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Master Code  作者: 覇牙 暁
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第十三話

第十三話「闇夜を裂く黒龍」




 ―――堕ちる。


 グラリと傾いだドラゴンの巨体が、脱力し、地表に向かって。


 私の放った拳は分厚い甲殻ごとドラゴンの頭蓋を打ち砕き、脳と脊髄の周辺を完全に粉砕していた。


 コレが魅せる為の戦いであったなら、初撃で生き物としての弱点を責めるような事はせず、もっと余裕を持って時間を掛け、ジックリと戦闘を楽しむ所だったのだが。


 だが、コレは“現実の戦い”だ。


 自分にとっても命懸けなのかも知れないし、相手も“造られた偽物の生物”ではないかも知れない。


 だとするなら、弱肉強食の摂理に従い、余計な苦しみなど味あわせず、倒せる物なら一撃で確実に倒すべき。

 そう考え、一切手加減などしなかった。


 とはいえ、だ。



 「ひぃぃ〜〜〜〜えぇぇぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」



 落ちる! 落ちる! 落ちる!


 上空200メートル以上の高さからドラゴンと共に。


 恐いなんてモンじゃない。


 コレが男なら、タマヒュン物。


 内臓が下から押し上げられるような感覚で、余計に現実世界である事を実感させられる。


 しかし、だ。


 大丈夫。大丈夫だ。

 まだ慌てるような時間じゃn―――。



 「落ち着いてられるような時間でもないっつーのッ!」



 もう地面はそこまで迫っていた。


 このままドラゴンと共に叩き付けられるのだけは避けなければ。


 私は咄嗟に右腕のガントレットをただの鎖に再構成し、ドラゴンの首を縛っていた拘束を強制解除。


 更に、再び鎖からガントレットに再々構成した鎖でアンカー付き黒鎖(通称、黒龍槍とでも名付けようか?)を射出。


 狙ったのは、直ぐ傍に居た“もう一匹のドラゴン”だった。



 「……は?」



 私は多分、今ものすご〜く間抜けな顔をしていると思う。


 だって“ソレ”、地上に両足着いて立ってるさっきのよりデカイドラゴンで、今度は羽根が付いてないんだもの。


 っていうか。



 「二匹目ッ!?」



 ドラゴン……、恐らく、“地龍”と呼ばれるタイプのそれに向かって伸びた黒龍槍は、また見事にソイツの首に巻き付き、私の体を強引に牽引した。


 勿論、そんな事をすれば、地龍は私の存在に気付く訳で。



 「■■■■■■■■■■■■ーッ!!」



 凄まじい咆哮を発し、大顎を開いてお出迎え。



 「ちょっ、タンマタンマタンマっ」



 このまま行けばパックンチョされる。


 丸呑みならまだしも、噛み砕かれたら疑い様もなくピチューンだ。


 そんな最後など御免被る。

 私はかなり強引に黒龍槍を操作し、空中で無茶な方向転換を試みた。


 の、だが。



 「曲がら、ないっ」



 これもやっぱり、簡単な物理学の法則に従っている。


 私の体にかかった運動エネルギーは、200メートル上空からの落下速度も合わせたエネルギーだ。


 それを急激に捻じ曲げるなんてのは当然簡単ではなく。



 「―――だったらッ」



 四苦八苦した挙句、私が考え出したのは“左腕にも黒龍槍を作り出す”事だった。


 左腕甲で変化するガントレット。

 直ぐ様射出される黒龍槍。


 ビルの壁面に打ち込んでそちら側に引っ張れば、一気に方向転換する事が出来た。


 背後で紙一重、バクンッ! と大顎が閉じられた音が聞こえたが、一先ずコレでセーフ。


 ただ、このまま両腕の黒龍槍に引っ張り合われたら、私は敢え無くディアスフェンドネーゼ。


 急いで左手の黒龍槍を強制解除し、そのまま右手の黒龍槍で引っ張る力を利用。

 地龍の頭上にまで反動で跳躍し。



 「スパイ○ーマンかっての!」



 黒龍槍を即時解除。


 右腕甲に再構築した黒龍槍だが、穂先部を射出せずに置けば。



 (ランタン・シールドとか、パッターとかいったっけッ?)



