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Master Code  作者: 覇牙 暁
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第十八話

第十八話「交錯するモノ」




 ―――「ご協力、感謝します」。


 頭を下げて礼を言う自衛官に、コッペリアは首を振る。


 複雑な想いが、彼女の胸中には渦巻いていた。


 目を向けたのは、負傷者を担架で運ぶ他の自衛官達。


 自分がもっと動けていたなら、出さなくても良い犠牲だった、と。


 今の彼女には、人や動物という物の命の重さが痛い程に理解できた。


 それ故に、命懸けで自分に貴重な時間を与えてくれた隊員達に対しても、以前のような気持ちを抱く事が出来なくなっていたのだ。


 死ぬのは怖い。

 痛いのは嫌だ。


 なのに、逃げ出さず、敢えて前に踏み出そうとする勇気と覚悟。


 それが、もしあの時の自分にあったなら……。


 コッペリアは担架の上で苦し気に呻く隊員から目を逸らせず、思わず駆け寄っていた。



 「―――あのっ」



 迷惑になる。


 応急処置を終えているとはいえ、きっと今だって痛くて苦しい筈だから。


 休ませてあげたい。と、そう思うのに、声を掛けずには居られなかった。



 「……よぅ、嬢ちゃん。アンタのお陰で、何とか命を拾えた。ありがとうよ」



 だというのに、その自衛官は荒い呼吸を押し殺し、痛みに耐えながら、感謝の言葉を告げる。


 言葉が、出て来なかった。


 何と声を掛ければ良いのか、自分の中で考えが纏まらない。


 仕方なく、コッペリアは首を振る。


 しかし、せめてこれだけは、と一歩を踏み出し。



 「……ワタクシの方こそ、貴方様の勇気と覚悟に、感謝を」


 「はは……っ、よせやい。これがオレ達の仕事なんだ、アンタがそんな顔をする理由にゃならんよ」



 頭を下げたコッペリアの髪に、優しく触れる大きな掌の感触。


 あの瞬間、命を落とし掛けていたその時、この大きな手が、自分を救ってくれた。


 担架で運ばれ、最後まで手を振っていたその自衛官に、コッペリアはようやく気付く。



 (これが……、“敬意を抱く”という事、なのでやがりますわね……)



 尊敬する。

 自分に出来なかった事を、当然とやって見せた彼の行動を。


 コッペリアは、人間という生き物を見る目が、変わって行くのを感じていた。


 その一方で、同じ頃。


 アドバンスドブレイン本社。


 急遽避難所として開放された元研究ラボで、『谷那 香澄』は苛立ちに舌を鳴らしていた。



 「何なのよ、コイツら……。口を開けば文句ばっかり。ウチの会社が原因じゃないって、散々説明してんのにさ……ッ」



 そんな彼女を避難所の外に連れ出し、宥めているのは私服姿に戻った『梶浦 和幸』だった。



 「誰かの所為にでもしないと、不安で恐いんでござるよ……。責任を押し付け合うのが、人間でござるから」


 「そういうトコが嫌いなんだっての! 手前ェのケツもロクに拭けてないクセにさ……!」



 自分で考え、自分で学び、自分で行動する。そして、そのツケは自らの責任で支払う。

 それが出来ない人間を、香澄は拒絶する。


 責任を押し付け合い、自分は悪くないのだから他人が何とかするべきだ。

 そういう考え方を当たり前のようにしている人間が、香澄には理解出来なかった。


 借りに、この異変が本当にアドバンスドブレイン社のPYOだったとしても、自分に襲い掛かってくる不幸は理不尽で、自分以外に頼って良い相手など居ない筈。


 そうやって各々が自分の責任を自分で請け負えば、もっと被害者は少なくて済んだ筈なのだ。


 だというのに、この避難所に集まっている人間達は、その尽くが避難所を開放し、安全を確保しようとしてくれている社員や有志のPYOプレイヤー達にまで八つ当たりをする始末。


