episode 05 その手は離さない1
「祐介のこと、知ってたのか?」
カフェから離れ、馴染みある商店街を抜ける。ふと思い出して咲良に問いかければ、ニヤニヤしている。知っていて黙っていたみたいだ。
祐介は今、多分あのカフェで彼女を待っているはず。修羅場にならなければいいなと願いつつ、俺は楽しそうな咲良の横顔を窺う。
「祐介くんに口止めされてたんだもん。仕方ないでしょ」
「俺だけ知らなかったのか」
祐介が電話していた相手は理乃ちゃんだった。
クリスマスに彼女を誘わないのはどうなんだと、怒られたと言う。
それ以前に理乃と呼び捨てる、繋がりのあまりない二人が電話で話していると、俺は大混乱だった。
まさか恋人の関係になっていたなんて思いもよらない。
「いつからなんだ?」
「最近。理乃ちゃんが告白したの」
「……は?」
待てよ。聞き間違いか? 高校の時、告白したらぶん殴るとか祐介に言っていたはず。
最近は確かに落ち着いていた。ただ、決定的だったのはあの日だろう。元彼と言い争った時に、助けてくれたのが祐介だった。
あのラーメン屋でのことは二人には内緒なのだが、祐介と理乃ちゃんが深い仲になったきっかけは、多分間違いなくそこだ。
「なに、一人で納得してるの。もっと驚くかと思ってたのに」
「……驚いてるって」
「本当かなぁ」
賑やかな商店街の角。あっという間に暗くなってしまった空を見上げれば、見事な星空。
寒いだろうと思って買った自販機のコーンポタージュ。熱すぎて持てないから、咲良のコートに忍ばせる。
「ありがとう」
そう言って手を突っ込んだが、やっぱり熱かったみたいだ。
「で、理乃ちゃんが告白?」
「……うん。わたしも初めてきいた。理乃ちゃんが告白したなんて、本当にびっくりしたんだよ」
「そんなにか?」
「好きって気持ちがわからなかったんだと思う。告白してきたら付き合う。理乃ちゃんの恋愛はそんな感じだったよ」
咲良は首を傾げる仕草をする。何か腑に落ちないものがあるようだ。
「理乃ちゃんはずっと元彼のことを引きずってて。わたしがどんなに言ってもきいてくれなかったの」
ちょっとしか見えなかったが、あの最悪な男のことを本当に好きだったのか。いや、好きというよりも……好きだと思い込んでいた。
「それが変わったのは多分、わたしが家に招いた日。それと、元彼とちゃんと別れられた日かな」
「別れた日……」
「話を真剣にきいてくれて、バカみたいなアドバイスにありがとうって言ってくれた人がいる」
「え?」
「理乃ちゃん、嬉しそうに言ってた。最後まで誰だか教えてくれなかったけど。すごい勇気貰って、だから元彼に言いたいこと言えてスッキリ別れられたって」
俺のことなのか? そんな理乃ちゃんのことなんて知らず、ただ話を聞いていただけだった。
そんなことで、俺は理乃ちゃんを救ったのか? 失うばかりだと思っていたのに、俺は誰かを幸せに出来た。
出来るんだ、こんな俺でも……。
「別れる時にトラブルになって、その時に祐介くんが守ってくれたんだよ」
「で、付き合うことになったのか」
「二人の間に挟まれて大変だったんだから。お互い好きなんだから、さっさと告白すればいいのにって思ってたんだよ」
「よく我慢したな。お前なら言っちゃいそうだけどな」
「もう大人ですからねー」
苦しくて悶えている姿が目に見えるようだ。
「最初さ、二人ともわたしの友達って言ったらお互い驚くし、同じクラスだったって言ったらもっとびっくりしちゃって」
そうだろうな。祐介のことを理乃ちゃんが覚えているとは思えない。理乃ちゃんの見た目もだいぶ違っていたからな。そうなって当然だ。
「でもさ、祐介くんが彼氏なら。わたしはすごく安心」
「……そうだな」
祐介が彼氏なら安心。
何度もそう思ったことがある。祐介が咲良の彼氏だったら、俺は安心出来ると思い込むことに必死だったんだ。
「嬉しかったけど、寂しくなっちゃったの。なんとかしてよ、亮ちゃん」
「なんだよ、それ」
「だって、二人の邪魔出来ないでしょ? 一緒に遊ぶほど図々しくはないよ」
「俺の家で飯を食うのは図々しくないか?」
「それは別腹みたいなもんでしょ」
「違うだろ」
わからないもんだな。高校の時の関係性を見たら、二人が付き合うことになるなんて思わない。しかも、俺がちょっとだけ絡んでるとか、自慢してもいいだろ。
「ねえ、亮ちゃん」
やっと冷めてきたコーンポタージュをカイロ代わりにしている咲良が見上げてきた。
「どこ行くの? もう、帰る?」
まさか。これはチャンスだ。逃すわけにはいかない。いや、そもそも最初から二人になるのが目的だった。
二人きりで話がしたい。
「行きたい所があるんだ」
俺は咲良の手を取って歩き出す。
「亮ちゃん……っ」
戸惑う咲良の声。いつもと違う声音で、緊張のせいかその手を離しそうになってしまう。伝わってくる温もりが肌を刺激する。
泣きそうなくらい嬉しい。咲良がそばにいる。こうして触れられる。
やっと歩き出せる。ここから、俺は始める。
理乃ちゃんに勇気を与えたように、祐介が挑戦し続けたように、どんなに寂しくても待ち続けた咲良のように、俺だって逃げずに進むんだ。
そして、本当の幸せを手に入れる。