 ガントレットと剣が一体化したような武器に早変わりだ。


 それを地龍の頸椎目掛けて振り上げる。


 イメージしたのは、剣身から放たれる剣気の刃。



 「―――っしゃああああッ!!」



 ゾンッ、と刃が甲殻と鱗、分厚い皮膚層を突き破り、深く沈み込む。……そして、両断。


 やはり、此処でも一切手心は加えない。


 ズルリと滑り、落ちて行く巨大な地龍の頭部に、私は。



 「苦しませは……しないッ」



 右手を掲げ、その手に黒炎を集約させた。


 生き物の脳が斬首後に意識を保っていられるのか否か、それは今も尚確実な実験データが揃っていないと言われている。


 しかし、ギロチンによる処刑法の逸話では、斬首後も15分まで反応があったとする説や、執行前にまばたきをする約束を交わした罪人が斬首後にまばたきして見せた、という話しも残っている。


 生き物の命が関わってくる事だけに、確証を得られるデータが少ないこの問題に対し、私が出した回答は一つ。


 斬首後も意識がある可能性を考慮し、斬首で殺傷した場合には、必ず。



 「脳まで破壊する!」



 既に地面へ激突している地龍の頭部。

 そこを目掛け、落下エネルギーも加えた右手の黒炎を叩き付けた。



 「□□□□―――ッ」



 声にならない声を放ち、一瞬で黒炎に包まれる地龍の頭。


 物の数秒と掛からず、消し炭になったその後ろで、首が切断された地龍の巨体が膝から崩れ落ちた。



 「…………っふぅ〜」



 緊張、していたのだと思う。


 一方的な戦いではあったけど、気を抜ける状況でもなかったのだ。


 地龍の直ぐ傍には、最初に倒したドラゴン―――翼竜の死骸。


 流石の私でも、複数のドラゴンを立て続けに倒した経験はゲーム内でも無かった。


 ようやく足の裏に感じた地面の感触に、思わず苦笑が漏れる。


 我ながら、無茶な事をしたものだ、と思ったのだ。


 UIは見えているし、アバターのスキンデータやゲームシステムの大部分が機能している事は解ったけれど、確証なんてなかった訳だし、ゲーム内ですらあんな高い場所で空中戦なんてやった経験はなかった。


 今更ながら、少し足が震えてる事に気付く。



 (恐かった……。けどやっぱり、こうしてると、生きてるって実感が湧いてくる……)



 そう、私だって死にたくはないのだ。

 だから、生きてるって感じていたい。


 漫然と在り来たりな日常を繰り返すだけじゃ、生きているって感じる事が出来なかったから。


 もっと自由に、やりたい事をやって生きて、後悔の無い最後を迎えられたなら、それがきっと私にとって一番の幸福だと思うから。



 「ゴメンね、コレ多分……アンタ達だって、生きてたんだよね……」



 現実には存在しなかった怪物。モンスター。


 だけど、今なら判る。


 ゲームの中では、殺されたモンスターは死骸が残らない。


 でも、此処にはまだ、私が殺したドラゴン達の死骸が残ったままだった。


 だからきっと、彼らは生きていたんだ。

 それを、私は自分の為に、理不尽に殺した。


 勿論、彼らにだって私を殺そうとする意志があった。

 だから、弱肉強食の摂理に従って、強者である私の餌食になってしまった。


 弱かった、から。


 コレは、不変の真理だ。


 私は、殺されたくなかったから、この子達を殺した。


 この子達の目的が何なのか。

 どうして、私や人間達を襲うのか。


 それは、まだ解らないままだけど。



 「―――どうにもイカンね。こういうの、感傷的になっちゃってさ……」



 私は、存外動物って物が好きらしい。


 だって、野生の生き物達っていうのは、みんな生きる為に必死だから。


 この子達は、下らない理屈を捏ね繰り回したり、同種の生き物達を蔑んだりはしない。


 ただ真摯に、大真面目に生きているだけだから。



 「けどこれ、どうすんだろ……?」



 こんな大きな生き物の死骸、片付けるにしたって楽じゃないだろう。


 最悪、下手に弄り回されるより、いっそこの場で私が灰にしてしまった方がこの子達の為だろうか?


