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episode 01 朝の恒例行事




 目を開けた先に見慣れた天井。机の上にあるやりかけの宿題。隙間から入ってくる憎い太陽の光。時を刻む時計が真横で俺を急かす。

 そんないつもの光景のお陰で夢だったことを教えてくれる。


 スカートめくりをして咲良を怒らせていたのは九年前。


「マジかよ」


 幼い日のことを夢に見るなんて珍しい。ここ最近は夜更かしばかりで爆睡することが多く、夢なんて覚えていなかった。

 久しぶりに見たのが消したい記憶ナンバーワンの夢。


「最悪だ」


 妙な夢のせいで心臓がありえないほど激しく動く。

 落ち着こうとして俺は布団の中に潜り込む。しかし暑い。顔だけ出して深呼吸する。


「咲良、か」


 咲良とは同じ高校に入学。

 都会とも田舎とも言えない中途半端なこの土地から離れることなく、地元の高校に決めた理由はただ一つ。近いから。


 はっきり言って俺にはやる気と学力がない。都会の高校は無理だし、地元を離れて一人暮らしも想像出来ない。

 特に目指すものもないから、適当なところに決めただけだ。


 そんな俺に無理やり着いてきたのが咲良。あいつなら都会でもやっていけたはずだが中学の時、俺に指をさして言い張った。


『一人にしたら、絶対に遅刻して退学になる! それだけは阻止しなきゃでしょ!?』


 大きなお世話だ。まるで都会行きを引き止めたみたいで、罪悪感さえ生まれる。


 それにしても、なんで同じ高校なんだ。選ぶ高校は少ないとはいえ、他にもあっただろう。

 だいたいクラスだって他にもあるのに、どうして二年も同じクラスになったんだ。


 ことあるごとに口うるさい。俺に対してうるさすぎる。痴話喧嘩だの言われても嬉しくない。そろそろ一人になりたいお年頃なんだけど。


「暑い……」


 さすがにエアコンが切れて閉め切った部屋は暑い。夏にこれはキツイ。布団を被っている場合じゃないな。


「おっはよー!」


 布団を蹴飛ばしたと同時に、部屋に響き渡る大声。咲良だ。ノックもしないで入ってくるのか。


 ますます動きたくない。起きたくない。二度寝したい。


「可愛い咲良ちゃんの登場ですよ!」


 幼なじみというのは、こういう時どうしようもなく面倒な存在になる。ほっといて欲しい時だってある。


 とにかく俺は朝が嫌い。

 それなのに毎朝、毎朝。嵐のごとく咲良の大声に悩まされてる。いい加減、優しく起こすことを覚えてほしい。


「亮ちゃん! 朝だよ。学校だよー!」


 家が近いことも問題。幼少期は近すぎない絶妙な距離に住んでいた咲良だが、一軒家に引っ越したその日。歩いて十五分の距離になった。


 近くて嬉しいことなど一つもない。こちらの都合などお構いなしに訪ねてくるのだから。


 母さんも、思春期を迎えた息子の部屋に、幼なじみだからって女性を入れるのはどうなんだ。少しは考えてほしい。


「あー。亮ちゃん、ボクサーパンツなんだぁ。ちょっと前まではキャラクタープリントのトランクスだったよねぇ」


 朝からパンツとか言うな。キャラクターとかいつの話だよ。夢を思い出すだろう。咲良は思春期なんてお構いなしなんだな。


 布団から出ている人の尻をぺちぺち叩きながら笑うとは、いい度胸だ。悪いが何をされても俺は起きないからな。


「茶髪よりも自然な黒髪が好きだなぁ」


 今度は髪をぐしゃぐしゃ掻き回し出す。その手はゆっくりと俺の胸に。胸? 胸を撫で回すとか、ちょっとは考えろ!


「チューしちゃうぞ!」

「うるさいな。お前、外にいる蝉と同じレベルのうるささだな」

「あ。起きた?」


 仕方なく俺は目を開ける。

 閉め切った薄暗い部屋に、ため息が出るほど元気な咲良の声。


「おはよーございまーす!」

「……うるさい。耳が壊れる」

「壊れるって、亮ちゃんロボットだったの?」

「いちいち突っ込むな」

「えー」

「それに、やめないか?」

「なにを?」

「亮ちゃんって呼ぶの」

「いや!」


 即答で拒否された。


 俺がゆっくり身体を起こすと、すぐさまカーテンを全開にする。眩しくて思わず目を閉じる。

 やっと慣れてきたところで薄く目を開くと、目の前に制服を突き出す咲良がいた。


「ほら、さっさと支度する!」


 叫ぶ咲良は、相変わらず黒髪を二つに分けて縛っている。前髪もピンで止めているから、デコが全開。デコピンしたくなる。こいつ、髪型変えないんだな。別にいいけど。


「早く目覚めなさい!」


 このまま二度寝しようかと思った瞬間の咲良の大声。どうやら寝ようとしていたことがバレたらしい。


「着替えるよ、着替えるから! 下で待ってろ。部屋から出ろ!」

「いいじゃん! もう下着見ちゃってるし」


 そういう問題じゃない。


「仕方ないなぁ。出て行ってあげるけど、早くしてよ」


 パタンと閉じたドアの向こうから、バタバタと階段を下りていく足音が響く。

 何から何までうるさい。


 こうして毎朝迎えに来るのは、俺が寝坊するのを知っているからだ。ほっといたら毎日遅刻かもしれない。

 あの時の言葉通り、退学になっていたかもしれない。一応、感謝しておこう。




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