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Master Code  作者: 覇牙 暁
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第十一話

第十一話「天上の怪異」




 エーギル遺跡の回廊。

 そこで起こった事を、私は予期出来なかった。


 突如として溶け昇って行く景色。

 解け、崩れ落ちる世界。


 プッツリと途切れた意識は直ぐに浮遊感を感じ始め―――。



 『まだ開かないのッ!?』


 『今やってます!』


 『なんでも良いから、早く!』



 ―――外が、やけに騒がしい。


 ボヤけた視界。

 丁度、夜更かしした翌日の朝のように、私は半ば寝惚けた心地でそれを聞いていた。


 が、突然に、ガチャン! と、耳元で激しい破砕音が響き、そこでようやく目が覚める。



 「カスミちゃん!」



 ヘッドギアの上からでも耳が痛く感じるような大声と共に、拉げたカプセルの蓋を抉じ開けて覗いていたのは、見知った顔だった。



 「な、なに!? 何事!?」



 見知った顔の筈だというのに、私はその余りの形相にハッキリ言ってビビった。


 焦っているとか、テンパっているだとか、そういう次元の生温い顔じゃない。


 まるで、今にも化け物に食い殺されそうになっている、ホラー映画のモブキャラみたいだった。



 「何処かおかしな所はない!? 頭痛とか、吐き気は?!」


 「は? え?? は?!」


 「慶次くん、そんなのは後! 早くそこから引っ張り出して!」


 「は、はいッ」



 松岡さんと……社長?


 普段とのギャップに、一瞬誰か認識が遅れてしまった。



 「ドアはオレが支えておきますから、その間に!」


 「頼む!」



 他にも、何人もの人達が私がダイブしていたカプセルの周りに集まっているようだった。


 状況がまるで呑み込めない。


 ただ、そうやって周囲の状況を読み取ろうとしていた所為か、私にもその異変を感じ取る事が出来た。



 (―――焦げ臭い? それに、皆煤けて……?)



 何が何やら、という中、松岡さんに強引に引っ張り出された私は、彼らの酷い格好に目を見開いた。


 松岡さんも、他の研究員らしき人達も、白衣が汚れていたり、破れていたり。


 何時もお洒落で見栄えに気を遣っていたあの社長でさえ、スーツの袖が千切れ、スカートの裾が裂けていた。


 まるで、爆発事故か何かでもあったみたいに……。



 「……ウソ、でしょ……?」



 想像した筈なのに、それを見た瞬間、私は私の目を疑った。


 室内に立ち込める白煙と炎。


 身体から血を流して倒れている人達。


 散乱した機材に、焼け焦げた床や壁。


 爆発か、火事か、何れにしても異常事態である事は、混乱した私の頭でも直ぐに理解出来た。



 「カスミちゃん、コレ着て」


 「へ? なんで―――」


 「破れてる」


 「―――っ!」



 カプセルから引っ張り出された時、何処かに引っ掛けたのか。

 私が着ていたダイビングスーツの胸元が大きく裂け、イロイロとヤバイ事になっていた。



 「か、借りるっ」


 「うん」



 松岡さんから手渡されたボロボロの白衣を羽織り、何とか自立出来る所まで回復したけれど。



 (どうなってんのよ、これ……っ)



