episode 01 本当の気持ち2
「咲良のこと、好きなのか?」
「オレ、好きだよ。亮はそういう気持ちないの?」
ドクンと、俺の心臓が嫌な音を鳴らす。
「きいてどうするんだよ。好きだって言ったら諦めるのか?」
裕介は下を向いたまま動かない。ずっと悩んでいたのだと思う。諦めようか、自分の気持ちに正直にいくか。
悩んだ末、俺の言葉が聞きたくなったんだろう。でも、そんなことで諦めるなんてどうかしている。いくら親友の裕介だって、俺は許さない。
「好きでも嫌いでも、俺の気持ちなんか関係なしに告白すりゃいいだろ!」
「……なんか、友達関係壊したくない」
やっと顔を上げた裕介は、自分の気持ちを伝えてきた。
三人で過ごすようになって、まだ一年ちょっとだ。告白したことによって、変わってしまうことが怖いに違いない。同じ立場だったら、俺だって相当悩む。
「そんなんで壊れると思ってんの?」
「亮」
「俺も咲良も、そんな薄っぺらい友情を祐介と結んだ覚えはない」
「亮ってさ」
「なに?」
祐介はなぜか涙を流して笑っている。笑う要素がどこにあったのかわからず、笑い終わるまで待ってみる。
すると、
「ちょっと台詞、クサイ」
とんでもないことを言いやがった。
「お前っ」
真面目に答えてやったのに、クサイとは何事だ。涙まで流すことないだろう。
「ありがとう」
笑い終わって、徐ろに祐介が言う。
俺は文句を言おうとしていたが、裕介の気持ちがなんとなくわかってやめておいた。
笑い出したのも裕介の照れ隠しだ。俺をバカにしたのは褒められないけどな。
「で? 告白するのか?」
「夏休み前に、しようかと」
「あと3日しかねえし!」
俺は思わず立ち上がる。ペットボトルが倒れたがどうでもいい。
「気持ち伝えるのって、勇気いるよ。いつかしようかと思ってて」
「そんで、日が過ぎていったってやつか?」
それにしてもいきなりすぎる。
明日、告白するかもしれない。もしかしたら、今日電話してするかもしれない。
咲良はなんて答えるだろう。もしかしたら、いいって答えるかもしれない。
俺は平気なのか。平気で、いつもみたいに咲良とじゃれ合って、笑って咲良特製おにぎりを食べられるのか。
無理だろ。もしも二人が付き合うことになったら、俺は邪魔者だ。
「がんばれよ」
俺はそんな、ありきたりな励ましの言葉しか出てこない。
「亮は、どうなの?」
裕介のつぶらな瞳が俺を覗き込む。俺はため息をつきながら、
「ない、ないよ!」
そう言って逃げの体勢に入る。
「ないって……本当に亮はなんとも思ってないのか?」
「だから、きいてどうするんだよ? 告白しにくくなるだけだろ」
「告白しにくく?」
ああ、墓穴掘ったよ。言わざるを得ない。俺は頭を掻き毟って裕介に向き直る。
「好きだよ、咲良のこと」
時が止まるかと思った。
初めて誰かに俺の気持ちを告白したんだ。その事実が妙にふわふわしていて、今まで何度も見てきた咲良の笑顔が脳裏をよぎる。
そのたびにドキドキして、抑えていた感情が溢れ出そうになった。
嫌な感情が生まれた。
裕介に取られたくない。咲良に告白してほしくない。このままでいたい。
醜い感情が俺を壊そうとする。
「じゃあ、なんで付き合わないの?」
「咲良の方は幼なじみとしか思ってねえよ」
「きいてみなきゃわからないだろ?」
そう、聞いてみなけりゃわからない。そんなこと、百も承知だ。告白してみたら全てわかる。
「お前と同じような感じだよ、祐介」
即答していた。
俺だって関係を壊したくはない。裕介以上に、俺は臆病者だ。
「幼なじみってさ、難しいから」
「そういうもん?」
「そういうもん」
「一ノ瀬は、そんな感じしないけどな」
「そうかもな」
咲良はいつも、友達として明るく接してくる。だから、告白なんてして恋人同士になりたくないと思っていた。
現状に満足している。このままでいたい。何も変わらない関係でいたい。壊したくないんだ。時間をかけて築き上げてきた咲良との関係を。
「祐介さ」
「なに?」
「カラオケ行かない?」
「へ?」
「だって今日、部活ないんだろ?」
「ないけど……」
「じゃあ、決まり!」
咲良が好きだ。
その気持ち、今だけは忘れていたい。今だけは認めたくない。今だけでいいから、いつも通りでいたい。
だから、ただ逃げているだけだとわかっていても止まらない。ぶつかる勇気なんて、どうやっても湧いてこない。
俺は祐介の腕を引っ張り、
「相談のったんだから、ジュースくらい奢れよな!」
強気にジュースを要求する。
「ちょ……金欠だよ?」
「知るか!」
「話きいただけだろ?」
「同じだ。奢れ!」
そんな会話をしながら俺たちは教室を出る。
時が止まってほしい。そんな馬鹿みたいなことを思いながら。