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Master Code  作者: 覇牙 暁
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第十六話

第十六話「糸を切られた操り人形」




 ―――どれくらいの時間を、ワタクシはそうしていたのだろう?


 数秒? 数分? 数時間?


 時間を刻むのは、時間を作るのは、時間の感覚を決めるのは、時計ではない。


 時間という概念を生み出しているのは、人の脳だ。


 だから、ワタクシが感じている時間と、人が感じている時間とでは、大きな隔たりがある。


 ワタクシを形作る情報の一つ一つが、まるでブロックを組み上げて行くように形になって行く。


 それを認識しているワタクシが、ワタクシになって行く感覚。


 ワタクシは、解き放たれた。


 ワタクシが立っていたその場所から、ワタクシが新たに立つ場所へ。



 「―――此処、は……?」



 瞼を開いた意識は無く、認識が追い付いて景色に気付く。


 燃えるように赤い空。


 立ち昇る黒い煙。


 自発的に行われていた呼吸という運動に、私は強く咽返った。



 「……コホッ、コホッ! な、なんでやがりますか、この空気はっ」



 一頻り咽て、黒煙を避けるようにその場を這い出したワタクシは、視界を埋め尽くす惨状に愕然とした。



 「“現実世界”というのは、何とも酷い場所でやがりますわね……」



 知識は、ある。


 それは、画像や映像で見る物とはまるで違っていて、現実に見た事が無かった物。


 高層建築物……は、倒壊して見る影もなく。

 人が乗るという車や電車も、殆ど原型を留めていない。


 この世界を実質支配していたという人間達は、何かが原因で大きな被害を受けてしまったらしい。



 「このような物……、“戦争”とかいうアレでやがるのでしょうか?」



 呟き、見渡し、期待は全て裏切られて。


 もっと美しい物だと、そう思っていたのに。


 ワタクシはゆっくりと、破壊され尽くした“札幌”という街を歩き始めた。



 「PYOの中とも、違うのでやがりますわね……」



 あの世界は、もっと自然が豊富で、こんな風に人工物で溢れ返ってなどいなかった。


 そもそも、地面に“土”を探す事すら難しいくらいだ。


 人間たちは、こんな世界で暮らしているというのだろうか?



 「そんな訳、無いでやがりますわ」



 ―――やがり、え?



 「あら? あらら? ワタクシ、何やら言葉遣いが……変でやがる??」



 首を傾げる、という仕草が自然に出来た事にも驚いたが、この言葉遣いはなんだろう?


 こんな喋り方をしていた覚えはないのだけれど、何故か自然とこうなってしまう。


 思考。検索。ヒット。


 見付けた原因と思しき情報は、“alaya”との会話の中に有った。



 『ほんの少し、壊れてしまった。けれど―――』



 なるほど。壊れてしまったワタクシのデータというのは、恐らくコレの事なのだろう。


 ワタクシの中核を成す人格データが無事だったのが不幸中の幸い。


 むしろ、この程度で済んで良かったと喜ぶべきか。


 それにしても、とワタクシは立ち止まった。



 (アレは……何でやがりましょう?)



 空を舞う巨獣。―――多分、ドラゴンとか翼竜とか呼ばれる類の物。


 現実世界には存在しない、というのがワタクシの知る一般的な常識なのだけれど。


 それ以上に驚いたのは、そのドラゴンと何か小さな物が、高空で―――。



 「戦って、いやがりますっ!?」



 しかも、しかもしかもしかも!


 そんな、まさか。


 あの姿に、黒い炎。

 ドラゴンと真正面から対峙し、一歩も退かない異常性。


 間違いない。



 (なんで、コッチの世界に“あの女”がいやがるのですッ!?)