 ―――と、そんな取り留めもない事を考えていると。



 「―――あ、ヤバ。いい加減着替えないと」



 地龍が流した大量の血溜まりに、私の姿が映っていた。


 流石に、現実でこの姿は如何な物か。


 良く出来てはいるけど、一般人から見ればタダのコスプレだ。


 そう思い、視界端で明滅している“スキン”のアイコンをタップ。

 アバターチェンジのタブから“私服”を選択、スライドして展開する。


 そこには、何故か私が普段から愛用していたジャージの画像があり、拡大されて私自身と画像が重なり合った。


 接触面から書き換えられて行く私の姿。


 なるほど、さっきもこうやって私はバーゲストのアバターに姿を変化させていた訳か、と感慨深く。



 「……あー、やっぱコレですわぁー……」



 妙に落ち着くこの感じ。


 やっぱ、私服は着易さがイチバンだ、と本当にそう思う。


 が、その上でふと気になる事が出来た。


 どういう理屈かは解らないけど、スキンデータの書き換えはモード選択でイロイロ切り替え出来る事は解った。


 では、モード毎のステータスはどうなっているのだろう?


 私服姿、というか現実世界の私のステータスは、通常の人間と変わらない程度の能力値しか無いのか、それとも、スキンデータをアバターに書き換えずとも、基本ステータスに関しては変化が無いのか。


 今の状態でステータス画面を表示させれば、何か判るかも知れない。

 そう考え、画面を開いてみたのだが。



 「……え゛?」



 唖然とした。


 ステータスの表示カテゴリが増えているというのも変化ではあったが、私が驚いたのはそこではない。


 その能力値だ。



 「カン、スト……だと」



 レベル99。コレに関してはGMであるが故の基本設定。

 しかし、各能力値に関しては、愕然とする物があったのだ。


 STR999。DEF999。

 DEXも、MIDも、INTも、AGIも、何もかもが999と表示されていた。


 PYOでの私のステータスはGMとしての物だったからかなり高い数値を示してはいたけど、幾ら何でも此処までの物じゃなかった。


 精々がレベルカンスト相当のステータス値で、上限値に達しているなんて有り得ない。


 ステータスっていうのは、その人が選択したクラスや育成方針によっても多様な差異が生じる部分。

 それが、こんな数値になるようでは、バランスブレイカーも良い所だ。


 でも、コレが本当に今の私のステータスだというのなら……?


 私は徐に足元に転がっていたコンクリート片を拾い上げ、それを握り潰すイメージで力を込めた。



 「……わーぉ」



 砕けた。それも、至って簡単に。


 これはつまり、適用しているスキンデータと私自身とのステータスとはあまり関係がない、という事だ。


 恐らく、この姿のままでも戦えるし、武器もICEシステムも扱える。


 どうやら私は、現実世界でも“化物”になってしまったらしい。



 「日常生活が不安だわ……」



 と思ってゲンナリしたが、翌々考えても見れば、ナンセンスな考えだ、と思い直した。


 だってそうでしょう?



