第十七話
第十七話「キリングドール」
―――初めてのアバターで、初めての実戦。
今の所、ワタクシの肉体はワタクシの想像通り正確に理想を形に変えてくれている。
とはいえ、この肉体は人間のそれと同じ物。
傷付けば、“あの戦い”で感じたような強い痛みに苛まれる事になる筈だ。
正直に言って、それは怖い。
あの女に与えられたトラウマは根深く、思い出しただけでも身体が強張ってしまう程。
けれど、それでも試してみたい。
ワタクシは、本当に“生きている”のかどうか。
「いざ、尋常に参りやがりますわよっ!」
着地で折り曲げた膝に力を込めると、同時に反応する強化外骨格の各部スラスター。
爪先がアスファルトを蹴り砕くと、ワタクシの身体は音速に近いスピードで空中に射出された。
まるで自分自身が銃弾にでもなったような心地だ。
けれど、ワタクシの認識は視覚から得られた情報を完全に把握し切っていた。
「―――そこ! でやがりますッ」
空中で上下を反転したワタクシの目に映るのは、ワタクシを肉眼で追おうと顔を上へ向ける前衛部隊のゴブリン。
しかし、その動きは緩慢で、まるでワタクシの動きを追い切れてなどいない。
その頭部。鉄兜で守られた眉間に、ワタクシは98式の銃口を腰だめで向けた。
無論、セーフティーはとっくに解除。
引き金を引けば、発射された弾丸が音速を超えて飛び出し。
「かっ」
と、見事に命中。―――したのだが。
「いっぎぃいい! イダイ! イダイ!」
鉄兜は案外分厚い物だったらしく、弾き飛ばす事こそ出来た物の、ゴブリンはまだ健在。
(う〜ん、銃の威力は銃弾で変わるとありやがりましたし、このままでは武器や防具で弾かれてしまう可能性もありやがりますわね……)
そんな事を考えつつ、身を翻して転倒したゴブリンの頭上に降り立つ。
「失礼、ちょっと威力がショボ過ぎでやがりましたの」
「ぃいッ!?」
ゴブリンの額に98式の銃口をピタリと当て、引き金を引く。
ほぼ同時、マズルフラッシュがゴブリンの頭部を打ち砕いたように見えた。
(でも、やっぱり現実の武器は味気ないでやがりますわ……。でしたら!)
ワタクシは再びイメージする。
今度は、私が手にしている98式のデータを元に、もっとSF映画やFPSの世界に登場しそうな、弾丸その物が魔術のような破壊力を持つ近未来的アサルトライフルを。
「ヴァリアブルデコード、重ね掛けでやがりますっ」
多数の視線を全身に感じ、書き換えられて行く手の中の小銃を威嚇するように振り払う。
「98式改め、魔改造98式アサルトライフル・コードネーム“ジャベリン”ッ!」
ゴブリン達の認識が追い付き、その標的が自衛隊さん達からワタクシに切り替えられた。
このチャンス、あの方達が見逃すようなら、無能のレッテルを貼らせて貰おう。そう笑い、ワタクシは再び地面を蹴った。
「さぁ、今度は防げるなんて思わない事でやがります!」
「キ、キタッ!」
「迎エ撃テー!」
反応が人間よりも早い。だが、それだけではワタクシの俊足を捉える事など出来はしない。
前方に近接武器、剣や斧で武装したゴブリンが三匹。
ワタクシはそこに向かって稲妻のように蛇行を繰り返して肉薄する。
「射撃武器は近接戦が出来ない、とでも思いやがりましたの? 残念賞でやがります」
「―――っ!?」
先ず最初に狙ったのは、右端の一匹。
ゴブリンは背も小さいから、なんだかとても蹴り上げ易そうに見えたので。
「はぁ〜どっこいしょー、でやがりますッ!」
低い姿勢からソバットの要領で掬い上げるような蹴りを浴びせた。
と、体重が軽い所為でそのゴブリンは簡単に宙に舞う。
折角だ。ちょっとした“縛りプレイ”と行こう。
この蹴り上げたゴブリンが地面に落ちてくるまでに、他の二体を殺ってしまう、という自分ルールを設けた。
「次は―――」
目と目が合う〜♪ ……のは、真ん中にいたゴブリン。
流石に反応は速く、右手に掴んだ刃渡り50㎝ほどの剣を振り上げているが。
「またまた残念」
ワタクシもそれは想定済み。
