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螺旋のように想いを告げて  作者: 和瀬きの
エピローグ
46/47

もう一つの代償




『亮ちゃん!』


 目覚めると、懐かしい声がして驚く。数秒かけて夢であると気づいた。

 いつもこうやって話しかけてきた。その呼び方はやめろと言っているのに、ちっとも聞かなくて。


 けど、俺との出会いは咲良にとって大切な思い出の一つだったんだ。だから、ずっと"亮ちゃん"と呼び続けていた気がする。

 あそこから、幼なじみは始まった。


 本当に懐かしい。呼んでくれる声はいつも優しくて、可愛くて、俺には自慢だった。俺だけ特別扱いしてくれているような、優越感があったんだ。


「亮!!」


 勢い良く開けられたドアと声に、俺は現実に引き戻される。


「いい加減に起きて! 学校、遅刻するよ!」


 まだ寝ていたい。久しぶりにあの日の咲良が夢に出たんだ。まだ余韻に浸っていたい。


「コラ! 二度寝禁止!!」

「うるさいな」

「その姿、生徒たちに見せてあげようか?」

「う……」

「おはようございます、亮」


 咲良と二人暮らしを始めたのは、付き合い始めてすぐだ。小さなアパートで、実家からは少し離れてしまったけれど毎日充実している。


「早くして。今日、会議だから準備があるの!」


 咲良は何とか就職出来た。小さな会社の事務員だが、やはりムードメーカーとなってみんなを引っ張っているみたいだ。

 それから俺は……。


「まだ信じられない。亮が高校教師とか」

「もう半年経つんだ。そろそろ慣れてくれよ」

「無理!」


 俺は大学で資格を取り、難しい試験にもパスした。高校教師を目指した理由は、やっぱり咲良との思い出を引きずっていたからかもしれない。


 地元に数週間帰ってきていたのは、教育実習という面倒なことをしに母校へ通っていた。その甲斐あってか、自分でも驚くほど似合わない高校教師になれたわけだけれど。


「遅刻は厳禁! 生徒に示しがつかないでしょ!?」


 いつになっても朝は苦手だ。

 新任だけに、朝はかなり早起きしなきゃならないのがキツイ。咲良がいなかったら、教師なんて続かなかったと思う。


 赴任先の近くにアパートを借りて、咲良の会社も電車で十五分と近い。お互いにちょうど良い環境。本当に近くて助かっている。


『亮ちゃん!』


 可愛らしい声で呼ぶ幼なじみはもういない。咲良は思い出を失ったんだ。代償として、俺に話しかけてくれたあの日の思い出を。


 迎えが来なくて不貞腐れて、雨の中にいた俺に話しかけてくれた咲良。初めて、俺を"亮ちゃん"って呼んでくれた。

 咲良にとって一番の思い出を俺なんかのために……。


「亮! 朝ごはん!!」


 だから、告白した日から"亮ちゃん"と呼ぶことはなくなった。それはとても悲しいことで、夢に見るほど求めることだってある。


「もう、二度寝禁止だってば!」


 それでも思うんだ。あの日に代償として咲良は思い出を奪われたけど、俺はそれが悪いことだと思わない。


「どうしたの、亮?」


 幼なじみだった俺たちは終わったんだ。これからは恋人としての俺たちだって思えば、そう悪いことじゃない。

 確か姫巫女は天使と言いたくなるとか言っていた。あながち嘘でもない。当たっていることが腹立たしい。


 周りのみんなは、咲良の呼び方が変わったのは付き合い始めたからだと勘違いしているみたいだ。説明出来ないし、ちょうどよかったが。


「そうだ。今日の夜」

「わかってる。仕事早く終わらせる努力するから。亮も遅れないでね」

「ああ」


 高校は夏休み三日前。

 俺は決意をしたんだ。安い給料だけど、買った指輪を渡したいと思った。もう後悔はしたくないから。


 約束通り、咲良と結婚したい。


「亮。調子悪い?」


 顔を覗き込む咲良に、不意打ちのキスをする。驚いて顔を真っ赤にするところが可愛らしい。


「は、早く起きてよ! お弁当出来てるよ!」

「今日のメニューは?」

「おにぎりの中身はお楽しみってことで。早く、着替え!」


 今日、伝えなくても明日がある。明日が駄目でも一週間後、一年後。永遠に未来が先にある。

 そう思っていた俺は本当に馬鹿だ。


 あの事故で、咲良に想いを伝えるチャンスは巡ってこなかった。明日があると思っていたから。


「咲良、好きだ」

「なに言ってるのよ」

「咲良は?」

「……す、好きに決まってるでしょ」


 想いはちゃんと伝えたい。俺を幸せにしてくれた咲良にお返ししたい。


 だって俺の幸せは咲良がいなければ出来ない。咲良も幸せになれるはず。咲良の願い、無駄にはしない。


「なあ、咲良」

「え?」


 キッチンに戻ろうとする咲良の腕を引っ張る。

 引き寄せた体が温かくて、柔らかくて、とても安心する。びっくりするその瞳も、何かを言おうとする唇も、赤らんでいく頬も、俺が愛している咲良だ。


「亮っ」

「好きだ、咲良」


 優しく唇に触れると、咲良はゆっくり目を閉じた。


 螺旋のような人生でも、その手が離れそうになっても。見失わないように、迷わないように、この気持ちを精一杯ぶつけたい。


 好きだ、愛している。その一言で幸せになれるなら。こんなに嬉しいことはない。




 一緒に見に行こう。螺旋の先にある幸せってやつを――。




最後まで読んでいただきありがとうございます。まさか一ヶ月もしないうちに完結出来るとは思いませんでした。

全46部。物語としては亮を中心に、他キャラクターにもちょっと目線を向けながら進めました。


ここからネタバレしちゃうので、本編を読んでいない方はご注意ください。


実はこちら、かなり前に五千文字程度の短編として考えたものです。はっきり言ってバッドエンドです。それが許せなくて今作が出来たわけですが。

亮が咲良と"契約"して終わるパターンもありました。でも、人って絶対に言わないと決意していても難しいことってあります。二人が八十過ぎのお年寄りになっても黙っているなんて、さすがに出来ないと思いました。それに、単純に結婚で終わらせるのも嫌だなぁと。

あの姫巫女が相手で、それはさすがに許さないだろうという考えで今回のようなラストになりました。


ところで姫巫女ですが、まだ非公開ものを含めてちょいちょい別作品に出てくるんです。同一人物なんですが、そういう繋がりを勝手に書きながら楽しんでます。


書いたわたしの感想としては、書いてよかったです。まだ一人称にはなれていないわたしですが、これからもっと勉強したいと思っています。


最後に。あらすじにも書きました。

「昨日があったように今日がやってきて、今日みたいに退屈な明日がまた来るものだと思っていた。そう。ほとんどの人はそうやって、いつも通りの明日を迎えると思っている。」

わたしが書きたかったテーマは全てこの部分です。少しでも何かを感じていただけたら幸いです。

最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございます。

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