 「現実が、この有様じゃね〜……」



 見渡す限りの地獄。地獄。地獄。


 阿鼻叫喚の地獄絵図ってのは、多分こういう物の事を言うんだろう。


 まるで戦場……なんて表現さえ生温い。


 倒壊している建物は数知れず。


 あちこちで火の手が上り、道路なんてとても車が走れそうな路面状況じゃない。


 人間の死体だって、一つや二つではないのだ。


 口にするのもおぞましいような光景がそこら中に広がっていて、もう現実か非現実かの区別なんて着けようがないカンジ。



 「うぇ……、流石に気持ち悪いわ……」



 瓦礫に潰されたモノ。

 モンスターに食い千切られたモノ。


 五体満足な死体の方が珍しいくらいで、こんな物、私でさえ滅入ってしまいそうになる。



 「ま、免疫無さ過ぎる平和ボケした日本人みたいに、マッハでマーライオンみたいな状態にはならないみたいだけど、私は」



 言いながら、何となくだけど自分の異常性に感付いてはいた。


 人間は“慣れる”生き物。それは知ってる。

 だから、人殺しにだって慣れる人は慣れられる。


 でも、一般的な常識として、全ての人間が人殺しに慣れられると思っていたら、それは大きな間違いだ。


 昔は、ゲームが人殺しを育成するなんて言う人も居たらしいけど、実際はそうとも限らない事が判って来てる。


 大部分の人間は、戦場に立つ訓練された兵士でさえ、人間を撃つ事に抵抗を覚えるそうだ。


 それどころか、自分や仲間の命が危険に晒されていても尚、引き金を引けない人間が殆どらしい。


 その割合は、20%未満と言われてる。


 その原因は、人間の死に対して忌避感を感じているから。

 人の死と自分の死を無意識に重ねていたり、死んだ人間には細菌や毒のような有害な物が繁殖してしまう為、本能的に避けてしまうから。


 だから、平和な生活の中で安穏と暮らしていると、そういった状況に慣れていない人間の多くは“死体”そのものを恐れるようになる。


 その、筈なんだけれど。



 (あれ……、私ってひょっとして、サイコパス……?)



 まぁ、だからと言ってそれがどう、とも思わないのだけれど。


 ただ、サイコパスの定義から考えるに、私はどちらかというと軽度のサイコパスではないか、とも思える。


 サイコパスの特徴としては、極端に冷酷で無慈悲、エゴイストで感情の起伏に乏しく、結果至上主義であるとされる。


 良心が著しく欠如していたり、他者に冷淡で共感する事が少なかったり、平然と嘘を吐いたり、自尊心が強かったり、口が達者で表面的には魅力的だったり、自分の行動に対して責任を感じていなかったり、罪悪感なんて物をハナから感じていなかったり。


 私の場合、一部は当て嵌る気もするし、必ずしも全てが該当する訳ではない。


 その判断は凄く難しくて、精神心理学者とかでも簡単に答えを出す事は出来ないそうだけど。



 (ま、どーでもいいか)



 サイコパスだったら何だというのか。


 そもそも他人との接触を嫌う私が、進んで他人に迷惑をかける事なんて先ず有り得ない。


 それに、仮に迷惑をかけたとして、やっぱり何だというのか。


 ハッキリ言ってしまえば、“本当にどうでもいい”事だ。


 私に迷惑をかけられたくなければ、私に近付かなければいいだけの事。


 私がわざわざ他人の事情まで斟酌してやる義理は無いのである。


 だから―――と、何時の間にか私は思考の迷宮を彷徨い歩いていたらしく、周囲で起こっている変化にまるで気付けていなかった。



 「―――な、なぁ」


 「……え?」



 ハッとして振り返り、私は驚いた。



 「これ……アンタが、やったんだよな……?」



 そう尋ねて来たのは、見知らぬ男。


 服はボロボロで、何処もかしこも煤けてる。


 でも、私が驚いたのはそんな事じゃなくて。



 「貴女……人間、なのよね……?」


 「どうやったんだ!? アンタ、強いのか!?」



 私を取り囲んでいたのは、人、人、人。


 十数人の人間達が、皆一様に顔に訝しみを浮かべ、恐れにも似た縋るような目を私に向けていた。

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