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episode 05 あたたかい気持ち




 帰る日を改めて咲良に連絡したのは、十二月始め。

 その直後、五分もしないうちに母さんから連絡があった。せっかくだからクリスマスパーティーをする、と。めちゃくちゃノリノリで人の話も聞かないで電話を切る始末だ。


 昼ちょうどにパーティーは始まった。


 母さんのおかげか、俺たち三人は久しぶりに揃った。気まずさがあるんじゃないかと警戒したが、咲良持ち前の明るさが場を和ませる。心から楽しいパーティーが出来た。

 ありったけの咲良特製おにぎりには、本当に爆弾並みに驚いたけど。


 パーティーが終盤に入った頃、爆弾おにぎりにやられた俺はぐったりしていた。すると母さんからの手伝えという命令。

 久しぶりに帰ってきた息子を使うのか。いや、関係ないのか。それでこそ母さんだ。


 俺は咲良と祐介をリビングに残し、キッチンに移動する。食器を洗う母さんの横で皿を拭いてしまっていく。しばらく無言で作業していたが、母さんがくすくす笑いながら話しかけてきた。


「ほんと、背が伸びたね。そりゃあそうだよね、成人したんだし」

「もしかして、成人式に来なかったこと怒ってる?」

「……怒るっていうか、ちょっと寂しかったかな。でも、亮には亮の考えがあるんだろうし」


 母さんは寂しいとか言っていたが笑顔だ。昔のことはあまり引きずらないタイプだし、顔に出ないからわからないけど。


「ま。今度、一緒に写真撮るから」

「今更、母さんと写真かよ」

「思い出を作らせなさいよ」


 思い出か。咲良もよくそんなことを言っていた。女っていうのは、そういうもんなのかな。


「ねえ、亮。昔はスカートめくりなんてして面倒な子供だったけど」

「いつの話だよ。もう忘れてくれ」

「ふふ、子供のことはいつまでも覚えてるもんよ。とにかく」


 母さんは洗う手を止める。つられて俺も皿を持ったまま母さんを見た。

 水の流れる音が響くくらいに、一瞬静かになって緊張する。


「亮はまだ三ヶ月。一歳にもなっていなかった」


 何の話だろうと考えて、俺が今まで知らなかった離婚のことだとわかる。俺はききもしなかったし、母さんも喋ろうとしなかった。お互いにいい話でないことがわかっていたから。


 それを今になって話すなんて、母さんの心が少しは癒えたと思ってもいいんだろうか。


「幼い子供だからと言って勝手に離婚を決めたこと、本当に申し訳ないって思ってる」

「いいよ。覚えてないし、何不自由なく育ててくれたことには感謝してる。大学にも通わせてくれて」

「ううん、違うの。だから家族っていうものをちゃんと教えてあげられなかった。父親がいて、母親がいて、子供がいて。そういう温かい家庭を教えたかったのにね」


 思えば、今でも父親という存在は苦手だ。そうか。俺は父親を知らないから、わからないんだ。

 でも、それでも不幸せに感じることがなかったのは咲良のお陰かもしれない。咲良の家の温かい家庭を知っていたから。


 母さんは再び皿を洗い始める。さっきよりもスピードが落ちているのは気のせいじゃない。

 きっと、離婚したその日から悩んでいたんだろう。俺を想ってくれていること、ずっと知っていたから。だから、母さんの気持ち、何となく感じる。


「温かい家庭、知ってるよ。心配しなくても、ウチは温かい家庭だよ」

「ありがとう」


 ちょっと恥ずかしい。帰って早々にドキドキするとは思わなかった。


「ずっと先のことかもしれないけど、父親になることを怖がらないで。好きな子と一緒になるのを避けちゃダメ」


 母さんはついに洗うのをやめてしまった。手を拭いて後ろの椅子に座る。俺は作業を続けた。


「亮は後悔してる。損してる」

「え?」

「勝手に大学決めて、咲良ちゃんたちを避けてたでしょ。わかるんだからね!」


 やっぱりわかっていたんだ。それをあえて言わなかったのは、優しさだったのかもしれない。


「咲良ちゃんや祐介くんのこと、好きなんでしょ?」

「そりゃあ」

「だったら大切にしなさい。まあ、言われるまでもないんだろうけど」


 俺は手を止めて母さんを振り向く。思い出すかのように、目を閉じていた。


「不安だった。大学に行って、このまま咲良ちゃんたちと疎遠になるんじゃないかってね。亮が一人ぼっちになるんじゃないかって」

「友達いるよ。大学でも一人じゃない」

「うん、わかってる」


 母さんは目を開けて、急に俺の前まで歩いてきた。何をされるのかと警戒する。


「母さんは亮が幸せになってくれたら、本当に救われるの。心から安心出来るの」

「え?」

「だからね、コレ」


 いつから用意していたのか、押し付けられた紙を見る。それは何かの広告だ。


「花火大会?」

「そう。クリスマスイベントだって。咲良ちゃん誘って行きなさいよ」

「おい、さっきまでの離婚の話はどこいった!」

「……前菜的な?」

「的なって言うな!」

「それはまたいつかしてあげるから。楽しみに取っておきなさい」

「楽しみにする内容じゃねえだろ!」

「相変わらず怒りっぽいんだから」


 相変わらずって言うなら、突拍子もないことを笑顔で言う母さんのことだよ。


「花火か」


 これまであったたくさんのイベント。結局、咲良と楽しむことはなかった。大学での思い出、何一つ作ってやれなかった。

 ギリギリだけど。この花火大会、思い出になるかもしれないな。なったら、嬉しい。


「ありがとう、母さん」


 決めた。この花火が儚く散るのか、満開に咲きほこるのか。どちらにしろ、俺はこの瞬間を大切にする。




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