 お前の所為だ。お前が悪い。お前達のやってたゲームが家族を、兄弟を、友達を、恋人を奪った、と。


 アレでは、必死に守ろうとしている者達がバカに見える。


 実際、香澄はその言う側も、言われる側も、どちらも客観的に見て“愚かだ”と蔑んでいた。


 こうなるのは判り切っていた事だ。

 それを想像出来ない方も十分に救い難い、と。



 「―――けど、こんな奴らでも、死なれちゃ困るのよね……。あぁー胸糞悪い」


 「まぁ、そうでござるな……。人を失い過ぎれば、社会が崩壊するでござる。今のままだと、国その物が体裁を保てなくなってしまうのも時間の問題でござるから」



 合理的に考えれば、こんな人間共でも社会の維持には必要不可欠。


 延いては、それが自分の生活も支えているのだから、守る意味はあるのだ。


 だが、だからこそ、そういう理不尽が香澄は気に食わなかった。



 「あーあ、いっその事面倒な連中全部殺して、アンタとか社長みたいに有能な人間だけで社会を再構築出来たら良いのに」


 「アハハ……、自分を有能って言って貰えたのは嬉しいでござるけど、香澄殿、それは些か過激に過ぎるでござるよ……」


 「わーってるわよ、言ってみただけ。そんなん出来るワケないし」



 と、香澄は自分の言葉を端から否定してさえ居た。


 有能な人間ばかりの社会は合理性が先行し過ぎ、人間のような中途半端な生き物には向かない。

 そんな物が実現すれば、何れ簡単に綻んで、社会その物を維持出来なくなる筈だ。


 自分にとっても、楽には生きられない世界になる。

 それが、解っているのだ。


 だから、やはり苛立つ。



 「―――ねぇ、カズ」


 「ん、なんでござる?」


 「私、やっぱ人間って嫌いだわ……」


 「自分も、でござるよ」



 諦念を滲ませた表情で深く溜め息を吐く香澄。

 その様子を見て苦笑いを浮かべ、やはり諦めに近い気持ちを持つ和幸。


 同じ人間という生き物から、全く異なる印象を受け止めるコッペリアと香澄。


 そのどちらも、結局は人間という生き物の二面性に自己が影響を受けているに過ぎない。


 綺麗な部分を見たコッペリアは人間という生き物を高く評価し、醜悪な部分を見た香澄は人間という生き物を価値無しと見下す。


 二人は、互いに気付いていない。


 そうした他人への個人的な評価その物が、この世界に於いてはナンセンスな物であるという事に。


 故に―――この世界は、変貌を遂げた。


 それは、元からこの世界に在った物。

 ただ、人の目には映っていなかっただけの物。


 変化したように見えるのは、その目に映っている物が目に見える形を成したからに過ぎない。


 故に、“天才”はそれに気付いていた。



 「「―――そういう、事か……」」



 それは、奇しくも同時に。


 全く異なる場所で発せられた。


 アドバンスドブレイン社が誇る唯一無二の頭脳と、人工知能を生み出し続ける神にも等しい男。


 両者が辿り着いた答えは、人類が未だ観測出来ていない、未知の新素粒子。


 今、人間達の歴史は大きな岐路に立たされていた。


