは視野が広い。
一度来た事のある場所ではミニMAPで細かなオブジェクトの配置や地形まで確認が出来る上、例え来た事の無い場所でも半径一キロ四方の地形情報はMAPで確認出来てしまうのだ。
だというのに、それでも見付からない。
原因は、このムスペルヘイムという世界が、PYOの時に取得したMAP情報を遥かに凌駕する程広大である為だった。
「引き続き、その辺りの調査をお願い……。私ちょっと、松岡さんトコに連絡入れてみるわ」
『了解でござる。―――あ、そういえば、ダイキ殿達の方はどうでござったか?』
「向こうもダメだってさ。ひょっとすると、“ココ”って私らが思ってるより、遥かにヤバイ広さなのかもしんない」
『だとすると、この人数では、些か厳しいかもしれんでござるな……』
了解したでござる。と残し、和幸との通信は切れた。
それにしても、と香澄はまた大きな溜め息を吐く。
流石の彼女でも、此処までの事は想定出来ていなかった。
MAP構造の違いがあるかも知れないという程度の事までは考えていたが、まさか此処まで広大な場所だとは。
総勢100人の足と目を使い、アバター能力も駆使させている上、現代科学の粋を集めた電子機器まで持ち込んで調査をしているというのに、『スルト』の“ス”の字も見付けられないのだから。
香澄は直ぐにチャットのチャンネルを個人回線に切り替え、現史世界に居るアドバンスドブレイン社の『松岡 慶次』に指示を仰ぐ事にした。
「松岡さーん、居る―?」
『カスミちゃん? どうかした、定時連絡には早いみたいだけど』
連絡は直ぐに付いた。
“UEP通信”だ。
“Unknown elementary particles”、通称“UEP構造体”という新素材を用いた通信機能。
アバターラが持つチャット能力を機械的に外部の人間とも接続できる通信システムで、UEP回線という方式を使っている。
UEPは、それその物が世界中の何処にでも存在している物質で、相互干渉し、常に情報伝達を行っている素粒子で、存在が確認されたのは例の異常現象以降の事。
新素粒子の発見で世界は大きく湧いたが、それを喜んだのは一部の科学者達だけだった。
ただの民衆にとっては、自分達の身近に迫っている“モンスター”という前史外生物の方が余程の脅威で、技術革新になどまるで興味が湧かなかったのだろう。
しかし、その発見があるお陰で、こうしてアバターラ達との超長距離通信や“異世界転送”なんて事まで出来るのだから、それはやはり意味のある発見だったと言える。
―――が、その画期的通信システムを用いて松岡に届けられたのは、如何にも不満ですと顔に描いた香澄の愚痴だった。
「見付からないんですけどぉー……」
『あー、やっぱり想定してた場所には無かったって感じかい?』
「はーい。無いんですー。どーしたらいいでしょーかー」
『あはは……。カスミちゃん、相当キテるね……』
「ったり前っしょ! こんなん契約違反だっつーの。スト起こすわよ、スト! ダイキはさっさと出てっちゃうしさ、カナは毒ガスでやられた連中の治療に当たってるし、ツバサなんか新人君たちの調練で自分の仕事にまで手回ってないカンジだし!」
『ゴ、ゴメンね……? 人手不足でさ、ホント……』
「わかってっけどー、納得いきませーん!」
膨れっ面で手足をバタバタさせる香澄に、松岡は苦笑いを浮かべる事しか出来ず。
「イチクリぼたスペ食べたーい」
『わ、わかった、用意しておく!』
「いっぱい食べたーい」
『よ、よし、じゃあ沢山用意しておくから!』
「今食べたーい」
『ぇえ!? い、今かい!?』
「食べたい食べたい食べたーい!」
『ぇええ!? こ、困ったな……、どうしよう……っ』
と、真剣に悩み始める松岡の顔をニマニマと一頻り眺め。