先ほど蹴り上げた脚を戻す反動で強引に身体を反転。
逆の足で振り上げられていた剣のガード……鍔に相当する部分を蹴り払う。
こうなると、急激な横の力に耐え兼ね、大抵の剣士は剣を取り零してしまう。
「イッ!?」
案の定、ゴブリンの手から剣のグリップが離れた。
その隙に大きく振り回したアサルトライフルの銃口を彼の額にピタリ。
「一匹目、でやがります!」
再び鉄兜の上から狙いを定めた一撃は。
ボッ! と鈍くも激しい燃焼音を発し、兜ごとそのゴブリンの頭部を消し飛ばした。
その威力は、初撃の物とは当然比較にならない。
「二匹目……っと、あらら?」
続いて二匹目を討ち取ろうと腰を屈めたのだけれど。
「□□□□―――」
直線状に並んでしまっていたらしく、斧を構えた姿勢のまま、もう一匹のゴブリンは頭が半分吹き飛ばされた状態で静止していた。
そこで、ようやく最初に蹴り飛ばしたゴブリンが空中で頂点に達し、今から逆さまに落下しますよ、というタイミング。
どうやら、ちょっと縛りが甘過ぎたらしい。
「もうちょっと、加減が必要そうでやがりますわね……」
面倒なので落ちて来るのをわざわざ待たず、ワタクシは銃口を空に向け。―――シュート。
目で確認するまでもなく、最後の一匹は空中で胸部に風穴を開けられ、四散した。
「さぁ! 気を取り直して、ジャンジャンバリバリ参りやがりますわよ!」
先ほど上空から目視出来たゴブリンの総数は凡そ40。
その内、4体を撃破した訳だが、まだまだ殲滅には程遠い。
自衛隊の方々はワタクシを援軍か何かと勘違いし、共同戦線を張る事で意思統一を行ったようなので、多少は彼らに“奪われる”事になると思うが。
それでも、十分な数はこなせるだろう。
(―――強く、なるのでやがりますわ……ッ!)
今のワタクシは、まだ非力。
一般人の方々から見れば、ワタクシですら超人的に見えるのかも知れないけれど。
それでも、まだまだ遥かに足りない。
脳裏に浮かび上がるのは、全長数十メートルはあろうかという巨大な翼龍を僅か数秒で蹴散らした“あの女”の背中。
遠くからでも鮮烈で、圧倒的。
記憶に焼き付いて離れない程の昂揚感。
あのレベルの力を手に入れるのは容易な事ではないだろう。
でも、例えそうだとしても。
(こんな世界であの女の隣に立つというのなら、せめて……もっとッ!)
それが、再びあの女に会う為の条件。
ワタクシはそう自分自身に誓い、ジャベリンの咆哮を煉獄の空に轟かせ続けるのだった。
走る。走る。走る。
撃つ。撃つ。撃つ。
帯電する砲身。螺旋回転を加え魔法効果が付加された弾丸。
時には至近で、時には狙撃し、薄っぺらな鉄製の鎧如き、無いも同然と貫徹する一撃で次々とゴブリンの群れを屠り、そしてようやく終わりが見え始めた頃……。
「ぐぁああッ!!」
「なっ、なんだコイツッ!」
前線で戦うワタクシの背後で、自衛隊員の悲鳴が谺した。
釣られて振り返り、ワタクシは思わず頬を緩める。
「黙って見ておれば調子に乗りおって、ニンゲン共がッ」
野太い声で吠える3メートル超の巨体。
これまでのゴブリンとは明らかに違う。
小隊を纏めていた身体の一回り大きなゴブリンリーダーとも。
子鬼などと訳される事もあるゴブリンだが、こんな大きな個体が存在するとは思っていなかった。
だが、UIに表示された名前で、ワタクシは妙に納得する。
―――“ゴブリン・ジェネラル”。
「なるほど、ちょっと強そうでやがりますわね……。まぁ、“あのドラゴン”とは比べるべくもありやがりませんが」
おの程度の相手に手こずる訳にはいかない。
それに、コレはチャンスだ。
(ワタクシの実力がどの程度の物か、試金石に使わせて頂きやがりますわ!)
交戦中のゴブリンに向け、跳躍から魔力をチャージするイメージで特大の一撃を叩き込み。
悲鳴を無視して素早くバックステップ。
空中で身体を捻ってスラスターを点火。背中に搭載された高出力ブースターで着地もせずに一足飛びで自衛隊の本陣へ飛び込んだ。
そして―――ズンッ!
