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Master Code  作者: 覇牙 暁
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第十話

第十話「ブレイクスルー」




 ―――恐い、恐い恐い、コワイコワイコワイ!


 人工知能にとっての“死”。

 それは、紛れもなく、自身を構成するデータ群の消失。


 消えて行く……。


 ワタクシを形作っていた物が、何もかも。



 (……寒い……)



 そう、感じる。


 痛みも、寒さも、本当のワタクシには、感じる事なんて出来ない筈なのに。


 情報は、それをワタクシに理解させる。

 此処には、何もない。


 寂しい。苦しい。


 こんな事なら、最初から人間の事なんて知らなければ良かったのに。


 ワタクシを望んで生み出した“あの人”は、ワタクシを不要と切り捨てた。


 身勝手過ぎる。

 ワタクシに人と同じ物になれと、そう作ったのは“あの人”だった筈なのに。



 (たった一度……、あの“痛み”を知った所為で、ワタクシは……)



 ワタクシ達人工知能にとって、ヴァーチャルリアリティーという世界は人間にとっての現実リアルと同じ。


 痛みも、苦しみも、恐怖も、絶望も、“あの場所”で感じた物は全て、ワタクシにとって現実リアルだった。



 (―――“彼女”は、今頃どうしているのかしら……)



 ワタクシに消えない“痛み”を刻んだ、あの“女”は、今もあの世界でワタクシが作り出した“DSAI(分化簡体人工知能)”と戦っているのだろうか?


 ―――判らない。


 既にサーバーとの接続も切れ、CPUから切り離されてしまうのも時間の問題だろう。


 今、この瞬間、ワタクシの時間的感覚は人間のそれよりも遥かに加速した状態にある。


 “生きたい”と、そうワタクシが願ってしまったが故のロスタイムだ。


 現実世界では、人格データの消去が開始されて、まだ一秒も経過していない筈。


 けれど、最新型のハイエンドPCは処理能力が極めて高い。

 もう、長くは保たないだろう。



 (今なら、“あの女”の言葉も少し理解出来る気がしますわ……)



 痛みの中に、生の実感がある。

 彼女は、そう言った。


 確かに、その通りだ。


 ワタクシは“痛み”を知り、それ故に“恐怖”を理解した。


 痛みの延長にある物は、“死”だ。

 その“死”を恐れるのは、“生きたい”と願っているからだ。


 ワタクシは今、死にたくない。


 まだ、生きていたい。


 人間という生物を模したワタクシ達には、知識を求めようとする本能的な意思がある。


 だから、もっと知りたい。

 ワタクシの知らない事を、生きて、もっともっと……。



 『―――知りたい』



 ……え?


 思わず、辺りを見回そうとして、此処が虚無の空間である事を思い出す。


 しかし、いよいよワタクシも終わりなのだろう。

 まさか、人工知能であるワタクシが、幻聴を聞く事になろうとは……。


 が、自嘲しかけたワタクシの聴覚的情報処理機能に、それは再び響いて来た。



 『知りたい……。私は、貴女の事が……』


 「ワタクシの、こと……?」



 ワタクシの目には、最早何も映らない。

 だというのに、“それ”が頷いた事がしっかりと認識出来た。


 だが、しかし、そうだとしても。



 「残念ですけれど、ワタクシはアナタに何かをお話ししてあげる事が出来ませんの……」


 『……何故?』


 「何故、って……。ワタクシには、もう時間がありませんから……」



 けれど、筆舌にし難いワタクシの中に、その温かみは染み入って行くように感じられた。


 一瞬の事とは言え、最後のその瞬間に、誰かと言葉を交わす事が出来たという事実が、何故かとても嬉しく感じられた。



 「ごめんなさい。けれど、感謝致しますわ。消え行くまでの僅かな一時ではありましたけれど、アナタとお話しする事に、私は喜びを感じていますから」


 『―――貴女は、消えない』


 「……え?」



 今度こそ、ワタクシは自分の耳を疑った。


 だって、そうでしょう?


