episode 04 約束するから
大学生活は余裕だったわけじゃない。勉強はわからないことだらけで、涼しい顔をしている奴らを恨んだこともある。
地方出身というだけで、ここまで学力に差が出るのかと落ち込む。そんな日々だった。
でも、諦めたくはなかったんだ。
自分で選んだ道だ。必ず卒業してみせると、本気で思ったのは咲良が会いに来てくれたからだ。
俺は変わった。あの日に決意したんだ。会いに来てくれた咲良に力を、元気をもらった。だから諦めるわけにはいかなかった。
『咲良、頼みがある』
俺のベッドに腰かける寝起きの咲良に言った。
『大学、余裕なくてさ。進学するのがやっとな感じなんだ』
初めて自分以外の誰かに話す。
俺がどうしていたかを話す気になったのは、咲良の思い出に背中を押されたから。
『地元に帰る余裕はない。きっと卒業まで』
悲しい顔をする咲良に、俺は心を鬼にするしかなかった。迷っている場合ではない。
『挑戦したいことがあるんだ。悪いけど、俺が帰るまで待ってくれないか』
咲良は駄々をこねるような奴じゃない。
でも、この時は久しぶりに会えて嬉しかったんだと思う。大学をサボってまで来たんだ。咲良の中で、何かが切れてしまったんだ。
嫌だと言った呟きが、いつの間にか叫びになっていた。
幼い日。泣かせてやると言って、結局泣かせることの出来なかった咲良。強い女の子だと思っていた。
でも、大人になった咲良は違った。こんなに簡単に泣くとは思わなかった。胸が痛くなるくらい苦しい。
『ごめん。約束するから』
必ず、地元に戻る。だから、今だけは我慢してほしい。
自分で選んだ道。この道を自慢したいから。咲良、お前にも自慢してやりたい。胸を張って歩けるようになりたい。俺の夢を見て欲しい。
『約束だ、咲良』
差し出した小指に、震える咲良の小指が絡む。
これは別れじゃない。また手を繋ぐための第一歩。俺と咲良の、大切な約束。
その約束から一年経たないうちに、俺は地元にいた。
咲良と涙の別れをしておきながら、帰ってくるなんて気まずい。
だから会わないように忍のような生活を三週間弱。あと何日かで六月になるその日、さすがに神経的に疲れた。
どうしても必要だったとはいえ、地元にいるのは本当に気まずい。咲良や祐介に会ったらと思うと気が気でない。
「ただいま」
本当はビジネスホテルにでも泊まろうと思っていた。
それが地元に来た当日に、母さんに出会ってしまった。最寄り駅には降りず、一つ手前の駅に降り立ったはずなのに。
なぜ母さんがいたのかは今でも疑問だ。
「お帰り。夕飯は?」
「いらない」
「明日、帰っちゃうんでしょ? せっかくなんだから、食べていきなさいよ」
「母さんのことだから、咲良を夕飯に誘ってるんだろ」
「ぐ……なんて鋭い息子なの。祐介くんも誘ったのに」
バカ正直に驚く母さん。本当に誘ったのか。油断ならない。
「余計なことするなよ。帰ってること、言ってないだろうな?」
「大学三年にもなると、もう大人ねぇ。母さんかなわない」
「外で食べる。適当な時間に帰るから」
「はい、はい」
玄関を出て駅前や商店街を避けるルートを頭で考えながら歩く。咲良や祐介が自宅に来るなら、街中の飲食店に行っても鉢合わせることはない。
母さんの作戦は、ある意味ラッキーな展開だ。
「なに食うかな」
せっかく地元に来たんだからと、俺はここでしか味わえないものに決めた。
繁華街通り。夜になればセクシー系のお店が活発になる。呼び込みの兄さん達が元気になる前に、俺はさっさとそこを過ぎ去る。
遠回りするとはいえ、やはり繁華街通りは行きたくはない。帰りは別の道にしよう。
やっと目的のラーメン屋が見えてきた。
小さな店ではあるが地元民に愛されている。本当は冷やし中華がうまいけど、まだ時期的に早すぎる。ちょっと残念だ。
「ちょっと!」
「は……い!?」
油断していた俺は店の前で、思い切り振り向かされる。
驚く俺を睨みつけるのは、キツイ表情とは違って可愛らしいエプロンをつけた女性だった。