香澄はそこで小さく噴き出し、それからこれ見よがしに溜め息を吐いた。
「仕方ないから、もうちょっとだけ頑張ってあげる」
『ほ、本当かいっ? いや、なんかもう……ホント、ゴメンねぇ……』
「別にいいけど。十分堪能させて貰ったし」
『え、堪能? 何をだい??』
「コッチの話しー」
キョトンと首を傾げる松岡を一瞥し、それから香澄は卓上の地図へと視線を落とした。
「―――でさ、話しは変わるんだけど」
ニヤリと笑んだ香澄の表情に、松岡は何やら嫌な予感を覚える。
その香澄の口から出た提案に、彼は唖然とさせられ、しかし。
『やってみる価値はありそうだけど……。本当に、そんな事が出来るのかい……?』
「どうかな、五分って感じ。ウチの部隊にそこまで高ランクのクラフター技能者が揃ってるかどうかって問題もあるけど」
『ふむ……。でも、危険な行為だって事は、勿論解ってるよね?』
「私を誰だと?」
『はは……、愚問か』
結局、松岡はその提案に乗る事にしてみるのだった。
それから、僅か一時間程。
香澄が指揮を執るテントの前には、総勢50名を超えるアバターラ達が整列させられていた。
そこには、偵察に出ていた大樹の姿も在り。
「皆、急な呼び出しに応えて貰ってすまない。だが、今のまま調査を続けていても大きな成果は期待出来ないのでは、と我々上層部は判断した。そこで、副リーダーであるバーゲストさんから、今後の行動について提案があるらしく、その件で君たちに集まって貰った次第だ」
50人のアバターラを前に、声を張り上げる大樹。
その声に騒めく彼らの目は、当然一人に向けられていった。
(―――あばばばばばばばばっ!)
集中する視線。
期待、疑念、興味、憶測。
様々な感情が入り混じるその視線に、香澄は内心で目を回していた。
エインヘリャルに入って副リーダーなんて物を任されるようになり、人と接する機会は急激に増えた。
正直に言えば、アバターのロールプレイを通して接する内、そういった状況にも随分慣れた気になっていたのだ。
ところが、これ程の大人数を前に口を開くなど、それこそ彼女史上初。
平静を装うだけで精一杯。
今歩き出せば、右手と右足が同時に前に出る自信が十分に在った程だ。
(落ち着け! 落ち着くんだ! 私はバーゲスト。エージェント・バーゲスト! エインヘリャルを纏める至高の頭脳! 参謀だ! 演説くらい、ナンボのもんじゃい!)
あばばばばばばばばば。
どれ程心の中で自分を鼓舞しようとも、結局はあばばばばばばばばば。
言葉なんて纏まる筈もなく。
「―――ん、カスミ君?」
「ふ、ふぇっ!?」
不信に思った大樹が小声で尋ねるも、むしろそれに驚いてしまい、余計にテンパる。
マズイ。マズイ。マズイ。
そう思う程に身体が強張り、声などとても出せなくなって―――。
「―――っと、申し訳ないでござる! 自分の出番でござったな!」
「え、へ……??」
集団の中から一人、重騎士が前に出て香澄の隣に並んだ。
「……カスミ殿、合わせて下され」
「カ、カズ? う、うんっ」
和幸だった。
小さな声でそう囁き、頷いた香澄のUIにチャットログが表示され。
そこには、システムキーボードで打ち込まれた文章が浮かんでいた。
「えー、皆さん、先ずはコチラをご覧頂きたいでござる」
UIに表示された文章は、“計画書を見せて”。
香澄は言われた通り、事前に用意してあった“計画書”をその場の全員に見えるようホログラフで表示させる。
PYO時代、チャット相手にネット上の画像やステータス画面などを表示して見せる為に存在した機能の応用だった。
「先ず、皆さんには“アライアンス”を組んで貰うでござる。バーゲスト殿が既に準備をしておられるので、ログが表示された人から随時参加して下されー」
