episode 04 幼なじみではなくて
余計に、帰りづらくなってしまった。
祐介との電話を切ってから、妙に意識してしまった。すぐにアパートに帰れなくてフラフラと歩き回っていた。
コンビニに入ったり、ファミレスに入ったり、一日でありえないくらい出費してしまい、ショックを受けながら帰ってきたのは空が明るくなり始めた頃。
「さすがにもう、寝てるよな」
アパートに着いてから腕時計を見ると四時前。慎重にドアを開ける。
中は薄暗い。かすかに寝息が聞こえてきて、俺は安心する。
帰らずにいたことに安心したのか。咲良の追求から今だけでも逃れられることに安心したのか。
多分、どっちもだろうな。
部屋を覗くと、咲良はちゃっかりベッドを占領していた。しかも俺のスウェットを勝手に着てる。勝手に風呂に入って寝たようだ。まだ髪が濡れている。
歳を重ねるにつれて、大人っぽさが増していく。
目を閉じると初めてわかる、まつ毛の長さ。髪の毛もサラサラ。毎日手入れしているみたいだ。シャンプーの香りが優しくてくすぐったく感じる。
いつの間にかこんなに美人になってる。化粧を落とすと幼い顔立ちが目立つ。柔らかい肌や赤くふっくらした唇。髪の毛の間から見える首すじ。
幼かった咲良は、あっという間に女になっていた。スウェット、俺のサイズだから大きすぎてはだけて……。
「……まずいな」
俺、ヤバイ。いろいろヤバイ。こいつ、警戒しろよ! 頼むから!! ちょっと、警戒心なさすぎだろ!!
俺たち男と女なんだぞ、咲良。
お前は俺のこと、どう見えてるんだ。男か、幼なじみか。
「どっちなんだよ」
気持ちとは裏腹に、俺の右手が咲良の髪を撫でていた。
「う……ん」
こんなふうに警戒心もないまま、人のベッドで寝られるってことは幼なじみなんだろうな。
だがら、祐介の言っていることは間違っている。咲良が変わったのは俺のせいじゃない。人間、誰だって変わっていくんだ。
そう、思いたいだけなのか?
「亮……」
思わず手を引いていた。起きたのかと思ったが、上を向いて寝息をたてている。寝返りだ。
驚いて、俺は心臓がどうにかなってしまったみたいだ。苦しいくらいに鼓動が速い。
強く激しくシャツの上からでもわかる動き。止めようとしても止まらない。
その場に座ると咲良が近くて、混乱してしまった。俺はおかしくなった。
「咲良」
顔を近づけても全く起きなくて、ベッドに手をついていた。
いつでも届く場所にいた咲良がこんなにも遠い。東京に来て、今まで幸せだったことを思い知らされる。
久しぶりにそばにいる。やっと触れることが出来た。きっと今を逃したら、捕まえられない気がした。離れたくなかったんだ。
警戒心のないお前が悪い。そんな言い訳をして。
俺は咲良にキスをした。
そして急に思い出す。
お互いにまだ保育園児だった。あの時の咲良の言葉。
『ねえ、知ってる?』
ずっと忘れていた思い出。
心に響いてた言葉。優しくて、切なくて、バカバカしいと思っていた。
でも、初めて咲良を幼なじみではない、一人の女の子として意識した日だった……。