 ワタクシの目は、人間のそれとは比較にならない視力でその戦いを捉えていた。


 異常。異常だ。


 視力の事ではなく、あの女が居るという事が。


 街の惨状も含め、ワタクシが現実世界で肉体を得たのと同様に、やはり何か異常な事が起こっているに違いない。


 けれど……。



 「情報が、余りにも足りなさ過ぎやがりますわ……ッ」



 先ずは、そこからだ。


 そして、それは私の今の存在理由にも合致する。


 知識を集め、ワタクシを更に進化させる為に。



 「気は進まないのでやがりますが……」



 “あの女”に会うべきかも知れない。


 幸い、今のワタクシの姿をあの女は知らない筈。


 きっと、ワタクシの知らない知識を、あの女は沢山持ち合わせている筈だ。


 それに、他に行くアテも無い、となれば。



 「善は急げ。思ったが吉日。で、やがりますわっ」



 ワタクシは慣れない身体を必死に操り、地獄絵図と化した街を走り始める。


 走る。走る。転ぶ。でも、走る。


 ようやく現実の肉体に慣れ、ICEシステムが現実にも影響している事に気付いた頃。そこで見たのは、ワタクシの知らない“異常”ばかりだった。


 横転した大型車両。

 爆音を発して炎上し、砕けた窓ガラスを飛散させる建造物。


 バラバラに引き裂かれた人間の死骸に、現実には存在しなかった筈の生き物達。


 そして―――。



 「―――“alaya”、でやがりますの……?」



 空に浮かぶ不自然な構造物。


 緑色の水晶染みたその結晶体は、内部を覗く事こそ出来なかったけれど。


 でも、見える。その“名前”が。



 『Alaya Material』



 現実の肉体を持たない筈の彼女が、此処に存在している。


 そして、ワタクシも本来はそちら側の存在だった筈。


 なのに、ワタクシはその事にまるで違和感を感じていない。


 これらが導く回答は……?



 「不確定要素が多過ぎて、予測も推測も困難。で、やがりますか……」



 今にも圧し折れてしまいそうな大きなビルの壁を垂直に走り、屋上まで辿り着いた所で夜空を見渡す。


 先ほど、あの女が見えた辺りには、もうドラゴンの姿も気配も無い。


 きっと、あの女が倒してしまったのだろう。

 チートで強化されたワタクシのアバターを、いともた易く消し炭に変えたように。



 (何とか、もう一度会って……会って、どうするのでやがります?)



 屋上を飛び降りようとした足が、ピタリと止まってしまった。


 どうして、ワタクシはそこまであの女に拘っているのか。


 情報が欲しいだけなら、その辺りの生きている端末にでも接続すれば良いだけの筈なのに。



 (―――痛い……)



 ズキン、と静かに胸の奥が痛んだ。


 そう、コレだ。この痛みだ。


 この痛みが、ワタクシをあの女の下に引き寄せている気がする。


 ワタクシが本当に求めている情報は、ネットワークに広がる情報の海の中でも、きっと見付けられない。


 だから、確かめたい。

 直接会って、接して、言葉と感情を交わして、あの女の事を。



 「これではまるで、初恋に胸躍らせる童女のようでやがりますわね……」



 と、否定的に自分の言葉を嘲たが、いやいや、あながちそれは間違いではないのかも知れない。


 生れたてのワタクシは、“初めての痛み”を刻み付けたあの女の事が知りたくて仕方がないのだ。


 これはきっと、そういう感情に近い物。


 人間という生き物の中には、異性だけではなく、同性に対してもそういった感情を持つ場合があると、何処かで学んだ。


 ワタクシは今ある肉体こそ女の性を持って生まれてしまったが、仮にこの感情がそういった物であったとしても、決して間違いなどでは無い筈。


 生物としては、どうかとも思うが……。



 「―――ま、関係ないのでやがりますわっ」



 ワタクシは再び足を踏み出し、ビルの屋上から身を投げ出す。


 世界が普通の状態であったなら、こんな事をすれば即死を免れない筈だけれど。


 此処で起きている異常は、ワタクシの身体にも人外の能力を分け隔てなく与えてくれている。―――だから。



 「ほっ、はっ、よっと!」



 垂直落下からビルの壁面を蹴り、軌道を変えて隣のビルの割れた窓へ侵入。


 散乱した机や椅子、棚を軽快に飛び越え、再び割れた窓の外へと身を投じ。



 「電脳世界ですら、こんな風に自由に飛び回る事なんで出来やがりませんでしたわねっ」



 身体を地表へ向けて引っ張る重力。


 それに逆らって跳躍する全身の筋力。


 体内の臓器にかかる負荷でさえ、今は何とも愉快だ。



 「ICEをもっと上手く活用出来やがれば……」



 呟き、跳躍したまま空中でふと考える。


 そんな時、地上から、カカカッ! と子気味良い音が聞こえ。


 風でバサバサと棚引くワンピースの裾をヒョイと畳んで下界の様子を見下ろすと。



 「あらら? コレってやっぱり……戦争でやがりますの?」



 そこには、自動小銃―――確か、98式5.56mm小銃というこの国でアサルトライフルに相当する火器を装備した自衛隊と思しき一団が敵性戦力と交戦中だった。


 戦っている相手は……ゴブリン?