チャットログに表示された次の文章は、“編成をお願いするでござるよ”だった。
言われるがまま、香澄は指示通りにアライアンスを作成。
この場に居る50人以上のアバターラに、アライアンス参加要請のログを飛ばした。
次々にアライアンスのステータスが更新され、その場に居る全員が一つの集団としてシステム的に括られる。
そこへ、次の文章。
(落ち着いて、ゆっくり深呼吸でござるよ。自分もついているでござる。失敗してもフォローするでござるから、安心するでござるよ)
振り返ると、そこにはサムズアップしてニカッと笑顔を浮かべる和幸の顔があった。
―――深呼吸。
大丈夫。彼は有能だ。
もし自分が失敗をしても、彼が居れば完璧にフォローして貰える。
だから、何も緊張する必要はない。
何時も通り、他人と接すれば良いだけの事だ。
そう、自らに言い聞かせ、香澄は口を開いた。
「―――ぁ、あー……っと、その……っ」
「っとと! 失礼。原稿をお渡しするのを忘れていたでござる!」
「……ぁ、ありが、とう……」
一見、和幸の動きはヴォイドフリックでデータ転送を行っているようで、しかし実際にはただの演技。
その代わりに、こっそりと彼は背中を叩き。
(大丈夫。頑張るでござるよ!)
と、表情だけで気持ちを香澄に伝え。
それが、彼女には十分に伝わって来た。
「―――コホン。すまない、急な事だったのでな、準備に手間取ってしまった」
背筋を伸ばし、副リーダーらしく。
香澄は腹を括った。
そして、表示させていた計画書を背に、一歩を踏み出す。
「今回、君たちに集まって貰ったのは他でもない。既に気付いている者も在るかも知れんが、ムスペルヘイムの広さが我々の想定を大きく覆す広大さである可能性が出て来た為だ」
イメージしたのは、大好きだったロボットアニメの演説シーン。
その威厳に溢れる言葉と態度。
尊大に見えるのに人心を惹き付けるようなカリスマ性。
そんな彼の姿に憧れた事を思い出しながら。
「この事態に際し、私は一つの仮説を立てた。―――コレを見て貰いたい」
次いでヴォイドフリックを用い、表示させたのは過去PYOで取得したムスペルヘイムのMAP画像。
そこに、今回集められた現在のムスペルヘイムのMAP情報を重ねて表示させる。
と、そこには。
「マジか……」
「騎乗アイテム使ってるチームもあるって話しだったけど、ここまでかよ」
「幾ら何でも広過ぎんだろ、これ……」
口々に飛び出すのは、その情報量と嘗てのムスペルヘイムとの比較。
彼らにとっては予想以上の差異であったのは間違いない。
それを指し、香澄は続けた。
「見ての通りだ。そこで、先ほど魔術師チームから選抜した高レベルの術師達に依頼し、光魔法と重力魔法を用いて実験検証した結果がコレだ」
別窓で表示されたのは、直進する光魔法を長距離で観測し、地表からの仰角と距離を算出したデータ表。加えて、重力魔法で生じる物質への負荷を計測し、前史世界に於ける地球の重力から質量を比較、割り出した計算式。
「これらの情報から得られる回答によれば、此処が我々の知る物理法則に従って存在していた場合、その広さは―――」
拡大表示される推定MAP画像に、その場の全員が唖然とした。
嘗てのムスペルヘイムのMAP画像は縮小され過ぎ、既に何処へ行ったかも解らなくなる程で。
更に重ねられた別の画像と合わさり、信じ難い物へと姿を変えていた。
「前史世界に於ける地球と、ほぼ同じ大きさである可能性が高い。これは、そういう事だ」
どよめきが起こる。
まさか、それ程の物とは誰も考えて居なかったのだろう。
しかし、だからこそ、香澄は自らが発案した作戦に大きな価値と意味を見出していた。
「そこで、だ」
