episode 05 思い出眠る場所で2
咲良は真っ直ぐに見つめてきて、頷いた。やはり、オイル時計のことははっきりと覚えているんだ。
少し恥ずかしい気もする。でもあの日があったからこそ、俺は一つの答えを導き出すことが出来た。
咲良には本当に感謝している。
「咲良。気持ちをきかせてくれないか?」
「気持ち?」
「俺のこと、どう思ってる?」
「……え。わたし、は……」
目に見えて赤くなったり、困ったり、怒ったり、照れたり、言葉を探す咲良の百面相が続いたかと思うと、急に真面目な顔で俺を見る。
「高校で……昨日まで優しかった亮ちゃんが急に素っ気ない態度になって。冷たくなって。嫌われたんだと思ってた」
「……悪かった」
咲良は思い出すことが嫌だったみたいだ。高校時代を思い出しながら泣き、怒った目を向けてくる。
「おかしいって思ってても、きけなくて。わたし寂しくなって。そんな時に、祐介くんが傍にいてくれた」
「ごめん」
「卒業したら大学は遠くて電話しても出てくれなくて」
「……うん」
「祐介くんにも悪いことしたなって。本当に、辛い思いさせたの」
多分、二回の告白のことを言っている。
明るく振る舞って、嫌わずにずっと親友でいてくれる祐介。振られたのに、俺の心配ばかりしていた。本当に真面目で優しい奴。
祐介まで悲しませてしまった俺は大馬鹿者だ。
「わからなくなったのは大学の時。わたしが亮ちゃんに会いに行った時」
「ああ、あの時?」
「……キス。訳がわからなかったよ」
「……ごめ……ん!?」
俺は驚いて後ずさった。そこにあった机や椅子がガタガタと音を立てながら倒れる。
訳がわからないのはこっちだ。
「亮ちゃん、落ち着いて」
血圧が上がる。寒いはずなのに、暑くてコートを脱ぎたくなる。
整理出来ない。頭が追いつかない。
「さ、さく、ら。知って? 気づいて……」
「うん」
「な……っ」
「そんなに驚かなくてもいいじゃない」
「あ……あ……」
驚くだろう。つまり、咲良は寝ているふりをしていただけ。寝ていると思って俺はとんでもないことをしてしまった。
いや、とにかく落ち着くんだ。
いつの間にか泣き止んでいた咲良が、今度は笑いながら俺の反応を窺う。
「だからね。変だって思ったの」
「ずっと知ってて、黙ってたのか?」
「言っちゃいけない気がしたから」
俺は倒れた机や椅子を直してから、改めて座る。
静寂を打ち消すような花火。
微妙な間のあとで、咲良は自分の指を見つめながら聞いた。
「どう思ってるか、だったよね」
「あ、ああ」
俺は深呼吸を繰り返し、落ち着いたところで咲良を見る。
真っ直ぐな瞳は優しい。そして強い想いが滲み出るように涙が零れる。
「好きだよ。亮ちゃんに出会った時からずっと好きでした。今でもそれは変わらない」
咲良の告白。
咲良の勇気に俺も後押しされる。意を決して咲良に向き直る。その肩に手を置き目を見つめると、咲良の顔が赤らんでいった。
「オイル時計見せてくれた時。あの時に言っていた螺旋、覚えているか?」
「うん、はっきりと」
俺は胸ポケットに手を入れた。しまっておいたそれを取り出そうと悪戦苦闘していると、咲良が急に立ち上がる。
「ちょっと! 銃殺!?」
「違うわ!!」
少しはシリアスな感じで進行させてくれ。言いたいことが抜け落ちそうだ。こっちが驚いた。
でも、お陰で緊張がとけた。
咲良が座り直すのを確認してから、また話し始める。
「お前は俺に教えてくれた。あの日の螺旋に助けられた。だから、約束を守りたい」
咲良はぽかんとした表情で首を傾げる。
静かな教室に花火の音だけが響き、急かすようだ。
夜空を彩る花火は、咲良の顔も明るく照らす。綺麗な瞳から目が離せない。
「俺と契約してくれないか?」
死なせたくない。
俺は恐怖で潰されそうになる気持ちを必死に抑え、胸ポケットから手を抜いた。
咲良の前に、それを広げる。
一瞬にして、その表情が変わった。