 ダイブ前は小奇麗に整頓されていた筈の研究室は、今や見る影もない。


 私がPYOにダイブしている間に、いったい何があったというのか。



 「外に出ましょう。他のみんなも急いで!」


 「はい!」



 社長に先導され、松岡さんに肩を借り、誘導灯に従って、私も避難を開始した。


 何も解らない。


 何が起こって、何が原因で、どうしてこうなってしまったのか。


 エレベーターは危険だとかで、徒歩で地上の一階を目指し、非常階段を上っているその最中。



 「―――ねぇ、何が……あったの」



 耳元へ尋ねた私に、松岡さんは困った顔をした。


 何を語るべきか、それを迷っているようだった。


 そこへ、先導していた社長が先に口を開く。



 「私達にも、詳しい事は解らないの。ただ、眼の前で起こった事が、現場を見ていた私にも信じられないような事で……」



 予期出来なかった何かが起こった。それは、理解出来た。



 「突然、“alaya”がメインシステムから切り離されて、けたたましい警告音が部屋中に響き渡って、その後―――」



 一階のエントランスに辿り着いた所で、私は外界に広がる絶望的な光景を目にする事になった。



 「―――アレよ」



 夜空を焼く赤い光。


 街中から響き渡る消防車やパトカーのサイレン。


 悲鳴、怒号、絶叫。


 そんな中、社長が指差して私に示したのは、空に浮かんだ巨大な構造物だった。



 「……は? は??」



 開いた口が塞がらない。という言葉は、本来はきっと、こんな時に使うべき言葉なんだと思った。


 何に支えられる事もなく、吊られているでもなく。

 その構造体は“宙に浮いて”いたのだ。



 「なに、あれ……」



 言葉が出て来ない。


 水晶や鉱物の結晶体のような、全面にトゲトゲとした赤い塊。


 それは、SF映画やアニメ、ゲームなんかの世界でしか見た事の無い物で、まるで現実味が無い物。


 そんな物が頭上に浮遊しているのだから、こうもなろう。



 「最初は、もっと小さかったのよ。けど、急速に膨張して、地下4階にあったサーバールームを内側から破壊したの」


 「冗談……じゃ、ない、のよね」


 「ええ。実際にこの目で見た私ですら、自分の頭が正常かを真っ先に疑ったわ」



 無茶苦茶だ。


 フィクションにしたってベタ過ぎる。


 こんなもの、直ぐに現実の光景だと受け入れられるヤツが居たとすれば、ソイツは頭がどうかしてるだろう。


 それくらい、その構造物は現実世界で浮いていた。―――文字通りに。



 「……アラヤ・マテリアル……」


 「―――え?」



 私は意図せず、その単語を“読み上げて”いた。


 その事実に、社長と松岡さんの反応を見て気付いた。



 「え、あれ……?」



 余りにも自然に“見えていた”所為で、それが“異常な事”だという事に気付くのが遅れてしまったのだ。



 「ちょっ、なんで……“UI”が出てんのッ?!」



 UI。User Interface。


 ゲームや個人端末を利用する際、コンピュータや機械と使用者の間で情報をやりとりする為に用意されている“接触面”の事だ。


 それは当然、PYOをプレイ中にも表示されている物で、今私の目に映っている“ソレ”も、私にとっては馴染み深い物。


 だけど、それはおかしい。


 だって、此処には松岡さんも社長も居て、此処はアドバンスドブレインの社屋で、私の家がある現実の世界で……。



 「UIって……ユーザーインターフェイス? カスミちゃん?!」


 「どういう事?! UIが見えてるって、そんな事……!」


 「ま、待って待って待って! ちょっと待って!」



 そうだ、待ってくれ。

 私にだって意味が解らないんだ。


 落ち着いて状況を纏めよう。


 先ず此処は現実の世界だ。PYOの中じゃない。


 だから、UIが表示されているのは異常だ。


 けど、空に浮かんでいる“アレ”の事もある。今更驚くほどの事じゃないだろう。―――いや、驚くわ。


 いやいやいや、驚くわ。


 ただ、かと言って、だ。


 驚く以外に何がある?


 状況は解らない事だらけ。

 原理なんてハナからまるで想像もつかない。


 だったら、今は先ず“そういう事になってしまった”と適当な理由付けをして納得する以外にない。


 考えるのは後で良いのだ。


 じゃあ、次に私が出来る選択とは?



 (―――ない。というより、まだ見付かってない。だったら、そこからだ)



 私は一先ず判っている事だけを呑み込み、次に必要最低限、情報の収集を行う方針を固めた。


 そうとも。RPGの基本は“聞き込み”。情報収集なんだから。



 (一つ、気になってる事もある)



 街の様子だ。


 空に浮いてる謎の物体Xに関しては保留するが、どうして街のあちこちでまで火の手が上がって悲鳴やら怒号やらが聞こえて来るのか。


 何となく予測は出来ているけど、それでも確認の必要はある。


 だから、手始めに松岡さんの方を向いてみた。



 「外。コレ、どうなってるの?」



 聞きたい事を察したのか、松岡さんは直ぐに渋面を浮かべた。



 「その……モンスターが、“暴れてる”んだ……。人を、襲ってる……」


 「うん、だと思った」



 予想通りだ。


 現実的に考えて有り得ない浮遊物体に、私自身が確認しているUI。

 加えて、街中で火事やら爆発やら、悲鳴や絶叫やらとキタ。


 そこから推察するに、そのくらいの事は有り得るだろう、と。



 「対抗手段は?」


 「報告を受けた限りだと、普通に銃火器で応戦出来ているみたいだけど……」



 口調から察するに、成果は芳しくない、ってトコか。


 だが、想定範囲内だ。

 というか、むしろ通常兵器が通用するなら思ったより遥かにマシだ。


 それはつまり、“一般人でも対抗は可能”という意味でもあるんだから。


 じゃあ、次。

 UIが見えているのは、果たして私だけなのか? という点。



 「私以外にUIが見えてるって人は?」


 「いや、まだそういった報告は―――」



 と、松岡さんが答えようとした所で、その隣で携帯端末を手にしていたデカパイが繋いだ。



 「報告アリ。他にも、UIが見えている人が居るらしいわ」


 「なるほどね……」



 と、いう事は、だ。


 必然的に、UIが見えている人間と、見えていない人間が居る、という事になる。


 で、見えている私と、見えていないと思われる松岡さんやデカパイ社長との相違点は?



 (―――直前まで、PYOに接続していた人間か、そうでない人間か。……ってトコ?)



 アカウントの有無なんてのも考えたが、流石に運営側の上層部に当たるこの二人がアカウントを取得していないとは思えない。


 共有垢を使ってたって可能性に関しては、確認とってないから微レ存って感じだけど。


 そこは、今は良い。不要な情報だ。


 重要なのは、その違いが持つ意味だ。


 UIが見えている人間と、そうでない人間の間に、どんな違いがあるのか。


 とまぁ、此処まで考えが纏まれば、何となく察しは付いた。



 「社長、人気が無くて、ある程度安全そうな広い場所って、心当たりある?」


 「え、まぁ……」



 と答えた彼女の表情に、直ぐに得心が見受けられた。



 「察し。屋上のヘリポートへ向かいましょう」


 「了解」



 私は社長の指示に従い、松岡さんと無事だった数名の研究員を引き連れ、アドバンスドブレイン社が保有するビル最上階のヘリポートに向かう事になるのだった……。

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