ヴォイドフリックで表示させていた全ての映像を消去し、総勢50名のアバターラ達と再び向き合う。
「私が提案するのは、大掛かりな観測装置の開発、製造だ」
その言葉に、誰もが驚いた。
開発や製造などと、“ゲームの世界じゃないのだから”と。
しかし、香澄には自信が有った。
恐らく、それは可能だろう、という自信が。
「驚くのも無理はない。実際、PYOの世界でも惑星一つを観測し、情報を収集するなどという大掛かりな装置の建造は例がなかった事だしな。だが私は、それを不可能だと簡単に切り捨てる事は出来ないと判断した」
そこに、声が上がる。
最前列に立っていた、此処に集められた技能士達の中でも特に高ランクのクラフターで、PYOでも名の知れた人物だった男だ。
「―――面白そうな話しじゃが、具体的にはどうする気じゃ? クラフターが製造出来る物には構造が複雑化する“レシピ”が必要な物も多い。それに、素材の問題もあるじゃろう」
「興味を持って貰えたようで何よりだ、ガンツ殿。無論、その辺りの事も十分に考慮しての判断だ」
その男の名は、本名を『菊池 猛』。アバターは“ガンツ”と呼ばれている。
作業服に溶接ゴーグル。加えて大きなレンチとドワーフ型アバターを愛用し、PYOでは生粋のクラフターとして活躍していた有名な人物だった。
「ほぅ? 聞かせて貰えるかの」
「先ずはレシピだが、現実に存在する機械構造を私がレシピアイテム化し、スクロールを作成する」
「なんと! そんな事が可能なのかっ?」
「私を誰だと思っている。元GMの権限をナメてくれるなよ、“技師長”殿」
ニヤリ、と笑みを浮かべる香澄に、ガンツはその恰幅の良い腹を叩いてカラカラと笑い声を上げた。
「―――カーッカッカッカ! 職権乱用とは、バーゲスト殿はやる事が派手じゃの。気に入った! じゃが、素材はどうする?」
「素材など、それこそその辺りに幾らでも転がっているだろう?」
「おお、おお! なるほどのぅ。採掘の護衛も、“オマエさんが居りゃ”恐いモン無しじゃろうて、なぁ?」
今度はガンツがニヤリと笑い。
香澄は内心で軽く舌打ちを挟みつつ、しかしそれでも。
「―――ふん、食えん爺さんだ。だがまぁ、発案者は私だ。立場や責任という物もある。当然、協力を惜しむつもりはない」
「よーしよし! 聞いたかオマエさんら! クラフトランクを上げるチャンスじゃぞ、なんせ素材は使いたい放題。しかも、護衛にゃ、あの“バーゲスト”殿自ら付いてくれると言うちょる! こんな美味い話し、そうあるもんではなかろうて、のう!」
振り返って50名の技能士達に大声を張るガンツ。
途端、懐疑的だったその場が急速に空気を換えて行く。
「そっか、考えてみりゃそうだよな」
「レシピまで自作するって、どんだけだよ! GMすげー」
「面白そうだな。クラフトランクがタダでってのもイイ。やってみっか?」
「観測装置って、どんなのが出来上がるんだろー! でっかいロボットとかかな!?」
技能士達のボルテージが高まる中、彼らを横目に近付いて来た大樹が香澄の肩を叩いた。
「どうやら、行けそうだね。カスミ君」
「ま、まぁ……、ね」
しかし、香澄の目が捉えているのは、直ぐそこに立つ大樹の笑顔ではなく。
(―――あんの、お節介焼き……っ)
何時の間にか離れた場所に移動し、ニコニコと愛想を振りまいている“ブタメン”の姿。
また、彼に助けられた。
考え方は独特で、人間嫌いのクセに気が利いて。
頭が良いクセに何処か間抜けで、メガネでデブでヲタクでブサイクで。
なのに……。
(ご褒美のイチクリぼたスペ……、一つくらい、分けたげよかな……)
視線に気付き、笑顔で手を振る和幸に。
「っべぇーだ!」
香澄は全力で“あかんべえ”をして見せるのだった。