 増え過ぎた世界人口。


 交錯する指導者達の意思。


 新たに具現化された人外の勢力に、別次元の新世界。


 仮想現実と人工知能による変革は、まだ始まったばかりでしかなかった。


 それを証明するかのように、兆しは“Alaya Material”に現れる。



 ―――『全ては、人々の望むままに』―――



 その結晶体の中で、彼女は呟く。


 彼らがそれを望むなら、私はそれを与えよう。

 例えそれが、彼らの為にならずとも……、と。


 その時、世界中で“ソレ”は観測された。


 小さな緑の結晶体。


 “Alaya Material”とは似て非なる物。


 後に、『Die Zweige der Yggdrasil(ユグドラシルの枝)』と呼ばれるその結晶体は、人類に新たな一歩を踏み出させる切っ掛けとなる。


 その中核となる物は、人の意思。


 しかし、そうであるというのに、彼らは気付かず、徒に競い合う事になるのだ。


 そうして、僅かに時は流れ―――。



 「―――目標の確保を最優先! 各アバターラ小隊、前進!」



 総勢100名を超える元PYOプレイヤーの部隊が軍靴を鳴らす。


 そこは、現実には在り得なかった世界。


 見渡す限りの赤、朱、紅。


 燃え盛る炎。溶岩の川。

 燃え尽きる事の無い石の如き樹木に、空を舞う怪鳥の群れ。


 ―――その名を、“ムスペルヘイム”。


 北欧神話に於いて、世界樹ユグドラシルの根に連なるとされる“炎の世界”。


 伝承によれば、この地で生まれた物以外は、この地で暮らす事は出来ないとされる灼熱の国。


 しかし、今この場所に立っている者達は、まさしく人間である。


 ただし、彼らの胸元には、一様に光る首飾りが在る。


 アイテム名『ヒュミルのお守り』。


 身に着けた者に、ニブルヘイムの冷気の加護を与えるというマジックアイテム。


 今や世界は、そんな物が当たり前のように存在する場所となっていた。


 そして、そこには―――。



 「―――カズ、アンタに部隊を三つ預ける。斥候に出て目標地点の安全と地形の確認をお願い」


 「了解、任されたでござる!」



 闇色の鎧と黒鉄の鎖。

 黒炎を纏い、紅玉の瞳を煌かせる“エージェント・バーゲスト”の姿も在った。



 「ダイキ、そっちの様子は?」


 『今の所、問題は出てない。至って静かなもんさ』



 通信機なんて物を使う事もなく、バーゲスト―――香澄は当然のようにボイスチャットで遠く離れた誰かと会話していた。


 通信の相手は、『鈴木すずき 大樹だいき』。アバター名は“ヴァハグン”。


 香澄と同様にアドバンスドブレイン社に採用されたエージェントの一人で、バーゲストを覗けば間違いなく最強クラスの力を持つエージェントとして知られる男。


 眉目秀麗にして知勇兼備。

 人柄も良く、非の打ち所が無い人物で、以前はPYOのプレイ動画などを動画投稿サイトなどに上げていた事もあり、知名度も非常に高く、今も尚ファンユーザーは多いという。


 アバターは戦士系クラスであり、刀と和風甲冑を好んで使用する事から、“侍”とも呼ばれる。

 


