episode 04 本当に好きな人
地元に帰れば悲しさを思い出して、辛くなるだけだと思っていた。意外にも勇気を貰い、本当に意外な彼女から優しさを感じた。収穫のある一日になった。
「ありがとうございました」
気分良くラーメン屋から出ると、辺りが騒然としていた。さっきとはまるで違う雰囲気に思わず足を止める。
繁華街をバックに小さな人だかり。でも関わりたくないからと、すぐに去っていく人の波。
「ちょっと、あんた。もういいから! あたしが嘘をついたせいなんだから」
歩いている人が振り返るほどの大声。姿は見えない。でも、あの声は理乃ちゃんだ。俺の足は自然と声を探すように歩き出していた。
「そう、理乃は嘘をついた。妊娠してるって、最悪な嘘をな!」
それはすぐに見つかった。
言い争いをしている相手は、体格のいい男。背が高い。言葉から察するに元彼みたいだ。多分、指輪の相手。
一番驚いたのは助けに入ったと思われる人物の姿。俺はそれを見て咄嗟に建物の陰に隠れる。
なぜなら、祐介だったからだ。
キャップを被り、ラフな恰好をして、野球が好きそうな雰囲気がそのまま。何も変わっていない。
理乃ちゃんを隠すように立つ祐介。殴られたのか、唇に血が滲んでいる。
「ああ、なるほど。つまり彼女は妊娠したと嘘をついてお前を試した。結果、逃げ出した。でも、それが嘘だってわかって仕返ししようと思ったわけか」
男が押し黙った。図星だったみたいで、すぐに殴りかかろうとする。単純すぎる。
「待って!」
理乃ちゃんが祐介を声で制止し、必死に男の手を止める。
どう見てもいい関係ではない。男はまるで理乃ちゃんを蔑むように見下ろしている。理乃ちゃんは掴んだ手を震わせて抵抗している。
あれは多分、恐怖だ。理乃ちゃんの強気な言葉も、声が出せたのが不思議なくらいに怖がっている。
「お願い、やめて」
男はそんな理乃ちゃんを突き飛ばす。それを支えた祐介は怯むことなく、また立ち上がる。
そうしている間にも俺は混乱していた。さっきまで話していた咲良の友達の理乃ちゃん。そして祐介は俺と咲良の共通の友達。
知り合いがこんな所で揃うなんて、予想出来ない展開だ。
「あなた、誰だか知らないけど。お願い、彼を責めないで」
「でもっ」
「こんな奴でもあたしは好きだったんだよ。今でも、バカみたいに好きなんだよ! でもね、嘘をついたことは後悔してない。悪いとも思ってない」
はっきりと理乃ちゃんは言い放つ。男が怯んだように見えた。
「友達があたしを救ってくれた。家に招いてくれて本当の家族を教えてくれた。あたしが知らなかった温かい家族を!」
「なんの話だ、理乃」
「咲良の家は幸せそのものだった。あたしも幸せになってみたいと思ったんだ。だから、あたしはあんたを試して気持ちを確かめてみた。散々な結果だったけどね」
理乃ちゃんの声はいつの間にか涙声になっていた。それでも、さっきまでの恐怖が嘘みたいに消えている。
「それに、会うたびに幼なじみのことばっかり赤い顔して話してくれる。あたしは、そこまで好きになったことないんだ。人に話したくなるくらい愛した奴なんていなかった! 好きになったような気になっていただけ。あたしは、ずっと嘘をついていたんだよ!」
急に恥ずかしくなる。
咲良が毎日、俺のことを話していた? そう。確か、祐介もそんなことを言っていた。まさかとは思っていたが、本当だったんだな。
誰にでも恥ずかしがることなく言うなんて、咲良らしい。
「同罪ってことだな」
「え?」
「見た目が可愛けりゃ自慢出来る。上手く懐けば好きに出来る女。それが理乃だった。好きではなかったよ。ただのアクセサリーだったんだからな」
特に何の感情も抱いていない。男の冷たい目がそれをあらわしている。
突如、周囲が騒がしくなる。誰かが呼んだ警察が来たみたいだ。
「俺のアクセサリーは壊れた。だったら捨てるしかないだろ。世の中にアクセサリーは沢山あるんだからな!」
理乃ちゃんは俯いたまま動かない。そんな彼女に男は舌打ちをしてから去っていく。
終わったみたいだ。何だか俺の知らないうちに事が起こり、解決したみたいだ。
まるであの現場にいたみたいに疲れた。理乃ちゃんが無事でよかった。祐介にも何もなくてよかった。
「祐介くん! やっと見つけたよ。パンツ忘れたよ?」
そんな中、空気を読まないで場に現れた女。間の抜けた声で祐介の隣に立つ。咲良だ。
空気を読めよ。何だよ、パンツって。この緊張した雰囲気が一気に壊れたぞ。もう終わったし、壊れてもいいんだけど。何だか納得いかない。
「え、理乃ちゃんじゃない。なんで祐介くんと一緒? ちょ、泣いてる? 祐介くん! なんで理乃ちゃんを泣かせてるの!! 最低!!」
「ちょ、違う……オレは、あの。というか、理乃ちゃんって。え? あれ? 咲良ちゃんの友達……っ」
「いいから、説明! 逃げるな、祐介!!」
「咲良ちゃん、怖いって。しかも呼び捨て」
相変わらずの咲良。慌てる祐介もそのままだ。変わらないことにほっとするのは、変なのかもしれない。
「咲良、ごめん。あたしが……」
「理乃ちゃんは黙ってて!」
祐介を責め続ける咲良。よくわからないまま謝る祐介。そんな咲良に笑いが止まらなくなる理乃ちゃん。
大丈夫。
俺は勝手にそう思った。咲良がいるから、理乃ちゃんはああして笑っている。きっと大丈夫。
俺が出ていかなくても――。
遠目でもいい。咲良に会えてよかった。走り出しそうになる足を堪える。
俺はそれ以上、咲良を見ないように歩き出した。
「咲良」
「なに、理乃ちゃん」
「あたしも咲良みたいに、人を好きになりたい。雨宮みたいな人、必ず見つけるから」
「どうしたの? 理乃ちゃん」
「ん……ちょっと、ね」
「なによ、それー!」
咲良がいるから、みんなが笑っていられる。
俺のしたことは間違っていない。そう思いたいだけかもしれない。それでも俺の希望だ。僅かな光でも。
その日、自宅に帰った俺は母さんからプレゼントを貰った。これから試験や就職が待っているからと、お守りみたいなものだと言われて。
「パンツ……」
咲良や祐介にも渡したと聞いて、俺は咲良の言葉を理解した。
このプレゼントを祐介は忘れて帰ってしまったわけだ。それでパンツを持って咲良が現れたわけだな。
にしても、赤いパンツに白文字で"合格"って。還暦祝いじゃないんだから、考えてくれよ、母さん。




