episode 01 夫婦漫才じゃない3
あのね、と前置きをして咲良は恥ずかしそうに祐介を見る。
「理乃ちゃんね、祐介くんのことが好きだって」
「ふえ!?」
反応したのは祐介だ。まさか金髪ピアスのクラスで一、二を争うほどの美少女が祐介を好きになるとは驚きだ。
いや、違う。罠だ。気づけ、祐介。
「あ?」
自分の名前が聞こえたらしい理乃ちゃんが俺たちの方を向く。
「咲良、適当なこと言うなよ」
「ごめん、理乃ちゃん。ジョークだから、ジョーク!」
「こいつのこと興味ないし、付き合うなんて論外。告白したらぶん殴る」
「…………」
咲良の軽々しいジョークで、祐介は振られたぞ。何も言っていない祐介が傷ついてるんだが、この惨状をどうしてくれる。
「理乃ちゃん、今日の予定は?」
勝手に女子トーク始めるなよ。祐介を助けてやってくれ。こう見えて豆腐メンタルだぞ。
「あたし帰宅部だし、さっき彼氏に予定あるって言われてデートキャンセルなって、涙出そうな感じ」
嘘をつくな、ギャルめ。というか、彼氏がいたのか。
「じゃあさ、クレープ食べに行こうよ。お洒落カフェ出来たの知ってる?」
「行く! カフェなんてあった?」
「それが宣伝しないで、口コミだけで人気になって……」
クレープ、お洒落なカフェ。なんだ、その気になるフレーズは。
実は俺も祐介も甘いものに目がない。しかしクレープが食べられるお店なんてあっただろうか。
二人して耳をそばだてていると、
「二人には新しいお店! 教えてやらないんだからー!」
俺の考えを読んで、そんな捨てゼリフを吐いて教室を出ていく。
祐介との内緒話が相当気に入らなかったようだ。
「もうすぐ授業始まるのに、どこに行ったんだよ」
「さあ」
祐介と話していると、
「雨宮、咲良を悲しませたんだ。あんたが連れ戻してきなよ」
金髪美少女、理乃ちゃんに怒られ気味に命令される。
なぜ俺なんだ。なぜ怒られているんだ。意味がわからない。
「わかったよ。全く、面倒なやつだな」
素直に命令を聞く従順な俺は奴隷か。自分につっこむのも悲しくなってきた。
俺は席を立って咲良を追いかける。廊下はじきに授業が始まるので誰もいない。もちろん、咲良の姿も見えない。
前を向いてもいない。後ろには教室。右には廊下が続いている。左には……。
「おお、雨宮! 授業始めるぞ」
先生が来てるじゃないか。どうするんだよ。
このまま教室に戻ったら、理乃ちゃんに殴られるかもしれない。というか、なぜ俺は理乃ちゃんに恐怖を感じているんだ。
「先生、あのさ」
「どうした?」
「どうかしたの? 亮ちゃん」
「咲良、咲良なんだけど」
「わたしが?」
先生の後ろからひょこっと顔を出したのは咲良。にこにこ笑っている。
俺の今までの焦りと恐怖を全てぶつけてやりたい。その前に、怒って出ていったんじゃなかったのか。
「なに? 亮ちゃん」
ハンドタオルで手を拭きながら、首を傾げる。
俺は思わず、
「トイレかよ!」
叫びながら咲良の頭を手のひらで殴っていた。
「いったーい! なにすんの!」
「うるさい!」
「ちょっと酷くない?」
口をふくらませる咲良。先生が俺たちの間に入る。
「なにがあったか知らないが、夫婦漫才なら家でしろ」
「夫婦漫才じゃない!」
「夫婦漫才じゃねえ!」
声が揃ってしまったではないか。恥ずかしすぎる。
「さあ、授業始めるぞ。教室に戻った、戻った」
先生に背中を押されて教室に入る。咲良はまだむくれていた。