episode 05 姫巫女との契約1
時が止まった。
俺はその瞬間を待っていたらしい。驚きもせず、慌てもしない。目の前で固まった状態の咲良から目をそらし、立ち上がる。
「久しぶりだな、姫巫女」
「お主からの挑戦状を受け取った」
教壇の上に座る女の子、姫巫女を見つけた。彼女は何も変わらない。夜桜が描かれた青い袴の巫女服に、青い髪に、冷めた瞳。幼い顔立ちもそのままだ。
不老不死なのか、生きる時間が違うのか、とにかく姫巫女は俺の知る世界とは別の何者からしい。
恐ろしくて詳しいことは聞く気にはなれないけれど。
「彼女が大切なのだろう。なぜ、このような危険を冒す?」
「大切だからだ」
「わからぬな。詳しく話してみよ」
よく見れば、花火も一つの筋を引いている途中で止まっている。大輪の花が咲く直前だ。
「諦めたわけじゃない。きいていたんだろ? これは契約だ」
俺は咲良の前に置いたそれを指さす。婚姻届だ。
「咲良を死なせたくはない。でも幸せにしてやりたい。だから、あんたの真似をしたんだ」
「ほう。して、代償は?」
「同じだ。想いを告げない。どんなに寂しくても、咲良に言うつもりはない」
最初に辛い選択をしたのは俺だ。それを咲良に強要していたことも確か。
冷たくしたり、離れたり、困らせたりと、咲良を俺の螺旋に巻き込んだ。だから、出来れば咲良だけは守りたい。
「馬鹿なことを考える」
「馬鹿なりに導き出した答えだ」
「不合格、だ」
「――え」
不合格。
その言葉に、俺は咲良の死を覚悟した。姫巫女が作り出したルールだ。もしも、違反するようなことがあれば罰を受ける。
俺は敗北したんだ。
「彼女は知っていたようだの。お主からの愛情を」
姫巫女はゆっくりと歩き、咲良の横で止まる。俺から目線をそらすことなく、自分の唇に手をやる。
「軽率な行動だったな。お主のキスによって、一ノ瀬咲良はなにかに勘づいたようだ」
「なにかって?」
「理解出来ぬ雨宮亮の行動」
言い返すことが出来ない。全て姫巫女が正しいのだから。
「頭がいい娘よ。雨宮亮の想いを彼女は知っている。好きだからこそ離れていく。その心理にたどり着いたのだから」
「でも、好きだなんて一言も……」
「今は言わない理由を探しているようであったぞ。このまま関係が続けば、いずれ綻びが見えてくる。ただ黙っておればいいという状態ではなかったのだ。よい機会だったとも言えよう」
「……クソ」
終わった。俺の計画は全て消えた。
咲良の命も、俺の想いも、何もかも螺旋にのみ込まれてしまう。
「それにお主の広げた契約書。婚姻届というのか。これは想いを告げたということになると、考えなかったのか?」
「考えたさ。でも、これはあくまで契約。就職の最終面接みたいなもんだ」
「屁理屈だな」
駄目だった。そう思うと怒りがこみ上げてきて、どうにもならない。感情のセーブが出来ない。
姫巫女を殺したいとさえ、思っていた。




