episode 05 ただいま、ありがとう
「亮ちゃーん!」
午前十一時。改札を抜けると、すぐに咲良の声がして俺は手を振る。咲良もすぐに駆け寄ってきた。
「来たな」
「え? わたしなんか汚れてる?」
「……きたなの変換間違いだ。お前はどんだけ昔のガラケーなんだ」
「えー。スマホが優秀とは限らないじゃない」
「いや、優秀だ」
「ガラケーちゃんだって使えるんだから、責めないでよ」
「咲良。お前は携帯の話をしに来たのか?」
変わらないやり取り。
いい加減、コンビ組んでデビューしたくなるほどに慣れてきた。でも、こうやってボケたりツッコミしたりするのは久しぶりか。
もう何ヶ月かで大学卒業。そんなクリスマスの日。俺が地元に帰ると聞いて駅に迎えに来た咲良。
寒い中をどれだけ待っていたのか、鼻が赤くなっている。
「で? 祐介のやつは?」
咲良と同じく、迎えに行くと張り切っていたはずの祐介の姿がない。
「祐介くん、知ってる? 髪の毛!」
「え? 丸坊主か?」
「それは高校の時でしょ」
確かにそうだ。内緒で地元に帰って見かけた時は、キャップを被っていて髪型なんてわからなかった。
電話はしていたけど、男同士で写真のやり取りなんてしないからな。どうなっているかなんてわからない。
咲良もロングストレートヘアで、女らしくなっていたんだ。祐介もストレートか。茶髪か。それともパーマかけてるのか。
「頭に焼きそばのっけてるの!」
「は?」
「だから焼きそば」
「焼きそばってなんだよ」
「見たらわかるから!」
咲良は黒いコートを着ていて、夏に会った時よりも大人っぽく見える。でも喋り方や内容は、本当に子供。
「じゃあ、行こうか」
「待て。俺は焼きそばの話しかきいてない。祐介はどうした?」
「髪の毛のセットに時間かかって遅刻。先に亮ちゃんの家行っちゃお!」
ますます祐介の髪型が気になる。そんなに時間がかかるとは、物凄く伸ばしたのか。
「知らせなくていいのかよ」
「大丈夫、大丈夫! 祐介くんなら、ちゃんとたどり着けるから」
駅で俺たちを捜す祐介の姿が目に見えるようだ。そうならなきゃいいんだけどな。
久しぶりの我が家は何一つ変わっていない。庭にある木も、草も、道具の置き場所まで同じ。ただ、冬の姿になっているだけだ。
離婚する時に手に入れた一軒家みたいだけど。俺はあまり覚えていない。けど、母さんにとっては思い出の場所だって聞いた。
母子家庭で一軒家とか、ますます再婚出来ないだろうに。する気もないみたいだし、付き合うのも嫌みたいだけど。
咲良が一歩後ろからついてくる。
連絡はしているし、大丈夫だと思ってドアを開ける。鍵がかかっていない。無用心だ。
「メリークリスマス! 亮!!」
「うおっ!?」
まさかの破裂音に、俺は咲良を押して後ずさる。お陰で咲良は尻餅をついた。悪いとは思うが、そんなのに構っていられない。
「襲撃か!」
「歓迎のクラッカーを襲撃って、家の中から襲撃はないだろ。さすが亮」
落ち着いて中を見れば母さん。そして祐介がクラッカーを構えて笑っている。
大歓迎のクラッカーだったのか。命の危機を感じたぞ。心臓に悪い。
しかし祐介がここにいるということは、最初から迎えに来るのは咲良だけだったんだな。謀られた。
「あー、亮。機嫌悪くなった?」
「ならねえよ、焼きそば!」
祐介。電話で話して以来。地元に帰った時は遠目だったから、本当に久しぶり。気づかないうちに身長が高くなった気がする。前は同じくらいだった。
「……焼きそば」
うっかり焼きそばと言ってしまったけれど、気にしているみたいで落ち込んでしまった。
「焼きそば言うな! ドレッドヘアだってば!!」
言い張る祐介だけど、やはり焼きそば。似合っていないわけではない。祐介だから、焼きそばって言いたくなる。それは親友だから。
「言ったの咲良ちゃんだろ!」
その咲良は、まだ尻餅をついて痛がっている。
「咲良のこと、忘れてた」
「ちょっと感じ悪くなった?」
「驚かす計画した罰だ。しっかり受け止めろ」
「亮ちゃんの尻はでかすぎて受け止められません!」
「スレンダーな俺になにを言う!」
「どうだか」
咲良の手を取ると、嬉しそうに立ち上がる。
俺と咲良と祐介。三人、顔を見合わせて笑った。
「え、焼きそば必要だった? ごめん、準備してない」
まさかの母さんが空気を壊す。
「おばさん……」
項垂れた祐介に、俺たちは笑いが止まらなくなった。嬉しくて、楽しくて、高校の時に戻ったみたいで、すごく懐かしい。
やっと元に戻れた。そんなふうに思えて、ほっとした。
「そうだ、忘れてた」
「え?」
咲良が俺の正面に回り込む。
「お帰り、亮ちゃん!」
「……ただいま」
待っていてくれて、ありがとう。咲良。