 「おk。カナ、ツバサ、そっちはどう?」


 『コッチも問題ニャッシング。ただ、ちょっとガスが濃くて鼻がムズムズするのニャ』


 『こっちも、今の所は……。ガスはこっちでも確認、してる……。ちょっと、息苦しいかな……』



 語尾に“ニャ”と付けて返答するのは、本名『伏見ふしみ 加奈かな』。アバター名“ニャ子”。


 元はデビューしたての若手女性アイドルで、容姿は非常に端麗。

 可愛らしい外見とコスチュームでファンも多かったらしく、PYOにはネット番組の企画で参加していた。


 巷では話題作りの為に流行していたPYOに参加したのだと思われ勝ちだが、実の所は知る人ぞ知る廃ゲーマー。

 その実力は確かな物で、アイドル業と兼任してエージェント業も引き受けていた程。


 それを証明するかのように、彼女が扱うアバターは玄人向けで扱いが難しいとされる獣人型。

 特に扱う武器は特殊で、弓矢と短剣をメインにしているが、回復系の魔法も得意という非常に特殊な志向を持つ。


 対して、蚊の鳴くようなか細い声でオドオドと返事を返したのは、『倉間くらま つばさ』。アバター名“ウィンド”。


 本来は非常に根が暗く、虐められっ子気質で不健康そうに見えるが、そうした自分のイメージを払拭する為、高校へ進学した際に大きくイメージチェンジ。


 所謂“チャラ男”風に服装や髪型を変えたのだが、根暗で不健康そうな見た目を下地にしている所為で、想定外なイメージを周囲に与える結果となってしまう。


 その為、学校では“ヤバイ薬に手を出していて、ポケットには常に刃物を潜ませている危険人物”として恐れられるようになってしまった可哀想な少年。


 ただし、ゲーマーとしての実力は確かであり、幼い頃から磨き上げて来たプレイヤースキルと観察眼には目を見張る物がある。


 それが認められ、アドバンスドブレイン社のエージェントとして採用。

 現在は、尊敬する大樹や香澄を“先輩”と仰ぎ、行動を共にしている。



 「―――風向きが悪い、か……。カナ、悪いんだけどアンタの部隊、南側に移動させて貰える?」


 『りょーかーい。んでも、ニャんで?』


 『多分……、有毒ガスの、中和……』


 『あぁ〜、ニャるほど』


 「そゆ事。任せていい?」


 『おっけ〜い♪』



 100を超える大部隊。

 それが、香澄の指示で自在に陣形を変化させて行く。


 その様子に、大樹は。



 『支持が的確。流石だね、バーゲスト』


 「ホントはアンタの仕事だっつーの。もっとこう、ちゃんとやってよね。私が楽出来ないじゃん」


 『ははっ、面目ない。もし戦闘になったら、その時は頑張らせて貰うよ』


 「ホント、頼むわ。戦闘になるようなら、私も前に出る事になるだろうし」


 『あぁ、解っている。任せてくれ』



 と、気障っぽいのに何故か嫌味に感じない爽やかな笑顔を見せ、大樹は通信を切る。


 後に残ったのは、肌を焼く灼熱の大気と地獄の窯にも似た大地を揺らす兵隊の足音だけ。


 香澄は手の空いた僅かなその時間を、この“ムスペルヘイム”への考察に向けた。


 彼の異常現象から、凡そ三ヵ月。


 突如として現れ、世界中で猛威を振るうようになった、ドラゴンやゴブリンなどを含む前史外生物達。


 その対策の為、アドバンスドブレイン社が中心となり発足させた前史外生物対策チーム。


 彼らが、その中核となる“エインヘリャル”である。


 僅か四名で構成されるこのチームは、“ヴァハグン”こと『鈴木 大樹』をチームリーダーとし、副リーダーに“バーゲスト”こと『谷那 香澄』を据え、“ニャ子”こと『伏見 加奈』、“ウィンド”こと『倉間 翼』で成り立っている。


 彼らは、アドバンスドブレイン社が運営していたPYOのGMとして秘密裏にエージェント活動を行っていたが、この異常現象発生後は同社が運営する緊急対策チームとして問題解決の為の情報収集を各所で行っていた。


 どの国にも属さず、有志の組織として。


 今、彼らがこの“ムスペルヘイム”に訪れているのも、その一環である。


 先日、日本の山形県最上地方で発見された『Die Zweige der Yggdrasil(ユグドラシルの枝)』を調査していた先遣チームが突如として行方不明になってしまった事に端を発しての行動であり、今回はその発見と救出を目的としている。


 ―――と、いうのが表向きの活動理由。


 しかしそれは、実際には、“ムスペルヘイム”という場所の“本当の価値”を知るアドバンスドブレイン社が社運をかけて挑んでいる『新天地開拓事業』の計画の一部でしかなかった。



 (さぁて、面倒な事にならなきゃいいけど……)



 香澄は表示されているUIのMAP情報を開き、ある一点を睨み付けて独り言つ。


 それは、今彼らエインヘリャルが元PYOのGMらで構成された大部隊を率いて向かっている場所であり、同時にPYO時代には貴重な鉱山資源が採掘可能であるとして知られた“スルトの洞窟”があった場所だった……。

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