episode 01 本当の気持ち1
咲良はいつも同じものを欲しがる。それに同じ話題を共有しようと思って必死になるんだ。
幼なじみとはいえ、もう高校生なんだからお互いに好きなものを持てばいい。女同士ってわけじゃないんだから、咲良は理乃ちゃんと女子トークすればいいと思う。
時々、咲良の存在が面倒だって思う。それでもキツく言わないのは当たり前だからだ。隣に咲良がいて、バカみたいなお喋りして、恋人でもないのに家に来たりして。全部が当たり前になってしまっているからだ。
当たり前すぎて、好きなのかどうかって気持ちもわからなくなって。幼なじみとか友達っていう当たり前なのが時々、辛くなる。そう、辛いんだ。
俺、何か変なのか? いや、むしろ普通なのかもしれない。ただ、認めたくないだけだ。
俺は咲良が――。
「つーか、祐介遅い!」
話があると言い出したのは祐介だ。部活がないから、早めに帰れると思っていたのに。俺の予定はどうしてくれるんだ。
「予定、ないけどな」
いや、それにしたって遅い。咲良に捕まると厄介だと思って、ホームルーム後に走って屋上まで来た俺の努力はどうしてくれる。
正確に言えば、屋上扉前の物置状態の踊り場だ。文化祭やら体育祭の物が雑然と置かれたここが待ち合わせ場所。すでに三十分オーバーだ。
さては咲良に捕まったな。野球部が聞いて呆れる。走り込み不足だ。
これではいつ祐介が現れるかわからない。諦めて教室に戻ろうかと思って振り向くと、息切れして手すりに掴まる祐介がいた。
「お疲れ様」
言ってから坊主頭を撫でてやる。この感触がなかなか気持ちよくて癖になる。
「また触る」
「一日一回は触っとかないとな」
「やめろー」
「疲れ切った顔で迫力ないぞ」
どれだけ走ったのかはわからないが、とにかくお疲れ様と言うしかない。しばらく待ってから話とやらを聞こう。今すぐに問い詰めて聞きたいほど、気になっているんだけどな。
「咲良に追われてたわけ?」
「鬼の形相で」
「あいつ、しつこいなぁ」
咲良が追いかける姿が目に浮かぶようだ。自分の知らない所で、俺たちが話をするのが余程嫌いなんだな。
今回は祐介にも原因があるように思うけど。咲良は結構な地獄耳だ。
「ちょっと楽しかったけど」
「は?」
「いいから、いいから。教室、もう誰もいないからそっち行こう!」
急に照れる祐介に、俺は声をかけられない。
どこかで気づいていたのだと思う。でも信じたくないというか、耳を塞いで、目を閉じて、ずっと知らない振りをしていたんだ。
咲良が違う男の隣にいるなんて考えたこともない。考えたことがないだけで、本当はありえるんだって何で気づかなかったんだろう。
咲良がいつまでも、俺の隣にいる保証なんてない。幼なじみでいる限りは――。
裕介から話があるなんて初めてのことだ。しかも改まって、咲良抜きで話したいことがあるって。裕介は真剣な目をしていた。
『もしかして、好きな人の話なんでしょー!』
咲良の言葉を思い出す。
まさか、なんて思いたい。あり得ないだろうって笑い飛ばしたい。でも、裕介はきっと本気だ。
「よかった、誰もいない」
教室前。
祐介が言って中に入っていく。続けて俺が入ろうと一歩を踏み出して、固まってしまう。と、なぜか緊張して動けない。
面接かよ! なんて心でつっこんでみるも、滑稽だ。
「どしたの?」
祐介に不審がられる。
首を傾げる裕介の向こう。窓の外は雨が降っている。薄暗い教室。律儀に自分の席に座った裕介。俺はその隣に座る。
「それで?」
一向に話そうとしない裕介を促す。話があると言っておいて、照れながら悩まれても困る。俺だって緊張するし、ささっと言って欲しい。
俺は鞄に入っていたミネラルウォーターのペットボトルを取り出す。さすがにもう温い。
「本当のこと教えて!」
「本当のことって、なんのことだよ?」
水を流し込んで喉を潤す。
夏に閉め切った教室は暑くて、緊張してないで窓くらい開ければよかったと後悔する。
「亮、きいてる?」
「きいてる」
「一ノ瀬のことでききたい」
「あいつがなに?」
わかってるくせに。
俺は自分自身、聞きたくないと拒否をする何かを必死に前に押し出す。
「女として興味ないの? 付き合う気ないの?」
何度も聞かれたことがある。一ノ瀬咲良は本当に幼なじみなのか、と。付き合うつもりはないのか。恋愛感情はないのか。どうして、どうして、と。
そんな質問が嫌いなことを裕介は知っている。それをあえて口に出したということは、隠すつもりはないということだ。