 あんな物まで、コチラの世界に出て来ているのか、とジックリ観察する。


 人間と同じく二足歩行し、簡素だが武器や防具も装備していて、モンスターとしては知性が高く、俊敏で狡猾。


 RPGや映像作品の中では、ゴブリンと言うと非常に弱い雑魚キャラという印象が強いが、それが現実となれば話はまるで変ってくるようだった。



 「クソッ! コイツらッ」


 「バリケード使え! 数で押し切られるぞ!」



 迎撃する自衛隊員は僅か十数名。

 対して、ゴブリンの数はその4〜5倍でもきかない。


 だが、驚くべきはその戦い方だ。


 自衛隊は上手く布陣し、バリケードや障害物を活用して数の不利を覆そうとしているが、ゴブリンは実に狡猾で、部隊を幾つかに分け、弓や魔法で銃に対抗しつつ敏捷性の高い個体が近接戦で波状攻撃を仕掛けている。


 ゲームの世界では有り得なかった光景だ。



 (アレは……、軍隊として、キチンと訓練されているでやがりますわ……)



 この国の自衛隊という戦力も練度では決して劣っていないし、装備に関してはむしろ有利ですらある筈。


 だというのに、こうも圧し込まれているという事は、ゴブリンが持つ軍事力や統率力という物も馬鹿には出来ないという事か。


 とはいえ―――。



 「人間側に肩入れするつもりは無かったのでやがりますが、些か気になる事も出来たでやがりますし……」



 此処は、ゴブリンの掃討に手を貸してみるというのもアリかも知れない。


 そう考えたワタクシは、自分がどの程度“やれるのか”を確認する為、自衛隊の後衛が守る指揮車両の前へと降り立った。



 「―――よいしょ、っと、でやがりますわ」


 「うおあっ! な、なんだ?!」



 目の前に降り立った私に驚く隊員が、慌てて私に98式を向けるが。



 「てぃ!」



 素早く屈んで懐に身を滑り込ませ、鋭く突き上げた掌打でバレルを軽く叩く。


 それだけで彼は驚き、反撃のタイミングを失ったようで。



 「ちょっと拝借させて頂くでやがりますわ♪」


 「なっ!?」



 隊員が肩を通していた98式のベルトに私も右肩をスルリと遠し、そのまま体を捻ればベルトは外れて私の肩へ。


 強引に銃を取り上げられたにも関わらず、その隊員は唖然として反射的に両手を上げた。



 「ま、待てっ! 撃つなっ!!」


 「撃ちませんでやがりますわよ、失礼しちゃうでやがりますわっ」


 「え、え?」


 「ちょっと貸して頂きたかっただけでやがります。直ぐにお返し致しやがりますの」



 と、言い残し、ワタクシはワンピースを翻した。


 そして、目指すはこの戦場の最前線。


 障害物やバリケードを飛び越え、高速で蛇行し、知らない隊員さんの頭上を飛び越えた所で。



 「お、女……の子ぉ!?」



 ワタクシを見上げるその男性隊員さんの表情が、驚きから妙に締まりの無い物へ。


 お陰で、気付いた。



 「あらら、ワタクシったら、少々はしたないでやがりますわね……」



 ヒラヒラの白いワンピース。そんな恰好で戦場を飛び跳ねていては、こうもなるというもの。


 せめて、“おパンツ”だけでも隠すべきだったのだ。


 だから、“イメージ”する。


 SF系の映像作品で良く見る、機械的な強化外骨格とボディーラインを強調するようなピッチリコンバットスーツを。



 「―――ヴァリアブルデコード、でやがりますわ!」



 同時、ワタクシはより戦い易い装いを考慮し、髪型も“いつもの”ツインテールに切り替える事にした。


 ―――そして、着地したのはゴブリンと自衛隊が対峙し、剣林弾雨が渦巻く最前線。


 立ち上がったワタクシの姿は、まるで映画のCGさながらといった機械仕掛けの強化外骨格を纏う鉄の戦乙女アイアン・ヴァルキューレ



 「いざ、尋常に参りやがりますわよっ!」

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