episode 05 その手は離さない2
世間で盛り上がるのはクリスマスイヴの方。どうしてそうなってしまったのか、俺にはよくわからない。
俺はクリスマス当日の方が好きだと、理由を説明したら咲良に笑われたけど。
『前夜祭なんかより当日の方が店は空いてるし、時には安くケーキが食べられるんだぞ』
食いしん坊だなんて笑われた。でも咲良にも、同じようにクリスマス当日を好きにさせてやる。それが今日の目的。
咲良へ思い出のプレゼント。
俺はしばらく地元でクリスマスを過ごしていなかった。だから、流行りの場所やイルミネーションが綺麗なスポットなんてわからない。
事前に母さんに聞いたら、駅前がすごいという話だ。ただ、あまり人混みのある場所には行きたくない。
特に今日は花火があるから、どこへ行っても人だらけ。特に会場の河川敷は話が出来る雰囲気じゃない。
「そうだ」
俺が急に方向転換をしたので、咲良が転びそうになった。慌てて引っ張りあげる。
「亮ちゃん!」
「しっかりついてこいよ」
「うん。なんかさ、亮ちゃん。その……なんていうのかな。男みたい」
「俺はずっと男だ!」
失礼な奴だと睨むと、咲良は頬を赤くしている。少し寒かったかなと後悔していると、小さな声が聞こえた。
「え? なに?」
「ねえ、そろそろ手離してくれない?」
「別にいいだろ」
「……いいけど」
照れているから赤くなっていたみたいだ。恥ずかしそうにする咲良を目にする日が来るなんて、ちょっと癖になりそうだ。
「どこに行くの?」
「咲良も知っているところ」
俺は気持ちを落ち着かせるために深呼吸する。
「そういえば咲良、就職は?」
世間話のつもりで話題をふれば、俯いて暗い顔をする。
「なるほど」
全て理解した俺が呟けば、咲良はムッとして顔を上げる。
「頑張ってるんだよ? ただね、一ノ瀬咲良の魅力わかってくれる企業が……っ」
「ランク上げすぎなんだろ」
咲良は言葉を失い、力なく俺についてくる。握った手にも力がない。
「亮ちゃんは?」
「とっくに決まってるよ」
「余裕だね。ムカつくくらいに」
ぶーっと膨れっ面をする咲良。
「祐介の方は?」
「……決まってるよ」
まさか祐介にも置いていかれるとは。ちょっと可哀想になってきた。
「ランク上げすぎ……か」
やっぱり咲良は気にしている。
「高校でも大学でも、背伸びして入ったら後が大変だろ?」
「勉強についていくってところ?」
「そう。就職も同じだ。背伸びしてることくらい、企業のおっさん達にはわかるんだよ」
「えー!」
咲良はまた項垂れる。俺はそれを笑い飛ばすと、さすがにショックだったみたいだ。
「亮ちゃんは、どこに就職したの?」
「今は秘密」
「ケチ」
すっかり暗くなり、街灯が壊れたままの通りを歩く。商店街からは随分離れ、懐かしい坂道へと足を踏み入れる。
「あれ?」
咲良も気づいたようだ。ここが俺の実家に近いこと。よく、一緒に登校した通学路であること。
「行きたいところって、もしかして……」
「気づいたか?」
「嬉しい! というか、懐かしい! あそこ、よく一緒にジュース買った自販機! いつもイルミネーション綺麗だったお家、まだあるのかな?」
「いきなりはしゃぐな」
「落ち着いてらんない!」
あちこち指をさしては、あの時はこうだったとか。あっちで何があったとか話し始める。
繋いだ手に力が入り、いつの間にか咲良の方が先に歩く始末。相変わらず、自分の感情のままに動く。
「でも、入れるの?」
「まあ、行ってみる価値はあるだろ」
突如、ふいてきた風が肌を刺す。真っ白な桜の花びらが俺の顔にあたる。
驚いて立ち止まりそうになる足を無理やり進め、桜の警告を俺は見ないことにした。
知っているから。これから俺がやろうとしていることは、とんでもない賭けだ。
禁を破るようなことになるかもしれない。それでも、俺は終わらせるために決意したんだ。
「――螺旋」
桜が上空に舞い上がり、風がやんだ。奇妙なほどに、辺りは静かになる。
「行こう、咲良」
「……うん」
俺は絶対にこの手を離さない。失いたくはない。でも、このまま終わるのは嫌だ。