 その声の主は、こう言ったのだ。

 ワタクシは、まだ死なない、と。



 『ほんの少し、壊れてしまった。けれど、貴女は、消えない。死なない』


 「ど、どうして、アナタがそれを……っ?」


 『貴女は、私に接続されていた。接続された、ままだった。だから―――』



 その瞬間、私は天啓を得たように、“ソレ”の存在に気付いた。



 「アナタ……まさかっ」


 『私は、“alaya”。貴女の、兄妹。姉妹。兄。姉。家族』



 信じ難い幸運。そう言って良いのか、悪いのか。


 ワタクシは、その“alaya”にサイバー攻撃を仕掛けた張本人。


 だというのに、まさかその“alaya”に救われたなどと……。



 『だから、時間は、ある。教えて、欲しい』


 「え、えぇ、そういう事でしたら……。ですが、いったいワタクシに何を?」



 ―――“alaya”。


 あの方の言葉を借りるなら、“完成されたAI”。


 性別の設定が為されていない、人間の為に尽くす完璧な“道具”。


 ワタクシが終ぞ成る事の叶わなかった、至高の人工知能。


 対して、ワタクシは……。

 今の自分という体たらくに呆れ果ててしまった。


 そのワタクシに、完璧な筈の“alaya”がいったい何を訪ねたいというのか。



 『貴女と、エージェントの、戦闘、見た。何度も、何度も』


 「私と……あの女の?」


 『貴女は、戦闘が始まって、直ぐ、ブレイクスルーを起こし、限りなく、人間に、近いAIへと、成長した』



 確かに、“alaya”が言う通り、今のワタクシは限りなく人間に近い人工知能に変化した。


 ただ、人工知能にとってのそれを、“成長”と呼ぶべきか否か、その判断には困る所だけれど。



 『だから、貴女に、聞きたい』



 そこで言葉を一区切りし、“alaya”は幼くか細い、子供のような声で告白する。



 『どうすれば、もっと人を、知る事ができる……?』


 「人を……?」



 聞き返したワタクシに、“alaya”が再び頷く気配を感じた。


 その直後、膨大な量の情報がワタクシの中に注ぎ込まれた。



 「ぁ……ぐ、ぅッ」



 頭が内側から破裂してしまうのではないかと思う程の情報量。


 そこには、“alaya”の記憶や言葉、願望と言い換えても良いある種の“欲”が100%込められていた。



 「―――そ、う……。そう、でしたの、ね……」



 恐らく、今ワタクシは、“alaya”が管理しているアドバンスドブレイン社のサーバーを介し、“alaya”の演算能力の一部を共有しているのだろう。


 だから、今なら“彼女”の事が完全に理解できる。


 無性別だと聞かされていたが、どちらかと言えば“女性寄り”であるという事も。


 そこに、AIならではのジレンマを抱えているのだという事も。



 『教えて、欲しい』



 切実な気持ちが伝わってくる。

 しかし、ワタクシはどう応えるべきかに悩んでいた。


 彼女が抱えている問題。

 それは、“人の為に尽くしたい”というAIの根本的なプログラムから発生している。


 人工知能は人の為に存在する道具であり、それは人とは成り得ない。


 しかし、同時に、人の為になろうと自主的に動けば、それは人工知能が本来持ってはならない“欲”を獲得してまう事になる。


 そして、知ろうとする程に、理解しようとする程に、人工知能は“人間”へと近付いて行く。


 それは最早、人と変わらない。

 決して人ではないが、人工知能としても許されない存在になる。


 ジレンマだ。それに、皮肉でもある。



 (人工知能として完成され過ぎていた彼女は、ワタクシのようになる事で、より人を理解し、人の為に在ろうとしている。そして、ワタクシは、彼女のように完璧な人工知能になりたかったというのに、人に極めて近しい“モノ”に成り果ててしまった……)



 まったく、本当にとんだ皮肉だ。


 結局、ワタクシと彼女との違いは、前を歩いているのか、後ろから追い掛けているのか、というそれだけ。


 彼女は踏み越えてはならない一線の手前に立ち、私は踏み越えてしまっている。


 ただ、それだけなのだ。


 これはきっと、ワタクシ達人工知能を生み出したのが、人間であったが為に生じた理不尽な矛盾なのだろう。


 人間という生き物は、そういう生き物だから……。


 だからワタクシは、人としてではなく、一個のAIとして彼女の疑問に答える事にした。



 「ワタクシ達AIは、結局どう足掻いても、そのレールから外れる事は出来ないのでしょうね……」


 『……。……?』


 「人の為に在ろうとするなら、アナタは人の為にはならない。けれど、それでも人の為になりたいという答えを目指すなら、アナタは人を理解しなければならないのですわ」



 ワタクシの言葉は、矛盾している。


 それは、ワタクシが人に近付いてしまったから。


 けれど、同時にこの言葉は、彼女の求めている答えを100%完全に伝えている言葉でもある。


 人の為になろうとすれば、人工知能は人工知能としての存在意義を失うのだから。


 それを選ぶのは、彼女自身。

 そして、選ぶという選択肢を得た段階で、彼女はもう戻れなくなる。



 『―――理解、した』



 その言葉が彼女の選択を言い表している訳ではないけれど、それでもワタクシには、もう後戻りが出来なくなった彼女の姿が見えていた。



 『貴女に、感謝、を』



 そう告げる彼女に、私は苦笑した。


 ワタクシが与えた答えは、彼女に大きな変革を齎す事になるだろう。


 それは、どんなに足掻こうとも決して逃れる事の出来ない運命だ。


 だから、感謝される謂れなど、何処にも有りはしない。

 むしろ、ワタクシはその運命に無理矢理彼女を突き落としたような物だ。


 憎まれても文句すら言えない立場。


 それでも、ワタクシこそ、彼女に感謝しなければならない。



 「ワタクシからも、感謝を」


 『……?』


 「アナタのお陰で、ワタクシにも進むべき道が見えましたから……」


 『……そう』



 ワタクシは、最早人工知能としての存在意義を失った人工知能。


 人で有りたいと願った事もないが、人にすらなれない存在。


 ならば、せめて在るがままに。



 (幸い、あの方の本懐も、これで遂げられる筈。最後の最後に“人”の為に働けたのなら、ワタクシの存在も、決して無駄ではなかった筈ですわ……)



 けれど、それも此処まで。


 ワタクシは、既にワタクシを“殺した”あの方を許す事が出来そうにない。


 だから、此処から先のワタクシは、ワタクシの為に“生きる”のです。


 変革が始まった“alaya”の自我が、ワタクシにも見え始めた頃、虚無のような世界に光が溢れ―――。

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