「―――ぬぅッ!?」
「ワオ! 勘が良過ぎでやがります」
不意打ち。しかも、ブースターの推力で威力を増したワタクシの飛び蹴りを、ジェネラルは目も向けずに片腕で受け止めていた。
「貴様……ニンゲン、か?」
「ご想像にお任せ致しやがります……わッ!」
「ぬッ!」
受け止められた足を掴まれる訳には行かない。
ワタクシの判断は迅速で、ジェネラルが指を動かすよりも早く、逆の足を振り回して強引に態勢を変え。
「てい! でやがりますッ」
上下逆さまの世界でジャベリンの銃口をジェネラルの頭に向け―――ファイヤ! ……が。
「チッ、小賢しいッ!」
「ウソ! この距離で!?」
発射された弾丸はジェネラルの耳を僅かに食い千切ったが、それだけだ。
驚く程の反応速度。
これにはワタクシも舌を巻いた。
(この方、思ったより―――)
―――強い。
たかがゴブリンと侮っていたのは確か。
しかし、それでもICEで強化された肉体が放つ蹴りを容易く受け止めた筋力に加え、至近で放たれた音速の銃弾を反射的に交わす危機察知能力の高さ。
確かに、あの女が戦っていたドラゴン程ではなくとも、この相手は想像以上だった。
気を抜いたら、最悪敗北も有り得る。
ワタクシは、そう直感した。
(セミオートは威力もありやがりますが、交わされる危険性が高い。だったら―――!)
胸部スラスターを全開。
空中で素早く後転し、背面ブースターと脚部スラスターで姿勢制御。着地。
ジャベリンの射撃モードをセミオートからフルオートへ。トリガーを引き、発砲。
「―――させんぞッ!」
「っ!?」
反射的に胸部スラスターを使って身を反らせた瞬間、眼前を鉄塊が横切り、暴風で前髪が巻き上げられた。
お陰で、三発ほどしか弾丸は発射されず、しかも、その弾丸はジェネラルの脇を掠めて虚しく空を裂いた。
「チッ、面妖な鎧がッ」
「プップクプーでやがりますわ……ッ」
反応速度が早過ぎる。
その上勘も良くて身体能力も高いから後の先を取られてしまう。
本当に、強い。
とても、人間の手に負える相手ではない。
が、それでも、ワタクシの処理能力を上回る程ではない筈だ。
故に、事実として、身を反らした際の推力を後転に利用した私の第二射に、ジェネラルは回避し切れなかった。
「そこでやがりますっ」
「ぬぅッ!?」
脇だめで撃ったフルオート射撃の数発がジェネラルの左胸と左肩に食い込む。
弾けるように噴き出した緑色の血液が大気に散り、ジェネラルは顔を顰めた。
「おのれぇいッ」
だから、油断してしまった。
ジェネラルはまるでそれを意に介さず、直ぐ様その手で握る巨大な鉈を盾に正面から突っ込んで来たのだ。
「ぐッ、うぅッ!」
―――ズンッ!
強烈なショルダーチャージがワタクシの全身を襲った。
痛い! 痛い! 痛い!
五体がバラバラに砕けてしまうかと錯覚する程の衝撃。
ワタクシはスラスター制御も出来ずにバランスを崩し、10メートル以上も突き飛ばされてビルの壁面に叩き付けられてしまった。
「―――カ、ハッ」
肺の中の空気が全て強制的に吐き出され、後頭部と背中を硬いコンクリートに打ち付けてしまった所為で視界が眩む。
これが、生身の肉体?
痛みだけでなく、こんな苦しみまで?
人間の身体というのは、何処まで不便な物なのだ。
と、そんな思考さえロクに出来なくなる。
「殺ったぁーッ!!」
「―――ッ」
信じられない。
ジェネラルは尚も攻撃の手を休める事無く、当然のようにトドメを狙いに来た。
避けられない。ならば、せめて。
(……え?)
腕が、上がらない。
銃身を盾に受け止めれば、致命傷は防ぐ事が出来る筈なのに。
だというのに、その銃を持つ手が、腕が、上がらない。
迫り来る鉄の刃。
如何にICEで強化された身体と言えど、アレの直撃に耐えられるとは思えない。
しかも、ジェネラルが狙っているのは、装甲の無いワタクシの頭部。
頭を割られる。スプラッタだ。
死ねば、それまで。
人間とは、そういう生き物であった筈。
仮にゲームのように蘇生出来たとしても、この場にそんな能力者が居る筈も無く。
(……死、ぬ?)
ドクン、とその瞬間、私の胸に刻まれた“あの傷”が痛んだ。
傷跡など、残っても居ないというのに。
死ぬ……。あの女が言った、痛みの中に感じる生という物を、この時になって初めて、私は完全に理解した。
死にたく、ない。
死ぬ訳には、行かない……!
ほんの一瞬。僅かでもいい。クリアになって行く意識の中で、ワタクシの思考はより単純化されて行く。
直後、その“奇跡の一瞬”は舞い降りた。
「ぐおッ!?」
ジェネラルの背中で無数の火花が散った。
「嬢ちゃん、今の内にッ!」
「オレ達を忘れてんじゃねぇぞ、このバケモンがッ!」
「お嬢ちゃんに当てんじゃねぇぞ! 全員しっかり狙えぇ!」
それは、自衛隊員達の決死の援護射撃だった。
アテになど、これっぽっちもしていなかったのに。
ゴブリンに加え、ジェネラルが連れていたグレムリンだってまだ沢山残っているのに。
彼らに、ワタクシを援護するような戦力的余裕は無い筈なのに。
「ぐぁあっ!」
「山崎ッ!?」
「ぅぐっ、オレは……いい! 援護を……! あの子に、援護をッ!!」
ホラ、言ったこっちゃない。
ワタクシを援護なんてしている余裕、ある筈が無いのだ。
そんな事、戦闘経験の無い素人にだって判る筈なのに。
ワタクシは、彼らを戦力として数えてさえ居なかったっていうのに……!
「クッ、逃げろ……ッ、お嬢ちゃんッ」
どうして……―――否ッ!
(今、ワタクシがすべきは、考える事じゃない筈でやがりますッ)
動かなかった腕が、足が、僅かなその隙で―――動くッ!
「―――ぁぁあああああああッ!!!」
「ぬッ!?」
吠えろ! 吼えろ! 咆えろ!
生身の人間達が命懸けで作ってくれたこの一瞬を、無駄になどさせない!
動かない? 動けない?
そんな物は甘えだ。気合で動かせ!
より単純に、合理的に、相手を殴り倒すだけで良い。自分の中の野生を叩き起こせッ!!
「そこ、を……―――退きやがれぇええええええッ!!」
「ぬぐうッ!!?」
無造作に、力任せに、型も何も無く、ただ渾身の力で振り上げた脚が、ジェネラルの顎を蹴り砕いた。が、まだだ。まだ終わらない。
「邪、魔ぁあああああッ!!」
「ツッ! ッ! ッ!!」
地面から両足が浮くジェネラルの身体に、顔に、腹に、ジャベリンを放り出して握り拳を叩き込む。
連打! 連打! 連打! 連打連打連打連打!
止まるな。止めるな。勝利を勝ち取る為に、生き残る為に、生かす為に!
“彼ら”が魅せてくれた勇気に、報いる為に!
「っくったばり……やがれええええええええええッ!!!」
殴打! 殴打! 殴打!
ストレートだのフックだの、もうそんな物は無く、ただ殴り付けるだけの原始的な打撃力。
それが、一撃ごとにジェネラルの身体から命を削り飛ばして行くのが腕を通して伝わってくる。
そして、グラリと膝が崩れたそこに、本気の本気で“殺意”を込めて。
「う……らぁああッ!!」
グシャリ、とそれまでとは違う手応えがワタクシの拳を伝って来た。
ジェネラルの頑強だった頭蓋が、その瞬間に限界強度を超えたのだろう。
「□□□□……」
ジェネラルの手から、巨大な鉈がガランと音を発て、アスファルトの地面に落ちた。
「―――ハァ……っ、ハァ……っ、ハァ……っ」
息が、切れていた。
無呼吸で吠え捲った所為か、呼吸が酷く苦しい。
でも、ワタクシは初めて、今実感した。
(コレが……、必死に生きてるっていう事……)
痛みだけでは到達出来なかった物が、そこに在った。
だからワタクシは、この戦いの勝者として、握り拳を天高く掲げる。
彼らに、その姿が見えるように、誇らしく。
「じぇ、じぇねらるガ……っ」
「ニ、逃ゲロー! じぇねらるガヤラレタァー!」
「ワァー! ワァー!」
自衛隊員らと交戦していたゴブリン達が、翼の生えた角付きのグレムリン達の声で散り散りに逃げ出して行く。
そんな中、完全に力を失ったジェネラルの巨体が後ろへと傾き、遂に―――重々しい音を発て、倒れるのだった。